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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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8/11

停滞

翌日。




透は腹痛で目が覚める。



「....っ!?」



腹を抑える。


冷や汗。


吐き気。


眩暈。



「なんだこれ。最悪だ.....。」




立ち上がる。



しかし、

ふらついて木にもたれる。



白いカラスはその様子を

木の上から眺めていた。




「......水か。」



透は昨日汲んだペットボトルへ手を伸ばす。


濁った雨水。



ほぼ確定でこれに違いない。


「.....っくそ。」




そして思い立ったかのように

リュックを漁る。



薬。



透は乱暴にそれを

リュックから取り出す。



だが、

どれを飲んだらいいのか思い出せない。




「ちゃんと聞いとけば良かった....。」



数日前、端末の説明のもと

回収した薬を地面に並べる。



「どれを飲めば.....。」



すると急に、

胃がひっくり返るような感覚が襲う。



思わず口を抑える。


そのまま木の根元へしゃがみ込み、

しばらく動けなくなった。




風が吹く。


葉が揺れる。


波の音。


そんな静寂の中、

ひとりもだえ苦しむ声が響く。




白いカラスが鳴いた。



透は返事ができない。



カラスは首を傾げた。





「......今日は無理だ。」



誰に言うでもなく呟く。


リュックを引き寄せる。



立て掛けていた端末が倒れ、

地面を転がった。




「......イッコさん。」



当然返事はない。



黒い画面。



沈黙。



透は端末を傍に引き寄せ、

その場に横になる。



いつの間にかカラスは

木の上からいなくなっていた。


どんより重い空。


流れる雲。


揺れる木々。



透はそれをぼんやりと見つめる。



やがて、




意識はゆっくりと沈んでいった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




目覚めた時には、

雨が降っていた。



重いままの空。



葉を叩く雨音。



偶然にも透がいる場所は、

崩れた屋根で濡れずにいた。



どれほど眠っていたのか。


どれほどの時間が経ったのか。



知る術もない。




腹痛は少し治まっている。



先程までの眩暈はないが、

気分は最悪だ。


そんな中でも、

腹は減っていた。



喉もひどく乾いている。



水。



透は起き上がり、

転がっているペットボトルを手にする。



しばらく見つめる。



「......飲めるわけない。」



そう呟くと、

足元に放った。



ペットボトルは

濡れた地面まで転がっていく。



雨粒が叩く。



透はそれを眺めていた。



そして、

ふと思いつく。




リュックに縛っていた

鍋を取り外す。




立ち上がる。


まだ少しふらつく。


透は、おぼろげな足取りで

鍋を雨の当たる所へ置く。




雨粒が落ち、

ステンレスの軽い音が響く。



一粒。



一粒。



透明な水が少しずつ溜まっていく。




透はそれを黙って見つめた。




「.....あの水よりはマシだろ。」



空腹。


喉の渇き。


倦怠感。



追わなければならない。


それは分かっている。



それでも。


今は体が言うことを聞かなかった。





数分間。



鍋に溜まっていく水を眺めてるうちに

透は再び眠りに落ちてしまった。






突然、何かが落ちる音がして

目が覚める。



辺りを見回すと、

拳ほど大きさの種のようなものが3つ。


ばらばらに透の周りに落ちている。



上を見上げると、

白いカラスが木にとまり

透を見つめていた。




「.......取ってきてくれたのか?」



カラスは動かず、

じっと透を見つめている。




足元に転がったそれを拾い上げる。


表面は固く、

とても食べれそうにない。




「これはなんなんだ?」



そう呟くと、

カラスがその一つを奪い去り、

高く高く飛び上がる。



すると、

雨粒と共に

その種が透の数メートル先に落ちて来た。



種は綺麗に二つに割れた。




中から何かがこぼれ出る。



「.......なんだあれ。」




白いカラスは再び、

落ちた種の所まで降りてきた。



そして、

割れた種の横でこちらを見て

一声鳴く。



「食べ物なのか?」





雨に濡れながら

透はその種に近付く。




茶色い硬殻。


白い果肉。


中央からは紫色のゼリー状のものが

こぼれ落ちていた。




「......食べれるのか?

 毒とか勘弁してくれよ。」




すると、

カラスが白い果実と

紫のゼリーを一口ずつついばむ。



数歩下がる。



こちらを見ている。



まるで、

反応を待つように。




透は唾を飲み込む。



これが食べれるなら。





数秒迷ったが、

透はその場にしゃがみ込み

その種の半分を拾う。



そのまま素手で

紫のゼリーを掬い取る。



口に入れる。



「.....っ!?」




少し甘い。


でも食べたことがない味。



果物なのか?



透は次に

白い果実部分に噛り付く。



こちらは少し塩気がする。




透はしばらくそれに貪りついた。



夢中だった。




気付けば、

最初の半分を食べ終えていた。



胃が少しだけ落ち着く。


空腹も、


ほんの少し和らいだ気がした。




「.........助かった。」



思わず漏れたその言葉に、

白いカラスは一度だけ鳴く。




「まじでありがと。」



カラスにお礼を言うと、

透はもう半分にも手を付ける。



雨はまだ降っている。



腹が満たされた訳ではない。


腹痛も完治した訳でもない。



それでも、

今朝のそれと比べると遥かにましだった。



透はもう半分も食べ終える。





ゆっくりと木にもたれかかる。



白いカラスもまた、

近くの枝へ移った。



曇天の空。


雨脚は先程より強くなっている。



ふと雨水を溜めていた

鍋に目を向ける。



雨水は容器の

半分ほどまで溜まっていた。



透はリュックから

空のペットボトルを取り出す。


そして、

集まった雨水をそちらに移し、

再度地面に置く。




透明な水を確保した。



そっと口につける。


一口飲む。



分からないけど、

大丈夫そうだ。





屋根の下に戻ると、

足元に散乱した薬を拾い上げる。



「全部飲んだら流石にまずいよな.....。」




手元には4種類の薬。


ロキソプロフェン。


アセトアミノフェン。


セフジトレン。


ビオフェルミン。



後は消毒液や軟膏があるだけ。



ロキソプロフェンは、なんとなく覚えてる。


ロキソニンに似た名前。

たしか頭痛系だった気がする。

これは違う。


残り3分の1。



「.....2つくらい一緒に飲んでも

 大丈夫だよな。」




適当に2錠選び梱包から取り出す。


なんとなく選んだ、

セフジトレンとビオフェルミン。



それを口に放り入れ、

水で一気に飲み干す。




「.....お願いします。」



そう神に頼み、

透は再び横になった。




カラスはまだ木の上に止まっている。




透はそっと目を閉じる。



雨の中、

一人と一羽は

静かに眠りに付いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





透が目を覚ますと、

空には雲の切れ間から陽が射し、

雨は上がっていた。



濡れた草木が光を反射する。



穏やかな海面もまた、

静かに輝いていた。





透は体を起こす。

そっと腹をさする。



痛みは消えていた。



「.......良かった。」




昨日の救世主にお礼を言おうと

頭上を見上げたが、


そこに白いカラスの姿は無かった。




視線を落とし、

雨水を溜めた鍋に目をやる。


雨水はなみなみに溜まっていた。




透はリュックの中の容器を全て取り出し、

鍋から雨水を移す。



これでひとまず水は確保出来た。



振り返る。



昨日、白いカラスが持ってきてくれた

木の実。



その一つを拾い上げ、

近くの岩場に叩きつける。



実は綺麗に二つに割れ、

中から白と紫の果肉が現れる。



一体この食べ物は何なのか。


改めてそう思いながら、

透はそれを平らげた。




散らばった薬。



雨水の入ったペットボトル。



鍋。



それらをリュックにしまう。




動かなければ。


昨日一日無駄にした分、

今日進まねば。



目と鼻の先まで近づいた、

あの人影。


充電ケーブル。



透は端末を肩に掛け、

リュックを背負う。



もう一度、

周りを見回す。




やはり、白いカラスの姿は

もうどこにも見えなかった。



「.........ありがとな。」



そう呟くと、

透は歩き出した。


一昨日。


人影を見たコンテナヤード。



その方角へ戻っていると、

前回通った時にはわからなかったが、



今立っている下に、

道があることに気が付いた。



その先はTIAI方面。


そのもう片方は橋の下。


地上からは大きな建物が立ち塞がり

その先は見えなかった。




「...この道はどこに行ってるんだ?」



橋の手摺から身を乗り出して覗いてみるが、

その先は暗く、見えなくなっている。



すると、


橋の下。


アスファルトの上に生い茂った草の中に、

何か光る物を見つける。



「....なんだあれ?」




透は橋の上から

下の道へ伸びている

太い木の根を伝って降りる。


ひざ丈程まで伸びた草をかき分け、

光の正体を探した。



「........あった。」



透はそれを拾う。



「.....ブレスレット?」



手のひらで

光を反射しているそれは、


途中でチェーンがちぎれていた。



そのチェーンの途中に金属製の小さな板。



刻まれた見覚えのある刻印。




「........IK。」



透はブレスレットが

落ちていた場所を見る。



よく見れば不自然に草が踏みつぶされた跡。



その痕跡は、

道の先。


暗闇の方へ続いていた。



道の先が見えない。



透はリュックを下ろした。


拾ったブレスレットを側面のポケットに入れ、

代わりに懐中電灯を取り出す。



スイッチを入れる。


白い光が暗闇を切り裂く。


その先はトンネルになっていた。



真っ直ぐ。


どこまでも。


持っている懐中電灯では、

奥まで照らすことが出来ない。



だが、

その草むらの中、何かが通った形跡だけは確認できた。




「.........どこに繋がってるんだ?」




風が吹く。



トンネルの奥から。



冷たく湿った風だった。



透は懐中電灯を握り直す。



そして、

恐る恐る足を踏み入れた。




ゆっくりと。


一歩。


一歩。


暗闇に透の足音が響く。



どこかで滴る雫の音。



時折、

湿った風が吹き、

それらの音を後ろへ運んでいく。





振り返る。



眩しく光る入口。



それはもう

数十メートル後ろまで行ってしまっていた。




もう引き返せない。



更に進む。


光は届かない。



手元の灯りだけ。




ひざ丈まであった草は

いつしか、途切れていた。



アスファルトが見える。




足音がより大きく響いていた。



ふと。


透は足を止める。



静寂。



何も聞こえない。



気のせいか。



そう思い、

再び歩き出した。







どのくらい歩いただろうか。


もう入口は

とうに見えなくなっていた。



視界は変わらず暗いまま。


懐中電灯の灯りだけがたよりだった。




すると、


白い光の先。


地面が光る。



少し揺れているように見える。





水だった。



これより先、

地面に一面、水が張っている。




「......まじかよ。」



透は立ち止まってしまう。



ここまで来て引き返すか。



でもあの跡は

このトンネル内に続いていた。




しゃがみ込み、

灯りを近付けて見る。



透明。



底は辛うじて見える。



深さも、


まだ水たまり程度。




「....行けるか。」



懐中電灯を前に向ける。




光は水面に反射する。



だが、


その先はまた闇だった。





一歩。



水の中へ踏み入れる。




静かな暗闇に音が響く。


先程の足音とは違う。




水を踏む音。




その音だけが、

暗闇に響き渡る。




それ以外の音が聞こえないくらい。



やけに大きく聞こえた。






「冷たっ!」



思わず発したその声は、

トンネルの奥へ吸い込まれていく。




靴に染み込んできた水は

異様に冷たく感じた。




一歩。



また一歩。



透はゆっくりと

歩を進める。





次第に水位が上がってくる。



くるぶし。



足首。




「......どこまで深くなるんだろ。」



そう小さく呟いた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



どれくらい進んだだろうか。



はたまた全然進んでいないのか。



だが、

着実に上がってくる水位は

透のひざ辺りまで来ていた。




もうそこに静かな空間はなく。


透の足が水をかき分ける音が響いていた。


立ち止まる。



懐中電灯を水面に向ける。



波紋。



揺れる光。




壁へ灯りを向けると、

汚れた案内看板。



錆びた文字。



「第二航路海底トンネル」




透は顔を上げる。



コンクリートの天井。



その下を通る配管。





「.......海の下かよ。」





その瞬間。



暗闇の奥から

甲高い金切り音が響く。



透は驚き、

咄嗟に耳を塞ぐ。



そして、


懐中電灯を水の中に落としてしまった。



慌てて拾おうとするが、

もうすでに遅かった。




消える灯り。



襲う暗闇。



静かなトンネルには

先程の音が遠く響いている。




「.......なに?」




返事はない。


自分の手のひらさえ見えない。



視界を失った透は

しばらく動けないでいた。





音はもうしない。



透はゆっくりと

進んでいた方向と垂直方向に進む。



手探り。


数メートル程歩くと、

何かが手に触れる。



壁だ。



ただ、思っていた感触とは違う。


少し弾力を感じる。


手が濡れる。




それが何か。



分からない方がいいかもしれない。



透はその触れた壁を頼りに

再び歩き出す。



その歩幅は先程より

早く。



焦っていた。




水をかき分ける。







透は手探りで肩から下げた端末を

リュックの中に入れる。



そしてそれを頭の上に乗せ、

片手で支える。


もう片方の手は、

壁を伝う。




水位は腰辺りまで上がってきていた。




その時、


また先程の金切り音が響く。



今度は耳を塞げない。



顔を歪めて耐える。



その大きな音の向こうに、

何かの機械音が混ざって聞こえた。




「なんなんだ。」



足先の感覚が無くなっている。




早くしないと。



透は歩き出す。

 


  


すると、


遠く。



ほんのわずかに。



一点の光が見えた。




「出口!?」




透は走り出す。


水の抵抗でうまく走れない。



だが、

一点の光を目指して進む。




段々と

光が大きくなる。




「.........?」



希望のように見えたその光は


一つではなかった。



二つ。





透は速度を緩める。



「.........。」



出口じゃない。




何かが光っている。


近付く。



二つのぼやけた光が

徐々にはっきりとしてきた。



暗闇の中。



一定の間隔を保っている。


小さな光。



ただそこに浮かんでいた。




「.......なんだ?」




透の声は、

水をかき分ける音に消えていく。



その光は、


じっとこちらを見ているようだった。







「........誰だ。」






返事はない。






「おい!」





沈黙。


水の音。





すると、

光が一瞬消え、

また灯る。




静かな機械音。










そして。







『止まりなさい』





暗闇の中で、



二つの光が静かに揺れた。


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