5馬車の中
授業の視察も順調に進んでいた。
窓から差し込む午後の太陽に、シルフィは目を閉じていた。
アイ
「では最後に新貴族の問題です。」
アイ先生は
眼鏡を人差し指でクイッとした。
「新貴族は別名、領主様。これはみんな知っているね。では、我々の住む東側の領主様の名前がわかる人ー!」
子ども達
「はーい!クロフィア公ですっ!」
「ボク、全員わかるよ!北がイグニス公で、南がシュタット公で、あとね、あれ、あれ?」
「何で一番大きな西側の領主様がでてこないのよ〜。スカニア公でしょ。」
全員
「くすくす」「はははー」
教室に笑いが飛び交う。
あっという間の時間だった。
アイ「はーい、みんな正解ね!新貴族の名前だけでなく、領地まで覚えていたなんて、先生驚きです!」
アイ先生は時計を見る。
アイ「少し押してるっ…」
カリンの視察が終わる時間だった。
アイ先生は眼鏡を人差し指でクイッとする。
アイ「そろそろお時間ですね。カリン様、最後に子ども達へひと言お願いします。」
子ども達
「もう、帰ってしまうのですか?」
「寂しいです。カリン様…」
名残り惜しむ子ども達へ優しく微笑むカリン。
そして再び教壇に立ち、寄り添うように語りかけた。
「皆さん、今日はありがとう。授業中の真剣な表情も、明るい笑顔も、本当に素敵でしたよ。私は子ども達とお話しする時間が大好きです。皆さんを見ていると、この世界の未来はきっと明るいものになると感じます。これからも勉強や遊びを思い切り楽しんでください。」
別れの寂しさに沈みかけていた子ども達が、カリンの言葉によって一変した。
ー教室に拍手がおきる。
そして再び、笑顔と活気が戻る。
ミオは胸に込み上げる感動を必死に抑えながら、周りの子ども達とともに大きな拍手を送っていた。
***
ーパカッパカッ、パカッパカッ
ヴィスタの視察を終え、本部へと帰路につく。
カリンとミオは心地よい疲れに浸っていた。
ちょこんと行儀よく座るミオ。
西日がカリンとシルフィを照らす。
するとカリンが口を開いた。
カリン「二人。」
ミオ「…はい?」
カリン「二人いたわ。ヴィスタの街に。カレドの人間が。」
ミオ「そ、そうでしたか…。」
カリンがミオの両ホホを掴む。
ームニューッ
カリン「もうこの子はー。ずっと気付いていたくせに。そうやってとぼけないっ。」
ミオ「イタタタ…はい。さすがです、カリン様。ハハハ。」
カリンは手をパッと離した。
が、ふてくされいる。
カリン「それに知っていたのよ、私。ミオが防御魔法陣を私の背中に小さく展開していたの。」
!?
ミオは目を見開き、動揺する。
(私の小魔法陣を見抜いた………!?)
ミオ「アハハ…あれれれ…普通は気が付かないんだけどな…」;
ミオは笑いながら汗を拭く。
カリン「私はクレイドが敏感なのよ。違うクレイドが触れると感知してしまうの。」
カリンは思った以上に見抜いていた。
ミオは思わず視線を泳がせた。
ームニューッ
再びミオの両ホホを掴む。
カリン「アイ先生ね。」
ミオはピクンとなる。
カリン「何者なの?あの人から私を護ろうとしていたのよね、あの魔法陣は。」
ホホを掴まれながら
ミオ「カリン様は察しが良いのですね…アイ先生の事まで…」
ついにミオは観念した。
そしてひと呼吸入れてから話し始めた。
ミオ「確証はありませんが、恐らくカレド部隊と思われます。」
カリン「えぇー!?」
「あの不器用そうなアイ先生が!?」
カレド部隊は暗躍、隠密。
よく手合わせをしていたカリンは、カレドの鋭く、素早い、戦い方を知っている。
だからこそ驚きを隠せない。
カリン「……その根拠は?」
ミオ「人差し指です。」
ミオは人差し指を立てた。
カリン「人差し指?」
ミオ「最初に気になったのは、落ちた眼鏡をアイ先生に手渡した時です。」
「その際、アイ先生は人差し指を立てたまま眼鏡を受け取りました。」
「それだけなら偶然とも思えます。しかし、ペンを持つ時も、眼鏡をかけ直す時も、人差し指だけは常に立てたままだったのです。」
カリンはふと思い出し声を上げる。
カリン「あ!杖使い!」
ミオ「その通りです。あの仕草は、ワンドタイプの杖使い特有のものです。」
ミオは腕を回し、杖を振る仕草をする。
カリン「ワンドタイプは教会の者ならカレド部隊しか使用しないわね。」
ミオ「戦う専門の聖騎士は剣を媒体に魔法をくり出しますからね。」
カリン「カレドは暗躍、隠密が専門。身軽なワンドタイプで各所に潜入…………ってことは。」
「………監視していたのね」
無意識に息を呑む。
カリン「そっか……学び舎の教員は、教会の修道者の中から選ばれる。だから、カレド部隊であることを隠しながら教師を務めていたのね。」
ミオ「街に潜伏していたヴォルトの仮面の者が二人。そしてアイ先生。確認した限りでは、合わせて三人で監視を行っていました。」
カリン「何故カレドが…。目的は一体…。」
ミオは顎に手を当て、少し考え込む。
ミオ「恐らく、監視対象はカリン様ではなく私でしょう。私がカリン様と行動を共にしていることは、本部でもすでに知られていますからね。問題は……」
カリン「その監視を誰が指示しているのか、ってことね。」
カリンはミオにそっと顔を近づけた。
カリン「勿論、心当たりはあるのでしょ?」
ミオの肩がぴくりと震える。
カリンは小さく笑った。
カリン「ふふ、やっぱりミオは只者じゃないのね。カレド部隊に仕事を与えちゃうなんて。」
ミオ「カ、カリンさまぁ?」
顔が赤くなるミオ。
カリン「今日も護ってくれてありがとう。ミオ。」
カリンはそれ以上聞かなかった。
アルバ教帝とミオの間では共有されているのであろう“何か”がある事がカリンには分かっていた。
何よりミオは忠実に任務を遂行した。
カリンを護るという役目。
充分である。
これ以上ふみ込んでしまっては、またミオを困らせてしまう。
ただこれだけは伝えたかった。
カリン
「私、決めたよ。ミオが対等に思えなくても、 私はアナタの友達になるわ。」
突然の告白にミオの思考が停止する。
ミオ「カリン様……今、なんて…。」
カリン「アナタはきちんと線引きをして私と一緒にいてくれる。それ以上は求めないわ。」
ミオにとってはこれ以上ない言葉だった。
全身が満たされるような温かな気持ち。
ミオは目に溜めたものを精一杯こらえる。
呼吸を整え、目を閉じ、そっと開く。
そして意を決してこう言った。
ミオ
「カリン様は得体の知れない、何も語れない私を受け入れて下さりました。」
「私は……そのお気持ちに甘んじてはなりません。」
「ですが、そのお気持ちををしっかり受け止めます。これからもどうぞお側で見守らせて下さい。」
少しだけ。
今までより少しだけ二人の距離が近くなった。
シルフィはその様子をそっと見守るのだった。
***
ーザッバーン、ードーン
ーザッバーン、ーパーン
岩肌に打ちつけられた波が、夜の闇に響く。
―ヴィスタの少し北
海岸の岩場の上に
眼鏡をかけ、髪を結んだ女性がいる。
眼鏡は月明かりに反射し、
怪しく光っていた。
アイ先生「まんまと気付かれてたわね〜あの子供に。」
「アルバ教帝もとんでもない隠し玉ぶっ込んできたわね〜ふふ。」
そう言いながら、
己の魔法印で手紙に封をする。
アイ先生「ヤバいミオはともかくさ、」
「暗躍がメインのカレドよ。」
「姫さまにまで気付かれてんのはマズイでしょー。」
「そんなのはうちには要らないわ。」
そう言った彼女の岩場の下には、
血塗られたヴォルトの仮面と、
二つの男性の遺体。
手紙を伝書鳩の足に結びつける。
眼鏡を人差し指でクイッとする。
怪しく光る。
アイ先生
「そろそろ私にも帰還指示が回ってくるかしら。」
口元がニヤリと大きく笑う
「晩餐会の準備に取り掛からないとね。」
波が岩肌を荒々しく打ちつける。
伝書鳩が夜の闇に消えていった。




