第7話
一か月後。
明紅は、来ないだろうと思いながらも後宮の廟へとやってきていた。
しかし、廟の前にたどり着くと、廟の建物の中に皇太子がいたのである。
「本当に来ているとは思わなかった」と告げながら中に入ると、皇太子はなにか言いたそうな顔をしてこちらを見た。
「私が他の神に祈祷すると思いましたか」
「思った。そのときは実際に思っていただろう」
「はい。でも、思ったんです。俺が祟られたら意味がないって」
思わず笑ってしまった。そして、明紅は皇太子の横にある壁にもたれかかる。
「証拠は集めた?」
「証拠……にはならないと思います。でも、いとこ……伯父の娘にあたる人です。その方が、『自分が若くして死んだら靖川を疑え』と言っていたと」
「その娘はどこにいるんだ?」
「先帝の皇后と共に、後宮の奥深くに幽閉されています。位置としては、この近くです。この廟の存在も、姉さんから教えてもらいました」
どうやらそのいとこの公主のことは「姉さん」と呼んで慕う関係らしい。
「なんでその幽閉されている公主に殿下は接触できているのか気になるな」
腕を組みながら聞くと、皇太子は「たまたまです」と言った。
「たまたま?」
「勉強が嫌で逃げ回っていたら先帝皇后と姉さん……いとこの住んでいる宮を見つけたんです」
「本当にたまたまだね」
嘘のない返事に明紅はそう答える。
「警備は緩いの?」
「外から鍵がついているだけなので」
「ああ」
その娘に会ってみようかと考えたが、すでにこちらで裏は取れている。17代目皇帝が16代目皇帝を暗殺して17代目皇帝に即位したのは間違いない。
「君の願いを改めて聞こうか」
「私の実の父親であり、17代目皇帝を殺してほしいのです」
「君の願いを聞き受けよう」
「本当に殺してくれるのですか?」
「殺すよ。でも、殺すには二通りある」
明紅は指を一つ立てる。
「一つ。目視で本人の顔、姿を確認し、彼の死を念じて命を奪うこと」
そして、次は一つ増やして指を二本立てた。
「二つ。最も近しい存在に化け、この手で殺すこと」
その二つの選択に、皇太子は深く二度頷く。
「一つ目のほうがいいかもしれないですね」
「あえて二つ目を選ぶ理由はないからね」
皇太子は腕を組みながら考え始めた。
どうやらここまで一緒になって考えてくれるそうだ。
優しいのか、それとも父親のことを殺したくてたまらないのか。
「私の宮の従者になってください。そうすれば、父の姿を見ることができます。私の春宮に、明日父が訪れる予定です」
「いい案だ。その提案に乗ろう」
そして、策を練り、一度後宮の外で落ち合うことになった。
後宮の外に出たときには、明紅は町娘の格好をして町人の中に紛れ込んで歩いていた。
町を歩いていると、皇太子が付き人や従者を連れて歩いている。周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩いていた。
皇太子すらも気づかない変化に、自分の化ける能力は素晴らしいのだと誇らしくなる。
しかし、本当に見失ってしまっては困るのだ。
明紅は鈴をチリン、と4回鳴らした。
その音に皇太子の視線がこちらに向かう。
「あの娘を連れて帰る」
皇太子の言葉に、従者が目を丸くした。
しかし、明紅がその場から離れる素振りを見せれば「早くしろ」とせかす。
「お嬢様」と、明紅は声をかけられた。
「あら、どうかされたの?」
「皇太子殿下が、お茶をともに飲みたい、と」
「皇太子殿下?」
一芝居うっていると楽しくなってしまうものだ。
「まさか、私が? 違う人ではないですか?」
「いいえ。あなたを連れて帰りたい」
皇太子が目の前にやってきて、いつもより背丈が低い明紅の視界をすべて奪う。
男の姿であれば背丈はずっと明紅のほうが高いが、女の姿になると皇太子は意外といい体格をしているのが分かる。
「……では、喜んで」
そう言って拱手をし、明紅は頭を下げた。




