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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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11/14

断絶

透と人型は、

目の前で断たれた橋を見つめたまま、立ち尽くしていた。




足元では白いカラスが

心配そうに二人の顔を覗き込んでいた。




「........どういうことだよ。」



『橋が崩落しています』




「そんなの見りゃ分かるよ。」




『長期間の風化による柱脚部の劣化が

 原因かと推測されます』




透は髪をかき上げ、大きなため息を吐く。



「こんな目前まで来て、

 行き止まりかよ。」




沈黙が流れる。






やがて、人型が静かに口を開いた。



『迂回ルートを検索しますか』




「迂回って言ったって、

 来た道引き返すしかないだろ?」



透はゆっくり振り返る。



「あのトンネルまた通るのは嫌だよ........。」






再び崩れた橋を見る。





橋の崩れた断面からは

無数の錆びた鉄筋が乱暴に引きちぎられている。



その直下。


かつて橋だったコンクリート塊が

海面の下に沈んでいた。



潮風が吹く。



波の音が響く。





しばらくの間。


透はその場で座り込んでしまっていた。




目線の先には崩れた橋。



「.......あそこまで飛べたらいいのに。」




見上げると、

白いカラスが頭上を優雅に旋回していた。



船もない。


空飛ぶ乗り物もない。



そもそもあったところで運転が出来ない。




引き返すしか無いのか。




視界の端では、

人型が崩れた橋のその先を眺めていた。





透は投げやりに声をかける。



「エイさん飛べたりしないの?

 こう足からジェットみたいの噴射して。」



人型は振り返り答える。



『出来ません』



その視線はとても冷たく感じた。





何十分経っただろうか。


透は座ったまま、空を眺めていた。



人型は微動だにせず、


崩れた橋の先を見つめ続けている。




白いカラスは崩れた橋から伸びる

一本の鉄筋に止まっていた。





透は立ち上がり、

迂回を決心した。




「エイさん。戻ろう。」


「ここで立ち止まってても何も始まらない。」




振り返る人型に透は続ける。



「あの海底トンネルをもう一回引き返そう。」



『渡れるかもしれません』



「そうそう。」



「今度はエイさんもいるから灯りにも困らないし

 かなり時間かかっちゃうけど.......。」




数秒時が止まる。




「............え?」


人型は繰り返す。



『渡れるかもしれません』



「どうやって?」


「濾過装置の次は船でも作るの?」




『柱脚部をご覧ください』



「柱脚.....?」




『あの2本先の柱の根元です』




透は目を細める。




崩れた橋のすぐ奥。



一本目の柱。



そのもう一本先。




「あれって.....?」




コンクリートの円柱状の脚部。



その海面すれすれの位置に、

黒く口を開けた四角い開口部が見えた。



『おそらく点検用の昇降口です』



『あの入口まで辿り着ければ、

 脚内部を昇降出来る可能性があります』




透はもう一度、

脚部を見た。



黒く口を開けたその穴だけが、

ここへ来て初めて”道”に見えた。




だが、

次の問題がすぐに頭をよぎる。



「.......どう渡る?」




透は穴を見つめたまま呟く。




やがて、

ゆっくりと海面へ視線を落とした。



泳ぐ?



.........無理だ。




飛べるわけもない。




ロープを張る?



そんな都合の良いものがあるはずもない。


透は黙り込む。



ふと横を見ると

人型は柱脚部をじっと見つめている。




「あそこまで渡るのにいい方法ないかな?」




人型は目線を変えずに

小さく呟いた。



『潮位が先程より低下しています』



「........ちょうい?」



『海面の高さです』




「......海面が下がってるってこと?」



『はい』





「.......でもだからって海の水が

 全部無くなるってことは無いでしょ?」



『無くなりません』



『ですが』



数秒の沈黙。



『約90分後』


『潮位が最低まで達します』



「.....なんでわかるの?」




『昨夜の月の位置から推定しました。』




「........月?」





『潮の満ち引きは月の重力の影響を受けます』



『以前の世界と変わりなければですが』




透は海を覗く。


「どのくらい下がるの?」




『場所によりますが

 50センチ~2メートル近くまで幅があります』



「2メートルも!?」



『2メートル下がれば

 現在海中にある地形が露出する可能性があります』




透は海を見つめる。



静かな波の向こう。



さっきまでただの海だった場所を。



「..........歩けるのか。」




『可能性があるだけです』



「待ってみる価値はあるな。」



二人は海岸へ腰を下ろした。



潮が引くのを待つしかない。



時間の経過が長く感じる。



「.......あとどれくらい?」



『あと83分です』



「まだ7分しか経ってないのかよ........。」





しばらく二人は黙り込む。


波の音だけが過ぎていく。


体感とは裏腹に

時間は思うように進まなかった。




「.......あと何分?」




『あと64分です』



「......ダメだ。じっと待ってられない。」



そう言うと透は立ち上がる。




「この時間で食材を集めよう。」






以前、端末の指示で採取した同じキノコ。



白いカラスが持ってきた木の実。



岩肌に張り付く貝。


透は輝いた眼で人型を振り向く。


「これ、カキかな?」




『カキではありません』



「..........じゃあ何?」




『フジツボの仲間かと』



「仲間?」



『イガイ類かと思われます』




「.....食える?」



『加熱を推奨します』



「毒ある?」



『現時点では断定できません』


「そこ一番大事じゃんか。」




しばらく夢中になっていると

人型が話しかける。



『あの』



「......なに?今この貝引き剝がすのに忙しいんだけど。」





『干潮の時間です』



「え?」



『干潮の時間です』




透の手が止まる。



「.....今?」



『はい』





「...............。」



「もっと早く言えよ!」



採取した食材を慌ててリュックに詰める。



『言われなかったので』



「普通アラーム機能って言うか、

 ちょっと前に言うでしょ!」




『通知は出来ますが指示は受けていません』




二人は急いで橋の元に戻る。






「.......ほんとだ。すげぇ。」



「水面が下がってる。」




透の視線の先。


さっきまで波に隠れていた海面から、


コンクリート塊が姿を現わしていた。



砕けた橋桁。


テトラポット。


岩。


その隙間を埋めるように広がるサンゴ。



完全な陸地ではない。



それでも。


目的の柱脚まで続く

ひとつの道筋が見えた。




透は思わず口元を緩める。



「これなら、渡れるかもな。」




『次の満潮まで約4時間半です』


『以降、通行は困難になると推測します』



「早く渡らなきゃな。」




そう呟くと、

透は海岸の手摺を乗り越える。


手摺をしっかりと掴み。

海岸の縁に立つ。


目先のテトラポットへ視線を向けた。



あそこに飛び移ったら

もうきっと後戻りは出来ない。



透は覚悟を決めた。



飛び移る。



着地。



少しよろけたが、

バランスを立て直す。



「....あっぶねぇ。」



次の目標を探す。




約2メートル先。


別のテトラポット。



深く息を吸い。



飛ぶ。


着地。



隙間に落ちたら

一巻の終わりだ。



戻ってこれないかもしれない。




鼓動が早くなっているのが分かる。



透は次へ、次へと


足場を伝って行く。



ふと後ろを振り返ると

人型も同じ道を辿ってきていた。



欠損した右腕を補うように、

左腕と両足だけで正確に体重を移していく。


その動きには一切の迷いがなかった。


「大丈夫か?」



『問題ありません』



透は再び前を向くと、


次の目標を捉える。



岩。



一呼吸置いて、

飛ぶ。



着地。



靴底が濡れた岩肌。

そこに生えた藻が

透の体重を受け滑る。




「......あっ。」



着いた足が流れる。



体勢が崩れる。



視界が回転する。



空。



海。



橋。


一瞬で景色が入れ替わる。



やばい。


受け身も取れない。




体を打つ衝撃。



死。



その一文字だけが

透の頭がよぎった。





再び体に衝撃。



そして、

動きが止まった。




「......っ!?」



何が起きた?



足は宙に投げ出されている。



その下には揺れる海面。



脇へ食い込む激痛。



全体重がリュックの紐にかかっていることに気付く。



ゆっくりと顔を上げた。


落ちかけた透のリュックを


人型の残された左手がしっかりと掴んでいた。




『大丈夫ですか』



「.......大丈夫じゃないです。」




『今引き上げます』



次の瞬間。


人型は透の全体重が掛かったリュックを、


左腕一本で引き寄せる。


透の体が岩肌を擦りながら持ち上がる。



「って!」



そのまま岩の上へ引き上げられた。




しばらく透は起き上がれないでいた。



『大丈夫ですか』




再び人型は透に問う。



「.........死んだかと思った。」




今になって冷や汗が滲み出てくる。


『大丈夫です。生きてます』



人型は穏やかな声で返す。





冷たい岩の上。



潮風。



そして、波。




透は小さな声で絞り出す。




「.......ありがとう、ございます。」






数秒か。



数分か。



少しの時間が経ち、

透は再び立ち上がった。




足元を見下ろす。



濡れた岩肌。



その表面を覆う藻。


靴底を軽く動かす。



.......非常に滑る。





『岩肌に藻が付着しています』



『転倒・転落の危険性が高いです』



『安全第一で慎重に進みましょう』





息切れ。



何時間分の体力を消耗したかわからない。



透はふり絞った声で返事をする。



「......はい。」



『私が先に進みます』




そういうと、

人型は次の足場へ飛び移る。




『足場の安定を確認しました』




透は岩の上を慎重に進む。



足を岩肌から離さぬよう。


靴底をずって進む。



端。



膝をゆっくり曲げる。




慎重に。


かつ確実に。




飛ぶ。




着地。



靴底は、

しっかりと岩を捉えた。


滑らない。




透は安堵の息を漏らす。



嫌な汗が

背筋をゆっくりと伝う。



顔を上げる。





まだ、


一本目の橋脚の横にいた。



そこから先も、

二人は一歩ずつ足場を渡り続けた。



飛び移り。



滑りそうになり。



足場を確認する。




気付けば数メートル先。


二本目の橋脚がすぐ手前まで迫っていた。





しかし

ここで再び壁に直面する。



足場が無い。




透は振り返る。



今まで渡ってきた足場も

いくつか海面に沈んでいた。




「......海面が上がってきてる。」




一歩先の足場に止まっている人型が振り向く。





『ここから先、足場はありません』



『橋脚まで約4メートルです』



『泳げますか』




「........え?」





『数メートル泳げば

 あのタラップへ到達可能です』




透は息を呑む。



もう戻れない。



そう覚悟は決めたはず。




「.......泳ぐしか、ないのか。」




人型は静かに頷く。



『私が先導します』



そういうと、

躊躇なく海へ飛び込む。



揺れる波。



その中を迷わず泳ぐ。



左腕と両足のみで。




そして、

その左手がタラップをしっかりと掴んだ。




海面から半身上がる。



『問題ありません』




透は海を見る。



さっき死にかけた海。




深呼吸。




そして飛び込む。



荒波とは言わないが、


波の中真っ直ぐ泳ぐのは難しい。



透は全力でもがく。





海面から顔を上げ息を吸う。


その一瞬で方向を確認する。



もう泳ぎ方なんて忘れてる。


最後に泳いだのはいつだったろうか。

それでも。



必死に。



無我夢中で。



泳いだ。




右手に冷たく固い物が触れた。



タラップだ。



指先が滑る。



もう一度掴み直す。



全身の力を込める。



体を海面から引き上げた。




荒い息をつきながら

顔を上げる。



人型が

静かに左手を差し伸べていた。


透はその手を強く握る。




人型は透を橋脚まで引き上げた。





冷たいコンクリートの上へ倒れ込む。



乱れた息を整える。



全身から一気に力が抜けていく。



その全ての感覚が透に

生きていることを強く実感させた。





休憩も束の間。



『ここもいずれ海面に沈みます』



『橋脚内部を登りましょう』




「.........そうだな。」





透は重い体をゆっくりと持ち上げる。



今渡ってきた方向を振り返る。




先程よりも足場の数は少なくなっていた。



『こちらです』



海岸から見た

黒い四角い穴。



その穴は透たちを迎え入れるように

静かに口を開けている。




「........行こう。」




二人はその入口をくぐった。





橋脚の内部は

円柱型の巨大な空洞になっていた。



煙突のように

遥か上まで真っ直ぐと伸びている。



そのコンクリートの壁には

点検用の梯子が一本。


上へ向かって続いていた。




二人は黙って

それに手を掛ける。



金属の梯子は所々が錆びていて

小さく軋む。




それでも止まらない。


黙々と。



上だけを見て。



上へ。



さらに上へ。



登っていく。




やがて、

頭上から眩しい光が降り注ぐ。



最後の一段を登り切る。


二人は橋の上に降り立つ。





透はその場に座り込む。



『お疲れ様です』



人型は優しく話しかけた。



「......エイさん、ありがとう。」





透は空を見上げる。



青空。



白い雲に紛れて、


白いカラスが飛んでいる。






透は視線を橋の先に向ける。



橋の先。



海の向こう。



揺らめく陽炎の奥。



白く巨大な建造物が見える。




透は目を細める。



「................。」





「.......シンデレラ城か。」




『目的地です』




青く、白く、美しく。

それはまるで現実とは思えない光景だった。



透はゆっくり立ち上がる。




「.......よし、行こう。」




二人は静かに、

橋の先へ歩き出した。


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