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48ラムーダ駐屯地1

――ラムーダ駐屯地・来賓室。

アッシュとミオは、テーブルを挟んで並んで座っていた。



アッシュはいつもと変わらず、どこか気楽な様子。

一方のミオは、静かに室内を見回している。



そんな二人の前で、ホンドーラ中佐が落ち着かない様子で立っていた。

「……軍の食堂で用意したものになりますが……。」

そう言いながら、ホンドーラ中佐はちらりと扉へ目を向ける。



すると――。

兵士が二人分の料理を運んできた。

「失礼いたします。」

テーブルの上に置かれたのは、湯気の立つカレーだった。



「おお〜!」

アッシュの顔が、ぱっと明るくなる。

「ミオちゃん! これ、ルクセリア軍名物のカレーだよ!」

「一度、食べてみたかったんだよね〜!」



アッシュは嬉しそうにカレーを眺める。



だが――。



ミオはカレーを見つめたまま、手を膝の上に置いていた。

「……私は、あまり食欲がありません。」



「え〜?」

アッシュは少し身を乗り出し、ミオの顔を覗き込む。

「ちゃんと食べなきゃ、もたないって。」

「俺たち、今日まだ何も食べてないんだぜ?」



「……。」

ミオは小さく首を横に振った。

(軍が用意した食事など……そう簡単に口にするわけにはいきません……。)



「そっかぁ……。」

アッシュは仕方なさそうに笑うと、それ以上、ミオに勧めなかった。



その様子を見ていたホンドーラ中佐が、落ち着かない様子で咳払いをする。

「……では。」

ホンドーラ中佐は姿勢を正したものの、指先がわずかに落ち着かない。

「私はこれより管理棟へ参り、アッシュ様を駐屯地内にお迎えした旨を、上へ報告してまいります。」



一度、ミオへ視線を向ける。

そして、すぐにアッシュへ戻した。


「何かございましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けください。」

「外の兵が、すぐに対応いたしますので。」



「うん。ありがとね〜。」

アッシュが軽く手を振る。



ホンドーラ中佐は一礼すると、扉へ向かった。

だが、扉の前で一度だけ足を止める。

「……くれぐれも、こちらでお待ちくださいませ。」

どこか念を押すような口調だった。



「分かってるって〜。」

アッシュが笑顔で返す。



「……失礼いたします。」

ホンドーラ中佐は深々と頭を下げると、待機していた兵士を伴って部屋を出ていった。



――バタン。

扉が閉まる。



室内に、静けさが戻った。



アッシュは胸に手を当て、にっこり笑う。

「感謝、感謝〜。」

「じゃ、いただきまーす。」



カレーを一口頬張る。

「うまっ! これ、当たりじゃん。」

思わず顔がほころんだ。



けれど――。

ミオは返事をしなかった。

静かに息を吐く。

「……はぁ。」



ミオの視線が、ゆっくりと天井へ向く。

「いい加減、出てきたらどうですか?」



「……!?」

アッシュの手が止まった。



すると――。



「あらぁ……。」

どこからともなく、妙に艶のある男の声が響いた。



ミオが振り向く。

――その瞬間。



背後から伸びた腕が、ミオの身体を抱き込んだ。

「――!!」



耳元に、男の声が落ちる。

「報告どおり……只者じゃないみたいねぇん♡」



ミオの身体に、ぞくりと悪寒が走った。

(いつの間に……!?)



「なにもんだ!!」

アッシュが勢いよく立ち上がる。

「ミオちゃんから離れろ!!」



だが――。

男の姿を見た瞬間、アッシュの表情が凍りついた。



カスタードクリームのような淡い髪が、ホイップクリームのようにふわりと大きく巻き上がっている。

目元にはアイシャドウを施し、黒い軍服を身に纏っていた。



「……っ。」

アッシュの顔から、血の気が引いた。

その黒い軍服が何を意味するのか、アッシュには分かっていた。



「……なんで……。」

アッシュは息を呑む。



「……四方将軍……!?」



男はそんなアッシュを見つめながら、口元をゆっくりと吊り上げた。

「ふふっ……♡」

「やだぁ。覚えててくれたの?」

「まあまあ……私の好みに仕上がっちゃって。クロフィア家の若様♡」



アッシュは男を睨みつける。

「オレは、あんたなんか知らねーよ。」

「その軍服に見覚えがあるだけだ。」



「あらぁ。つれないわねぇ。」

男は口元をにんまりとゆがめた。

「昔は、まだ赤ん坊だったものねぇ。」



ミオの表情が変わった。

(四方将軍は……マズイ……!)

「……っ!」

ミオは咄嗟に魔法を発動する。

しかし――。



何も起こらない。

「なっ……!?」



「動かないで。魔法使い♡」

男の手には、大きなハート型の結晶が輝く華やかなステッキが握られていた。

その先端を、ミオの頬へゆっくりと擦り当てる。



男は口元を吊り上げた。

「あなたもよ。クロフィア家の若様♡」



「くっ……。」

アッシュは歯を食いしばった。




――四方将軍。

黒い軍服に身を包んだ、ルクセリア軍における四人の大将。

東・西・南・北、それぞれの領土に一人ずつ置かれ、各地の軍を統括する最高位の将軍である。


また、各領土の新貴族当主から直接命令を受けた場合、四方将軍は軍を伴わず、単独で動くことが許されている。




アッシュは警戒するように、男を睨みつけた。

「……あんた、南の四方将軍なのか!?」



「待って。まずはこの子♡」

男はそう答えると、ミオへ怪しげな視線を向ける。



ステッキの先端に輝くハート型の結晶を、ミオの頬へ擦りつけながら――。

「あなた、今、武器も持たないのに何をしようとしたの?」



「……っ。」

ミオは苦悶の表情を浮かべた。

(なぜ……魔法が使えないっ!?)



その時――。

ミオの目が、大きく見開かれた。



目の前には、自分の身体から天井へ伸びる、巨大なハート型の白い光が浮かんでいた。



「なんだ……これ……!?」

アッシュも思わず声を上げる。



男は浮かび上がった光を眺め、細い目をさらに細めた。

「んまぁ♡ 確かに、純白の素敵なクレイドねぇ。」

「でも、これといって特徴的なものではないわねぇ。子どもにしては、多少大きいくらいかしら♡」



「うっ……。」

ミオは、自分の胸元から伸びる、ハート型の光を見つめた。

「これが……私のクレイド……?」



「やめろ! ミオちゃんに何すんだ!」

アッシュが叫ぶ。



男はミオを見つめたまま、口元を吊り上げた。

「けれど、報告が確かなら……あなたを野放しにはできないの♡」



そう言うと――。

男はステッキを、ハート型のクレイドへ向かって振った。



――キラキラキラキラ……!

ステッキから放たれた光が、クレイドの中へ入り込んでいく。



すると――。

ハート型の光が、徐々に固まり始めた。



――カチ……カチカチッ。



「うっ……!」

ミオが苦しそうに顔を歪める。



固まったクレイドは、そのままゆっくりとミオの身体へ戻っていく。

「――っ!」

瞬間、ミオの顔から血の気が引いた。



「あぁ……っ!」

身体を大きく震わせ、苦しそうに悶え始める。



男は暴れるミオを後ろから抱き込むように、両腕でガッチリと押さえ込んだ。

「ふふっ。魔法よりも技術の進歩よ♡」

「これからの時代は、ねぇ♡」



「あぁぁあっ……!」

ミオが激しく身をよじる。

その拍子に――。

ガタンッ!

椅子が倒れた。

男はそのままミオの身体を抱き上げる。



「ミオちゃんを……離せ!!」

アッシュが勢いよく踏み込み、拳を振り抜いた。



だが――。

男はミオを抱えたまま、ステッキを顔の前に掲げた。

「ふふっ♡」

――キラッ!

ステッキから放たれた光が、男の横にシールドを展開する。



――バンッ!!

アッシュの拳が弾き飛ばされた。

「ぐっ……!」



男は、楽しそうに目を細めた。

「ノン、ノン♡ あなたに手を出したら、色々と面倒なのよ。」

「だから、お相手はできないの♡」



アッシュは弾かれた拳を押さえながら、男を睨みつける。

「お前、ミオちゃんに何をした!!」



その時――。

ミオは、男の腕の中で少しずつ動かなくなっていった。



小さく身体を震わせる。


……ピク……。


……ピクッ……。



ミオは、必死にアッシュへ顔を向け、消え入りそうな声で呟いた。

「……アッシュ……さん……さむ……い……。」



ミオの身体から、ふっと力が抜けた。

「……。」



くたっ。

首の後ろが、一瞬だけ蒼く光った。

小さな身体が、男の腕の中でだらんと揺れた。



「……ミオちゃん?」

アッシュの表情が凍りつく。



「…………。」

アッシュの右腕に刻まれた聖痕が、光った。



その直後――。

アッシュの身体から、銀色のクレイドが一気に噴き出した。



――グォォォォォォォッ!!

獣の咆哮が、来賓室を震わせる。



――ドォォォンッ!!

窓ガラスが砕け、壁の一部が吹き飛んだ。



現れたのは――。

銀色の毛並みを持つ巨大な狼。

聖獣――フェンリル。



男は、ミオを抱えたまま口元だけを吊り上げた。

「おんやぁ……♡ これは、これは……。」



その時――。

通路から、兵士たちが駆け込んできた。

「プラド将軍!! ご無事ですか!?」



そして、銀狼の姿を見た兵士たちは――。

「ひぇーっ!」


「オ、オオカミ!? いや、せ、聖獣ー!?」


「マジもんだー! 本当にいたぞー!」



腰を抜かし、後ずさる。

そのうちの一人が、震える手で銃を向けた。



プラド将軍は、兵士たちに目を向ける。

「銃なんて向けないでちょうだいな。」

「あなたたちは邪魔だから、管理棟へ報告なさい。」

「聖獣が駐屯地内に現れた――ってね♡」



「は、はいっ!」

「了解しました!」

兵士たちは慌てて駆け去っていく。



銀狼が、プラド将軍を激しく睨みつけた。



プラド将軍は、その視線を受けながら口元を歪める。

「どうやら……パトリオット大佐の狂言じゃなかったようねぇ。」

(……けれど、東の新貴族とやり合うのはマズいわ。)



プラド将軍は、銀狼を興味深そうに眺めながら問いかける。

「あなた……アッシュ・クロフィア様なの?」

「それとも――三体の聖獣、その一角……フェンリル様なのかしら?」



銀狼は答えない。

そして――。

次の瞬間、プラド将軍へ向かって飛びかかった。

グォォォォッ!!



プラド将軍は、ステッキをくるくると可憐に回す。

――キラッ!

光のシールドが、目の前に展開された。



だが――。

銀狼の牙がシールドへ食い込む。

――バクンッ!

シールドが、まるごと喰われた。



そのまま銀狼は、プラド将軍へ向かって再び大きく口を開く。

グルァァァッ!!



「んまぁっ♡」

プラド将軍が、ステッキを銀狼へ向ける。

――キラキラッ!



その瞬間、銀狼の身体から銀色のクレイドが引き出され、プラド将軍の前にハート型の盾が展開された。

それは、フェンリル自身のクレイドだった。



――ガキンッ!

銀狼の牙が、ハート型の盾に激しく弾かれた。

「グルァッ!?」



しかし、銀狼の突進は止まらず、盾ごとプラド将軍を押し飛ばして、壁を突き破った。

――ドォォンッ!!



そのまま全員、外へ飛び出していく。

――ガッシャァァァン!!



プラド将軍はミオを抱えたまま、駐屯地の中庭へ降り立った。

――スタッ。



その直後――。



銀狼も地面へ着地した。

――ドスンッ。



そして、盾となっていたハート型のクレイドが、銀狼の身体へ戻っていく。

プラド将軍はステッキに口づけをする。

「うふ……♡ 危ない危ない。」



銀狼のアッシュは少し興奮気味に、息を荒くしている。

「はぁ……はぁ……。」

「なんでわざわざ四方将軍が動いている……。」

「ミオちゃんをどうするつもりだ……。」



プラド将軍は、腕の中にいるミオへ目を落とした。

「この子、あなたの聖騎士のお兄さまでも敵わないと仰られたそうじゃない?」

「そんな手練れなら、将軍自ら出向くしかないでしょ♡」



「……あんたが、独断で動くはずないだろ。」

アッシュはプラド将軍を睨みつける。



プラド将軍

「やーね。そこはちゃんと軍の指示を受けて、仕事してるのよ♡」



アッシュ

「軍を動かすなら総司令の指示がいる。だけど、四方将軍が単独で動くのは、新貴族の当主から直接命令を受けた時だけだ。」



アッシュの表情が、鋭く変わった。

「南の……シュタット公からの命令なんだな。」



少しの間が開いた。



プラド将軍は、ふっと笑う。

「ふふっ……♡」

「新貴族なら、知っていて当然だったわねぇ。クロフィア家の若様♡」


その笑みが、鋭いものへと変わった。

「ねぇ……ところで、あなたのその身体。」

「聖痕なんじゃなくって?」



アッシュは、黙り込んだ。

その時――。



『アッシュ――よせ。』

フェンリルの、低く重い声が響く。



『別の領地で、我らの聖痕と一体化したことが軍に知られてしまった。』


『このままここで捕らえられれば、お前はクロフィア領へ戻されるだろう。』


『そうなれば、お前の兄君が我らをどう処分するか……わからぬ。』


『そして――皇女殿下はどうなる?』


『殿下に、世界と戦う力を持たせることも……できなくなるのだぞ。』



プラド将軍は、静かに耳を澄ましていた。

(なるほど……♡ これは聖獣が話しているようねぇ。)



フェンリル

『先ほどのシールドは、恐らく奴自身のクレイド。』

『だが、今の盾は……我のクレイドだ。』

『どうやら、その男の能力は……相手のクレイドを抜き取り、操作できるらしいな。』



『だが、四方将軍と言えど、新貴族には手を出せないはずだ。正面から戦うことなど、できぬはず。』



『そして、その男の目的は、どうやらキサラギの魔法使いらしい。』



アッシュは、プラド将軍の腕の中にいるミオを見る。

ミオは、ぐったりとしたまま動かない。



『ならば、そいつはもう見捨てるのだ。』

『我らの目的を果たすためには、それが最善であろう。』



その言葉に――。

「んだって!? フェンリル!!」

銀色の毛が一気に逆立つ。


「ミオちゃんを見捨てるだぁ!?」

目が鋭く吊り上がり、牙を剥き出しにした。




その瞬間――。



――ビィィィィィィィィンッ!!


――ビィィィィィィィィンッ!!



けたたましい警報音が、駐屯地中に鳴り響いた。



「!?」

アッシュとプラド将軍が、同時に顔を上げる。



直後、駐屯地内に放送が流れる。



【――緊急警報。地下B区画にて、カリン・フェナードを発見。】


【繰り返す。地下B区画にて、カリン・フェナードを発見。】


【各部隊は直ちに現場へ急行し、対象の身柄を確保せよ。】



「カリンちゃん!!」

アッシュが、思わず声を上げる。

(やっぱり……ラムーダ駐屯地の地下に……!)



プラド将軍も、思いがけない報せに目を丸くした。

「やだぁ……♡ 大収穫じゃない。」


けれど――その笑顔が、ふと曇る。

(……けど、B区画を見られた?)



――ビィィィィィィィィンッ!!


――ビィィィィィィィィンッ!!



警報音が、響き続けている。



遠くで、何かが鳴っている。

その音だけが、ぼんやりとミオの意識に届いていた。



(……カリン……様……)

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