297話 舞姫アリーシア
暴力描写があります。
苦手な方はご注意ください。
「最後は呆気ない終わり方だったな、天使セイジェンド」
「……どうも。失礼ですが、どちら様で」
セージは後ろのアリーシアを一瞥してから、興味のなさそうな声でピーターに返した。
「俺はピーター・シャーム。シャルマー家の次期当主だ」
アリーシアはピーターを殴ろうとして、セージから魔力波を当てられる。
実体のないただの魔力ではあったが、拳を止めて身構えるには十分な脅威だった。
「失礼。少し力が入りすぎているように見受けられましたので」
そう言われて、アリーシアも確かに必要以上の力が拳に込めていたことに気づいて、静かに息を吐く。
身体の内に溜まっている黒く熱い思いを逃がすように、ゆっくりと、静かに。
ピーターは何も分かっていない顔でそんなアリーシアとセージを交互に見て、どうでもいいかと一人で納得し頷いた。
ピーターはシャルマー家でもトップクラスに才能あふれる少年だが、しかし同じ年のセイジェンドや、ともすればセルビアにも劣る。
ピーターが今のやり取りを感じ取れなかったことに、アリーシアは失望を感じざるを得なかった。
「シャルマー家の跡取りと言いますと、クラーラさんの御親戚ですか?」
「クラーラ叔母の甥である」
「そうですか。これはこれはご丁寧に、どうも。
ご存じとは思いますが、セージです。
観戦して頂けたのですね。楽しんでいただけましたか」
端から聞く分には何のことはないセージの言葉に、アリーシアは眉をピクリと動かした。
「うむ。なかなか有意義であったぞ。
俺は見る目のある男だからな。
セージが対戦相手の実力を引き出そうとしていることはすぐにわかったぞ。
瞬殺せずに相手にも見せ場を与える。なかなかに天晴なふるまいだあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ‼」
アリーシアのアイアンクローによって、ピーターの言葉は悲鳴に変わった。
「……次期当主様に、よろしいので?」
「それについては忘れなさい。
そして坊ちゃま。
あれは相手を立てる戦いなどではありません。
ただの侮辱です。
戦士や騎士の行為ではない」
「で、でも」
「あ゛?」
「わ、わかったのだ。
あんな試合をしてはダメなのだ。わかったな、セージ」
セージは大仰に肩をすくめて見せた。
「これはお祭りですよ。
興行の事も考えれば、白熱した試合を演出するのもプロとしての務めではありませんか?」
「そ、そうだぞ。アリーシャ叔母。天使の言う事にも一理あるのだぞ。俺は間違っていなかったのだぞ」
「黙れ馬鹿」
「はいっ」
ピーターは不穏な空気を感じ取ったからこそ道化を演じガス抜きをしようと試みたが、アリーシアが思った以上に本気で怒っているのを感じ取って委縮した。
「演出と、言ったな。セイジェンド」
「ええ、言いましたね」
「これは精霊様に奉納する皇剣武闘祭だ。
それはわかっているのか」
「ええ、存じ上げておりますよ」
セージはにこやかに嗤って、そう言った。
それに恐怖を覚えて、ピーターはアリーシアの裾を引く。
「か、顔見せは終わったのだから、帰ろう。アリーシャ叔母」
アリーシアはピーターの手を払った。
ピーターは涙目になった。
「よろしいので? 次期当主様なのでしょう」
「忘れろと言った。聞こえなかったのか」
「失礼。物覚えが悪いもので、そのお言葉を忘れておりました」
どこまでも慇懃無礼にセージは言う。
挑発を受けていると、そう理解しながらもアリーシアの胸で滾る黒い炎は衰えたりはしない。
「神聖な戦いを遊びの場と勘違いするようならば、相応の躾が必要だな」
「なるほど。皇剣様にご指導を頂けるとは、身に余る光栄ですね。
ちょうど他の試合も終わっていますし、闘技場を借りればお受けできるのでしょうか」
剣呑な空気を感じ取って聞き耳を立てていた周囲の人間が、セージの言葉に色めき立つ。
「大衆の前で、私と戦うと。
精霊様に目をかけられているとはいえ、思い上がるなよ」
「戦うなどと、その様におこがましい事は望んでおりません。
ただ貴方様が仰ったように、ご指導を受ける機会を頂けるのであれば幸いだと、そう述べているのです」
アリーシアは止めるべきだと、わずかに残っている理性的な部分で判断するものの、冷静でない大部分に突き動かされて、挑発的な言葉を発する。
「そうか。相手は新進気鋭の天使殿だ。ついうっかり手加減をし損ねて事故が起きてしまうかもしれんが、それでも良いのか」
「ええ、構いませんよ。
得体のしれない神子を処理したとあれば、精霊様もお喜びになられるでしょう。
もっとも、貴方にそれが出来るとは思えませんが」
セージはくすりと笑った。
アリーシアの黒い炎に油が注がれ、理性は完全に燃え尽きた。
「上等だ。不遜な息子に育てた事、魔人に後悔させてやる」
かくして急遽、皇剣アリーシア・セルと、セイジェンド・ブレイドホームのエキシビジョンマッチが開催されることとなった。
******
「さて突如として始まりますエキシビジョンマッチ。
一回戦を見事勝ち上がった英雄の一番弟子、天使の二つ名を持つセイジェンド・ブレイドホーム。
弱冠十歳ながら一線級の戦士と対等に戦うかの少年に指導を付けるのは、西の農業都市を守る皇剣、舞姫アリーシア・セル。
一対一の闘いならば皇剣最強とも称される彼女に、天使はどう立ち向かうのか。
番狂わせは起こるのか。
眼の離せぬ試合となりそうです」
いくつかある闘技台の中で、最も中央にあるものの上で、セージとアリーシアが向かい合う。
そんな二人を煽るのは、予定外の残業となったにもかかわらずテンションの高い実況の声だった。
「ほっほ、若い者は仕方がないのう」
そして解説席には新人戦同様に遊びに来ていたカナンがにこやかな顔で座っている。
シャルマー家としてはセージと決闘まがいの試合をすることは認められないのだが、最低限の建前は守られているため、深く考えずに観戦を楽しもうと思っていた。
カナンもまた、今を生きる守護都市民なのだった。
「カナン様はどちらとも深い交流がおありですが、このエキシビジョンマッチはどのような経緯で開催されたのでしょう」
「なに、大した事ではないのぅ。
試合では物足りなかったセージが、うちのアリーシャに手合わせを頼んだ。それだけの事じゃよ」
「なるほど。激戦の後にもかかわらず皇剣様に指導を頼むとは、天使セイジェンド氏は熱心な努力家なのですね」
儂は手合わせと言ったのじゃがのぅと、カナンは内心で呟いた。
もちろん実況が事の経緯を知っていることも、これを聞いている大衆に、都合の良い真実を信じてもらわなければならない立場なのも理解していたから、口に出しては何も言わなかった。
ただそれは悪手じゃろうなと、他人事のようにそんな事を思った。
そんな実況と解説のやり取りを聞きながら、セージとアリーシアは向かい合う。
「詫びて許しを請うなら今の内だぞ、セイジェンド」
「ここまで舞台が整ってそんな事を言いだすとか頭の中お花畑ですか。
あ、ちょっとそこ。私の勝ちに限度額まで。お金は後で払いますから」
後半は闘技台の外に向けたものだ。
決勝大会と違って予選では複数の試合場が設けられ、並行して開催されていた。
そのためこのエキシビジョンマッチを聞きつけた他の出場選手たちは闘技台の近くにまで群がった。
申し訳程度の警戒線は引かれて少しは離されたものの、彼らは砂を被るような場所に陣取っていた。
そんな彼らにも賭けの売り子は積極的に営業をしており、セージはその売り子のお姉さんに声をかけたのだった。
これに関しては明記するまでもない事だが、挑発の意図のない素の行動である。
「つくづく馬鹿にしてくれる。容易く倒れてはくれるなよ」
「――はっ。しまった」
アリーシアにそう言われて、セージははっとした。
正直なところ技が盗めればそれでよかったのだが、限度額まで――最終予選では一つの試合に日本円換算で百万円までかけられます――お金をかけてしまった以上、勝たなければならなくなった。
「まあいいか。
勝つか」
特に気負いもなく、アリーシアを恐れることも、そもそも関心を持つこともなく、セージはあっさりとそう言った。
それは何よりもアリーシアの怒りに触れる態度であった。
それは彼女を打ち倒した男の態度にそっくりだった。
「はじめるぞ」
「ちょ、お待ちください。
ああっ、試合開始っ‼」
アリーシアが駆け、セージが距離を取り、制止が無駄と悟った審判の悲鳴じみた開始の合図で、その試合は始まった。
******
アリーシアの武器は護衛用に持ってきた見栄えの良い装飾剣のみ。
それは愛用の武器ではないが、その程度は丁度良いハンデだと思った。
そう、思っていた。
アリーシアの剣は風だけを斬る。
セージはまるでアリーシアがどう剣を振るかわかっているかのように避け、竜角刀を振るってくる。
避けようにも避けられないそれは踏み込みが浅く、傷も浅い。
意識する必要もなく恒常的な身体活性でもすぐに塞がるような傷だ。
ただ服を刻まれ、薄皮と共に血が舞えば、実質的なダメージがなくとも周囲には劣勢と映る。
「これは思いがけない展開だ。セイジェンド氏はひらりひらりとその小さな体を生かしてアリーシア様の剣を避ける。
アリーシア様は苦戦しているのでしょうか」
「やりにくそうにはしているのぅ。
ほっほ。しかし心配するでない。
まだまだ様子見というところじゃて」
その通りだと、アリーシアは己を鼓舞する。
セージが神子であることは聞き及んでいた。
考えを読んでいるのか、或いは未来を見ているのか。
尋常ではない先読みの能力は、おそらくその辺りによるものだろう。
厄介ではあるが、打破できないものではない。
アリーシアは身体活性の強度を上げる。
セージと同程度の強化で勝ち切り、実力の差を見せつけようと思ったが、止めた。
セージの先読みと竜角刀の切れ味を考えれば、番狂わせが起こりうると認めたからだ。
「卑怯などとは思うなよ」
「ええ、こちらも遠慮せずに済みます」
にっこりと不敵にセージは笑う。
その笑顔に腹が立つ。
腹が立つが、しかし同時になんだか楽しくもなってきた。
アリーシアは剣を構えて突撃する。
その速度はそれまでよりも二段階は速い。
一般人はもとより、中級相当の戦士たちでも目で追えぬ速度だった。
だがその突撃よりも早く、セージは動き出している。
セージの足元から闘技台の石板やその下の土が吹きあがって、その土石がアリーシアを襲う。
「しゃらくさい」
アリーシアは剣を持たぬ拳でその土石を吹き飛ばし、その奥からさらに迫ってきた炎を剣で切り払う。
炎の裏に見えた人影に突っ込み、見えたセージに剣を突き立てる。
しかし全く手応えが無く見えていた姿が霧散しても、アリーシアは動揺をしなかった。
アリーシアは死角から飛んできた何かを拳で叩き落そうとして、直前で回避に転じる。
投擲されていたのは竜角刀だった。
アリーシアはとにかくその場から飛んで避けた。
周囲には魔力が満ちていて、魔力感知ではセージの居場所はわからない。
視認は出来るが、見えるだけでも四人いる。
幻像だろう。使えるという事は聞き及んでいたが、実戦に出してくるとは思わなかった。
「こざかしい」
アリーシアは全周囲に全力で魔力波を放つ。
それで幻像は消えた。
四つすべてが消えた。
どこに行ったと警戒を強めたアリーシアに、稲妻が落ちる。
闘魔術〈迅雷奈落〉。
セージが扱える技の中で最速のそれに、アリーシアは間一髪反応して見せた。
だが無傷ではない。
受け流した剣は折れ、躱しきれなかったせいで左腕は深く焼き斬られた。
しかし一方的にやられたわけでもない。
アリーシアは避けることに全力を注がなかった。
その技を感じ取った瞬間に、勝ち筋を見出したからだ。
大技を使って勢いよく着地したことで、セージの身体は硬直している。
その脳天に目掛けて、アリーシアの折れた剣が奔る。
セージは身をよじって躱そうとするが、そこに合わせる。
脳天は捉えられずとも、アリーシアの折れた剣は竜角刀を持つセージの右腕を斬り飛ばし、さらについでとばかりにその小さな体を蹴り飛ばした。
勝ったと、アリーシアは確信した。
その瞬間、彼女の下顎が切り飛ばしたセージの腕に殴り上げられた。
アリーシアはカエルのようにひっくり返り、セージはそのまま腕を己の下まで飛ばして、切れた根元に繋げて治した。
「な、な、な、なんという一瞬の攻防劇。
不肖、私めは実況の言葉を失っておりました。
上空に逃げたセイジェンド氏の奇襲が成功したと思いきや、アリーシア様の逆襲。
しかしてそこからまさかの再逆転。
斬り飛ばされた腕が飛ぶなど、ありえるのでしょうか」
「血翔拳と、言ったところかのう。
己の血を操るのは誰にでも出来るじゃろうが、……ああ、上級ならばな。出来るじゃろう。
じゃが落とされた腕を即座に利用しあのように簡単に治して見せられるのは、あやつだけじゃろうな」
実況と解説のやり取りの合間に、セージは投擲した方の竜角刀も回収する。
視線を観客の方に向け、遠い出入り口から走ってくる青年を一瞥してから、アリーシアを見下ろす。
「……もうすぐ、息子さんが来ます。
このまま負けを認めるなんて、そんなつもりはありませんよね」
ひっくり返って天を仰ぐアリーシアに、セージはそう言葉を落とす。
不意を突いた一撃で脳を揺らしたとはいえ、重さも魔力もまるで足りていない一撃で戦闘不能になるほど皇剣の肉体は常識的ではない。
焼き切られた腕とて治そうと思えば即座に治せる。
戦闘不能には程遠い。
「……いいや、私の負けだ」
しかしそうアリーシアは、そう答えた
白く霞を帯びた荒野の空とは違う、透き通るような青空を見上げて。
最後の一合、アリーシアは手加減を忘れた。
殺すつもりだったかと言えば、そうではない。
剣を合わせた短いやり取りの中で、殺しに行っても致命傷は避けるだろうという信頼のようなものが生まれていた。
その通りにセージは致命傷を避けた。
しかしセージは手加減を忘れなかった。
竜角刀を持った拳が、刀の切っ先を向けて襲い掛かって来たのなら、アリーシアの頭蓋はくし刺しにされていただろう。
そうはせずに手加減をした。
アリーシアはその一撃を貰い、倒れた。
だから私の負けだと、そう認めた。
そうして認めたからこそ、使うつもりのなかった力に手を伸ばす。
「だが、お前は私の全力を見たいのだな」
「ええ」
セージは静かにうなずいた。
感情の窺えないその声音は、見下ろすその目は、ただ美しかった。
「……死ぬことになるぞ」
「死にませんよ。私は不死身なんです」
「そうか」
アリーシアはゆっくりと立ち上がって、人込みを飛び越えて走ってくる息子を見る。
アルバートは大きなケースを抱えていた。
「寄越せ‼」
アリーシアが怒鳴り、アルバートは抱えていたケースをぶん投げた。
アリーシアは精霊からの魔力供給を受けて、自身の傷を完全に癒す。
顎の怪我はもとより、左腕の裂傷も火傷も完全に治って、溢れ出す魔力波が実体となって黒い煤を吹き飛ばし綺麗な白い肌が表れる。
投げられたケースをその腕で殴って、アリーシアはその封を解いた。
中から飛び出すのは八つのチャクラムと、二振りのダガー。
アリーシアは両手にダガーを取り、その周囲を八つのチャクラムが高速で回転して舞う。
闘魔術〈征天円舞〉。
アリーシアを守るチャクラムは攻防一体の結界。
四方八方から襲い掛かるそれは、近づくものを切り裂く刃の要塞。
「見せていただきます、母様」
アルバートが声援を送る。
一対一の戦闘では最強とも称される皇剣、舞姫アリーシアの姿がそこにはあった。
作中蛇足~~最強の皇剣について~~
政庁都市 サニア・A・スナイク←精霊様直属だから最強
守護都市 カナン・カルム←昔最強だったから最強
農業都市 ラウド・スナイク←最強だから最強
農業都市 アリーシア・セル←対人戦最強のはずだから最強
芸術都市 ワルン・レクターズ←出番ないけどたぶん強いから最強
産業都市 ロマン・タイジャ←なんか強そうだから最強
学園都市 ナマエ・キメテナーイ←決めてないけどとりあえず最強
商業都市 ケイ・マージネル←18歳JKだからさいかわ、つまり最強
結論 公式に皇剣の優劣は付けられないので、みんな最強と呼ばれます
それでは次回「くっころ女騎士(42歳)はショタ落ち二話」
どうぞお楽しみに
※これはおおむね嘘予告です
※JKはJKという意味です
※嘘です




