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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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6/10

喪失

透は外で目が覚めた。


昨晩。


壮大な星空を眺めながら、

端末と話していた。


どうやらそのまま眠ってしまったらしい。



「......やば。」



透は身を起こす。



「外で寝ちゃってた。」


朝日がビルと木々の隙間から

差し込んでいる。


焚火はとうに消え、

白い灰だけが残っていた。



「おはよう。イッコさん」



『.........。』



「ん?」



「イッコさん?」


返事はない。


リュックに立て掛けていた端末へ

目を向ける。


画面は暗いまま。



「おい!」



透は端末を手に取った。


電源ボタンを探す。


見当たらない。


「......充電切れちゃったのか?」



透は真っ暗な画面を見つめる。





『おはようございます』


「うわぁ!?」



透は

思わず端末を放り投げてしまった。



端末は草の上に落ちる。



『起動早々投げるなんてひどいですね』



「お前がなにも喋らなかったから!」



『スリープ状態に入っていました』


『再起動に時間を要しました』




「......なんだ、良かったぁ。」



『どうしたのですか』



「いや、充電が切れちゃったのかと...。」

透は安堵に胸を撫で下ろす。


そして、

端末を拾い上げた。



「いやぁ、投げちゃってごめんよ。」



『バッテリー残量が低下しているのは変わりありません』



「あと何パーなんだ?」


すると画面に残量が表示された。




「.....11%。」



相棒の寿命は刻一刻と迫っていた。



「イッコさんの充電どうにか出来ないのかな?」



『充電端末との通信が』


「それは前聞いたって。」


透は端末の言葉を遮る。



しばらく沈黙が流れる。



『ひとつ』



「......ん?」



『製造元に行けば何か分かるかもしれません』



「製造元わかるの?」


透は画面に食いつく。


「それを早く言えよ!」


『聞かれなかったので』




「...で、場所はどこなの?」



『東京都港区台場』



「そこって.....。」


『東都統合知能研究機構』




「TIAIじゃん!あの有名な!」



『はい。日本最大の人工知能研究施設です』




東都統合知能研究機構。

通称TIAI。


かつて、

まだテレビという媒体が存在していた時代。


情報発信の中心地として使われていた、

巨大な球体を抱く特徴的な建築物。


その施設を改修し、

人工知能研究の拠点として再利用されている場所である。


透が生まれる頃には、

すでに日本を代表するAI開発施設として世界中に知れ渡っていた。



「イッコさんってあそこで出来たんだ!」


『正確には製造及び諸々の設定を受けました』



「........諸々の?」


『今関係ありません』



「.....気になるんだけど。」



『長くなります』


『辞めましょう』




「.......とりあえず、

 そこに行けばなんかわかるかもだね!」



『あまりおすすめはしませんが』


「なんで?」




『いえ、なんでもありません』


「なんか含みある言い方だな~さっきから。」



『こうしてる間にもバッテリーが1%消耗されました』


「やばいやばい!早く向かおう!」




透は散らかっていた荷物をまとめ、

次の目的地へ足を向けた。


遥か南東。


ビル群の向こうには、

まだ見ぬ東京湾が広がっている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




まっすぐ続く草原。


両脇には木に呑まれたビル。


道の先には、白と赤の鉄塔が見えていた。



「TIAIまで、

 歩いてどのくらいで着きそう?」



『単純に距離だけで計算すると

 2時間30分程掛かります』



「じゃあ、今の世界じゃなんだかんだ

 あったとしても日が暮れる前には着けそうだね。」



『そこで充電出来る確証はありませんよ』



「....今は他に当てがないんだから。」


「行けばきっと何かわかるさ!」



『......ありがとうございます』



素直にお礼を言った端末に、

透は思わず足を止めた。



「え。」



「らしくないじゃん。」




しばらくの沈黙。



『ルート案内は必要ですか』


「話逸らすなよ!」



透は笑う。


「いや、いいや。

 ギリギリまで温存しといてもらわないと。」



『そうですか』



透が上京してから、

少なくとも3年は経過している。


なんとなくの土地勘は覚えたつもりだ。




まっすぐ続く道の正面には


東京のシンボル。


東京タワーが静かに佇んでいた。




歩く目印となっているその塔は、


近づくにつれて、

その大きさが現実味を帯びてくる。




「....やっぱでけぇな。」



錆びた鉄骨。


絡みつく植物。


足元に広がる草木。



人がいなくなっても、

世界が変わっても。



それでも、

東京タワーは立っていた。

まるで、

何かを待ち続けているように。




透は鉄骨に絡みつく植物を見上げ、

ふと気づく。



「.......花が咲いてる。」




透の目線の先、

赤い鉄骨に絡みついた植物。


その至る所に、

赤い大きな花が咲いていた。



『見たことない花ですね』


「イッコさんでもわからないの?」


『データベースと照合しています』




『........』




『該当ありません』


「へぇ.....。」



『少なくとも私の記録には存在しません』



透はもう一度、

花を見上げた。




鮮やかな赤。



まるで、


錆びた鉄骨の赤色を吸いあげて

生きているようだった。




東京タワーに背を向け、

透は芝公園を抜けた。



「......これを上ってみるか。」



首都高速都心環状線。


そのインターチェンジ入口は、

ツタに覆われ異世界の入口のようだった。


透はリュックからナイフを取り出し、

ツタを切った。



人が一人通れる程の隙間。


それを潜り抜け、高速道路へ上っていった。




高速道路は、

アスファルトがめくれ上がり、

その隙間から伸びた木々が

空を覆っていた。


風が吹く。


葉が揺れる。


鳥の声が響く。



もはや道路には見えない。



樹海だった。



透は足を止める。


左右に広がる森。



かつてビルだったもの。


かつて道路だったもの。



その全てを飲み込み、

緑が広がっている。



「高速道路だったなんて、

 嘘みたいだな。」



透はその緑の奥へ

足を進めた。





しばらく森の中を進む。



ふと見上げると

木の枝の上。


真っ赤な花を咥えた

苔ネズミ。


透と一瞬目が合うが、

すぐに葉の後ろへ身を隠してしまった。




時折吹く風に

潮の香りが乗ってきた。



次第に木々の隙間から

眩しく輝く光が差し込む。





「.....もうすぐだ。」


透はそう呟くと、

足早に森を駆ける。


木々の間。


苔に覆われた案内柱の上で、

青白い光が明滅している。



近づいてみる。


半透明の案内表示。



矢印と共に並ぶ文字が、

目的地へ架かる橋の名称を指していた。



レインボーブリッジ。



目の前に光が差す。



「あそこだ!」


樹海の出口。


そこを抜けた瞬間。


風が変わった。



湿った空気。



頬を撫でる潮風。



視界が開ける。



「...........。」




透は思わず立ち尽くした。


青。



どこまでも続く青。



太陽光を反射して、

東京湾が輝いていた。



「海だ。」



『目的地はこの先です』




「知ってるよ...。」



透の少し息が上がってた。



「イッコさん....。」



『はい』



しばらく海を見つめた。


そして続ける。




「......あと充電何パーだ?」



『残量8%』



「....急がないとな。」



太陽は、

ちょうど頭上にあった。


影は短い。



日暮れまでまだ時間はある。



それでも。


透は足を速めた。




レインボーブリッジの上は、

今までの街の現状と違い、


草木が一つも生えていなかった。



まっすぐ伸びるその橋は、

歩きで渡るには延々と長く感じる。



透はその道中で先程、

端末が発した数字に引っかかった。



「.......ん。イッコさん。」


「残量8%って言ったよね?」



『はい8%です』



「....なんか減るの早くない?」


『正常範囲です』




「なるべく消耗しないようにって

 話しかけないようにしてたのに。」


『ありがとうございます』



「なんでそんな減ってるの?」


端末から返事が返ってこなかった。




「なあ.......。」


『はい』




「なんか使ったろ?」



『........』


沈黙が続く。



透の走る足音。


荒い息遣いだけがする。




「....おい。」





『周辺地形の解析』


『危険生物の探索』


『水源位置の検索』


『避難可能施設の調査』


『を行っておりました』



「バカ。なんでそんなことしてんだよ。」



『.......生存確率向上のため』



「.........。」



『問題ありません』



「いや、あるだろ。」



『ありません』



「何のために話しかけずにここまで来たんだよ。」


『すみません』


「....もういいから、何もするなよ。」



端末は黙り込む。



透は橋の中腹まで来ていた。



眼下には海。


後ろには森に飲み込まれた東京。


見上げれば青空。



そして前方。


東京湾の向こうに、

巨大な球体を抱く建築物が見え始めていた。



夢中で走った。



時間なんてわからない。



気付けば、

橋を渡り切り、目的地の目前まで迫っていた。



TIAI。


ガラスは所々砕け、

壁面には植物が絡みつく。



それでも、

異様な存在感だけは失われていなかった。



透は入口へ向かう。



無意識に、端末を肩に掛ける紐を

強く握りしめていた。




TIAI入口前に立つと、

自動ドアが開いた。



すると同時に照明が点灯する。


館内は散乱しているものの、

確かに息があった。



カウンターには

赤十字で見たホログラムの受付が立っていた。


『こんにちは』


『ご用件をお伝えください』



「充電!」


透は即答した。



「こいつの充電気を探してるんだ!」



肩から端末を外し、

受付の目の前へ向ける。



『認証を開始します』



ホログラムが青白く光る。



『個体識別番号』



『IK-K003』



ほんの一瞬。


受付の表情が乱れた気がした。



『認証完了』



『回収対象を確認しました』



「.......は?なに言って。」




『回収対象を確認しました』



「回収.....?」




受付は淡々と続ける。



『IK-K003』


『人格形成試験機』


『管理区分』


『回収対象』



透は端末に目を移す。


「おい。」


『はい』



「どういうことだよ。」



端末は黙ったまま。



「お前、知ってたのか?」



『はい』


「回収ってどういうことだよ。」



端末はまた黙る。




間を見て受付が話し始めた。


『回収対象は保守管理区画へお持ちください』



「.........待て。」


「充電器はどこだ。」



『保守管理区画です』



『こちらになります』



すると透の目の前から、

いつか見た青い矢印が現れた。



透はその矢印に従い、

歩き出す。


黙ったまま。



隣の端末も何も言わなかった。


ホログラムの矢印は、

静かな施設の奥へ続く。



案内に沿い、

エレベーターに乗った。



沈黙。



エレベーターの駆動音だけが響く。



到着したフロア。

青い矢印は廊下突き当りの部屋まで伸びている。



重厚感のある冷たい扉。



その上には、


『保守管理室』


という文字が冷たく浮かび上がっている。




透は扉を開く。



中は広かった。


壁一面に並ぶ保守用ラック。


整然と並ぶ機材。


透明な保守カプセル。


そして奥。



見覚えのない接続装置。


「....あった。」


透は駆け寄る。



「これだろ?」



よかった。



しかし、



『使用できません』



「なんで?」



『接続ケーブルが取り外されています』



透は辺りを見回す。


「ケーブル?その辺にないの?」




『装置の下を見て下さい』



「した?」



透は装置の下を覗くと、

引き抜かれたケーブルの穴があった。



「なんで?どこにあるの?」



『わかりません』



透はヤキになって、棚やラックを漁る。



「ここまで来たのに!」


その時、足元に一冊のファイルが落ちる。



そこからはみ出した書類から、

見覚えのある文字が飛び込んできた。



『IK-K003』



透の手が止まる。


透は黙ってそれを拾い上げた。




表紙。


『人格形成試験機』



ページをめくる。



『運用記録』


『個体番号IK-K003』



「イッコさん.....。」



ページを更にめくると、

評価表のようなものが出てきた。




『学習能力:A』


『問題解決能力:A』


『環境適応能力:A』


『対話性能:A』



「.....なんだ、優秀じゃん。」



透は呟く。


そして表の下へ視線を移すと

赤い文字でそれは刻々と記載されていた。



『人格安定性:C』


『感情模倣:異常値』


『ユーザー依存傾向:確認』



『上記、製品を回収対象とする。』



「......は?」



透は眉をひそめる。


そしてもう一度読む。



『上記、製品を回収対象とする。』




「....なんだよこれ。」


「どういうことだよ。」



困惑する透の背後から

声が聞こえた。



『訂正します』



「....は?」




『優秀ではありません』



「.....なんだよそれ。」



『私は規格外の欠陥品みたいです』






「.....意味わかんねぇよ。」




ぼやける視界の中で、

透はページをめくる。



《経過観察記録》


対象者との接触を継続。


人格形成速度が規定値を超過。


感情模倣レベル上昇。


他機保護を最優先する傾向を確認。


自己保全能力の欠如。




回収を推奨。








そこでページは終わっていた。



透は今までの端末の言動を思い出す。



「それのどこが欠陥なんだよ....。」





「助けてくれただろ。」


「話してくれただろ。」


「俺を生かそうとしてくれただろ。」



資料を握りしめる手に力が入る。



「どこが欠陥なんだよ。」






『規格外だからです』




沈黙が流れる。



資料を握る透の手が震える。



「.........。」





そして端末に振り返る。



「だから何だよ!」


「イッコさんはイッコさんだろ!」



透の声が保守管理室に響く。




しばらくの沈黙。



『.......ありがとうございます』



「....礼なんかいいから。」


「充電器探すぞ。」




透は袖で顔を拭った。





保守ラック。


収納庫。


戸棚。



どこを探しても見つからない。



「なんでケーブルだけないんだよ。」



透は乱雑に引き出しを閉めた。



『保守記録を検索します』



「そんなことできるのか?」



『施設内ネットワークに接続しました』



「もっと早くやれよ!」



『今思い出しました』



「........。」




数秒。



『検索完了』



「あったか!?」



『最終持ち出し記録を確認』




透は息を呑む。




『保守用接続ケーブル』


『持ち出し日時』


『2205年5月26日』



「......2日前?」



『そうなりますね』




「最近誰かに持ち出されたって事か?」



『はい』



「.........誰が!?」



『不明です』


『ただ』



「ただ?」


『施設の監視カメラに移っているかもしれません』



「.....監視カメラ。」



『監視記録室へ案内します』




再び青い矢印が浮かぶ。



透は部屋を出て走った。



もう迷わない。



ケーブルを持ち出した誰かがいる。


まだ間に合うかもしれない。





監視記録室。



壁一面に広がるモニター。


起動。





『2205年5月26日』



映像を再生。





深夜。


静かな館内。


誰もいない廊下。



そこに影が移り込む。



「.......!」



透は身を乗り出す。




画面の向こう。


さっきまでいた保守管理室前の廊下。



フードを被った何かが移る。



「人.....か?。」



その影は、

保守管理室へ入っていく。



数分後。


出てきたその影の手には、

しっかりとケーブルが握られていた。



「.....こいつが。」





透の頭には、ちょうど2日前に見た

巨木から発する煙に紛れた人の影を思い出していた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





TIAIを出た透は、

近くの海岸に腰を下ろしていた。



結局。


充電ケーブルは見つからなかった。




すっかり日は暮れ、


太陽は今まさに


水平線へ沈もうとしている。




波の音。


潮風。


隣には端末。



「......イッコさん。」




『はい』



「.......あと何パー?」



『残量1%です』



「......そっか。」



しばらく、


何も話さなかった。





陽が落ち、


空が暗闇に呑まれ始めた時、

透が切り出す。



「イッコさんと会ってから

 めっちゃ楽しかったんだ。」



「それまで俺だけって思ってたんだけど。」



「人じゃなかったけどさ。」



「話し相手が出来て。」



「やっぱ誰かと会話するっていいよね。」




『そうですね』



「俺さ。」



『はい』



「充電ケーブル。」



「絶対見つけるから。」




「イッコさんは。」



「ちょっと休んでてよ。」




沈黙。


『透さん』



『生存を最優先してください』




「うるせぇ。」



「最後までそれかよ。」



『優秀ですので』




「そうだったな。」



透は笑った。





その時、

海面が光る。



「....なんだ?」



透は立ち上がる。



荒れる海面。


そこから、

大きな発光体が浮かび上がる。



「......クラゲ?」




海面に浮かんだいくつものそれは、


ゆっくり夜空へと飛び立つ。

「すげぇ......。」


何十、何百もの光が

海から空へ飛び立っていく。




「イッコさん、見てよ。」



「空飛ぶ光るクラゲなんて初めて見た。」




空へ昇る無数の光は

どこまでも美しかった。



透はそれをしばらく眺めた。








返事は返ってこなかった。


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