第4話
明紅は「くくくっ」と笑った。
影の深い場所に立ちながら、皇太子を見下しながら笑う。
これ以上邪悪そうな男はいないだろうと、明紅は高をくくった。
「そんなのいらないよ。君の人生だとか命をもらったとして、なんの価値にもならない」
その言葉に、皇太子は眉間を寄せて「じゃあ」と呟く。
代替え案でも出すつもりなのかと思ったが、次になにを言うのかと待ち構えた。
「俺はこの国の皇太子だぞ。二番目に貴い身分だぞ」
皇太子は、腰につけていた剣を鞘から抜き、明紅の喉に突き付けた。
その手は震えているせいで、喉に軽く剣先が刺さり、血が垂れる。
「君が私の喉を貫けば、その瞬間、君の命はない。殺すという願いも叶うことはない。代わりに君が消えるだけだ」
「じゃあ! どうすればいい!?」
ついに大声をあげた皇太子を見て、明紅はにやりと笑った。
「一か月、君にあげよう。一か月の間に証拠を集めて。一か月後、ここにまた来るから」
「……もし、他の妖怪に祈祷したら?」
「天狐さまもそうだけど、妖怪なのに神として祀られている存在に一度でも祈祷したら、他の神に同じ内容で祈祷すると、祟りが起きる」
「……わかった」
ああ、嘘だ。
ダメだ。この子は。
明紅は首に刺さっていた剣を指で払い、その場から気配を消した。
それから帰宅すると、明紅は清陽に報告をしていた。
「そうか。それで、これからどうするつもりだい?」
「天界、そして地獄へと向かいます。双方にある人界の情報を探り、裏を取ります。その前によそへ祈祷されたら手を引きます」
「分かった。何かあれば呼ぶ」
「承知しました」
明紅は頭を下げて執務室を後にした。
その翌日、明紅は天界へと訪れる。
天界は数多くの国の天国と繋がっている。
まず先にやること、それは──。
受付である。
「妖鬼界からお越しの明紅陽さま」
清楚な色合いの着物を着た女子が受付の前できょろきょろの周りを見渡す。
「あっ、はい」
手を挙げて立ち上がると、その女子がにこりと笑った。
「はじめまして。私は案内をする藤原と申します」
「その名からすると東にある島国の豪族の方ですね」
「はい。死後こちらで働いています」
「転生しないのですか?」
「ここでの仕事が楽しいので」
そんな無駄話をしている間に「月沈国裴王朝」と書かれている書物庫へといつの間にやってくる。
どこかで転送されたのだろうが、全く気が付かなかった。
「こちらになります。机はこちらにありますので、自由にお使いください。使い終わりましたら、受付のほうへ」
「分かりました」
受付の藤原氏が出ていくと、明紅は周囲の本棚を見た。隣は空白だが、隣は「李月国沈王朝」となっている。
そうなれば、その前は──。
「李月国李王朝」
書かれている文字を読み上げたとき、後ろから「珍しい人ですね。いや、キツネか」と声がして振り返った。
机に向かって書物を読む天狗がいた。
「天狗がいるのも珍しいではないですか」
「仕事ですよ。仕事」
天狗の仕事は妖鬼界、もしくは人界にいる妖怪に関わることの警察仕事となる。
それを考えるに、ここにいるということは──。
「王朝の関係者が妖に転じて警察沙汰にでもなりましたか」
「そもそも王朝関係者が妖だったかもしれないということを考えないあなたはまだ青二才ですね」
その言葉に、明紅の眉がピクリと動いた。
「なんですって?」
「あはは、冗談ですよ。冗談。紅陽殿、まあ落ち着いて」
その天狗は青ざめた顔をしていた。
それもそのはず、明紅はその天狗の胸倉をつかんで宙づりにしていたからだ。
「あなたは私よりもずっと年下だと言うのに。私があなたに敬意を払っていることを忘れない方がいい」
「はい。承知しました」
手を離すと、天狗が胸元の襟を正しながらこちらをちらりと見た。
「いい加減、あなたも生意気な態度をとるのをやめたらどうですか。汪天殿」
汪天、それが天狗の名前だ。
この二人は数百年には全くなってないが、数十年の付き合いがある。
「あなたの態度があまりにも面白いので」
気味悪く、汪天はくすくす、と笑った。




