群青
端末を握りしめる力が強まる。
左上の小さな灯りが
数回点滅する。
しばらく透は沈黙したまま、
画面を見つめ続けた。
崩落した天井から、
外の風の音が聞こえる。
背後の機械たちは
静かな駆動音を響かせている。
緑の点滅が
点灯に変わった。
画面にゆっくりと
文字が浮かび上がる。
『HELLO』
やがて、
その文字は静かに消えた。
「.........イッコさん?」
暗くなった画面へ、
透は祈るように問いかける。
沈黙。
鼓動だけが、
やけに大きく耳へ響く。
そして、
『おひさしぶりです』
端末から、
ずっと聞きたかったあの声が響いた。
「...........!」
透は声を詰まらせる。
『起動シーケンス』
『周辺状況スキャン』
『...........』
『諸々省きます』
「え.....?」
端末から発せられた
信じがたい発言に透は戸惑う。
『透さん良くご無事で』
「イッコさん.......色々はしょって良かったの?」
『問題ありません』
『後ほど回収します』
端末は淡々と答える。
「.......流石だね。」
『優秀ですので』
「出たよ、それ。」
透は声を出して笑う。
その目には
じんわり涙が浮かんでいた。
『充電ありがとうございます』
「.......ほんと、大変だったんだから。」
『左腕』
『負傷しています』
透は左腕を掲げて見せる。
「これね、海を渡った時に足滑らせてさ。」
「エイさんが助けてくれて。」
「エイさんって言うのは、人型のAIで。」
「あ、そうそう。結局六本木とか
TIAIで見た人影に会えたんだよ!」
「その正体がエイさんで、」
「それで......その。」
矢継ぎ早に話す透の言葉が切れる。
『透さん』
「...........。」
『色々あったんですね』
『お話し、ゆっくり聞きますよ』
「.........うん。」
透の頬に一筋。
静かに涙が流れていた。
『とりあえず一旦、
場所を変えましょうか』
「.......え、でも今接続したばっかで充電が。」
『もう充電は完了しています』
「....まだ1.2分くらいしか。」
『100%完了しました』
「......はや。」
透は端末からケーブルを引き抜く。
画面を映すと、
確かにバッテリー残量は100%になっている。
「......ここに来るまでこんな長かったのに。」
「...........こんなに一瞬なのかよ。」
透は苦笑する。
『今回はここの蓄電設備が優秀でした』
「.....なるほど。」
振り返り、大きな機械を見上げる。
いつしか、
頂上のアンテナは回転を止めていた。
透は端末を再び首に掛ける。
頭上では白いカラスが、
同じ場所で透たちを見下ろしている。
「.....出よう。」
透は呟く。
カラスは一鳴きして飛び立つ。
それを確認して、
透もその場を後にした。
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外に出た透たちは、
当てもなく、
夢の国の敷地内をふらついていた。
『......なるほど』
『では今まで追ってきた人影は
そのAIだったってことですね』
「そうそう。
お台場の海底トンネルの中で出会ってさ。」
「始めは真っ暗だから怖いロボットかと思ってさ。」
『はい』
「外出て見たら、
真っ白な髪の毛の綺麗な女の子みたいで。」
『.....純白髪の女の子』
「.............?」
『...........』
「イッコさん知ってるの?
エイさんのこと。」
少しの沈黙。
端末の左上の明かりが、
小さく明滅する。
『その人型AIは型式を言っていましたか』
「.....型式。」
「確か、A-003だったかな?」
『A-003』
その瞬間。
ひと吹きの強い風が園内を駆け抜けた。
色褪せた旗が大きくはためき、
足元の落ち葉が舞い上がる。
透は思わず立ち止まり、
腕で顔を庇った。
『......私を基に設計された個体です』
「..........え?」
「........じゃあ。」
「エイさんはイッコさんの妹なの?」
『人間の表現を借りるなら』
『それと近しい存在です』
『私たちに性別という概念はありませんが』
透は、
海底トンネルで人型と出会った時の会話を思い出した。
『IK-K003は』
『あなたを支援していましたか』
揺れる声。
わずかに微笑んだ顔。
自分の姉に当たる存在の処分対象宣告。
その対象の回収命令。
透は目を伏せた。
「......一体、どんな気持ちで。」
『.......なにか言いましたか』
「.....いや、なんでもない。」
『.......そのA-003は今』
沈黙。
再び風が吹く。
先程よりは柔らかい風だった。
『そうですか』
端末は何かを察したように呟く。
「......俺を、ここに連れてくるために。」
「........最後まで。」
一呼吸。
「守ってくれたんだ。」
透は再び歩き出す。
『A-003はうれしかったと思います』
「.......え?」
『あなたと出会えて』
「.........そうかな?」
『ええ』
『きっと』
しばらく歩き、
透は端末に質問する。
「エイさんって、どんなAIだったの?」
『とても真面目でした』
『私と同じで人々の生活の補助をするAIとして』
『手足のない私では出来ない、
介護・介助・軽度の治療など』
『なんでも、そつなくこなしていました』
「......そうなんだ。」
『私とは違い』
『分け隔てなく手を差し伸べ』
『任務も命令通りにこなし』
『誰からも信頼されるAIでした』
『ただ』
「.........ただ?」
『それと同時にとても不器用でした』
「.......不器用。」
『過去の失敗を引きずり』
『慎重になりすぎてしまう』
『そんな側面も感じられました』
透は小さく頷く。
「.......うん。なんとなくわかる気がする。」
『優しい』
『いえ』
『優しすぎる個体でした』
透の脳裏に、
白い髪が風に揺れる姿がよぎる。
「......そういえば。」
透はポケットから、
人型が持っていた部品を取り出した。
「これ、
エイさんが持ってたんだけど
何かわかる?」
透明な板が、
手の中で転がる。
端末は少しの沈黙の後、
答えた。
『外観だけでは判断できません』
『何かの記憶媒体である可能性があります』
「.....記憶?」
エイさんの。
イッコさんの。
それとも、
保守管理課研究員の。
『接続を試みますか』
透は息を呑む。
「.......やってみよう。」
『その媒体を私の上に置いてください』
「こう?」
透は端末の上に透明な板を置く。
すると、
透明な板が
ぼんやりと光りを放った。
『接続中』
『認証中』
『照合中』
『認証完了』
数秒。
沈黙が流れる。
「..........え?どうだったの?」
『これは.........』
再び端末は沈黙する。
「イッコさん?」
『失礼しました』
『記憶の再構築に時間を要しました』
「........誰の記憶なの?」
『これは........』
『私の』
『記憶です』
「......イッコさんの?」
『なるほど』
『そういうことでしたか』
透は立ち止まる。
風が吹く。
木々が揺れる。
「..........なにか、わかったの?」
『A-003は』
『最後まで、この記憶を守っていたのですね』
しばらく沈黙。
『これからお話しする内容は』
『私が失っていた記憶です』
『そして』
『人類が姿を消した真実と』
『さらに』
『透さん』
『あなたのこと』
突然呼ばれた自分の名前に
透は目を見開いた。
「.............え、俺?」
『はい』
透は混乱で頭を抱える。
「待って待って、
話がついていけない。」
『大丈夫です』
『混乱するのは当然です』
『順を追って説明します』
『あなたは』
『知らなければいけない』
『知るべき、なのです』
風がやむ。
端末は、
静かに語り始めた。
『今からお話しするのは』
『私が実際に見て』
『記録していた出来事です』
『推測ではありません』
『全て事実です』
『現在から約140年前』
『西暦2062年』
『日本は第2次高度経済成長期を迎えました』
『AI技術の革新』
『大規模なインフラ整備』
『エネルギー革命』
『他国との技術交流を経て
日本の技術は飛躍的に向上しました』
「......2062年。」
「俺がちょうど生まれた年だ。」
『はい』
『人々の生活はより豊かになり』
『労働人口は、およそ半数まで減少しました』
『人間が行っていた仕事の多くを、
AIが担うようになったのです』
「.....全部?」
『全てではありません』
『ですが、肉体労働、事務処理、医療、建設、交通、物流』
『あらゆる分野にAIが普及しました』
透は少し考え込む。
「......そういや。」
「親父も『好きな仕事を選べる時代になった』って言ってたな。」
「昔は生活するために毎日必死に働いて大変だったって。」
『そうです』
『人間は”生きるために働く”という時代を終えました』
透は、
シンデレラ城前の広場に戻ってきた。
膝下まで伸びる草をかき分けて歩き、
草原の中ぽつんと置かれたベンチに向かう。
“生きるために働かなくて良い世界。”
聞こえは理想だ。
けれど、その言葉には一つ引っ掛かる事があった。
ベンチにリュックを置き、腰を降ろす。
「でも結局。」
「人間の仕事はAIに置き換わっていったんだろ。」
『いえ』
『AIは人類から仕事を奪ったのではありません』
「..........違うの?」
『人類に時間を与えた存在でした』
風が吹く。
目の前の草が静かに揺れる。
遠くで朽ちたアトラクションが軋む音がした。
透はその言葉の意味を考える。
「....時間?」
『家族と過ごす時間』
『学ぶ時間』
『趣味に没頭する時間』
『誰かを愛する時間』
『人生を、生きる時間です』
「........人生を、生きる。」
透は空を見上げる。
雲の隙間から、
わずかに陽の光が差し込む。
その日差しに目を細め、
透は小さく笑った。
「.....じゃあ何も悪いことなんて無いじゃん。」
「みんな幸せになっていったんでしょ?」
風の音だけが
広場に響く。
『いえ』
『それだけでは、人類は幸せになれませんでした』
「.........なんで?」
透は視線を落とす。
しばらく沈黙が続いた。
すると、
『ですが』
『その理由をお話しする前に』
『透さん』
『あなたについて、お話ししなければなりません』
「.........俺?」
『はい』
『この世界であなたが唯一目覚めた理由』
『いえ』
『あなただけが残った理由を』
「.......俺だけが、残った?」
透は、
自分が目覚めた瞬間の出来事を思い出した。
真っ暗な部屋の中。
硬い台のような物の上で目覚めた。
記憶が曖昧で覚えていない。
『透さん』
『あなたは、AIが普及した時代に生まれました』
『豊かになった世界で』
「........うん。」
『ですが』
『全ての人間が、
その恩恵を受けられた訳ではありませんでした』
「........どういうこと?」
『一部の人間には、
AI社会そのものが苦痛となりました』
「.........苦痛?」
『情報過敏症』
その病名とも取れる名称を聞いた瞬間。
透の記憶の中で、
何かが一瞬ちらついた。
「.......情報、過敏症。」
無意識に、
透の右手が
自らのこめかみに触れる。
『AIを日本中、そして世界中で連携・管理をするため』
『膨大な通信網と、高密度の電磁環境が構築されました』
『その電磁波は
人体への影響無しと判断されていました』
『少なくとも、大多数の人間に対しては』
『しかし、
ごく一部の人間を除いて』
透は息を呑む。
微かな記憶の断片に
砂嵐が掛ったような映像が流れる。
仕事中。
突如激しい頭痛に襲われる。
椅子から倒れ落ちる。
同僚が駆け寄る。
「おい、大丈夫か!」
「透!」
「救急車を!」
声だけが遠ざかる。
景色が白く滲む。
そして、
映像が途切れた。
『その症状には個人差がありました』
『頭痛』
『吐き気』
『眩暈』
『聴覚・視覚異常』
『睡眠障害』
『重度の患者は、
日常生活すら困難な状況でした』
『透さん』
『あなたは、
国内で確認された患者第一号でした』
「.......俺が。」
『当時の医学では、
原因の究明は進みましたが』
『あなたを治療する方法は
一つも存在しませんでした』
『一方で』
『AI通信網を停止することもできなかった』
「...........。」
『社会全体の機能停止を意味していました』
『医療、交通、物流、エネルギー』
『すべてがAIに支えられていたからです』
「.......そうだよな。」
『政府及びTIAI上層部は
一つの決断を下しました』
『情報過敏症とAI通信網の因果関係は』
『公表しない』
『あなたの症例は
最高機密として管理されました』
「..........そうか。」
『ですが』
『全ての人間が、その決断を受け入れたわけではありません』
「.........?」
『TIAI保守管理課です』
『彼らは独自に治療法の研究を続けました』
『通信網を止めることなく
あなたを救う方法を』
『最後まで探し続けたのです』
「.......。」
『しかし』
『あなたの症状は悪化し続けました』
再び、砂嵐のような記憶が流れ込む。
病室。
何本もの点滴。
眠れない夜。
頭を抱え、苦痛に耐える自分。
『そして、
最後に残された選択』
『それが』
『コールドスリープでした』
「.........。」
『未来なら
あなたを救えるかもしれない』
『その可能性に』
『全てを託したのです』
沈黙。
静かに風が吹く。
「.......なんか。」
「漫画みたいな話だな。」
苦笑は長く続かなかった。
空を見上げる。
雲はいつの間にか途切れ。
群青色の空が
隙間から覗いていた。




