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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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7/11

漂白

お台場の朝。



クラゲの群れはもういない。



砂浜に座った透は、

水平線を眺めていた。




「......夢じゃなかったか。」




静かな海。


肩に掛けた端末からは、

返事がない。





目的地を告げる音声も。


危険を察知する音声も。


生意気な返事も。



今はもうなにも聞こえず、

ただただ波の音だけが響いている。




透は昨日の事を思い出す。



TIAI。


監視カメラに映った人影。



あの人影の正体は。


なぜ、あの人影は

充電ケーブルを持ち出したのか。



そして、

どこへ行ったのか。



多くの謎が浮かぶが、

何一つ手がかりがない。



「...............。」



考えても仕方がない。



透は立ち上がる。


砂を払う。



リュックを背負う。



そして、

当たり前のように口を開く。



「今日はどこに行こうか。」


静寂。



透は苦笑する。



波が寄せる。



引いていく。



それだけだった。



しばらく海を眺めた。



そして。


「....よし、行くか。」



誰に言うでもなく呟き、

透は歩き出す。



お台場の海岸は少し

肌寒かった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




どのくらい

時間が経過しただろうか。



それでも透は、

なんの当てもなく


ただひたすらに、

海辺を歩いていた。




建物。


植物。



何も変わらない景色。



ふと海を覗くと、

一隻のクルーズ船が沈んでいる。



その周りには、

彩り鮮やかな魚が泳ぎ、

サンゴ礁が広がっていた。


人類が忽然といなくなり、

幾年か。


地上だけではなく、

海の中の生態系も変貌を遂げている。




「......魚。」



その時、

透の腹の虫がなった。



そういえば

今朝から何も口にしていなかった。




リュックの中を漁る。


しかし、

容器半分の水と

以前採取したキノコ2つしか

残っていなかった。



「...やばいな。」



透は再び海の中に

視線を戻る。


魚は嘲笑するかのように

優雅に泳いでいた。




捕まえるか。



でも、

捕まえる術も、

食べれるか否かもわからない。



不便だ。



少し考える。



いや、かなり不便だな。




なんにせよ、

生きるために必要な水と食料を

確保しなければならない。



泳いでる魚を捕まえれるほど

運動神経は良くないし。


釣りをするには道具もエサもない。



透は海と反対側の草むらに

目を向ける。



「.......食べれる草も覚えてないしな。」



せっかくこの世界で

自炊を始めたばかりだったのに。



振り出しに戻る。

とはこのことだ。




再び歩き出す。


こういう時都合よく

コンビニとかあればいいのに。




その時。


強い風が吹く。



思わず目を閉じる。



数秒。



風が過ぎる。



そして、

透は再び目を開いた。



「........お前は。」




目の前の手摺に、

白いカラスが止まっていた。




カラスはこちらを

じっと見つめている。




「.....なんだよ。」




すると、

カラスは飛び立ち、

数メートル先で降り立つ。



またこちらを見る。




「........。」




透はゆっくりとあとを追う。



カラスは動かない。



透が近づくと、

一定の距離を保ち跳ねていく。




時折立ち止まり、


こちらを確認する。



そしてまた進む。



「......またこれかよ。」



カラスはそのまま

歩き続ける。



透も後を追った。




気が付けば、

辺りは無数のコンテナに

囲まれていた。



カラスはその内の

一台のコンテナの上で止まった。



「......そこになんかあるのか?」




以前はカラスについていった先で

人型を発見した。


もしかして、と。


少しの期待を持ち、

そのコンテナの扉を開ける。



重い金属音。



長い年月を経た扉は

軋みながら開く。



「........。」



中は薄暗い。


差し込む陽の光で

ようやく見えるくらいだ。


積まれた無数の電子機器。


端末。


通信機器。


バッテリー。



そして、床一面に散らばるケーブル。



「..........なんだここ。」



透は中に入る。


どれも古い。



しかし、

違和感があった。




目の前の

ディスプレイとキーボード。


電源は付かないものの、

他とは違い、埃が被っていなかった。




「........誰かがいたのか?」



透はしゃがみ込む。


足元に散らばったケーブルの先を

ひとつひとつ

肩に掛けていた端末に合わせてみる。



どれも違う。



その時。



入ってきたコンテナの入口側で

何かが落ちる音がした。



振り返る。



だが、

人の気配はない。



入口まで戻ると、

足元には一つのタグが落ちていた。




「........。」



さっきまでは無かった。


確かになかったはずだ。


透はそれを拾い上げる。



樹脂でできた古いタグ。



表面の汚れを拭き取ると、

そこには文字が書かれていた。


『TIAI保守備品』



頭上を見上げると、

白いカラスは

コンテナの上から透を見下ろしていた。



「......お前、何か知ってるのか?」



そう聞くと、

カラスは一度首を傾げた。



沈黙。



「.....わかるわけないか。」



自分に言い聞かせるように、

そう呟いた。



すると、

返事をするかのように

カラスは一声鳴く。




「..........。」



そのまま羽を広げ飛び立つ。



透は導かれるように後を追う。



三つ横のコンテナ。


その上に降り立ったカラスは、

こちらを見下ろしている。



「.......そこにも何かあるのか?」


カラスは鳴かない。


ただじっと透を見ている。



コンテナの入口に近づき、

扉に手を掛ける。




だが、

今度は開かない。



「.....お前さ。」



透はカラスを見上げる。



「俺の言葉わかってたりしないよな。」



沈黙。


すると。


カラスは嘴でコンテナを突く。





「.........。」





カラスはもう一度。

コンテナを突く。



「いや、偶然か。」








沈黙。



「.....喋れたら楽なんだけどな。」



すると、

カラスはその場で羽を広げる。




「......?」



広げるものの、

飛び立つ様子はなく、

その場で羽を羽ばたかせている。



「......何が言いたいの?」



もう一度カラスが鳴く。



「上?」



透は辺りを見回すと、

コンテナの横に木製のパレットが

立て掛けてある事に気付く。



なんとか登れそうだ。



透は、立て掛けてあるパレットに足を掛け、

コンテナの上へよじ登る。



カラスは動かない。



「......なんなんだよ。」




近づくと、

カラスは飛び立つ。




「おい!」



遊ばれた。


そう思い、少し怒りを覚えた透の視界に

何かが入ってきた。



カラスが飛び立った方角。


コンテナヤードの中。


湾岸クレーンがそびえ立つ足元。



何かが見える。


フードを被った人型。


風で裾が揺れる。


距離は遠い。


だが、

見間違えるはずがなかった。




「.....いた。」






透はコンテナから飛び降りる。


それが見えた方向に走り出す。



頭上には白いカラスが

透の少し後ろを追いかけて飛んでくる。



今度は煙にも巻かれない。


見失うものか。

透は走る。



遠くに見えた湾岸クレーンが

目の前に迫り、


先程それがいた所までたどり着く。




だが、

それはもういなかった。


周辺のコンテナの影を探す。


見当たらない。



「......くそ。どこ行った。」



頭上では、

カラスが旋回していた。



「俺も飛べれたらな......。」




そこでカラスに尋ねてみる。



「あいつどこ行ったかわかるか?」




すると、

しばらく旋回を続けていたカラスは

コンテナヤードの更に奥に向かって飛んでいく。



透はすかさずカラスの後を追う。



綺麗に並んだコンテナの合間を縫うように

走る。



右。


左。


左。


真っ直ぐ。




いない。



いくら探しても、

その姿は見当たらない。



透は立ち止まる。



「....ホントに案内してくれてるのかな。」



返事はない。



頭上を見上げる。



白いカラスは、

相変わらず悠々と飛んでいる。



「.......腹減ったな。」




走ったせいだろうか。


急に空腹を思い出す。



リュックを漁る。


キノコが二つ。


それだけ。



「..........。」



流石に火を通さないのは

まずそうだ。



透は、空腹を紛らわそうと

ペットボトルに残っていた水を

一気に飲み干した。




リュックを背負いなおすと、

再びカラスが飛んでいる方へ走り出した。





どのくらい経っただろうか。


ひたすらカラスを追いかけているのに、

その姿は一向に見えなかった。



「おい!」



息切れ。


深呼吸。



「ホントに案内してんかよ!」



カラスが鳴いて返事をする。



「何言ってるかわかんねぇよ!」



また鳴く。



透は再び

コンテナの上に登ってみることにした。



乱雑に置かれたパレットを積み上げ、

コンテナによじ登る。


カラスは二つ先のコンテナに降り立つ。





カラスは鳴く。



逃げられているのか。



それとも人型は

何か目的があって移動しているのか。




透は辺りを見回す。



コンテナ。


湾岸クレーン。


海。


煙。




透の視線が留まる。







「.....煙?」


目を凝らす。


はるか先。



コンテナヤードの外れ。


その向こうから白い煙が

立ち上がっているのが見えた。



「...........。」


透は目を細める。



見覚えがあった。


六本木。


あの時も、

白い煙の向こうに人影があった。



「....まさか。」



カラスが一鳴きする。


煙に向かって飛び立つ。




透はコンテナから飛び降りる。



煙の上がっていた方向へ

再び走り出す。



数分後。



煙の元へたどり着いた。



そこには、

背の高いフェンスで囲まれた

キュービクルがあった。


灰色の金属製ボックス。


錆びた警告表示。


並んだ高圧受電設備。



煙はこの箱の裏側から登っている。





すぐ脇に目をやると

ダイヤル錠がむりやり壊され

金網の扉が開いていた。



透は恐る恐る扉をくぐる。


そして、

箱の影に隠れながら。



煙の元を覗き込んだ。



そこには、

こじ開けられたボックス。


その中から

いくつものケーブルが垂れている。




煙は箱の中から上がっていた。





周りに気配は感じられない。



透はボックスの前まで来た。



「.........。」



焼け焦げた機器。


そこから、

今もまだ白い煙が立ち上っている。



引き抜かれたケーブル。


そして、

地面に残る擦れた跡。


まるで、

何かを無理やり接続しようとしたような。




その時。


頭上でカラスが鳴く。



透は振り返る。


カラスは見ている。



もう一度鳴く。



何かを訴えているのか。



周りを見る。


すると、

ケーブルの先に何かが落ちていた。



何かの部品。



透それを拾い上げる。



小さな透明の板。


内部には複雑な基盤が組み込まれている。

片側にはひびが入っている。


無理やり外したのだろうか。



その横には、

レーザーで掘られた文字。



「IK.........。」



透は肩に掛けた端末を見る。



『IK-K003』



同じ文字列。




「........。」



偶然とは思えなかった。



風が吹く。



ひび割れた部品を握る。



すぐ後ろのフェンスの上では、

白いカラスが静かに羽を休めていた。



透は見上げる。



「どこまで知ってるんだ。」



カラスは答えない。



沈黙。

風と。


波の音だけが響いていた。




握った部品を、

ポケットに入れ周辺を探索してみる。



他に何か手がかりはないか。



キュービクルの裏。


こじ開けられた箱の中。


ケーブルの下。



他に目立った物は見当たらない。





透は焼けた設備を見る。



ポケットの部品を握る。



「........。」



ここにいた。



それは間違いない。



だが、

周囲を見回す。



海風。


無数のコンテナ。


傾き始めた太陽。





喉が渇いた。


腹も減った。



どちらも底を付いている。



「........まずいな。」



視線は自然と


コンテナヤードへ向く。


だが、

どこを見ても、

もう人影の姿は無かった。




肩から下げた端末に視線を落とす。



沈黙。



「......今日はここまでか。」





透は、

コンテナヤードを背に歩き出す。



今夜の野営地を探さなければ。


食料と飲み物を確保しなければならない。





海岸沿いを来た道と

反対方向に進む。



しばらくすると

木が生い茂った草原に出た。



もともと埠頭公園だったのだろうか。




後ろを振り返ると、

白いカラスが後を跳ねながら着いてきていた。



「今日は帰るとこ無いのか?」



カラスは鳴く。




「お前、言葉わかってるだろ?」



もう一度鳴く。



「じゃあ、水と食料探してきてくれよ。」



カラスは首を傾げると、

飛び立っていく。



「ホントにわかってるの?」



透はそう呟く。

飛んでいく後ろ姿をしばらく眺めた。



カラスが見えなくなり、

透は草原の奥へ歩き出した。



今夜を越せる場所。


まずはそれを探さなければならない。



草原。


木々。



そして少し奥に、

崩れた東屋が見えた。



「....あそこにするか。」



東屋に近づく。


屋根に樹木が貫通していた。


だが、

とりあえずであれば

この下で一晩は過ごせそうだ。



足元はちょうど木の根が

ベンチのように盛り上がっていた。


透はリュックを置き、

腰を下ろす。




「今日は疲れたなぁ.....。」



大きなため息と共に

空を見上げる。



もう陽が落ち始め、

空はオレンジ色に染まりだしている。



今日の出来事を思い返していた。


充電が切れてしまった端末。



今も変わらず静かなまま。



白いカラスの導く先。



『TIAI』のタグ。



再び姿を見せた人影。



キュービクル前で見つけた『IK』の部品。




ほぼ一日中、走り続けた。


処理しきれない程、

様々な出来事があった。



「......イッコさん、聞いてよ。」




返事はない。



「色々話したいことがあるんだ。」



沈黙。



風。


揺れる木々。


波。



静寂。


その音だけが、

妙にうるさく感じた。



その時。


目の前にカラスが降り立つ。



透は起き上がる。


そして問う。


「なんか見つけた?」



その嘴には

数匹の羽虫が咥えられていた。


それを自分の目の前に置き、

一声鳴く。



「げ...。おれ虫は食えないよ。」



ふと、数日前の端末との

会話を思い出した。




『魚類・野生生物・果実

 可食植物・昆虫』


「.......最後なんて言った?」


『高タンパクです。』


「却下。」



思わず笑みがこぼれる。



「.....ありがとな。」



透はカラスに向かって言った。



カラスは首を傾げる。


そして、


目の前に置いた羽虫を

ひとつ咥えて差し出してくる。



「だから食わないって。」



透はまた笑う。



「よし!とりあえず火を起こそう。」



透はリュックから凸レンズを取り出すと、

端末に教わった手順で火を起こす。



その手は手慣れた様子で、

ものの数分で火を起こすことができた。



「あとは、水と食料だな。」



リュックからキノコを二つ取り出し、

木の棒を差して、火に当てる。



その間に水を探すことにした。




東屋を離れ、

周囲を見回す。



東屋の更に奥。


木々の向こう。


崩れた建物らしきものが見える。



公園の管理棟だろうか。



透はそれに駆け寄る。



すると、

屋根の軒先。


雨樋が繋がり、

縦に落ちた先。



大型のタンクがあった。




表面に亀裂が入っていて、

地面が濡れている。




中を覗くと、

雨水が溜まっていた。



だが、

表面には枯れ葉や

細かい藻のようなものが浮いている。



「........。」



飲めるのか。


飲んで大丈夫なのか。



わからない。



調べる術もない。



それでも、

透の喉はとても乾いていた。




空になった容器の蓋を開け、


なるべく表面を避けながら、


慎重に水を汲んだ。



少し濁っている。



でもちゃんと、

水だった。





透は汲んだ水を持って

焚火に戻る。



先程置いたキノコから

すこし煙が立っていた。



焚火の傍に腰を下ろす。


リュックから塩を取り出し

ひとつまみ振りかける。



熱々のそれを一口頬張る。



「うまっ。」


手のひらサイズのキノコは

肉厚があり、弾力がある。


二つも食べれば少しは

腹も満たせるだろう。



そして、一つ目を食べ終わるころ

いつの間にか消えていた白いカラスが

目の前に降り立つ。




その口には今度は

一匹の魚が咥えられていた。




「え、それ..........。」



透は目を見開く。



カラスは先程のように

それを目の前に置いて一声鳴く。



「.....くれるのか?」



また一声。



「........。」



透は魚を見る。



カラスを見る。



そしてまた魚を見る。



「お前、ホントになんなんだ。」




地面に落ちた魚を手に取る。


まだ柔らかい。



透はさっきまで

キノコが刺さっていた棒をその魚に差し、

火に当てる。



カラスを振り返ると、

先程自分で取ってきた

羽虫を食べていた。




数分。



なんの魚かわからないそれを

じっくりと焼き、塩を振りかける。



そして恐る恐る口にする。



「........!?」


「めっちゃうまっ!!」



思わず声が漏れる。


弾けるような皮。


柔らかい身。


塩の風味。


空腹もあってか、

驚くほど美味かった。



透は魚を頬張る。


カラスは羽虫をついばむ。



しばらく、



お互いに黙ったままだった。








「....今日は変な一日だったな。」




焚火を見ながら呟く。



「こんな美味い夕飯にもたどり着けたし。」



「ありがとな。」



カラスが鳴く。





透は夜空を見上げる。



「明日、探しに行ってみるか。」



またカラスが鳴く。



透は小さく笑う。




その声は夜の空へ溶けていった。


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