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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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10/13

航路

眩しさで目を細める。


トンネルを抜けた瞬間。


空は一面、橙色に染まっていた。





「ほぼ一日中トンネルの中にいたのか。」




透は濡れた重い服を絞るため、

リュックを地面に降ろした。



パーカーを脱ぐ。


続いてTシャツも脱ぐ。



水を吸った布地は

思った以上に重い。



ズボンに手をかけたところで

ふと動きを止めた。




「ロボットでも流石に目の前だと......。」



そう呟いて振り返る。




すると。


人型は既に上着を脱いでいた。




真っ白な肩。


真っ白な腕。



人工皮膚の下には

内部の機械構造が透けて見える。




「おい!」


「こんな目の前で脱ぐなよ!」



透は慌てて顔を背ける。




『何か問題でもありますか』



「問題あるだろ!」




『理解できません』




「いや、だから!」


「恥ずかしいとかあるだろ!」




人型は数秒沈黙する。



『羞恥』


『該当する感情データを検索します』



「検索しなくていい!」




『検索完了』


『私には理解出来かねます』




「早いな!」



『私には性別という概念がありません』



即答だった。




「そうかもしれないけど!」



人型は小さく首を傾げる。



『やはりあなたは変わっています』




「それさっきも言われたな......。」




透は諦めたように肩を落とした。



少し離れた木陰に移動する。


人型から見えない位置を探し、

着ている衣服を全て脱ぐと、

力いっぱい絞った。


水が地面へ滴り落ちる。



完全に脱水できたわけではない。


だが、水を吸って

重くなっていた時と比べれば

いくらかマシだった。



服を数回はたく。


そして再び身にまとう。


それでも濡れたパーカーに腕を通す気にはなれず、

腰へ巻きつけた。


リュックを背負い直し、

人型の元へ戻る。



準備を終えて待っていた人型を見て、

透は足を止めた。



「.....なんか、しっかり乾いてない?」




人型の衣服は乾いていた。


まるで乾燥機でもかけたかのように。



『乾燥しました』




「......え。」


「そんなこと出来るの?」




『少しですが機能は備わっています』



透は数秒固まる。



「.......先に言ってよ。」




『言われなかったので』



真顔だった。



「そういう問題じゃないんだけどな.....。」



人型は少し考えるように沈黙する。


そして、



『乾かしますか』



透は腰のパーカーを見る。


少し気持ちが揺らぐ。


だが、



「......いや、いいよ。」



そう呟くと、

透は再び歩き出した。




夕焼けに染まる海沿いを

二つの影がゆっくりと伸びていった。







トンネルの出口から少し先、

二つの影は橋の上を歩いていた。



目線の先には、

無数のコンテナ群が広がっている。



かつてカラフルであった

数々のコンテナは、ほとんどが錆色で崩れていた。


「食料とか、飲み物ないかな.....。」



『解答』


『百年以上も前の物資です』



『口に出来るものはないかと』



透は空を見上げる。


陽が落ちるは時間の問題だった。




「エイさんはなんか食べるの?」



『いえ』


『私は食事を必要としません』




「いいなぁ。そんな体になれば楽なのに。」



『改造しますか』



「怖いこと言うなよ。」




すると、どこからともなく

カラスの鳴き声が響く。




「.......この声って!」



『カラスです』



『食用は推奨できません』

「違うわ!たべないよ!」



透は辺りを見回す。



すると、遥か背後。


出てきた海底トンネルの上空に

豆粒ほどの白いカラスの姿が見えた。




「いた。」



透は思わず呟く。




『あのカラスを知ってるのですか』



「知ってるというか、知り合いみたいな?」




『カラスと人間が知り合い』


『該当データが...』



「例えだよ、例え!」




カラスは透たちの頭上に追いつくと

少しの間、旋回を続ける。



そして、

少し手前で降り立つ。



カラスは数秒間人型を見つめた。

まるで品定めをするように。


そして、首を傾げた。


透は説明する。



「あぁ、大丈夫だよ。

 この人はたぶん、敵じゃない。」




『たぶん』




「そう、たぶん。」





『このカラスはなんなんですか』


『白いカラスは該当データに存在しません』




「俺も知らないんだけど、こいつ、

 なんか案内、と言うか助けてくれるんだよ。」



『助ける』



『AIですか』



「え、AIなの?こいつも。」




『スキャンを実施します』



『完了しました』


『正真正銘ただのカラスです』



「.....ただのカラスなの?」


カラスは一鳴きする。


『ですが』


『私のデータに存在するカラスよりも

 知性が非常に高い個体と見れます』




「知性......。」



『つまり非常に賢いと言うことです』




「.....なんで俺についてくるんだ?」



透は尋ねる。


カラスは首を傾げた。




『不明ですね』



「分からないのかよ。」




『推測は可能です』



「.....聞こうか。」



『現存する人間種に興味を示している可能性があります』




「ふーん。興味ねぇ....。」


透は目を細める。


夕焼けに照らされた白い羽は、

どこか現実味がなかった。


『あるいは』



人型も白いカラスを見る。



『あなたを観察している』



「観察?」



『理由は不明です』



少しの沈黙。


波の音だけが聞こえる。




「......お前は何者なんだ?」



透は白いカラスに問いかける。


だが、

カラスは首を傾げるだけ。




「まぁ、わからんよな。」



一鳴き。


その一鳴きだけが、

返事の代わりだった。






コンテナ群にたどり着く。



開いているコンテナ。


それを雨風しのぐ今夜の宿とした。




「とりあえず火を起こさなきゃ。」



透はリュックを降ろし、

凸レンズを探すため中を漁る。





「エイさん手から火が出たりしないの?」



『否』


『生活支援の業務に置いて、

 手から火を出す行為は必要ありません』



「まあ、分かってたさ。」



透は凸レンズを取り出す。


周りに落ちていた枯れ葉や枯れ枝を集め、

火を起こす。



人型はその一連の動作を眺めていた。


『手慣れていますね』



火口へ息を吹きかけながら答える。


「まあね。」




『見たところ、あなたに

 サバイバル能力があることは見受けられません』



「余計なお世話だわ。」


少しの沈黙。


透は続ける。



「これもイッコさんに教わったんだよ。」



『イッコさん.......』


『なんでも知ってるんですね』



枯れ葉の山から

一筋の煙が立ち上がる。



「同じAIなのに

 エイさんはそういう知識ないの?」




『私は人類の生活支援のために作られた人型AIです』


『サバイバルに必要なデータは存在しません』



「じゃあイッコさんの方がすごいんだな」




『訂正』


『イッコさんには四肢や身体はありません』



透は吹き出す。



「嘘だって。」


「ごめんごめん。」



灯った火種に枯れ枝をくべる。


火は少しずつ勢いを増していく。

「そういえば。」


「エイさんとイッコさんと知り合いだったりするの?」



『なぜですか』




「いや。」



「回収対象って言ってたけど

 もともとは一緒に働いてたのかなって。」



人型は少し考えるように沈黙する。




『不明です』



「不明ってなんだよ。」



『私の記録は一部欠損しています』



火の粉が弾ける。



「........そんなことあるんだ。」




『はい』


『起動時点で既に失われていました』



透は火を見つめる。



「じゃあ覚えてないのか。」



『ですが』


人型は続ける。


『IK-K003という型式は認識しております』



『回収対象であることも認識しております』



『それ以上の情報はありません』




「そっか。」



『少なくとも』


人型も火を見つめている。




『良好な関係下では無かったと思われます』



透は人型に視線を移す。



「.....回収対象だから?」



『いえ』


『イッコさんと言う通称に

 違和感を感じます』




透は思わず笑った。



「そりゃ俺が勝手に付けた名前だからね。」




『なるほど』



『やはりあなたは変わっていますね』



「......便利な言葉だな、それ。」




透はリュックから、

先日カラスにもらった木の実を取り出す。


最後の一つだ。



『それは』



「あぁ。」


「あのカラスに貰ったんだ。」



コンテナ上で羽を休めているカラスに

視線を向ける。



カラスは短く、

一鳴きする。



『それだけで足りるのですか』




「意外とね。」


「後から膨れてくるんだよ。」



そういうと、

透は木の実を地面に叩きつけた。


乾いた音。


実は綺麗に二つに割れる。


中から白と紫の果肉が現れた。



「食べる?」


『いえ』


『食事は必要ありません』


即答だった。



「だと思った。」




透は苦笑しながら、

一人で実を平らげる。




火の音だけが響く。



しばらくして、



「そういえばさ。」



透は人型を見る。




「なんでイッコさんのケーブルを

 持ち出したんだ?」



『不明です』



「お前、不明なこと多くね?」



『ただ』



「ただ?」



『必要性を感じました』


透の表情が少しだけ変わる。



「必要性?」



『はい』


『理由は説明できません』


『ですが』



人型は火を見つめる。



『持ち出さなければならないと

 判断しました』



「........。」




『それ以上は分かりません』





「早くイッコさん復活させて

 色々答え合わせがしたいな。」



火が弾ける。


小さな火の粉が宙を舞う。



『答え合わせ』



「そう。」



透は焚火を見る。




「なんで人がいなくなったのか。」



「お前の記憶の無い部分の話とか。」



「あの白いカラスの事とか。」



「そもそも世界で何が起こっているのか。」




コンテナの上。


白いカラスは片足で佇んでいる。



「イッコさんなら

 何か知ってる気がするんだよ。」




人型は少し考える。



『信用しているのですね』


透は少しだけ笑った。



「......相棒だからな。」




『相棒』



人型は小さく復唱する。



『データに登録します』



透は思わず吹き出した。


「そういうのじゃないんだけどな。」

焚火は燃え続ける。



波の音。



風の音。




そして夜は更けていった。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





翌朝。



透が目を覚ますと、

焚火は既に消えていた。




コンテナの入口。



そこに人型の姿がある。



朝日に照らされた海を、

ただ静かに見つめていた。



透に気付き振り返る。




『おはようございます』



「.........おはよう。」


透は欠伸をして

目をこする。




朝日に照らされた人型。


白い髪は風になびき、

陽の光を反射する。



白い肌も光を透かし、

半透明に輝いて見えた。




「..........。」



透は一瞬言葉を失う。




リュックに荷物をまとめる。


立ち上がり、

コンテナの外に出る。



雲一つない快晴。


青く輝く海。



水平線では、

雲と海の境界が曖昧になっている。




「さて、行きますか。」



『はい』




白いカラスが羽を広げる。


一鳴き。




透たちは朝日に照らされた海沿いを、

北東へ向かって歩き出した。







「当面の目標は、イッコさんの充電。」


「ディズニーに向かえばいいんだよね。」




『東京電力湾岸統合蓄電区画です』




「そうそう、それそれ。」



『目的見失ってませんか』



「長くて覚えれないんだよ。」



透は歩きながら続ける。




「でも。」



「俺の食料と飲み物も確保したい!」



『どちらの方が優先度高いですか』



「............。」


透は真剣に考える。


「..........食料?」



『即答ではありませんでした』



「悩んだんだよ。」




『イッコさんが聞いたら悲しみます』





「俺が餓死したら、そもそも充電行けないだろ?」



『私一人でも行けます』



「.....お前も大概だな。」





「この辺で食料手に入りそうな所ないの?」



『周辺情報を検索』



『完了しました』



「はや。」




『周辺には、

 気象観測所・都立競技場・産業廃棄物処理場しかありません』



「詰んだじゃん。」




『ですが』



透は人型を見る。



『...........』


「なんだよ。」



『飲料は確保出来そうです』



「お。」



透の表情が明るくなる。


「まじか。どこで?」




『気象観測所に

 雨水の貯留設備が存在します』



「雨水かぁ。」


透は眉をしかめる。



『何か不服ですか』



「いや、ついこの間雨水飲んで

 お腹壊したからさ。」





『蒸留や濾過はしましたか』



「ん?なにそれ。」




『水中に含まれる汚れや微生物を

 取り除く方法です』



「そんなこと出来るの?」



人型は淡々と答える。



『可能です』


『鍋は所持していますか』



「ある。」



『布はありますか』



「パーカーで良ければ。」



『炭はありますか』



透は少し考える。



「焚火でどうにかできる?」



『十分です』



『簡易的な濾過装置を作成出来ます』




透は目を見開く。


「まじか!」



「エイさんすごいな。」



『生活支援型統合人工知能ですので』



「今初めてそれっぽいとこ見たわ。」




『失礼ですね』



透は笑う。


「今までよくわかんない謎ロボットだったからさ。」



『訂正を要求』



「それで、場所はどっち?」




数秒沈黙の後、

人型は続ける。



『北北東です』



「分かりやすく。」



『あちらです』



人型は指を差す。

その先。



朝日に照らされた鉄塔が

小さく見えていた。








日が少し高くなった頃。



透たちは気象観測所の鉄塔の前にいた。



鉄塔に巻きついた植物。


錆びた風速計。


回り続ける風向計。



野建ての太陽光パネルは

一面、ツタで覆われていた。



そして鉄塔の向こうに、

オレンジ色の大きなタンクが見えた。




「.......あれか?」



『はい』



透たちはタンクに向けて

再び歩き出す。




『そういえば』



「......ん?」



『カラスがいません』



二人は空を見上げる。



青い空。



先程まで頭上を飛んでいた白いカラスが

見当たらない。



「あいつ結構気まぐれだな。」



『仲間じゃないんですね』



「どうなんだろうな。」



透は視線を降ろす。



「俺もあいつの事、

 まだよくわかってないんだよな。」



風が吹く。



「でも。」



「またそのうち、

 フラっと現れるでしょ。」




タンクの足元に着く。



大きな架台に乗った

樹脂製のタンク。



その足元にあるバルブを捻る。




回らない。



「そりゃそうか.......。」



「とりあえず濾過装置を作るか。」


『はい』



透はリュックを地面に置く。



鍋と容器を取り外し。


腰からパーカーを解き。


人型に渡す。



『私ですか』



「役割分担だよ。

 俺は炭を作るから。」



『承知いたしました』




人型は道具を受け取ると

作業に取り掛かる。



透もまた

木を集め、焚火を起こす。



乾いた枝が音を立てる。


遠くでは風向計が回り続けていた。



時折、金属が軋む音が聞こえる。



百年以上前から変わらぬ仕事を続けるように。




火が付いた事を確認すると、

折れた枯れ木をくべる。


炭が出来るのを待つ間、

人型の元へ近寄ると、手際良く作業を進めていた。



「そんなので本当に出来るのか?」



透は尋ねる。



『出来ます』


人型は即答する。



パーカーを筒状に丸める。



砂。


小石。


手際よく層を作っていく。




「........すげぇ。」



『あとは炭が出来るのを待つだけです』




「流石だな。」



『ありがとうございます』



意外な返事に

透は驚いた。



「お、おう。」



『褒められたので』


「律儀だな。」





しばらく焚火を弄りながら

炭が出来るのを待った。



三十分ほど経った頃。



「こんなもんでいいか?」



『はい』




人型は炭を取り上げると、

先程の濾過装置に詰めていく。



「おまえ、熱くないの?」



『大丈夫です』




炭を詰めた後、

その上に布を詰める。



『完成です』



透は濾過装置を覗き込む。



「..........。」



『何か問題でもありますか』



「いや。」


「本当にこれで飲めるようになるんだなって。」



『試してみましょう』




「でも水どうしよう。」


透は先程

びくともしなかったバルブを思いだす。



『タンクは樹脂製なので穴を開けてしまえば良いかと』



そういうと、

人型は近くに落ちていた鉄パイプを拾う。



「まさか、それで....。」




人型は大きく振りかぶると

鉄パイプの先端を樹脂タンクに突き刺す。




大きな衝撃音。



それと共に、突き刺さった鉄パイプから

雨水が流れ出す。




「お前、強引だな........。」



『他に方法がなかったので』




透は流れてくる水の真下に濾過装置を置く。



すると、


真っ黒な水。




「え!?これ大丈夫?」



『正常な反応です』


『炭に付着したススが出ています』



「.....飲めるの?」



少しの沈黙。



『飲めると思いますか』



「知らないから聞いてるんだろ。」



『もう少しお待ちください』




「.......はい。」




濾過装置をくぐった水は

次第に薄くなっていく。


灰色。


透明に近い灰色。



ついには

透き通った水へ変わった。





「おぉ....。」



思わず声が漏れる。




『現在の生態系が不明な以上』


『雨水をそのまま摂取することは

 推奨できません』



『このように濾過』


『または蒸留を行ってください』



鍋に溜っていく透明な水を

見ながら人型に言う。



「もっと早く知りたかったな。」



透は苦笑する。



「この前まじで死にかけたから。」



『学習は重要です』




「重みが違うな。」


数分。


濾過の工程を眺める。



そして、

「.......飲んでみるか。」



そう呟いて

透明な水が溜った鍋を手に取る。



一口。


口にする。




「おぉ、水だ。」



『次回は死にかける前にご相談ください』



「次回がある前提かよ。」





すると、


上空からカラスの鳴き声が聞こえた。




声がする方を見る。



透たちが進もうとしている方向から

白い影が飛んでくる。




『戻ってきましたね』



「ほらね。」




白いカラスは目の前に降り立つと、

一声鳴く。



「何が言いたいんだ?」



『なにか呼んでるみたいですね』



「分かるのか?」


『なんとなくですが』



『仕草で意思が伝わります』



「まじか。」



カラスは地面を跳ねて少し遠ざかり振り向く。



「着いて来いって事か?」



『追跡しますか』



透は頷く。


「あぁ。」



透は鍋に溜った水を

空のペットボトルへ移した。



そして、濾過装置を手に取り止まる。



「これ、どうしよう。

 持ち運べない。」



『また簡単に出来ます』


『中身を捨てていきましょう』




「.......分かった。」



惜しい気がしたが、

透は濾過装置の中身をひっくり返す。


全ての持ち物をリュックに入れ、

背負う。




「よし、行こう。」




白いカラスは一度だけ振り返る。


まるで透たちが着いてきていることを

確認するように。


そして、

再び飛び立つ。



透たちはカラスを追いかけ

歩き出した。








数十分。



数時間。



白いカラスを追って歩き続けた。






そして、


カラスが導いた先。


その光景を目の当たりにする。


透たちは言葉を失った。



彼らの進む先。




そこには橋がなかった。


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