300話 壮行会
壮行会をやる事になった。
やらなくていいんじゃないかなと思ったが、兄さんがうるさいのでやる事になった。
「なんでそんなにやる気ないんだ、お前は」
「だって、面倒くさいし」
「日に日に父さんに似てくるな、お前は」
それは訴訟ものの侮辱です、兄さん。
私はただ一回戦辺りで親父に勝って、そのあと適当な所でアルバートさんに負ければ理想だとか思っているから、頑張って勝ってきてねと送り出されるのが心苦しいだけです。
……まあ、親父と決勝まで当たらない組み合わせになっちゃったんだけどね。
ちくしょう、デス子め。ベランダに鳩が巣を作る呪いにかかれ。
ちなみにアルバートさんは親父の方の山にいるから、対戦する機会はきっとない。
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「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。
この度、私共の道場から見事に決勝大会にこの二人が出場することとなりました」
マイクを持った兄さんが、不機嫌な空気を放つ親父を紹介する。
「皆さんご存じだと思いますが、竜殺しの英雄ジオレイン・ベルーガーです。
道場主であり、行き場のなかった僕たちを拾ってくれた父でもあります。
性格と素行には少々難はありますが、慣れると優しいところもあるので、怖がらずに話しかけていただければと思います。
それでは何か一言……………………一言を、ね」
兄さんの圧力に屈して、親父はマイクを受け取った。
「優勝する。最強は俺だ」
親父はそう言ってマイクを兄さんに返す。
短い言葉ではあったが、それを聞いた観客は感心の声を漏らし、拍手を送っていた。
きっとコミュ障の親父がこんなところでどもらず喋れたことを褒めてくれているのだろう。優しい人たちだ。
「そしてもう一人は何かと世間を騒がせる自慢の弟、セイジェンド・ブレイドホームです。
出来すぎているせいで色々と心無い噂も流れてしまっていますが、皆さん知っての通りこいつの実力は本物です。
そして大会が終われば悪い噂はなくなると、そう信じています。
それじゃあセージ………………いや、お構いなくじゃないからな」
謙虚な私は謹んで辞退を申し出たのだが、兄さんのこめかみに青筋が浮かんでしまったので、仕方なくマイクを受け取ることにした。
「兄さんは色々と優しい表現を使っていますが、隣の馬鹿は馬鹿なので、皇剣様になるべきではないと思います。
そんな訳で不肖、この私が国のために一肌脱ぐ所存です。
どうぞ応援よろしくお願いいたします」
私の非の打ちどころのない理路整然とした百点満点の出場理由を聞いた聴衆は、乾いた笑みを浮かべながら拍手を送ってくれた。
きっと私の苦労を慮ってくれているのだろう。そうに違いない。
こうして壮行会は始まった。
本大会の壮行会には、新人戦とは違って守護都市のお偉方は来ていない。
次兄さんや妹にそしてレイニアさんと、今年は守護都市出身の選手が活躍したが、本来の新人戦はこれから守護都市に入って活躍するであろうハンターたちが主役であった。
だが本大会の主役は守護都市の戦士と騎士である。
スナイク家、シャルマー家、そしてマージネル家も秘蔵の戦士を送り出してきており、私たちとは優勝を競い合う間柄だ。
そんな所の壮行会に出席などしないだろうし、そうなる事は事前にアールさんから知らされていたので、面倒くさい招待状を書く事も、名家の偉い人たちを迎える準備もせずにすみ、緩いホームパーティーという形をとる事が出来た。
ただそれとは別に今回のホームパーティーには新しいお客さんもいる。
シエスタさんの家族であるトート家だ。
一応、親父や妹たちも、二年前とは別の学園都市接続の機会に挨拶はしていたが、顔を合わせたのは二回だけで、それも短い時間だ。
さらに守護都市に上がるのも初めてだったトート家の皆さんはひどく緊張し、長旅の疲れか筋肉痛にもなっていたが、新しい家族に興味津々な妹や次兄さん達が積極的に声をかけることで、緊張の方は大分緩和された。
それ以外にはいつものアリスさんや商会の面々にご近所さん、またクライスさんたち古い顔なじみもやって来た。
そして当然のことだが、エルシール家は呼んでいない。
「なぜ呼ばなかった」
親父がぼやく様に私を責めた。
親父はルヴィアさんが私の実母という事を知っている。
兄さんにも伝えた方が良いかとも思うのだが、今後は関わらないことを考えれば、それは余計な事だろう。
そもそも私は将来的にテロリストとして認定されるかもしれない身の上だ。家族は少ないに越したことはない。
「……毛嫌いしてなかったっけ。偉い人も、招待することも」
「お前こそ、らしくないぞ。なぜ遠ざけようとする」
なぜよりにもよってエルシール家にそうするのかと、咎めるように親父は言った。
まあ、ね。
偉い人と仲良くしておくのはメリットが多いからね。
親父からすると面倒な相手にも私は笑顔で接して来たよ。
でも今回はそういう訳にはいかない。
「色々あるんだよ」
「ややこしく考えすぎているだけだろう」
「そんなことはない」
「ある」
「ない」
「ぶん殴るぞ」
「なんでだよっ……と」
私の突っ込みを気にした様子もなく、親父は珍しい事を言い出す。
「手紙は読んだのか」
「親父がそれ言う?」
手紙というのはエルシール家から送られてきたものの事だろう。
郵送の手紙ではなく、エルシール家の立派な執事さんが、同じくご立派な有名店のお菓子と一緒に持ってきたものだ。
手紙には当主ダイアンさんが書いたものと、ルヴィアさんが書いたものの二つがあった。
私は両方とも兄さんに渡して関わらないようにしたのだが、親父はルヴィアさんの方を押し付けてきて、読めと言った。
「それで、読んだのか」
繰り返しそう言って来るので、仕方なく答えることにする。
「読んだよ。普通の手紙だった。
ご迷惑をおかけしてすいません、これからのご活躍を影ながら応援していますって、そんな感じの普通の手紙。
彼女もこれ以上関わる気はないんだよ」
説明の言葉に面倒臭さの色は隠しきれず、親父はこれ見よがしにため息を吐いた。
ちなみにダイアンさんからの手紙には孫娘のエメラが出場する美少女コンテストを見に来ないかという誘いが書かれていたが、それはもちろん断った。
「なんだよ」
「ふん」
「は? なんだその態度」
「お前が馬鹿なのが悪い」
「ふざけんなぶっ飛ばすぞ」
「何故だ」
親父が困ったように頬をかく。
そこに声をかけてきたのはクライスさんだった。
「よう、喧嘩か。試合前はさすがに気が張ってるな」
「違いますよ、クライスさん。親父の態度が悪いので叱ってるだけです」
「態度が悪かったのはお前だった。俺は悪くない」
いつも態度の悪い親父がそれを言うか。
私がそう抗議すると、クライスは明るく笑った。
「しかし良い組み合わせになったな。俺はてっきり名家連中が一回戦で二人を潰し合わせるんじゃないかって、心配してたんだけどな」
「良くないですよ。僕はむしろそうなって欲しかったんですから」
「……お前はやっぱり優勝する気がないな」
親父が責めてきたので、私はそっと目を逸らした。
これは黙っておいた方が良いことかもしれないが、しかし優勝した後で皇剣になれと周囲からせっつかれても困るので、あらかじめ明言しておくことにしたのだ。
ただそれはそれとして体裁の悪い事には間違いがないので、後ろめたく思っていますというアピールは忘れない。
「マジかよお前、じゃあジオさんと戦うためだけに出るってのか」
「いや、まあ……。ほら、親父を皇剣様にするわけにはいかないでしょ」
「精霊の奴がなれと言ってるんだ、お前が文句を言う事じゃないだろう」
クライスさんはそれを聞いて目を見開いた。
「精霊様が……。
もう一度優勝しろってことは、つまり今のジオさんの力を、国民に認めさせろってことなんですかね」
「さあな。細かい事は知らんが、勝てば済む話だ」
親父はこともなげにそう言った。
まあぶっちゃけ親父に勝てる人間なんて皇剣以外にはいないよなぁ。
それも一対一じゃあ厳しくて、二、三人で囲んで、ようやく可能性が見えてくるというレベルだ。
アリーシアさんに勝って――まぐれとか八百長とも言われているけど――私は優勝候補の一人として扱われているけど、ぶっちゃけ親父に勝てる見込みはほとんどないんだよな。
「セージくーん」
なんとかして親父に八百長をさせようと考えていると、アリスさんに声をかけられた。
「アリスさん、どうしたんですか」
声をかけてきたのはアリスさんだったが、やって来たのは彼女だけでなくペリエさんやトート家の人たち――家長のトレンさん、奥さんのシルクさん、次女のシオンさん、その弟のトリスさん――もいた。
「私も泊まっていい?」
「え? 部屋がないんですが、ああ、ペリエさんと同室でってことですか? だったら構いませんよ」
トート家の皆さんやミリーさんには仕事や学校があるので、感謝祭が終わるまで滞在することは出来ないが、皇剣武闘祭が終わるまでは滞在することになっている。
一般人の彼らにとって、この時期のホテル代はかなりの負担になるため、ブレイドホーム家に滞在することが決まっていた。
ついでに言うと政庁都市にマンションを持っているクライスさんはともかく、ペリエさんたちにとっても負担の大きさは違えどそれは同様だった。
彼らは遠慮こそしたものの、一日ぐらいはと、壮行会を行うこの日は泊っていくことになっていた。
アリスさんはその話を聞いたのだろうと察して、そう言った。
「さっすがセージ君、話が早いね。
でもセージ君のお部屋でもいいのよ?」
「ははは、冗談は性癖だけにして下さいね」
胸元を開けてすり寄ってくる性犯罪者予備軍を、軽くたたいて追い払う。
そんなアリスさんを見てペリエさんが嫌そうな顔で口を開く。
「あんたは本当に気持ち悪くなっていくわね。初めて守護都市に来た頃はお堅い美少女って感じだったのに」
「今も美少女だから。エルフだから」
「そうね、あなたもうそこしか男受けするところないもんね」
しみじみと可哀そうなものを見る目でペリエさんはアリスさんに言った。
むきーっと、顔を赤くしてアリスさんはペリエさんをぽかぽかと叩く。
「あちらは放っておきましょうか。
どうされましたか、トレンさん」
「ああ、いや、何という事はないんだけどね。
大会出場おめでとう」
「ありがとうございます」
贈られたお祝いの言葉に、私は素直に返した。
その後も多くの人たちからお祝いの言葉をかけられ、壮行会はつつがなく終わった。




