2話 困難からの出口
1970年代のアメリカでは、女性の職場における平等問題が広く叫ばれていた。
とは言え、ラブは自分と子供たちを養うことに必死で、そのことについて深く考えてはいない。
もちろん平等であれば、女性の職務領域が広がる。
そうすれば、給料も増える。
それは、ラブにとっても嬉しいことだ。
同時に、女であっても男と同じように仕事をこなすよう要求されることにもなる。
コレクションオフィサーとは、日本で言えば、刑務所の刑務官のことだ。
受刑者の改善や矯正などの指導をしたり、時には、体を張って、揉め事を阻止したりする。
ラブは、背は高い方ではなかったけれど、体はがっしりしていた。
そして、気も強い。
当時、刑務所では、女性のコレクションオフィサーの候補者について検討していた。
そして、ラブの上司、ゴードンは、ラブが適任だと思ったのだ。
ラブは、ゴードンを尊敬していた。
正義感が強く人徳がある。
彼の誘いは、ラブにとって自分が認められたようで嬉しかった。
とは言え、ラブは即答していない。
ラブは、それまで自分がコレクションオフィサーになりたいと思ったことはなく、またその仕事は挑戦でもあったからだ。
自分が先駆者となるのはもとより、肉体的負担も考えなければならない。
特に、女性だと囚人に舐められる恐れもある。
それでも、男子刑務所の方が、女子刑務所よりやりやすかった。
男囚は、女性には敬意や親しみを持ってくれることが多い。
アメリカ人男性は、母親や姉妹を大切にするところがある。
だから、女性職員にも同じように接してくれたりする。
ところが、女囚はそうではなかった。
女囚は自分の母親との関係が悪い場合が多い。
それゆえ、女性コレクションオフィサーを自分の母親と重ねて忌々しく思ったりする。
とは言え、そこでも女性刑務官が必要とされていことには変わりない。
ラブは、ジョーンとの再会がなくても、コレクションオフィサーにはなっていたかもしれない。
ただ、ジョーンのあの尊敬の念は、ラブにとって快感だった。
自分も胸を張って生きていけるような、そんな気がしていた。
それからしばらくして、試験に合格したラブは、文字通りカリフォルニア州の最初のコレクションオフィサーになった。
彼女は男囚の刑務所勤務に着く。
それから、順調な年月が過ぎていく。
ラブは、引き続きロサンゼルスのジョーンと連絡を取り合っていた。
それはラブがと言うより、ジョーンがラブを気遣ってのことで、ラブの方からロサンゼルスに行くこともない。
そしてある日、刑務所で、囚人の一人が脱走を図るという事件が起こった。
刑務官たちは囚人を捜す。
そうした中で、ラブは、ふと通路で何かを感じ、振り返る。
すると正にその時、巨体の脱走囚人が、ラブの方へ突進しているところだった。
この囚人は、背の低い女性コレクションオフィサーに襲い掛かろうとする。
それは彼にとって、最後の抵抗だったのかもしれない。
ラブは、囚人の襟元を掴むと、後ろへ倒れ、彼の勢いを使ってその巨体を自分の後ろへ投げ飛ばす。
その瞬間、ラブは腰に異変が起きたのを感じた。
投げ飛ばされた囚人は、駆けつけたコレクションオフィサーたちに取り押さえられる。
この囚人は、それから長く、刑務所に閉じ込められることになる。
そして、この日、ラブの女性コレクションオフィサーとしての仕事は終わりを告げた。
ラブの腰は完治するどころか、まともに歩けないほどひどく故障していた。
ラブは、身体障害者になってしまったのだ。
それは彼女にとって、青天の霹靂とも言うもので、これを受け入れ、立ち直るのは簡単ではなかった。
もちろんラブは、自分の不注意だったのも分かっている。
あの巨体を投げ飛ばした時、自分の腰を、少しひねってしまったのだ。
ラブは、ベッドの上で考える。
驚くに値しないと思う。
これが自分の人生なのだ。
少し上向きになると、いつも何かが起こる。
そうして人生は、何度も何度も自分を打ちのめそうとする。
「いや、そう考えてはいけない」とラブは思いなおす。
楽ではなかったけれど、いい思いもしたではないか。
カリフォルニア州の最初の女性コレクションオフィサーという名誉も得た。
それで自分の人生は、良かったということにしよう。
ラブは、そう思いながら、むせび泣いた。
ジョーンはラブを心配し、ロサンゼルスに戻るよう勧めていた。
故郷へ戻れば、家族や友人たちが助けてくれる。
とは言え、それはラブにとってあまり気の休まる場所でもなかった。
誇り高く頑固なラブは、身体障害者になっても、しっかりと自分で生きていきたかった。
そのころ娘のアマンダは、高校で知り合った男の子と結婚し、早々と息子を産んでいた。
そして物価の高いカリフォルニア州を去り、北のワシントン州へ移り住んでいる。
ラブは、アマンダの早い結婚を良く思っていなかったのだけれど、自分のことを考えると反対もできなかった。
自分も若い時は分からなかったのだから、この娘に言っても分かるはずはないと思う。
少なくとも、娘の夫は家族を養おうと努力しているから、それで良いと思うことにする。
とにかく子供たちには、自分のような間違いを繰り返して欲しくないと思っていた。
同時に、それを子供たちに言えば言うほど、彼らを追い詰めるのも分かっている。
自分にとって、元夫は他人だけれど、子供たちにとっては父親なのだ。
だから問題や不満を言うのではなく、自分の幸せな様子を見せた方がいいに決まっている。
そうであれば、どんな状況であれ、自分はしっかりと生きていくしかない。
ラブはそう思いながら、出口のなさそうな自分の人生に、出口を捜そうとしていた。




