296話 必要に強いられてるんです許してください
守護都市のとある大衆食堂で、カインは爪楊枝を噛んでいた。そこはギルドに登録するまでカインが働いていた店だった。
「あんた暇なら手伝いなさいよね」
「えー、やだよ。俺は客だぜ。もてなせよ」
ウエイトレスの少女に言われて、カインはやる気のない様子でそう言った。
カインはミケルやレイニーと一緒にギルドの仕事――を通じた懇親会――をする予定だったが、待ち合わせの時間よりも早く来すぎたために時間を持て余していたのであった。
尚、セルビアは荒野に出てからより多く実戦に出れるようにと養成校での授業を優先したため、今日は不参加となっている。
「客なら何か注文しなさいよね」
「もう飯食ったし、これ以上はいらねえよ。
ったく、あいつら遅いな」
カインは愚痴をこぼしたが、今の時刻は朝の9時で、待ち合わせの一時間前であった。
「ほんとに待ち合わせの場所ここなの? あんた一人だけハブられてるんじゃないの」
「ねーし。俺は優勝者だからな。一番強かったんだからな。除け者にされるとかマジねーからな」
「そういう態度が悪かったんじゃないの。あー、よしよし。お姉さんが慰めてあげるからね」
ウエイトレスはそう言って、カインの頭をよしよしと撫でる。カインはそれを煩わしそうに払った。
「ガキ扱いは止めろ」
「ははは、仲がいいね。どうだいカイン。戦士の仕事なんて危ない事はやめて、うちの子と一緒に店を継がないかい」
「お父さんっ‼」
ウエイトレスは顔を赤くして店長の父親を怒鳴りつけた。
「それもねーよ。俺は皇剣になるんだよ。つーかそんな事ばっか言ってると娘に嫌われるぞ」
ウエイトレスはふんっと、不機嫌に口元をへの字に曲げ、そっぽを向いて厨房に引っ込んでいった。
店長は困ったように笑って、頭をかいた。
「ほらな」
「いや、あれはな――」
「お父さんっ‼」
娘の怒鳴り声が響いて、店長はびくりと肩をすくめた。
「――ああ、なんだ。
その、カインには良い人っているのかな」
「は? いねえよ。今はそんな事、言ってる場合じゃねえし」
「新人戦に優勝したっていうのに、さすが上を見てる子は――と、いらっしゃい。
ああ、ケイ様。どうぞこちらに」
朝食を求めた客が引き、時間潰しに居座っていたカインしかいなかった店に入って来たのは、ケイだった。
「どうも。カイン、あんたもいたのね」
「いちゃ悪いのかよ」
「別にそういう訳じゃないわよ。まだ時間早いでしょ」
カインは首を傾げた。何で待ち合わせの時間を知っているのかと、その顔に書いてあった。
ケイは店長に注文をしてから、そんなカインの疑問に答える。
「遅い時間だけど、モーニング良い?
ありがと。
マリアから聞いてたのよ。
で、今日はセージの試合でしょ。仕事で交流するもいいけど、それなら試合見学でもいいんじゃないかってね」
「……ああ、ミケルたちは見に行きたそうにしてたな。
予選でも結構チケット高いし、そもそも抽選取れるかわかんないしで、諦めてたけど」
「なに? 気のない返事。カインは見に行きたくないの?」
カインはぶすっとした表情でケイから目を逸らした。
見たくないかと聞かれれば、見たい。
ただ――
「セージが嫌そうにしてたからな」
――はっきりとではないが、何となくそう感じられた。
「……え? なんで?」
「わかんね。あいつ秘密にしてることクソ多いし、たぶんそんな感じだろ」
「どんな感じよそれ。
えー……、じゃあ止めた方が良い?
私、見に行きたいんだけど」
「別にいいんじゃね。はっきり止めろとは言ってなかったし。
っと、来たぞ」
カインがそう言って、厨房から料理を運んできたウエイトレスに声を向ける。
「あ、来た来た。ありがと、変な時間に」
「いえ、仕事ですから」
「愛想悪いな、まだヘソ曲げてんのかよ」
「曲げてないわよ」
ケイはモーニング定食(卵とハムのサンドイッチとミニサラダとコンソメスープとコーヒー)を受け取り、そんな二人のやり取りを見て、笑った。
「ねえ二人って付き合ってるの?」
「ねえよ」
「違います」
カインとウエイトレスは同時に否定の言葉を口にした。
ケイはミニトマトを頬張りながら相槌を打つ。
「そっか」
「なんだよ」
「ううん。大した事じゃないの。
付き合ってるんなら、恋愛ってどういうものかなって、教えて欲しかったから」
コンソメスープを飲んで一息つくケイとは対照的に、カインは不機嫌に口元をへの字に曲げた。
ケイがアルバートから告白されたことを思い出したのだ。
そのへの字は先ほどのウエイトレスのような角度だった。
「付き合うんだっけ、セージが負けたら」
「……まあ、うん、そうなると思う」
「は?」
気落ちした様子でサンドイッチを頬張るケイに、カインは呆気にとられた。
そんな答えが返って来るとはみじんも考えていなかったのだ。
「私は皇剣だからね。
子供を残さないといけないし、その相手は最低でも上級の、強い魔力を持つ人じゃないとだめだもん。
アルは魔力量も家柄もしっかりしてるし、向こうから言い出してるから婿入りって形に出来るのよね。
だからマージネル家の方は割と乗り気なのよね」
「エースの爺さんもかよ」
見損なったと吐き捨てるカインに、ケイはひどく嫌そうな顔をする。
「お爺様は反対してるよ。反対してるんだけど、ね」
「なんだよ。もったいぶんなよ」
「セージがさ、ジオの子じゃないって話があったでしょ。
それを聞いてセージが一番相応しいって言いだしたのよ」
カインは空いた口が塞がらなかった。
「馬鹿げてるでしょ。
でもお爺様は本気で、セージになら嫁入りさせてもいいとか言い出して。
周りは止めてるし、私もセージだけは嫌だって言ってるんだけど、だったらアルにするのかって。
ほんともう、今は家にいたくないのよね」
心の底から困ったものだとため息をつきながら、ケイはモーニング定食を食べきり、コーヒーを啜った。
「もしかして俺らを誘おうと思ったのも、家から離れて観戦したいからか」
「それよ。
ブレイドホーム家のブースなら細かい事は言ってこないでしょうからね。ついでに観戦を邪魔するお偉いさんの挨拶も躱せるから一石二鳥よ」
ケイはたくましい胸を張ってそう言った。
ちなみにそれが終わった後で確実に行われる祖母からの説教は考慮していない。
ケイは今を生きる少女なのだ。
「……俺は別に何も言わないけどよ。他の奴ら次第だぜ、それ」
「うん。それでいいよ。当然だしね。
御馳走様。それじゃあ私も待たせてね」
「……はい。どうぞ」
ケイの食べ終わった食器を厨房に下げたウエイトレスは、楽しそうに弾むケイとカインの会話を盗み聞きしながら、目に涙を浮かべた。
店長はそんな娘の頭を優しく撫でて、強烈なボディブローが返されることとなった。
尚、もうすでに仕事の予約を取ってあったため、生真面目なミケルとレイニアが今更キャンセルする訳にはいかないからと、ケイの誘いは断られた。
家から逃げ出していたケイはしかし、そのまま別れる事はしなかった。
このまま帰って夕方までお説教&礼法という厳しい現実から逃げるため、三人の仕事に付いて行った。
そこで有名人と同じ名前なだけの野良の騎士ですと言い張って三人の仕事(出店の売り子)を楽しく手伝い、そして帰ってから物凄く怒られた。
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最初は心を躍らせていた。
彼の初戦の相手は天使の名を背負う、次世代の英雄。
華々しい風評の全てが真実ではないにしても、多くの耳目に晒される武闘祭に出場した以上、その実力は年齢を大きく超えたものであることは間違いがない。
剣を交え、三十路を超える己と同等の魔力と剣技を持つ十歳の少年には驚愕を覚えずにはいられなかった。
新人戦で勝ち上がっていたセルビアも化け物だと思っていたが、確かにこの兄は頭一つ格が違うと。
間違いなく次世代の英雄だと。
そんな少年に、彼は全力をぶつけた。
勝ちを譲ろうなどとは思わない。
彼は外縁都市のハンターだが、しかし守護都市で言えば中級中位相当まで鍛え上げた歴戦の戦士である。
多くの才能有る若者を見てきた戦士である。
ここで手を抜いて偽りの勝利を与えれば、いらぬ増長を与えるだろうと、そう考えた。
ただでさえ名家の情報戦略で、実力に見合わない実績を与えられ誉めそやされているのだ。
彼が負けてしまう事は、少年の才能に蓋をしかねないことだと考えた。
そこには天使に勝つことで、己の名が上がるだろうという欲も混じっていた。
途中で、違和感を覚えた。
彼は魔力量と剣技が同等ならば、己の勝ちは確実だと判断していた。
体格と体力、そして何より経験で勝るのだ。
勝てぬはずが無いと。
だが何度となく剣を交わしても、少年の顔には汗一つ浮かんでおらず、呼吸はみじんも乱れていない。
後になって振り返ってみれば、本当はもうこの時には気づいていたのかもしれない。
互角なのは表に出ている魔力だけで、内に秘めたものには隔絶とした差があることを。
違和感はそれだけではない。
使った技が、返される。
最初は偶然だと思っていた。
彼が使う技は、目の前で足元に落ちる〈弧月斬・落葉〉、目の前で散弾へと形を変える〈衝弾散〉などの、基本技の派生が多い。
他の道場で似たような技が教えられていても、おかしくはないものだ。
だがそれでも同じ技を返されることが続けば、遊ばれているような不快感が浮かんでくる。
なにより少年は、一度目は同等の技を打って来て、二度目以降は彼よりも洗練した形で技を放ってくるのだから。
遊ばれているという感覚は、間違いなく正しかった。
戦いを続けることが滑稽なことだと、惨めな思いで心が満たされた。
彼は長引く試合に焦れて、オリジナルの闘魔術を使った。
試合時間は残り少なくなっていた。
互角の戦いではあったが、時間切れで判定になれば名声で勝る少年に軍配が上がると思っていた。
或いは思い込もうとしていた。
互角の勝負だと己を誤魔化しながらも、もうその時には気が付いていた。
少年は技を盗んでいる。
それも戦いの最中に。
そしてこの少年は、いつでも勝てると彼を見くびっていることに。
だから使った。
彼が持つ初見殺しの奥の手を。
オリジナル闘魔術〈閃光斬〉。
爆音と閃光を生み、斬りかかる。
ただそれだけの技は、存外に有効なのだ。
彼が全力で生み出す光と音は、心構えをしていない対等の相手ならば、確実に目と耳を奪える。
そしてその二つを失って、パニックに陥らないものはそうはいない。
あとはそこに一撃を加えるだけ、それだけでいい。
だが目と耳を奪われたのは、少年ではなく、彼の方だった。
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親父に使える技がないかなと思って、切り札待ちをしながらてきとうに流していたのだが、切られたそれは割と残念な感じだった。
間違いなく親父には通用しない。
というかたぶん上級の戦士にも通用しない。
使われたのはフラッシュグレネード的なもので、使う前に何をしてくるかわかっていたので、私も同時に同じ技を使ってみた。
あえて私は防護層の強化はしなかった――もしも目と耳がダメになっても魔力感知で見えるからね――のだが、普段からまとっている分で十分減衰されて彼の技はちょっと眩しくてうるさい程度にしか感じなかった。
対して彼は私が使った技で目と耳が完全に潰れたようで、パニックに陥っている。
……治してあげたら、別の技見せてくれるかな。
いや、ダメだな。
審判さん(上級の人で知り合いだよ)がすっごい顔して睨んでる。
弱い者イジメしてんなよって顔だ。
わかりましたよ。終わらせますよ。
見れた技はぶっちゃけ実戦的ではあるけど、親父対策としての価値はなかったし。
他の技もたぶんそんな感じだろう。
私はとりあえず彼を気絶させて、勝ち名乗りを受けて、目と耳を治してあげてから闘技台を降りた。
そして――
「最後は呆気ない終わり方だったな、天使セイジェンド」
――知らない少年に出迎えられた。
その少年の後ろには、憎悪と敵意をひた隠しにしている皇剣アリーシア様が控えている。
すごく怖いけど、この人なら親父にも通用する技を持ってるよね。
相手は偉い人だけど、やる気満々だから仕方ないよね。
私は平和主義者の一般市民だから喧嘩なんてしたくないけど、どうしてもって言われたら仕方ないよね。




