第2話
『明紅、仕事だ』
頭の中に響いた清陽の言葉に、明紅は目を開けた。
座禅を組んでいた足を伸ばす。
『今行くよ』
明紅は、念言術を使って言葉を送り届けた主に返事をし、清陽の元へと向かう。
念言術を使えるのは、妖怪の中でも百人もいない。厳しい修行を積み、妖術を歩くことのように簡単に使えるものではないと使うことはできない。
清陽はこの時間は執務室にいるので、明紅は執務室へと急いだ。
執務室にやってくると、扉の前に来ただけで清陽が「おいで」と声をかけてくる。
さすがこの国で初めて天狐になった存在だ。
気配を察知することなんて朝飯前だろう。
扉を開けると、俺は「おじいちゃん、来たよ」と声をかけた。
「おじいちゃん」と呼ばれた青年は、「その呼び方はやめてよ」と言う。
青年は清陽である。
白い長い髪を簪で束ね、赤い衣の上に黒の羽織を着て執務室の机に向かっていた。
見た目は若い青年そのものだけれど、彼がこの妖鬼界を統治している存在、『天狐さま』だった。
そして清陽の右腕が、この明紅である。
「今回、紅紅には祈祷の件を対処してもらおうと思ってるんだ」
明紅は、「紅紅」と言われたことに眉をぴくりと持ち上げた。
「その呼び方やめて。もう子供じゃないんだから。俺も『おじいちゃん』って呼ぶよ」
「ふふふ、悪かったね。じゃあ、改めて紅陽と呼ぼうか」
紅陽という呼び方は明紅の字だ。
曾祖父である清陽は字で、彼にも本名の明白という名があるが、その呼び方をできるのは、彼の夫だけだ。
本名を呼べるのは特別な人だけであり、明紅のこともそうと呼べるのは曾祖父と実の両親だけで、その名で呼んだことのある赤の他人はいない。
「夜中に祈祷があったんだ。その内容は『皇帝を殺してほしい』というものだ」
物騒な祈祷に、明紅は耳を疑った。
「皇帝陛下を殺せって? 誰がそんなこと……」
「祈祷したのは名前を述べていなかったので分からないが、『私の父』とも言っていた。要するに皇太子もしくは皇子だな」
「皇位争い?」
明紅が清陽に聞くと、彼は肩をあげて「さあ」と言う。
「とにかく殺してほしいと。憎悪と殺意がこれ以上に満ちた祈祷はない。我々が祈りを聞いて先に殺すか、本人が先に殺すかどうかだ」
「分かった。で、清陽、それどこの国?」
「月沈国、裴王朝だ。私の神像は後宮内にある。女官に化けて入るといいだろう」
「分かった」
明紅は執務室から出て神像の本尊があるところへと向かった。
「さて」と言うと、念を唱えて妖狐の姿になる。
そして、一匹の狐は本尊に向かって歩き出す。
その狐と本尊が重なり合ったとき、まばゆい光が放たれる。
光が収まると、そこから狐の姿は消えていた。




