第9話
妖鬼界の人里離れた山の中。
そこにある山小屋で、明紅は毎日を過ごしていた。
俗世から離れ、精神統一をすることに集中し、毎日修行を積む。
誰もいないからこそ、一つの行動が丁寧になる。
明紅はそんな毎日を過ごすのが好きだった。
そんなある日、明紅の縄張りであるこの山に人が来た気配を感じた。
妖怪ではない。「人」である。
おかしいと思いながら、山のふもとに移動すると移動した目の前に子どもがいた。
まだ幼そうな見た目で、年は10にも満たないだろう。
「どうして人間がいる?」
「分からない」
「分からない?」
「起きたら、ここにいた」
「はぁ?」
起きたらここにいたというのは意味の分からない話だった。
しかし、よくよく観察してみると、その人間の姿はなにか違和感があった。
違和感──それは、完全な人間ではないということ。
人間の血はかなり濃いが、妖の血も混ざっている。
人間と妖、それぞれの血を引いて生まれたものを半妖と言うが、この子供はなんとも言い難い混ざり方をしている。
一度だけではない。
繰り返しだ。
繰り返し、色んな妖と人が混ざり合っている。
その妖はおそらくだが明紅や清陽と同じ強さ、力を持っている。
修練すれば、明紅や清陽と同等の力を持てるかもしれないが、人間の血のほうが濃いので難しいだろう。妖に転じるしかない。
「家はどこだ? どこの国だ?」
「月沈国」
その国名を聞いて、はて、と首を傾げた。
ある噂を聞いたことがあった。
『月沈国の有名な貴族が妖になろうとしているらしいよ』
それは、ずっと昔から聞いたことのある噂だった。ここ数年で流れ始めた噂ではない。
『どこの一族?』
記憶をたどるように、頭の中にいる話し相手にそう問いかける。
『胡明一族』
心臓がどくん、と音を鳴らした。
また、あの一族か。
しかし、この少年を見てもなんの未来も見えない。
ただ、怪しい血の香りを感じるだけ。
「お前、名は胡明、なんとかだろう」
少年は目を見開く。
「え、なんでわかるの?」
「なんとなく。なんて名前?」
「胡明然」
「明然。いい名だ」
「お兄さんは?」
「明玄」
偽名を口にすると、少年はにっと笑ってこう言った。
「それ、偽名でしょ」と。
「なんでそう思う?」
「んー、なんとなく? 昔から嘘は見抜けるんだ」
ああ、やっぱり。
妖に転じたら最高の妖になれるのに、と明紅は思う。
そして、深く残念に思った。
「本当の名前を教えてあげよう。特別だよ」
「うん」
「明紅。字は紅陽だ」
「明? もしかして、お兄さん妖狐で一番偉い一族?」
「よく知っているね」
「お父さんが言ってた。妖狐の明の血を引いているって」
まさか。
「まさかだけれど、君の父親、胡明宇?」
「え、そうだよ。何で知ってるの?」
なんの因果だろうか。
胡明一族は大勢いるというのに、よりにもよって胡明宇の息子と出会うとは思いもしないだろう。
今、月沈国はどうなっているのだろうか。
しかし、この少年の身なりは皇族とは到底思えない貧相なものだ。
糸はほつれているし、髪に艶もない。
「どうせしばらく戻れない。家に上がるか」
「うーん。そうだね。戻るすべはあるのかな」
「僕一人だったらすぐ移動できるけれど、君を連れて行くとなると、ここから自力でいかないといけない」
「うえー」と、少年は面倒だと言うようにため息をついた。




