第8話
この皇太子の住まう建物は、やはり皇太子殿下というだけあって広く豪華だ。
明紅は別室に通されて身体検査を受けた。なんの荷物も持っていないのに身ぐるみはがされて辱めを受けることになる。
しかし、それが終わると皇太子との対面だ。
高級なお茶と菓子を出され、皇太子と対面でおしゃべりという名の面接が始まる。
最終的に出てくる言葉は事前に決まっていた。
「うちの従者として働かないか?」
これである。
「拒否権はないのでしょう?」
にこやかな笑顔で、皇太子は言い切る。
「ああ、ない」と。
「では、お試しで3日ほど働かせてくださいませんか?」
「それはいい。合わない場所で働くことになれば苦痛になる」
そうして、明紅は皇太子の従者として働くことになった。
明紅は今まで多くの人に化けて、その人に成り代わって一時を生きた。しかし、今回のように誰かの従者になることなど一度もない。
その日は建物の中を案内されるだけで済んだが、明日から本腰を入れてやると言われてしまい、ひっ、と声を上げてしまったのだった。
翌日、予定通り皇帝がやってきた。
明紅は下っ端のうちの下っ端なので、皇帝の目の前に出ることは難しい。しかし、この機会を逃すわけにはいかなかった。
「先輩、先輩っ!」と小声で指導してくれている先輩女官に声をかける。
「ん?」
「帝の姿、見てみたいです」
上目遣いで手を胸の前で握りしめる。
「……仕事なさい」
冷めた目で見られたので、明紅は唇を尖らせた。
「えー、でも、ここから帝に見初められて、後宮に入った女官もいるって聞きましたよ」
「それはそうだけど、あなた仕事中よ」
「じゃあ、隙間から少し見るだけにするので、少しだけ休憩ください」
「……隙間から少し……それならいいわよ。迷惑かけないでちょうだいね」
「はーい!」
明るい少女を演じ、見事なチャンスを得た明紅は、その場をあとにして誰もいないところで狐の姿になる。
そのまま気配を消して従者や護衛のいる場所を堂々と歩く。
そうしてやってきた応接室に、帝がいた。
その姿を観察し、脳裏にこれから殺そうとしている人間の姿を焼き付ける。
忘れないように、じっと観察し続けた。
そして、三日目には明紅は町に戻っていた。
無事に解雇してもらったので、家に戻るのである。
家に戻ると誰とも話すことなく、体を清め、儀式の間へと向かった。
なにもない儀式の間の真ん中に鎮座し、瞑想をはじめる。
心に静寂が訪れると、静かに立ち上がった。
頭の中に焼き付けた帝の姿を思い浮かべる。
そして、右手を高く挙げる。
手を挙げたときに揺れた袖からキラキラしたものが舞い上がった。
その輝きを掴むように手を握れば、剣へと変わる。
帝は今、執務室で仕事をこなしているのが見えていた。
その仕事をこなす帝の背後に回り、そして剣を振った。
17代目皇帝が崩御したという公布が町中に知れ渡ったのは、二日もしないうちだった。




