46アッシュの作戦
通りのおばさんたちから、歓声が上がった。
「あーっ! アッシュ様よ!」
「きゃー! 素敵な銀髪ー!」
若い男の子は、ジュースを落とした。
「ま、マジかよ!?」
「本物じゃん!」
周囲に人だかりができ、騒ぎ始めた。
アッシュは、そんな様子を眺めながら、へらっと笑う。
「どもーっ。」
そして、得意げに胸を張った。
「あれ? 俺って人気者〜?」
ミオは、アッシュの腕の中から出ようと、じたばたした。
「アッシュさん! こ、これは一体……!? 何をするつもりですか!」
その時――。
「アッシュ・クロフィア様だー!」
ルクセリア軍の一人が、大声を上げた。
「応援を呼べ! すぐに来させろ!」
「銀髪に褐色の肌……間違いない! アッシュ・クロフィア様だ!」
「子どもを連れているぞ! 報告にあった子どもか!?」
「通りを封鎖しろ!」
「周囲を囲め! 市民は下がらせろ!」
兵士たちが一斉に動き出す。
すると――。
細い石畳の路地からも、別の通りからも、次々とルクセリア軍が姿を現した。
あっという間に、アッシュとミオの周囲は兵士たちに取り囲まれていく。
アッシュは、周囲を警戒するように視線を巡らせ、ミオを抱き寄せた。
取り囲んだ兵士たちの中から、一人の軍人が歩み出てくる。
そして、アッシュに敬礼した。
「ルクセリア軍シュタット領ラムーダ駐屯地所属、ホンドーラ中佐です。アッシュ・クロフィア殿。」
「どもどもー。ホンドーラ中佐。」
アッシュは、いつもの笑顔で軽く返した。
「それでさ、お腹減ったから、ラムーダ駐屯地で休ませてくんない?」
「なっ!?」
ミオは、怒ったようにアッシュを見上げた。
(アッシュさん! こんなやり方、あり得ません!)
アッシュは、ミオの頭をポンポンと撫でる。
(身分は、こうやって使わないとね〜♪)
「~~っ!」
ミオは頬をぷくっと膨らませた。
ホンドーラ中佐は、敬礼したまま言葉を続けた。
「はっ。ですが、その腕に抱いておられる魔法使いの子どもにつきましては、昨夜、パトリオット大佐率いる一番隊と交戦したとの報告を受けております。」
「つきましては、規定に基づき、身柄を拘束させていただきたく存じます。」
ミオは、周囲の軍人たちへ鋭い目を向けた。
それを見たアッシュは、ミオの頬を指先でつついた。
ミオ「――っ!」
アッシュ(そんな目をしないの。)
アッシュは、ニヤリと笑う。
「駄目。この子は俺のお嫁さん候補……じゃなかった。」
「俺の連れだもん。渡さないよ。」
「申し訳ございません。」
ホンドーラ中佐は、表情を崩さずに答えた。
「また今朝方、教会代表のオーメン卿より、発見次第、その子どもの身柄を教会本部へ移送するよう、正式な要請を受けました。」
「そのため、アッシュ様のご意向だけで、こちらの判断を変更することはいたしかねます。」
ミオ(私を本部へ連行ですか……枢機卿。)
「じゃあ、さ。」
アッシュはミオを抱いたまま、ホンドーラ中佐の横へ歩み寄る。
そして、その肩に肘を乗せた。
「ちょっと耳貸して。」
アッシュは、ホンドーラ中佐の耳元へ顔を寄せる。
声を落とし、囁くように言った。
「俺、昨夜見ちゃったんだよね〜。」
「おかっぱ頭の大佐の指示で、ハーブル分支部の家を全部焼いてるところ。」
「それにさ……あの大佐、さらに誰かから指示を受けてたっぽいんだよね〜。」
アッシュは、目を細める。
「俺とカリンちゃんの通報に便乗して、なんか企んでた?」
「ラムーダ駐屯地の皆さん。」
「……っ。」
ホンドーラ中佐の表情が強張る。
そして、周囲に聞こえないよう、小声で返した。
「……なんですって?」
「それは……まことなのですか?」
ミオ(やはり……アッシュさんも、あの惨劇に違和感を感じていたのですね。)
アッシュは、声を落としたまま続ける。
「この子を教会本部へ引き渡すなら――」
「昨夜の出来事を、ありのまま教会とクロフィア公に報告する。」
「アンタたちが釈明する前に、全部ね。」
ホンドーラ中佐は、困ったように眉を寄せた。
「そのような情報をお聞かせいただきましても……我々には知らされていない事案です。」
「私の一存で事実確認をすることも、ましてや上層部へ報告することもできません。」
アッシュは、軽く笑った。
「だからさ。」
「俺の要求通り、この子も一緒にラムーダ駐屯地へ連れてってよ。」
「そうすりゃあ、アンタたちの弁解を聞くまで、俺は誰にも喋らない。」
「それにさ――」
アッシュは、目を細めてニヤリと笑う。
「俺がシュタット領で保護されれば、兄貴のクロフィア公に、何か要求できちゃうかもよ〜?」
「いいカードだと思わない?」
ミオは呆れたようにアッシュを見上げた。
(な、なんてふざけた駆け引きを……。)
「いや……しかし……。」
ホンドーラ中佐は、言葉を詰まらせる。
だが、すぐに顔を上げた。
「そ、それよりも――!」
「重要指名手配であるカリン・フェナードを、いったいどこへやったのです!?」
ホンドーラ中佐は、アッシュの腕の中にいるミオを指差した。
「その子ども!」
「お前の仕業だと報告を受けている!」
ミオは、困ったような表情でホンドーラ中佐を見つめた。
「……どこへやった、と言われましても。」
そう答えながらも、胸の内では安堵していた。
(この様子……。カリン様の居場所は、まだ軍には知られていないようですね。)
(ですが、今もっとも可能性が高いのは、ラムーダ駐屯地の地下……。)
(アッシュさんは、こんなふざけたやり方で、私が駐屯地へ入る機会を作ってくれました。)
(……ならば、逃すわけにはいきません。)
ミオは、ふっと笑った。
「カリン様の件を知りたいのでしたら……ラムーダ駐屯地でお話ししますよ。」
「貴方にだけ。ホンドーラ中佐。」
その笑みが、消えた。
「それと――私も、昨夜の事件を見ています。」
「軍上層部の確認も取れないまま、私を教会本部へ移送する……。」
「それで、本当に問題ないのでしょうか?」
ホンドーラ中佐は、言葉を詰まらせた。
「……。」
顔を引きつらせながら、しばらく判断に苦しむ。
やがて――。
諦めたように息を吐いた。
ホンドーラ中佐
「……分かりました。」
「まずは、お二人ともラムーダ駐屯地へお越しいただきましょう。」
アッシュ「ひゃっほ〜う!」
「やったね! 軍人飯を堪能できるよ、ミオちゃん!!」
アッシュは嬉しそうに声を上げると、ミオの頬に自分の頬を擦り寄せた。
ミオは困ったように眉を下げた。
「ちょっ……!」
周囲が、ざわざわと騒ぎ始める。
やり取りまでは聞き取れなかった兵士たちが、困惑したように顔を見合わせていた。
そのさらに外側では、市民たちもざわめいている。
ホンドーラ中佐は、軍帽を深く被り直し、目元を隠す。
ミオは呆れた顔で、アッシュの頬をぐいっと押した。
「むぐっ……。」
それでもアッシュは気にせず、ホンドーラ中佐へ声をかけた。
アッシュ「ねーねー、ホンドーラ中佐。それとさ、俺、リムジンも装甲車も嫌いだから、馬を用意してね。」
「……は?」
ホンドーラ中佐の軍帽が、ずるりとずれ落ちた。
「う、う、馬!? 馬車ではなく、馬ですか!?」
アッシュ「そ♪」
ホンドーラ中佐
「で、ですが……新貴族の方に、そのような危険な送迎は……。」
アッシュ「頼むよ〜。中佐が一緒に横を走ってくれれば、問題ないっしょ〜!」
「…………。」
ホンドーラ中佐は、今にも泣き出しそうな顔で空を見上げた。
***
パカラッ、パカラッ――。
ホンドーラ中佐は、涙をぽろぽろ流しながら馬を走らせていた。
パカラッ、パカラッ――。
その隣では、アッシュがミオを前に乗せ、軽快に馬を走らせている。
ラムーダ駐屯地へ続く大きな街道。
道の両側には、なだらかな丘陵と広い草原が広がっている。
パカラッ、パカラッ――。
アッシュたちの周囲では、ホンドーラ中佐をはじめ、ルクセリア兵たちも一定の距離を保ちながら馬を走らせている。
さらにその後ろには、何台もの装甲車が続いていた。
東のクロフィア公の弟であるアッシュ。
その要望は聞き入れられたものの、移送は厳重なものだった。
ミオは、感心したように呟いた。
「アッシュさん。馬の扱いがお上手ですね。」
「流石は新貴族といいますか……。」
アッシュは、ミオにだけ聞こえるように声を落とした。
「もっとすごいのが、カリンちゃんだぜ。」
「俺やディノス兄ちゃんより、ずっと華麗に馬を飛ばすんだ。」
ミオは、ぱっと表情を明るくしてアッシュを見上げた。
アッシュは、そんなミオを見て小さく笑った。
「……でさ。」
「俺が馬を選んだのは、ミオちゃんとこうやって話すためだよ。」
「兵士に見張られてるリムジンや装甲車の中じゃ、内緒の相談なんてできないっしょ。」
ミオは、こくんと小さく頷いた。
「……なるほど。そこまで考えていたのですね。」
「これなら、周りを気にせず話せますね。」
アッシュは、小声のままニヤリと口角を上げた。
「じゃ〜今聞くけど。ミオちゃんさ、俺の乗馬テクにもう惚れたでしょ。」
ミオ「アッシュさんの想い人は知っています。」
「……え?」
アッシュの表情が固まった。
「ちょ、ミオちゃん……?」
ヒヒーンッ!
「うわっ!」
アッシュの身体が、ぐらりと傾く。
慌てて手綱を握り直し、ミオを落とさないように強く抱き寄せた。
ミオは、半目でニヤリと笑い、アッシュを見上げた。
「……分かりやす過ぎです。」
「乗馬テクを語るには、まだまだですね。」
ふっと、ミオの表情から笑みが消えた。
前へ向き直り、静かに口を開く。
「カリン様とアメリを見つけ出し、早急に合流することが最優先です。」
「ですが……やはり、昨夜の出来事は不自然です。」
「ビーゴ司祭からの通報は、カリン様とアッシュさんを見たという内容だったはずです。」
「それなのに……なぜ軍は、教会が管理していた患者たちの家まで焼いたのでしょうか。」
アッシュは、少し考えるように前を見つめた。
「ああ。」
「俺が思うに、あのおかっぱ頭があの場に派遣されたのも、独断でやったように見せるには都合がよかったんだろうな。」
「けど――あいつは、フェンリルの姿に怯えた時、『命令』って言ったんだ。」
ミオは、静かに頷いた。
「ええ……。やはり、何者かが裏で指示を出していた可能性が高いです。」
そして、手綱を強く握りしめた。
「何のために……あの方たちを殺す必要があったのですか。」
「……私は、こんなことを許しません。」
脳裏に、焼け焦げた松葉杖が浮かぶ。
そして、セッテに寄り添いながら歩いていたカリンの姿。
ミオ「それに……こんな惨劇を知ったら、カリン様はきっと深く傷つき、悲しみに苛まれます。」
「この事件を……行き過ぎた軍の行為として、闇に葬るようなことがあってはなりません。」
アッシュは、感情を高ぶらせるミオの頭を優しく撫でた。
「なら、決まりだな。」
ミオは、ハッと顔を上げた。
アッシュは、前方へ視線を向ける。
「まずは、あのおかっぱ頭を探さなきゃな。」
その視線の先に――。
巨大な防壁が見えてきた。
壁の向こうには、いくつもの軍用施設が立ち並んでいる。
高くそびえる監視塔の上では、ルクセリア軍の兵士たちが周囲を警戒していた。
さらに、正門の前には武装した兵士たちが並び、厳重に出入りを管理している。
アッシュは、目の前に迫った駐屯地を見上げて笑った。
「着いたぜ。」
――ラムーダ駐屯地。
ミオとアッシュは、ルクセリア軍の内部へ足を踏み入れようとしていた。




