299話 帰る人もいれば、来る人もいて、留まる人もいる
その日はクリム達、旧ブレイドホーム家とのお別れ会となった。
彼女が感謝祭に参加したのは学校のダンスクラブが出場する大会参加が目的であり、それが終わったのが主な理由だ。
またセルビアたちが新人戦に出ることは聞いていたが、ジオやセージが本大会に出場することは聞いておらず、滞在費も馬鹿にならない――皇剣武闘祭決勝大会の時期は特にホテルの宿泊費が高騰する――ため、感謝祭は続いているものの一足早く地元に帰る事を、もともと予定していた。
セージたちは滞在費ぐらい工面するし、なんだったら家に泊まってもいいとは言ったが、それぞれに学校や仕事などの帰らなければならない理由があった。
「またね。試合はパブリックビューイングの方でぜったい見るから。応援してるよ、頑張って」
クリムはそう言ってセージを抱きしめた。
他の従姉弟たちも頑張ってと声をかけて、セージにハグをした。最後にハグをしたのはなぜかセルビアだった。
「あんたも息子に迷惑かけてばかりいないで、しっかりしな。昔っからだけど、また悪い噂がたってるさね」
「ああ、わかった」
ナタリアがそう言って、ジオは頷いた。
わかってないんだろうなと思ったが、わかってなくとも子供たちを大事に思っているのはわかった。
だからまあ馬鹿なりに上手くやるんだろう、ナタリヤは笑って頷いた。
「それじゃあね、こっちに来たときは顔出しなさいよ」
かつての家族たちと、ジオたちはそうして別れた。
帰りの馬車で、外の風景を見ながらクリムは祖母に言う。
「セージって、凄かったんだね」
「うん?」
ナタリヤは首をかしげたが、クリムは構わず続けた。
「カインたちも凄かったけど、セージはもっと凄いんだなって」
あの日、クリムは国立闘技場でアルバイトをしていた。
所属していたダンスクラブは大会の早い日程で敗退した。大会を見学して勉強しようにも、敗退すればその翌日からは参加関係者で無くなるため入場料を取られる。
さらには学校が工面してくれる旅費や滞在費も最低限のものなので、試合がなくなればホテル代も出ない。
そのためクラブの生徒たちは祖母と一緒に帰るクリムのような一部の例外を残して、先に芸術都市に帰っていた。
好奇心旺盛で万年金欠のクリムは、持ち前の行動力で日雇いのアルバイトを入れており、丁度その時に闘技場の下働きをしていた。
もともとはインターバルでのチアダンスを希望していたのだが、何の実績もなかった彼女は面接も受けられず書類落ちした。
それでもクリムはバイトの休憩中にチアダンスの見取り稽古をし、バイトが終わればすぐにその振り付けをコピーしようと練習をしていたが、周囲が騒然としたことでセージが皇剣と試合をするのだと気付いた。
あまり武闘祭に興味のなかったクリムはその時までセージが予選に出ていることを知らなかった。
そしてセージはセージで旧ブレイドホーム家に予選出場をそもそも知らせていない。新聞で報道を見て彼らは知った。
それは彼らが滞留の申し出を断った遠因にもなっていた。
荒事に関心の低いクリムでも知っている、皇剣という国内最高峰の騎士にセージは勝った。
その試合はクリムの眼にはまともに捉えることも出来ない、何が何だかわからないレベルだった。それでもものすごくレベルが高い事は何となくわかったような気がした。
もっと言えば会場で高まる熱気に理屈ではないパッションを感じて、いてもたってもいられなくなった。
カインが新人戦で優勝した時もそうだったが、自分も絶対に同じように人々の喝采を集めるアイドルになると心に誓った。
クリムはだから、早く帰りたいと思った。
楽しい事が満載の感謝祭だけれど、クラブの代表にも選ばれない自分にこの場所はまだ早すぎた。
今は帰って練習がしたい。
そんな熱に浮かされていた。
「四年後は、私が主役になるから」
「……そうかい、がんばりな」
「うんっ」
クリムはそう頷いた。
彼女がアイドルとしてデビューし、その名を広めていくのは一年後の事である。
******
「さて急遽集まってもらったのには訳があります」
シエスタは首都に呼び寄せた家族と友人を前にそう言った。
「はぁ」
「まずはここにサインをして下さい」
シエスタはそう言って一枚の紙とペンを彼らに配った。
「ねえシェスこれは何?」
「入会申込書です」
「いや、それはわかるんだけどね」
シエスタの友人であるところのミリーはそう言った。
紙には天使セイジェンドファンクラブ入会申込書と大きく見出しがつけられていたので、それはわかるのだ。
わからないのはそれを渡されたことである。
「これから、セージさんは皇剣武闘祭に出ます」
「そうね。応援に来てって速達が来たから、知ってるわよ」
「ならわかるでしょ」
「わからないわよ。というか、これはどういうことなのよ」
ミリーは言った。
この場に――政庁都市のとある市民会館の大きなホール――は、学園都市から来たミリーやシエスタの家族以外にも、多種多様な人が集まっていた。
「なにって、ファンクラブの集まりだけど」
「なんで最初にそこに呼ばれたのよ」
ミリーは重ねて突っ込んだ。
「おや広報部長殿、困りごとでござるか」
「ござるっ⁉」
声をかけてきたのは精悍な顔立ちの好青年だったが、しゃべり方が少しだけ変だった。
「ああ、モーブさん。いえ、ちょっと新規の子が駄々をこねてるだけなので、気にしないで下さい」
「ははは。なるほど、いつもの事でござるな。それと広報部長殿、拙者の事はマイスターMOBと呼んで下され」
「マイスターって、し、シエスタ、何かおかしな宗教始めたの」
ミリーが変わってしまった友人を恐ろしいものを見る目で見つめる。
「トート女子、ご友人が怯えていますよ。最初から説明なさっては?」
「マイスターG」
「今はその呼び方は止めて下さい、MOB」
新たに現れたのは眼鏡をかけた壮年の紳士だった。
年上好きのミリーからするとドストライクのダンディな雰囲気を持っていたが、出会い方に問題があったため恋に落ちることはなかった。
「仕方ないわね。ファンクラブで応援団を結成してるのよ。決勝大会の入場券も団体割引が効くから入ってっていう話」
「ああ、そういう事。それならまあいいけど、おばさんたちは」
「私ももちろんいいわよ。セージ君の姿絵も集めていたし」
「……母さん、そんなことしてたの」
母シルクの行動に、何だか情けない気持ちを抱いてシオンが零した。
「少し恥ずかしいが、ようは人を増やしたいから協力してくれという事だろう。構わないよ」
「俺もいいけど、年会費とかかかるんなら親父の方で払っといてくれよ」
父トレンに、トリスが言った。
「みんなありがとう。それじゃあ早速振り付けの練習を始めましょうか」
「「「「「え?」」」」」
ミリーたちは呆気にとられた。
「はーい、それじゃあ練習始めまーす。みんな用意は良いかな」
壇上から拡声器でそう語るのはファンクラブ会員0001番のエルフだった。
「練習着は用意してあるし、シャワールームも抑えてある。存分にな」
「流石でござるな、経理部長」
「ふっ、当然だMOB」
マフィアの女ボスみたいな女傑がシニカルな笑みを浮かべていて、これ逃げたらまずい奴だと直感した。
そんな訳でミリーたちは政庁都市到着初日に三時間の応援練習で汗を流し、その後は寄宿先のブレイドホーム家で倒れるように熟睡した。
******
ルヴィアがセージの勝利を訝しんだように、試合を直接目にしていないものの多くはその勝利が出来レースだと考えた。
だが目にしていない者の中にも、セージの勝利を実力によるものだと信じる人間はいる。
「教官、やはりそれでは」
「事実だろうぜ。見たやつから聞いた限り、舞姫はチャクラムも魔力供給も出し惜しみしなかったって話だからな」
かつて短い時間ながら指導を貰った教導騎士クライスに、立派な騎士となったレスト・ヴェルクベシエスが問いかけ、望んだ答えが返ってきた。
この四年間、赴任した外縁都市で多くの防衛戦に参加してきたレストは、四年前に手合わせをした少年の事をよく覚えていた。
その少年がこの国を良い方向に変えてきたことを、肌で感じていた。
だからこそそのセージが不正などなく、実力で皇剣越えを果たしたと知って、胸を熱くさせた。
「盛り上がってるところ悪いが、俺は心配だぜ。
ただでさえ恨み買ってるミズフェイクを泥の底に叩き落すような真似してよ」
「あらクライス、話を聞いて一番喜んでいたのはあなたでしょう」
クライスにからかうような笑みを向けるのはかつての仲間のペリエだった。
「そーそー。あいつ手加減してやがったのかって、試合に負けたこと嬉しそうにさ」
「ああ、手加減された上に負けたことを喜ぶなんてジジ馬鹿も極まったな」
同じく仲間のロックとドルチが続けた。
「うるせえな。俺の事は良いんだよ。それよりペリエ、チケットは取れそうなのかよ」
「ええ、優先権をもらえたからね」
ファンクラブ商業都市支部長のペリエは胸を張ってそう答える。ちなみにこの場にいる全員がファンクラブに入会済みであった。
「そりゃ良かった。
ところでレスト、実家の方にセージが何か言ってきてないか。俺に隠して何か準備してるとか、そういうことを聞いてないか」
「えっ?
さあ、なんともそれは。
私は継承権が低いので、家の運営には関わってないんですよ。父からは仲良くする機会があるのなら積極的にとは言われていますけどね」
「そうか。まあなんかわかったら教えてくれよ」
「何よクライス、何か面倒事?」
「面倒事っていうか、あいつがお節介焼こうとしてるんじゃないかと思ってよ。大した事じゃねえよ」
クライスはセージがリーアの治療をするために無茶をするんじゃないかと心配していたが、それを教える気にはなれなくてそう誤魔化した。
「そんな事よりペリエ、お前は子供生まれたんだろ。いつまでもこっちに居て良いのかよ」
「大丈夫よ、旦那の実家で面倒見てもらってるから。姑なんて、あなたは一生帰ってこなくてもいいなんて言ってるわよ」
思いのほか毒のこもった言い様に、それは大丈夫なのかと心配する。
とはいえペリエの旦那はリーアと同年代の若者で、その両親はペリエよりも若いくらいだ。
母親の方は特に複雑だろうなと、そんな事を思った。
「何よクライス、何か言いたい事があるの?」
眼のすわったペリエにそう言われて、クライスはそっと目を逸らした。
どうやら姑に対して大分思うところが溜まっているようだった。
リーアが生家を毛嫌いしていなければ、クライスも舅に対して同じような気苦労をしたのだろうか。
もっとも生家を毛嫌いするような事件が起きなければリーアと結ばれることもなかっただろうから、それは意味のない仮定だろう。
「気にするな」
だからクライスは完全に他人事の口調でそう言った。
******
「はぁ? テメエふざけんな、もう一回言ってみろ」
「何べんだって言ってやるよ。天使なんてのは名家が作った張りぼての英雄だろ。
薄っぺらい噂を信じ込んで浮かれやがって、馬鹿じゃねえのか」
とある酒場では一触即発の口喧嘩が起こっていた。
「おい、止めとけってチム」
「ふざけんな、テメエがどこの馬鹿か知らねえけどな。あいつを馬鹿にすんのだけは許せねえ。撤回しろ」
「しねえよ、お前あれか。名家の回し者かよ。
あー、やだやだ。いくら金貰ってるか知らねえけど、そんな必死に嘘を喧伝するなんてよ」
ぶちりと、チムはキレた。
「この野郎」
仲間が止める暇も無くチムは酔っ払いに拳を振るう。
仲間は止められなかったが、しかし別の人間がそれを止めた。
「――っ‼」
止めたのは見るからに騎士の装いをした男だった。
違いが分かる人間が見れば、その制服から政庁都市ではなく守護都市の警邏騎士だと察する事が出来ただろう。
「たまたま居合わせただけなんですが、いけないな。ハンターが一般人に拳を振るうなど」
「くっ、放せ」
チムはそう言って――非番でやる事もなく昼間から友人と酒場にいた――警邏騎士リオウを振りほどいた。
チムは直接つかまれたことで、リオウの魔力量――守護都市でも最高位の上級上位――を感じ取って、無意識に怯えてしまっていた。
「落ち着け、乱暴をする気はない」
「へ、へへっ。ビビらせやがって。
名家にしっぽを振るハンターは、騎士様も怖いんだな」
情けないと、リオウの陰に隠れて酔っ払いはチムを煽る。
「君も止めなさい。お酒も飲みすぎだ」
「なんだなんだ、騎士様は俺たちの血税で給料もらってんだろ。偉そうに言ってんじゃねえよ」
リオウは肩をすくめた。
「そうですね。国民の税で生活をさせてもらっている以上、国の害になるものを処罰しなければならない」
「そうだそうだ、さっさとその生意気な小僧を――へぶしっ」
酔っ払いはリオウに殴られ、気絶した。
「さて、お店を騒がせた犯人を捕らえました。みなさん、何かご質問はおありですか?」
リオウは丁寧な態度でそう言って店内を見まわした。
誰もが彼を恐れて目を合わせることはなかった。
例外はリオウの友人たちと、そしてチムだけだった。
「そいつ、どうする気だ」
「騒乱罪や公務執行妨害でもいいんですが、せっかくのお祭りでそれも野暮でしょう。
落ち着けるところで休ませますよ」
落ち着けるところというというのは地元の警邏騎士詰所の事である。
罪には問わないが、生活安全対策課の人間に説教ぐらいはさせようと思ったのである。
「……あんた、守護都市の人間だろ。
あんたも天使は作り物の英雄だと思うのか」
「いいえ、私はあの子に敵いません。
私だけではないですね。
守護都市に住むものであの子を侮るのは、何も知らない愚か者だけですよ」
彼のようなねと、背負った酔っ払いをさしてリオウは言った。
「そして愚か者はこれからずっと減りますよ、皇剣武闘祭が始まるんですから。
それではみなさん、お騒がせしました。どうぞ良い休日を」
リオウはそう言って酒場を出ていった。
その後、チムは仲間たちと気持ちの良い酒を酌み交わした。




