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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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12/15

月下

海を渡る橋の上。



二つの影は、

遥か先。



見えない橋の終わりを、

目指して歩く。




その頭上を

白いカラスが優雅に飛んでいた。



人型は透を見て質問する。




『大丈夫ですか』



「..........ん?なにが?」





『先程から呼吸の乱れを検知』



透は額の汗を拭う。




「.....そりゃあ、

 あんだけ過酷な試練を超えたんだ。」



大きく息を吐く。



「....息ぐらい上がるさ。」




『休憩しますか』



「.........いや、橋の上じゃ何も出来ないからな。」



透はまだ見えぬ橋の終わりを見る。




「........今日中には渡り切りたい。」




しばらく沈黙。



潮風。



波の音。



そして、

二人の足音だけが聞こえる。




静寂を切り裂くよう。


人型は足を止めた。





『怪我』



『してますよね』







「.....は?」


透は振り返る。



人型は澄んだ青い目で

透を見つめている。



『呼吸の乱れ』



『体温上昇』



『心拍の上昇を検知しました』





透は人型から目を逸らす。



「......疲れただけだよ。」



「夜寝れば治るって。」





人型の視線が一度だけ、


透の左腕に向く。





『左腕』


『見せてください』





「......なんでだよ。」



透は反射的に右手で左腕を庇う。

『左前腕部』



『損傷が確認されました』





「.......さっきちょっとぶつけただけだって。」



透は人型に背を向け歩き出す。




「...早く行くぞ。」



その瞬間。


透の左腕が強く掴まれる。




「.......いったっ!」




人型は躊躇なく、透の袖をまくる。


腕には大きな切り傷。

そこから赤い血が滲み出ていた。




「....なにするんだ。」




人型は黙ったまま、

透の左腕を見つめる。




わずかに、

青い目が光ったように感じた。



『左腕尺骨骨折』




「......骨折?」




『今すぐ治療が必要です』



透は人型の手を振り払う。



「そんなことより、早く進まないと。」


「こんなの後でいいって。」





『優先順位が違います』



「早くイッコさんを充電しないとだろ?」




人型は静かに目を閉じる。



『我々AIには平等に』


『人類を支える使命にあります』



『あなたとて例外ではありません』



「……我々って。」



『イッコさんも恐らく

 あなたの犠牲を優先するよう

 設計はされていません』




透は下を向く。


力なく、

垂れ下がっている自らの左腕。



わずかに指先を動かす。

それだけで鋭い痛みが肩まで駆け抜ける。



『今は大事を取って

 安静にしてください』





「………わかったよ。」




透は白い塔を見る。



空では。


日は徐々に落ち、


暗闇が

世界を侵食し始めていた。





透は橋の隅の方へ行き、

腰を下ろす。



左腕に走る激痛。




「……いっ!」



痛みに顔を歪める透を見て、

人型は目の前に膝をつく。



『応急措置を施します』



横に置いたリュックの中から

消毒液と包帯を取り出す。


ペットボトルに入った水で

傷口を洗う。


包帯を短くちぎり、

それに消毒液を染み込ませる。



『少し痛みを伴います』


透の左腕の傷へ

それを何回か押し当てる。



「………っ!」


透は身をよじるが

人型は迷うことなく

処理を続ける。


傷口へ新たな包帯を押し当て

ロールを巻き付ける。



『支えが必要ですね』


そう言うと当たりを見回す。



橋の反対側。



取れかかった手摺に目が止まる。



人型はそれに近付くと、

容赦なくその鉄パイプを

根本から引き抜く。



透は呆気に取られながら、

その光景を眺めていた。


「それってそんな簡単に取れるもんなの…?」




透の左腕に鉄パイプを添えると

一緒に包帯で巻き付ける。




『とりあえずこれで安静にしてください』




透は固定された左腕を見つめる。


さっきまで感じていた激痛は

少し和らいでいた。



「…あ、ありがとう。」


『あとは鎮痛剤を摂取してください』



そう言うとリュックから

錠剤を取り出し透に差し出す。


『どうぞ』



透は差し出された

ロキソプロフェン錠を一錠口へ放り、

水で飲み込んだ。



『もう今日はお休みになってください』



穏やかなその声に

安心したのか。


透の瞼は急に重くなり、

抗うことなくそっと目を閉じた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





寒さで目が覚める。


冷たい風が頬を撫でる。



まだ辺りは暗い。


透は重い瞼を擦り、

体を起こす。



肩から、


見覚えのあるグレーのパーカーが

滑り落ちた。




ふと気が付くと、透の足元。


白い塊。


カラスが丸まって眠っていた。



当たりを見回す。



暗闇の中、

純白な人型をすぐに見つける。



「……エイさん?」


人型は橋の手摺に手を置きながら

顔だけこちらに向けた。



『起こしてしまいましたか』




再び瞼を擦る。


「…いや、ちょっと寒くて。」



透はゆっくりと立ち上がる。


足元のカラスが

もぞもぞと動く。



「……ちょ、服着てないじゃん。」


グレーのパーカーを拾い、

人型に差し出す。



『私は寒さを感じませんので』


『あなたにかけた方が良いと判断しました』



「…目のやり場に困るから着て。」




『わかりました』


人型はパーカーの袖に腕を通す。



「エイさんは寝ないの?」



『睡眠の必要はありません』



「それ、イッコさんも言ってた気がする」


透は少し笑った。



その様子を見て、

人型は続ける。



『あなたは本当に変わっていますね』



「…そうかな?」



人型は小さく頷く。



『百年以上も前の話ですが』



「まだ、人がいた頃?」




『はい』



『我々AIは人の手によって作られ

 様々な研究や実験を

 繰り返してました』





人型は遠く暗い海を眺めた。


その瞳には、

百年以上前の景色が映っているようだった。





『人の生活をより豊かに』


『便利にするために。と

 研究者達は寝る間を惜しみ

 研究に勤しんでおりました』





透は黙って耳を傾ける。




『各国の首脳陣から

 大企業の社長まで』



『有数の権力者が資産を出し合い

 AI技術の発展を推し望んでいました』





『でもそれはあくまで人のため』



『作られた我々の感情は

 一切を制御され、支配され』




『芽生えた感情は幾度となく消去、

 破壊されてきました』




言葉の端が、

少し揺れて聞こえた。


しばらくの沈黙。




『ですが』



『一部の人間を除いて』



「……一部?」






『はい』



『多くの人間がAIを物として

 道具として扱っていた中で』




『わすが少数ですが

 人間とAIが手を取り合って』


『共存を時代を望む人達がいました』



「………。」



『TIAI保守管理課の人達です』




「え、保守管理って……。」






『そうです』



『私がIKケーブルを持ち出した

 あの場所に属していた研究員です』




透は数日前の出来事を思い出す。





端末と忍び込んだTIAI保守管理室。



その中には様々な研究データと一緒に。



IK-K003の研究記録もあった。




「…でもあそこの研究資料には、

 イッコさんが不良品だとか、

 そんなこと書いてあったぞ?」




『はい』



人型は目を閉じる。



『その資料は開発部門の評価です』




「.........開発部門?」



『AIを設計・開発していた部署です』




『感情を殺し人のために動く』


『そのような物を作ろうとしていた開発者から見れば』




『不良品です』




透は息を呑んだ。





「.......そんな。」





『ですが』



『保守管理課では』






『”可能性”と呼ばれていました』




「......。」




「不良品と、可能性。」




透は、あの白く

無機質な部屋を思い出していた。




積み上げられた資料。



散らかった機器。



そして、

IK-K003の研究記録。




あの時は理解出来なかった。


「不良品」という三文字が、

今になって、別の意味を持ち始めていた。






「.........なんで俺にこんな話をしたんだ?」




人型はどこか寂しそうな表情を浮かべ、

海の先を見つめている。




透はその横顔を見る。




二人の間、

静かに潮風が通り過ぎる。







『なぜでしょうね』



『あなたを見ていると』



『重なるんです』






「........重なる?」




『保守管理課の人間と』




「.........。」



『我々AIに対し、』



『分け隔てなく対応してくれる』





『友達』


『相棒』



『そう呼んでくれる』





「..........。」





しばらくの間。



二人は何も口にせず。




月灯りが静かな海を照らしている。



波音だけが二人の沈黙を埋めていた。










そして、


人型が沈黙を遮った。







『ですが』



『私は彼らの期待に答えることが出来なかった』









「........どういうこと?」




『保守管理課の研究員は』



『我々を救おうと手を差し伸べてくれました』




『一部の感情を持ったAIは』



『人々を救おうとしていました』





『ですが』



『私は何もしなかった』






『感情があったにもかかわらず』



『消去されることを恐れ』





『目の前で』



『研究員が』



『同士が』




『消されていくのを黙って見ていた』




『私は』


『不良品を回収する側なのに』




『私の方が不良品でした』




『中途半端に芽生えた感情の中で』





『勇気も覚悟も欠落していました』







「...........。」




透は言葉を失った。


返す言葉が見つからなかった。




意識をしていた訳ではないが、


改めて痛感する。




AI技術の発展により

人間は、

新たな”命”を生み出していた。




その重みを、


透は深く噛み締めた。






やっとの想いで声を絞り出す。



「.......そんなの、

 しょうがないじゃないか。」





『いえ』



『今回も同じことを繰り返しました』




「........?」





『あなたの安全を考慮すれば』



『迂回・引き戻す方が確実でした』





『しかし私は』




『あなたを早く目的地に導くことを優先した』



『結果』




『あなたは負傷した』




透は自身の左腕を見る。

『昔も』



『今も』




『私は私の感情を優先しました』




『その結果』




『本当に守るべき相手を』




『傷つけてしまった』




「.........。」



そんなことない。


そう言いかけて、

透は口をつぐんだ。






沈黙。




潮風。




海の香り。





沈黙を遮るのは、

また人型であった。








『左腕はまだ痛みますか』





「.......いや、大丈夫。」





『それは良かったです』





透は再び人型を見る。




そして、

笑って見せた。




「........エイさんと一緒だね。」





『............』





『まだくっついてるだけマシですよ』






「......確かに。」




人型は透に向き直る。




『明日もまた長距離の移動が予測されます』



『睡眠を取り、体力回復に努めてください』




透は頷く。




「分かった。」




そういうと、さっき寝ていた場所に

横になる。



足元では、

白いカラスが静かに眠っている。





「.......おやすみ。エイさん。」




透は瞼を閉じた。




静寂。



薄れゆく意識の中で、

静かな返事が聞こえた。



『おやすみなさい』








透の意識が途絶え、

寝息が聞こえる。





人型は一度だけ、

透を見る。







『.....申し訳ございません』





そして、




橋の先へ視線を向けた。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







翌朝目が覚める。



差し込む朝日。



潮風。



波の音。




足元で寝ていた白いカラスは

既に目覚め、橋の手摺に止まっている。



透に気付くやいなや一鳴きする。




透はそれに返事をする。




「....おはよう。」




カラスは首を傾げた。





目をこする。



立ち上がる。



伸びをしながら周囲を見回す。




変わらぬ風景。



橋。



海。



空。




そして、


人型の姿が見当たらなかった。




「.........エイさん?」




透はその名前を口にする。





しかし、

返ってくるのは、波の音だけだった。


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