303話 一回戦を始めたい
「皇剣武闘祭第一回戦。
最初の試合は皆様ご注目の天使、セイジェンド・ブレイドホームとニア・オーバックとの一戦となります。
もはやご存じない方はいないでしょう。
セイジェンド選手は英雄ジオレイン卿の息子にして一番弟子。
僅か五歳で実戦デビューを果たし、これまでに狩ってきた魔物は数知れず、竜やワイバーンの討伐にも尽力してきた次世代の英雄。
対するは前回大会優勝候補筆頭と目されながらも、新世代の魔人の前に膝を折ったニア選手。
彼女が再び新たな時代の風に飲まれるのか、それとも古強者の意地を見せるのか。
皆様どうぞその結果を刮目してご覧ください」
実況のアナウンスが大きく響く。
「まるで私は負けた方が良いみたいだね」
「私が負けた方が自然だから、ああ言って観客を煽っているだけですよ。どうぞご存分に」
冗談めかして言うニアさんに私がそう返すと、彼女は苦笑した。
「そして私の技も盗むのかな」
「学ばせていただこうと思っています。
何よりも、勝つことを優先していますけどね」
私が微笑みかけると、ニアさんは不敵に笑った。
戦意は互いに十分だ。
「構えて」
審判が号令をかけ、開始の合図を待つ。
◆◆◆◆◆◆
大人に与えられた偽りの名誉に思い上がる十歳の子供。
それが政庁都市におけるセージへの大多数の意見だ。
才能あふれる英雄の秘蔵っ子で、見眼麗しい少年。
祭り上げるにはちょうど良い素材なのだと、目端の利くものこそがフェイクニュースに踊らされるなと声を上げた。
だがそれは政庁都市での主流の声であり、守護都市ではそうではなく、外縁都市でも変わってくる。
学園都市では、名門ランブリア大学で大きなパブリックビューイングが開かれていた。
この手の催し物では役所やギルドに人材派遣を要請する事が出来る。ただし、有料だ。
そんな訳でイベントを運営管理する大学は、会場警備などの絶対に必要な経費はともかく、入場受付や案内などの人手は大学関係者を動員して、経費節減に努めていた。
補助講師のエリックもそんな動員された内の一人で、新たな上役である教授の命令を受け、報酬はその日の打ち上げ参加権という事実上のタダ働きをさせられていた。
「はい、丁度。確かに」
そんな訳でエリックはやる気がない、なんてこともない。
確かに飲み会がタダになるだけの報酬には一言物申したくもあったが、入場受付の仕事の合間にエリックも試合を見る事が出来る。それも無料でだ。
薄給のエリックにとって、それはとても大きい事だった。
エリックは平和主義者なので、ゲロを吐くまで腹パンしたり頭を揺さぶったり、挙句の果てにビンタまでしてくるような怖い守護都市の戦士が出る皇剣武闘祭に関心はなかった。
しかし怖い女戦士達にイジメられたエリックを庇い、優しく介抱してくれた天使が出るのならば話は別だ(※エリックには若干の妄想癖があります)。
最初の一試合だけは見させてくれと仲間に頼み込んで、受付席を離れる根回しを済ませていた。
「まだ席、空いてますか」
エリックの所に新しい入場者がやって来る。
「はい大丈夫ですよ。高校生と、小学生ですか」
「あっと妹はそうですけど、アタシは18っすけど、フリーターっす。学割、きかないっすよね?」
上目遣いでねだるように少女は言った。
ダメだと言うのは簡単だったが、エリックは入場者と、彼女が連れている幼い少女が、天使応援グッズを持っているのを見逃さなかった。
「大丈夫大丈夫。学生って言ってるやつらも、よっぽど年食ってなけりゃ学生証なんて見てないから」
エリックはそう言って小学生と高校生の入場料を請求した。
「あざっす。ほら、リンもお礼言って」
「ありがとうね、お兄ちゃん」
「楽しんできてね」
エリックはそう言って女の子たちを見送り、それをみた同僚から揶揄をされる。
「エリック、お前ロリコンだったのかよ」
「ふざけんな、俺は天使一筋だ」
エリックは大真面目な顔でそう言った。
そしてこの日、同僚たちからやばい奴認定を受けた。
西の農業都市では騎士タチアナとハリーが、パブリックビューイング会場で警備に就いていた。
こちらも手当てが目当てというよりは、確実に試合を見るのが目的だった。
祭りの時期は治安警備に人手が必要になるし、余所の都市とは言え直近に第一級防衛戦が発生したことで、大門防衛の人手も減らせない。休みなど取りようもなかった。
なので警備の仕事に就き、問題が起きるまで試合観戦をするつもりなのだった。
「ねえレストからの手紙見た?」
「うん、クライス教官にも勝ったんだってね」
「知ってる? あの人、昔は守護都市上級にもなったらしいってさ」
ハリーはそれを聞いて肩をすくめた。
「知らなかったけど、不思議じゃないよね。凄く強かったし」
「それに勝つんだから、もう三十人がかりでも無理でしょうね」
「そうだねー」
真面目に警備をするつもりもなく、ぼんやりと試合開始を待つ二人の前を四人の男たちが横切る。
聞くとはなしに、彼らの会話が耳に入った。
「だから、お前らは運が悪かったんだよ。あのガキは化け物だった。お前らにはちゃんとお前らなりの才能があるんだ。
今からでも遅くないんだ、復帰しろよ」
「もういいですよ。畑仕事も、そんな悪いもんじゃないって思えてきましたし」
年かさのある大柄な男が、若い――といっても、タチアナ達よりは少し年上だった――三人にそう言って、若者たちは苦笑しながら首を横に振っていた。
タチアナとハリーは何となく顔を見合わせた。
「セージ君の事かな?」
「そうかもね。真面目に比べたら心が折れそうになるし」
ハリーが言って、そうだねと、タチアナも同意した。
当時はまだ実感がわかなかったが、この四年間に外縁都市で多くの魔物と戦ってきた彼女たちは、時折耳に入るセージの戦果と比べて生きている世界が違うと感じていた。
その戦果は嘘だと、先輩騎士たちは言った。新たな英雄が生まれていると演出するための嘘だと。
しかしタチアナたちは、そうは思わなかった。
「教官はいつか孫に自慢できるって言ってたけど、本当にそうなりそうだよね」
「ハリーは子供や孫を生んでくれる相手が見つかってるの?」
「ああ、そうだね」
からかいを含んだ問いかけにあっさりと返され、タチアナはそうなのと、興味を失った――あるいはそう取り繕った――返事をして会場とスクリーンを見た。
ハリーはそんなタチアナを、温かな目で見ていた。
産業都市ではより大きな盛り上がりを見せていた。
なにしろセージは直近の第一級防衛戦を、たった一人で撃退したのだ。
さらに三年前にもハイオークの防衛戦と、竜の襲来でも戦果を挙げている。
当時はまだセージを七光りと疑う声も多かったが、セージの実力を目の当たりにした戦士や騎士たちがそれを訂正し続けたこともあり、今ではそんな声はごく小さなものとなっている。
産業都市の住民は、守護都市に次いでもっともセージを高く評価していると言えた。
もっといえばファンクラブの活動が守護都市に次いで活発な都市だった。
そんな訳で天使を応援しようと、産業都市では今年の皇剣武闘祭に大きく盛り上がり、パブリックビューイングはどこも満員御礼の大盛況だった。
「お父さん、はやく、はやくっ」
「わかったわかった、そう慌てると転んでしまうぞ」
娘が父を引っ張って、街を歩く。二人も試合観戦のため、パブリックビューイング会場へと向かっていた。
父親はかつて戦士で、現役時代に受けた傷と毒が原因で足に障害を負っていた。日常生活や簡単な力仕事は問題ないが、健常者のように走るのは少し辛い。
十一歳の娘もそれはわかっていたが、楽しみにしていた試合を前にして少しだけ浮かれていた。
そのせいだろう、後ろの父を気にしながら歩いていた娘は、ちょっとした段差で躓いた。
「きゃっ」
娘はよろめいて、しかし尻もちをつく前に近くを歩いていた男性に支えられた。
その男性は制服を着て見回りをする警邏騎士だった。
「前を見て歩かないと危険だよ、ゼシア君」
「はい。ごめんなさい、ゲイツさん」
「ありがとう、助かったよ」
近所で働いている駐在の警邏騎士に、娘はそう謝罪し、父はお礼を言った。
「どういたしまして。今日は名工殿は一緒では……ああ、そう言えば政庁都市に行くと言っていましたね」
「はい、しばらくはお休みです。エドおじいちゃんは連れて行ってくれるって言ってくれたんですけど、お父さんは仕事があってついて来れないし、私も学校があるから。
そうしたら試合観戦のチケット買ってくれて」
「そうか、よかったね」
「あんたは良いのかい? 折角のお祭りの日に、家族を放って仕事だなんて」
ゲイツ三等騎士はそう言われて苦笑する。
「お祭りだからこそ、誰かが目を光らせないといけません。
家族サービスは帰ったらちゃんとやりますよ。
御主人も、もうお歳なのですからあまり無理はしないで下さいね」
「余計なお世話だ、とは言えなくなっちまったな。
普通の仕事してると、身に染みるよ。今はもう無茶できないなって」
「娘さんのためにも、それが一番ですよ。
それでは私は見回りの続きがありますので、これで。私の分も天使の応援をお願いします」
ゲイツはそう敬礼して、見回りの仕事に戻った。
「ねえ、お父さん」
「ああ、行くか」
父と娘も、目的のパブリックビューイングの会場に歩みを再開させる。
芸術都市でのセージたちの評価は少し微妙である。
正確に言えば、必要な戦闘と認知されているものの、ジオは街を破壊し、その弁済も税金で賄われたため評判は悪い。
しかしワイバーンという目に見えて大きな獲物を狩ったセージの評判はそうではなく、そしてそれとは関係のないところでも、ものすごーく高い評価を得ていた。
「みんなー、今日は集まってくれてありがとう。
私たちの歌はいったんここで休憩。
これから大事な試合が始まるから、みんなで一緒に見ようね」
ステージ上で今を時めく大人気アイドル、スイートエンジェルズの一人がそう言った。
満員御礼の観客はそれに大きな声援で応えた。
スイートエンジェルズたちはいったん幕の外に下がり、変わって司会の女性と裏方のスタッフがステージに上がる。
それまでスイートエンジェルズが歌って踊っていたステージには大きなスクリーンが用意され、司会の女性がトークで場をつなぐ。
「はい、皆さんこれからは皇剣武闘祭の時間です。
熱心なみなさんはもうご存じと思いますが、守護都市のスイートエンジェルは僅か十歳にもかかわらず、この大きな大会に出場しました」
アイドルであるスイートエンジェルズも、観客も、司会の女性も、そしてこのイベントを主催しているスタッフ関係者の多くも、荒事とは無縁である。
そんな訳で皇剣武闘祭に出ることがどれほどすごい事かいまいち実感していないが、それでも国一番の大会に出るのだから凄いとは思っていた。
そしてそこに自分たちの仲間が出るのだから応援しない訳にはいかないと、そう思っていた。
セージからは仲間と思われていないが、そんなことは関係ないのである。
「はい、うちのエンジェルズも戻ってきましたね」
着替えと小休憩を終えた三人のアイドルがステージに戻って来て、脇に設置されたパイプ椅子に座った。
こうしてこの国初めてのライブリアクションが芸術都市で執り行われることとなる。
芸術都市は文化の最先端を行く都市なのだった。
皇剣武闘祭決勝大会一回戦第一試合。
国中が注目する天使セイジェンド・ブレイドホームのお披露目試合が、始まりを告げる。




