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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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5/8

共鳴

翌朝。


暗い大型スクリーンの前で、

目が覚める。



あの後、六本木ヒルズ足元の

映画館の客席で夜を過ごした。



透は大きく伸びをすると、

端末に話しかけた。



「......昨日のあれって夢じゃないよな。」


『あれ、とはどの事でしょう』


「人影の事だよ。」



『私は確認していないので分かりません』


『ですが、あの時確かにあなたの心拍数は上昇してました』



「.......そりゃ興奮するよ。

 これまで人にあったことなかったんだから。」



『確定情報はありません』


「......分かってるよ。」



透は苦笑いをする。


『見間違いの可能性もあります』


「..........かもな。」



しばらく沈黙。


映画館の天井を見上げる。



誰もいない客席。


何も映らないスクリーン。


非常灯だけが光っている。



「....映画館なんていつぶりだろ。」



『最後に視聴した作品は』


「.......覚えてないなあ。」



微かな記憶に残っているのは、

洋画の恋愛ものだった気がする。


内容も。


誰と観たのかも。


もう曖昧だが。



『私は覚えています』


「......え?」



『最後に観た映画です』


『と言っても私で元の所有者が視聴していた作品ですが』



「おまっ.....映画とか流せるの?」


『当然です』


「え、じゃあなんか見せてよ!」


『無理です』



「.........なんでだよ。」



『充電容量が低下しています』


『動画の視聴は推奨できません』




「........充電。」



そうか。


透は手元の端末を見る。


画面の隅には、

小さな残量表示。



34%



昨日より減っている気がする。

気にしていなかったその数字が

急に重たく見えた。



「......充電、できるのか?」



『はい。ただ...』



「...ただ?」



『私の充電設備は特殊な規格です』


『一般流通はおりません』




「....あ、見つけた病院に行けばいいのか?」



『いえ、あそこにもありません』


『私は一時的に保管されていただけです』



「.....じゃあ、どこにあるんだ?」




数秒の沈黙。




『不明です』


「え......?」



『充電デバイスとの通信が途絶しています』




「.......そっか。」


透はため息混じりにそう呟くと、

座席の背にもたれた。



昨日見た影。


白いカラス。


そして、

端末の充電。



気付けば、

どれも行き場のない問題ばかりが増えていた。



「まあ。」


透は立ち上がる。


「とりあえず食料か。」


昨晩の夕食分でストックしていた

缶詰が底をついていた。



『宛はあるのですか』

「この辺のビルに缶詰あるでしょ。」


『缶詰.....』


『栄養の偏りが心配されます』



「......うるせぇな。

 料理なんてしたことないし。」


『検索しますか』


「....え、でも食材ないし。」



『あるじゃないですか』


『外の世界にたくさん』



「....外の世界。」



透は考えた後、

はっとひらめく。


「キノコとか?」


『魚類・野生生物・果実

 可食植物・昆虫』


「.......最後なんて言った?」


『高タンパクです。』


「却下。」



透は支度を済ませると、

映画館の外に出た。




眩しい朝日が差し込む。


風が吹く。


葉が揺れる音。

鳥の鳴き声。


どこかで流れる水の音。



「........。」



気付けば、


静かだと思っていた世界は、

思っていたより騒がしかった。



横に目をやると、

倒れた巨木が朝日に照らされていた。


あそこに昨日、

確かに誰かがいた。


透は少しだけ目を瞑る。



歩き出す。


向かう先は反対方向だった。




少し歩くと大きな池が見える。


「....これは。」



『これは毛利庭園』


『だった場所です』



「........毛利庭園。」



透は立ち止まり、

水面を眺める。


静かに揺れる水面。

ふとその下を銀色の影が横切る。


透は目を輝かせる。


「魚!釣れるかな?」



『なにで釣るんですか』



「........確かに。」



『...........』


「....釣竿を探しに行こう!」



『エサは』


「.....ないですね。」



沈黙が流れる。




『まずは可食植物の採取から始めましょう』


『同時進行で刃物等の道具を確保します』




「ためになります。イッコさん。」


『どういたしまして』



「......なんか先生みたいだな。」


『知識量では教師のそれを上回ります』



「うわ、すごい自信だな。」


『はい。優秀なので』


「.......だからそれ自分で言うかよ。」



透は笑みを浮かべ、

再び歩き出した。



六本木ヒルズの真下。



端末が静かに告げる。



『停止してください』


「今度は何?」



『前方に巨大な生体反応があります』


「.....見えないけど。」



『体温が感じられません』


『節足動物かもしくは』


「.....せっそく?」



『甲殻類やクモ、ムカデ等の

 外骨格と関節を持つ生き物です』



「クモ......あぁ、あれの事?」


透は前方を指差した。


巨大な蜘蛛を模した金属製のモニュメント。


六本木ヒルズのシンボルの一つ。



「イッコさんも間違えるんだね。

 優秀じゃなかったの?」



透はバカにするように笑う。


「ほら、あの下にキノコジカいるじゃん。

 あれが巨大生物ならとっくに食べられてるよ!」


すると、

キノコジカが突然動きを止めた。


耳を立てる。


周囲を見回す。


「......ん?」


次の瞬間。


六本木ヒルズ上空から、

オブジェより一回り大きな影が

音もなく落ちてきた。


「っ!?」


その影は、

足元にいたキノコジカを咥え

ゆっくりとビルを上っていく。


被食者の悲鳴が響く。



「.......なんだよあれ。」


緑に覆われた巨体。


八本の脚。


ツタを垂らしながら

糸を伝って壁面を上っていく。


蜘蛛だった。




「....でかすぎんだろ。」


『良かったですね

 食べられなくて』



「.....ありがとうございます。

 優秀、ですね。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




透は、再び毛利庭園に戻り

食べられる食材を探すことにした。



「....さっきのヤバかったな。」


『あれが生態系です』


「.....怖ぇよ。」


『あなたも参加しています』


「参加した覚えないんだけど....あ、これは?」



そう言うと

足元に生えていた植物をむしった。





『生態系』


「.....あ、こういうことか。」



たった今

自分でむしった植物を眺める。



少しの沈黙。




「....気にしてもしょうがないな。

 俺もいつか食われるときは大人しく食われるよ。」


笑って気取るその顔には、

どこか切なさが見えた。



『ちなみにそれは食べれません』


「..........。」

透は黙って手の中の植物を見る。



そして。


そっと元の場所へ戻した。





1.2時間程経っただろうか。


三又に分かれた葉。


大きな葉の球体。


地中に埋まっていた白い根。


多種多様なキノコ。


透は袋いっぱいのそれらを

掲げて見せた。



「いっぱい取れたな!」


『恐らく大丈夫です』



「......へ?恐らく?」


『私の記憶しているものと

 若干姿かたちが違いますが』


『人体に害のある毒性は

 検出されません』


『即死はしません』



「ま、まぁ毒がないならいいけど.....。」



『次は火ですね』



「キノコは焼けば良いけど。

 草はどうやって食べるの?」

『サラダやおひたし、スープなど

 様々な調理方法があります』




「.......へ、へぇ。」



『..........。』


『とにかく、付近のレストラン厨房に行ってみましょう』


『調味料、調理器具があるかもしれません』



「レストラン.......どこにあるの?」



すると目の前に、

青い矢印が灯った。


「便利すぎるな。イッコさん。」



透は矢印に沿って歩き出した。





近くの建物の中、

瓦礫を乗り越えたその先。



木の根と落ち葉に埋もれた、

レストランの客席エリアに出た。


「......厨房はこの先か。」



そのまま奥へ進むと、

天井から貫く大きな木の根の隙間に

「STAFF ONLY」と書かれた扉があった。



しかし、

木の根が邪魔をして

扉はびくともしなかった。


「.....押しても引いてもダメか。」



透は根を見上げる。


太い。


透の胴ほどの太さがある。



『迂回経路を検索します』


「.......待った。」



そう言うと、

透はしゃがみ込みリュックを漁る。



以前寝泊まりしたコンビニで手に入れた小さなバール。


それを取り出すと、

思いっきり、扉の吊元と根の間に差し込む。


テコの原理を使い、

力いっぱいこじる。



数回繰り返すと、

金属が悲鳴を上げるような音と共に

扉上部の丁番が外れた。



下の丁番だけで辛うじて繋がっている。


もう少しで空きそうだ。



「おりゃ!」



透は態勢を整えると、

脚で扉を蹴とばす。



大きな音と共に、

その扉は部屋の奥に向かって倒れた。


暗い厨房内。


埃が舞う。



静寂。



『器物破損です』



「時効だろ。」



透はバールと入れ替えに手にした

懐中電灯の灯かりを厨房内に向けた。



ステンレスの作業台。


崩れた棚。


木の根に飲み込まれた冷蔵庫。



湿気のこもった厨房は、

カビ臭かった。



「.....最低限何が必要?」



『包丁・鍋ですかね』


「棚の中開けてみるか。」



そういうと透は、

作業台の下にあった戸棚を開いた。



白い埃が舞う。


「.....うわ。最悪。」


いや。

埃ではない。


透が棚の中を覗くとそこには

大きな白い菌床がへばりついていた。


『胞子ですね』


『吸引するとよくないかもです』



「.....先に言ってよ。

 ちょっと吸っちゃったよ。たぶん。」



透は近く落ちていた

サビたフライ返しで戸棚の中を漁る。



すると、

奥から腐食されていない銀色の片手鍋が出てきた。


「おぉ!」


『ステンレス製の片手鍋ですね』



次に上の引き出しを開けてみる。



「.....これは。」


錆はあるが、

確かに銀色に輝く刃が覗く

鋭利なそれ。


「包丁だ!」



『果物ナイフです』


『使えそうですね』



「いいぞいいぞ。

 あとは調味料とかないかな?」



『現存している可能性が高い調味料は......』



しばらく沈黙した後、

端末は続ける。



『奥の上吊棚を開けてください』



「.....ここか?」


透が奥にあった上吊棚に

背伸びをして手を掛ける。



開けると同時に、

何かが足元に落ちた。


足元に目をやると

転がっていたのは樹脂製の密閉容器。



その真ん中に名称が書いてあった。


「塩だ!!」


透は思わず笑顔になる。


『当たりです』


「当たりなんだ。」


『大当たりです』



透は手に入れたアイテムを

作業台の上に並べた。


「鍋。」


「包丁。」


「塩。」


透は指を折る。


「.......勝ったな。」


『何にですか』



「これで料理ができる!」


『火がありません』




「あ.......。」


『まだ勝ってません』


「......そこのコンロは。」


『期待はできません』



「........。」




透は一旦、戦利品をリュックに詰める。


中には

飲料と昼間の植物、キノコ。


その横に塩の容器を入れる。


包丁はタオルで巻き、

隙間に差し込んだ。



「.....鍋入らねえ。」


『リュックの外に縛れば良いと思います』


「それだ!」



透は言われた通り、

片手鍋の取手をリュックの肩紐に括りつけた。



「....なんかほんとに

 冒険してるみたいだな。」



透は小さく微笑むと、

厨房を後にした。


外に出た透は、

自らの腹の虫が鳴ったことに気付く。



「........お腹すいたな。」


『早急に火を手に入れましょう』



「でもどうやって.....。」



端末は少し黙ってから

こう切り出した。



『レンズを手に入れましょう』


「.......レンズ?なんで急に。

 それより今は火だろ?」


『火です』



「.......は?」



『凸レンズは太陽の光を集約し

 可燃物を着火させることができます』

 


「あ!

 昔理科の実験でやった気がする!」



『はい。文明の残骸から、太陽を借ります』



「.........なんか、かっけぇな。」




透は次の目的地を設定した。


「レンズと言えば、カメラ屋さんだな!」



『.....そうとも限りませんが』


『案内を開始します』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



数十分後。


透は崩れたショーウィンドウの前に立っていた。


中には無数のカメラが散らかっている。



「......ほぼ割れてね?」


『頑張って探してください』


「.....頑張ります!」


透は店内に足を踏み入れ、

ひとつひとつカメラを見て回る。



すると店の奥。


棚の隙間から差し込んだ光が、

何かを反射した。


「.....あれ?」


近づく。



埃を被った一眼レフカメラだった。


「あった!!」


『日没まで残りわずかです』


『急ぎましょう』



透は急いで外へ出る。



今夜の野宿場所を探し、走り回る。

数分後。


ビルの隙間から西日が差す。

1本の木が立っている苔のむした丘を見つけた。


そこに上ると、

急いでリュックを下ろし、一眼レフからレンズを外す。



『枯れ木や枯れ葉が必要です』


「ちょっと集めてくる!」



そういうと透は

再び走り出す。


こんな世界だ。


枯れ葉や枯れ木など

そこら中に落ちている。



透は両手いっぱいの枯れ葉と

小枝を抱えて戻ってきた。


息が上がる。


西日はもう低い。



『急いでください』


「言われなくても!」



枯れ葉を山にして、

レンズの角度を調整し光を当てる。



『もう少し近づけてください』


「...こう?」


『遠ざけてください』


「.......こう?」


『焦点が合っていません』


「どこだよ焦点!」



『集まった光が

 ひとつの点となるよう距離を調整してください』



「一つの点........。」




日の入り間際。


細い煙が上がる。



「........あ。」


小さな火種。



『成功です』



「よっしゃあああ!」


暗くなり始めた空に、

透の叫び声が響いた。




すっかり辺りが暗く沈む頃、

透は、鍋で湯を沸かしていた。


小さい。


だが、

確かに灯ったその火に透は見とれていた。



『先程採取した白い根菜を切ってください』



「.....もうちょっと感動に浸らせてよ。

 初めてだよ?火を起こすのなんて。」


そう言いながらも透は、

端末の指示通り、調理を始める。




「.....なんか丸いけど大根みたいだな。これ」



『生物学的には、人参に近いです』


「人参!?白いじゃん!」



『成分的には人参でした』



切った白人参を沸騰した鍋に入れる。



『半透明になり、柔らかくなったら

 キノコと野草を切って入れてください』



「はい。」



『最後に塩で味付けをしてください』



「はい。」



『完成です』



「......想像はしてたけど、

 美味しくなさそうだな。」



『熟成塩香る

 文明の残響と自然の恵みスープ』



「なんか無駄にかっこいいな。」



透は口に出来るほど冷ました後に

ゆっくりと口へ運ぶ。


思わず笑みがこぼれる。



「.....なんだこれ。」


『美味しいですか』


「.....くそまずい。」


透は満面の笑みを浮かべる。


揺らめく火が、

滲んだ涙を照らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


その晩。


透は焚火を眺めながら、

端末と話をしていた。


時折薪が爆ぜる。


風が吹く。


火の粉が、

夜空へ舞い上がった。



「........そういやさ。」



『はい』



「イッコさんの前の持ち主って、

 どんな人だったの?」



『.....そうですね』



少しの沈黙。



『器用に見えて不器用な人でした』


「......不器用?」



『誰かのために何かを作るのは得意でした』


『ですが、

 自分自身を満たすことは

 あまり上手ではありませんでした』



透は黙って聞いていた。


 

『人に喜んでもらうことが好きで』


『必要とされることで、

 自分の価値を確かめていました』


『傷つくことはあっても、

 あまり弱さは見せませんでした』



焚火が小さく揺れる。



『理想を追うロマンチストでありながら、

 現実の厳しさも知っている』



『そんな人でした』



「.....そっか。」



透は少し笑った。



「すげぇ人だったんだな。」



『すごいかどうかは分かりません』



「.....いやすげぇよ。」



しばらく沈黙が流れた。



「俺さ.....。」



透は焚火を見つめたまま、

ぽつりと呟く。



「昔から何も続かなかったんだよ。」


「勉強も、部活も、趣味とかも。」



薪が爆ぜる。


「特に目標もなくてさ。」


「大学卒業して、

 なんとなく家出て。」


「なんとなく上京して。」



「仕事も別に、

 可もなく不可もなく。」



「同期と飲み行ったり。」



「隣の部署の先輩に、

 密かに思いを寄せたりさ。」



透は小さく笑う。


「でも。」


「今考えるとさ.....。」



焚火の灯りが、

透の横顔を照らしていた。




「別にやりたいこととか、

 特になかったんだと思う。」





『今はありますか』



「んー。」



透は少し考える。



「あんのかな....。」



『わかりませんか』



「わかんない、けど。」



『けど』



「今はちょっと楽しい。」



『それは良いことですね』



「......珍しく優しいじゃん。」



『優秀なので』



「まだ言うか。」



また沈黙が落ちた。



焚火の音だけが、

夜の中で大きく響いている。



ふと。


透は空を見上げた。



「........。」


言葉を失う。


頭上には、

無数の星が広がっていた。


街の灯りはない。

看板も。

車も。

ビルの明かりも。


何もない。

だからこそ。

空だけが、

異様なほど明るかった。


「......すげぇ。」


天の川が、

夜空を横切っている。


『どうしましたか』



「星.......。」

透は目を細める。


「こんな綺麗なの、

 見るの初めて見た。」



『そうですか』


端末の声は、

少しだけ優しく聞こえた。



静かだった。


でも、

確かに、生きている。



風が吹く。


木々が揺れる。


焚火が揺れる。



透は夜空を見上げたまま、

小さく呟いた。



「.......悪くないな。」



焚火が、

静かに揺れていた。


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