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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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3/7

兆候

次の目的地が決まったその晩。

スクランブルスクエア内で野営をした。



アパレルコーナーに残されていた、

もう誰にも着られることのない服。


それらを積み上げ簡易的な、

でも今の生活では贅沢な寝床を作る。


日中の疲れもあってか

その夜は久しぶりに深く眠ることができた。





翌朝。


お土産売り場の一角にあった売店で、

食料を補充する。


コンビニでは見かけなかったような

高級そうな缶詰。


賞味期限など、

知ったことではない。


透は少し鼻歌混じりに

それらをリュックに押し込み

肩に担いだ。


そして。


昨夜見つけた煙の正体を探るため。


次なる目的地、


「六本木ヒルズ」へ向けて歩き出した。





外は相変わらず、

自然の世界が広がっていた。

根に押し上げられ、

ひび割れたアスファルト。


信号機にツタが絡みつき。


横倒しになったバスは

半ば草むらに飲み込まれている。



昨日の雨が嘘のように、

空には雲ひとつない。



ビルの隙間から差し込む陽光が

葉に残った雨粒を輝かせていた。



向かいの崩れた歩道橋の上では、

2頭のキノコジカがのんびりと日光浴をしている。



「平和だなあ........。」


思わずそんな声が漏れた。




しばらく進むと明治通り。


道路だった場所には、

大きな川が流れている。


この水はどこから来ているのだろう。


そんな事を考えながら、

透は川に横たわった倒木を伝い渡っていく。


足元では、

穏やかな水面が陽の光を反射していた。


不意に魚が跳ねる。


銀色の飛沫が宙を舞い、

再び川へと消えていった。



「魚がいるってことは、綺麗な水なのかな....?」


渡り切った先で、

川辺まで近づく。



しゃがみ込み、

流れる水を両手で掬った。


鼻先へ寄せる。


変な臭いはしない。



「まあ、死んだらそん時か......。」




恐る恐る口をつける。



「.....冷たっ。」


目を見開いた。


「うまっ。」



乾き切っていた喉に、

冷たい水が染み渡る。




透は慌ててリュックを開き、

ぬるくなったペットボトルを取り出した。


中身を地面に捨てる。


そして川の水を汲み、

そのまま勢いよく飲み干した。



気付けば半分ほど空になっている。




「......生き返るっ!」



思わず空を見上げた。

広がる青空。


風が吹き、


木々が揺れる。



顔には自然と笑みが浮かんでいた。




川辺で少し休憩をはさみ、

透は再び歩き出した。




大きな木に囲まれた、

道なき道を進むと目の前に

レンガ造りの塀が現れた。



「.........これって。」



塀に沿って歩きながら、

中を覗く。


校舎と思われる大きな建物は、

植物に覆われ所々崩落している。



「......青学だ。」


青山学院大学。


新卒で入ってきた、

久瀬くんの母校だと聞いていた。


美男美女が集うイメージ。


自分とは縁もゆかりもない場所だ。



正門まで来た透は、

静まり返ったキャンパスを見つめていた。



人の気配は当然ない。

風と木の揺れる音だけが聞こえる。


かつて若者が集ったそのキャンパスは


小さな森になりかけていた。




「ちょっと気になるけど....。」



今は六本木に向かうのが先だ。



空を見上げる。


「まぁ、帰りで良いか。」


そう呟き、

リュックの肩紐を握り直す。


透は青学に背を向け、

再び歩き出した。







しばらく進むと、

街並みが変わってきた。



「....お店が多くなってきたな。」


高級ブランド街の象徴、

表参道ヒルズである。



ショーウィンドウのガラスは割れ、

マネキンだけが今も立っている。


植物に覆われながらも、

着飾った服を纏ったまま。


立ち並ぶ店舗の

ホログラム看板は今もぼんやりと光り続け、

誰も来ない客を待っている。


しばらく歩くと、

大きく盛り上がった木の根が目に入る。




「ちょっと休憩....。」


透は腰を下ろした。



木漏れ日が揺れる。



リュックから缶詰と

川で汲んだ水を取り出す。



缶詰の蓋を開け、

中身を口へ運ぶ。


風が吹く。


葉が擦れる音。


遠くで鳥の鳴き声。



そして時折、

ホログラム広告のノイズ混じりの音声が

途切れ途切れ聞こえていた。


透は缶詰と乾パンを頬張りながら、

束の間の休息を味わった。




そんな時、足元に置いたリュックが

音を立てて倒れる。



「.......?」


立て直そうと手を伸ばした時、

小さな何かがリュックの影から飛び出した。



「うわっ!?」


その影の正体は、

透から数メートル離れた場所で振り返る。



ネズミだ。


両手に納まるくらいの大きさで

体は苔に包まれている。


体の緑と相反した真っ赤な瞳は

こちらをじっと見つめている。



「.......あ、俺の缶詰!」



持ち主の目の前で嘲笑うかのように、

鋭く発達した前歯で、

器用に缶の蓋を開けようとしている。


「ちょ、返せ!」


透が飛び掛かろうとしたその瞬間。


ガラスを爪で引っ搔いたような

甲高い音が響く。


「え?」


刹那。

光る何かが目の前をよぎった。



............ガラスの塊。


割れたガラスの破片の集合体が、

先程までネズミがいたところでうずくまっている。



あまりの突然の出来事に透が固まっていると、

その塊はゆっくりと顔を上げた。


ガラスを纏った鷲。


嘴までガラスで出来たその大きな鷲は

口元に先程のネズミを咥えていた。



そしてこちらを一瞥する。


ガラス玉のように透き通った瞳。


一瞬だけ、目が合った気がした。





次の瞬間。


ガラスの翼が陽光を反射し、


無数の光の粒を撒き散らしながら

空へと舞い上がる。



その姿は、

まるで宝石で出来た幻のようだった。





取り残された透と、

半分蓋の空いたままの缶詰。


透はその場で腰を落とした。


空を見上げる。



一瞬の出来事だった。


だが。


鮮明に脳裏に焼き着いている。



苔に覆われたネズミ。


ガラスを纏った鷲。



この世界で生まれ、

この世界で生きている生き物たち。



食べて。

食べられて。



確かに生きている。


この世界の食物連鎖。



「苔ネズミに、ガラス鷲.....。」


思わず笑みがこぼれた。


世界は終わったと思っていた。


でも、

この世界はちゃんと続いている。



「.........すげぇ!」




空にはどこからともなく、


ガラス同士が当たる、

涼しい音が響いていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



表参道ヒルズを後にした透は、


その後、

西麻布あたりまで来ていた。


なんだか心なしか、


以前より遭遇する生き物が

増えた気がする。



キノコジカや

苔ネズミはもちろん。


新たな生き物たちも目にした。



体中を赤茶けたサビで覆われた

野犬の群れ。


切れた電線に吸い付き、

火花を散らしながら何かを啜る

人の腕ほどもある巨大なヒル。


そして、


キノコジカの死骸に群がっていた

白いカラス。


透が近付くと、

一斉にこちらを見た。


無数の赤い瞳


「うおっ.....。」


次の瞬間。


無数の白い翼が舞い上がる。




そのどれもが、

透の知る生き物とは少し違っていた。


だが、

不思議と恐怖はあまり感じていなかった。




むしろ



「この辺、生き物多いな。」



透は少し楽しそうに呟いた。






西麻布の少し先。


ツタに覆われた白い建物。


その隙間から見覚えのある表示が見えた。


赤い十字マーク。



「.....赤十字、病院だ。」


透は思わず足を止めた。





病院。



人が生きるための場所。


そして。


人が最後まで集まったであろう場所。



「薬......。」


今すぐに必要なものはない。


だが、


もし怪我をしてしまったら。


もし体調を崩したら。


誰も助けてくれない。



「.....ちょっと見てくか。」



そう呟くと、

玄関へ向かって歩き出した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

赤十字病院の正面玄関。



かつて自動ドアだった入口は、

半ば開いたまま止まっていた。


ガラスには無数のヒビ。


ここもやはりツタに覆われていた。



透は足を止めた。



病院。



怪我を負った人。


病気になった人。


新しく生まれる命。



そして、


死にゆく命。



人の営みが休むことなく

最も濃く集まる場所。



そんな場所が今は、

静寂の中に沈んでいた。



院内は真っ暗だった。



「.......病院に限って電気付いてないのかよ。」




その静かで冷たい暗闇は、

透をどこかへ誘い込もうとしているようだ。



半分開いた自動ドアを、

ゆっくり体を捻らせ入っていく。



「........失礼しまーす。」




誰もいないと分かっていながら、

透は小さく声を掛ける。




返事はない。



聞こえるのは、

外から聞こえる風の音だけだった。



一歩。



また一歩。



院内へ足を踏み入れる。



自らの足音だけが、

冷たいロビーに響いていた。



周囲を見渡す。



総合案内。


待合スペース。


案内板。


横倒しになった車椅子。



全てが残されている。



まるで、

昨日まで使われていたかのように。





受付の前まで差し掛かった時だった、




『受付はこちらで承ります。』



「うわっ!?」



透は肩を跳ねさせ、

その場で尻もちをついた。



慌てて声のした方を見る。



受付カウンターの奥、

そこに青白い人影が立っていた。



よく見るとホログラムだった。



「....本じt........かを受診ですか?」



ノイズ混じりの音声。



映像も不安定に揺らめいている。



「........。」



透はしばらく固まったまま、

その光景を見つめていた。



「.......まだ、動いてるのか。」




しばらくの静寂の後、

ホログラムは続ける。



「外来.......受付は...」



「診察.........待ち時間...現在...」



「本日の予t..い患者数は.....」



「0名...です......。」





静寂。



受付ロビーには、

外から届く木々が揺れる音だけが響いていた。




「.....そっか。」



透はゆっくり立ち上がる。



「忙しくなくて良かったな。」



もちろん返事はない。



ホログラムは小さく揺らめくだけだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





受付の横にあった案内看板の前で、

透は立ち止まる。



小児科。



内科。



外科。



X線検査室。



視線を下へ滑らせる。



「あった。」



薬剤科。




「ここなら何かあるでしょ。」



透は案内板から目を離した。



病院に来た目的は探索だ。



今すぐ必要なものはなくても、

薬や包帯の一つくらい見つかるかもしれない。



リュックを下ろし、

中から懐中電灯を取り出す。



スイッチを入れ、

白い光が廊下を照らした。




昼間だというのに、

院内は薄暗い。



奥へ続く長い通路。



所々で天井が崩れ、

植物が侵入している。




「......なんかのダンジョンゲームみたいだな。」




少しだけ笑う。



そして、

透は薬剤科へ向かって歩き出した。




直線の廊下を途中で曲がる。



『小児科』



大きな文字が空中に浮かび上がる。


その周囲を、

ホログラムの可愛らしい動物たちが

楽しそうに飛び回っていた。



ウサギ。


キツネ。


パンダ。


色鮮やかな光の粒を残しながら、

暗い廊下を駆け回る。



「おぉ......。」


暗闇の中で踊る動物たちに見とれていると、

足元で何かを蹴とばした。



「..っ!?」



慌てて懐中電灯を向ける。



自動掃除ロボットだった。



「あ...ごめん。」



『.......。』



「....壊れちゃった?」



近づくと、


『......清掃業務を再開します。』



「うわっ!」



再び動き出し、

透の進行方向とは反対の廊下へ走り出した。



「.....なんのために掃除してるだろ。」



呆れたように呟く。


ロボットは迷うことなく、

暗闇へと消えていった。





透はそのまま、


内科、外科と通り過ぎ、

X線検査室の前に来ていた。



相変わらず暗い廊下。


白い光が何かを照らした。


床を這う、

何本もの電線だった。




「.....なんだこれ?」



『X線診察室①』


『X線診察室②」



それぞれの部屋から伸びたそのコードの束は、

廊下の奥へと続いている。



透はしゃがみ込み、

その内の一本を掴んだ。


埃を被ってはいるが、

比較的新しい。


廊下を引きずった後もある。


途中で切れてもいない。



「どこに繋がってるんだ?」


透は立ち上ると、

コードの行き先を辿り始めた。



そのままコードは、

長い廊下を続いて行く。


そして、

一つの部屋に入って行く。


『薬剤科』


「.....あ、ついた。」



扉は半開き。


そっと中を覗く。


すると、


薬棚。


薬品庫。


点滴。



そして中央。


空っぽのメンテナンス台。


コードの先は、

その台の足元で途切れていた。



「......誰か?」



懐中電灯の灯かりで、

部屋中を探してみる。



「..........いないか。」



部屋の中へ入る。



薬品棚が漁られた跡がある。


床に様々な箱や瓶が落ちていた。



透はしゃがみ込み、

一つの瓶を拾い上げた。


『バッテリー冷却液』


「.....薬、じゃないのか?」



その横に転がっていた

樹脂製のボトルを手にする。



『関節潤滑剤』


さらに。


『人工筋繊維修復剤』



透は眉をひそめた。


どれも人間のための薬ではない。


むしろ、

「......機械?」



再びメンテナンス台へ視線を向ける。


中央に残された空の作業台。


床を這う電線コード。


漁られた棚。



まるで、

誰かがここで何かの修理をしていたかのようだった。




どこからともなく入ってきた風が

透の頬を撫でる。


顔を上げると、

窓が開き、カーテンが揺れていた。



そして。


窓の周囲だけ、

ツタが不自然に切り払われていた。

透は窓へ近づく。


外を見る。


誰もいない。


森が広がっているだけだ。



それでも。


「........誰か、いたのか?」




その言葉だけが、

静かな薬剤科に溶けていった。


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