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45初めての魔法

アメリはキュロットから、鉛筆ほどの長さの小さな杖を取り出した。



カリンは、思わず目を丸くした。

「それが、アメリの杖なの?」

「ずいぶん小さいのね。」



アメリは、少し嬉しそうに答えた。

「うん。初めての子ども用の杖だって、ミオちゃんがくれたの。」



その隣では、ジールがぐったりと力を失っている。

カリンは彼の身体を抱え直した。

背中の傷がアメリからよく見えるように、ジールの身体を自分の胸元で支える。



カリン「これなら……見えるかな。」



カリンはベレットを握った。

そして、もう片方の柄をアメリへ差し出す。

「クレイドは私が流すわ。アメリは、魔法を発動することだけに集中して。」



「ありがとう。お姉ちゃん。」

アメリはベレットの柄を握り、もう片方の手で小さな杖を握った。



けれど――。

その手は、小刻みに震えていた。



カリンはアメリに、そっと微笑みかけた。

「きっと、上手くいくわ。」



シルフィたちは、アメリを励ますように何度も鳴いた。

「ピィ!」「ピィ!」



「お姉ちゃん……。シルフィちゃん……。」

アメリはジールへ目を向ける。

それでも胸の鼓動は、どんどん速くなっていった。

ドクン……。

ドクン……。

額には、冷たい汗が浮かんでいる。



カリンは静かに告げた。

「ゆっくりでいいからね。クレイドを流すわよ。」



「……うん。」

アメリはゴクリと唾を飲み込み、小さく頷いた。



そして――。

杖を胸の前へ掲げる。



『治癒魔法――アキレア――。』



その瞬間、ベレットが赤い光を帯びた。

カリンのクレイドが、ベレットを通してアメリの魔法へと注がれていく。

ジールの背中の傷口に、桃色の魔法陣が浮かび上がった。



「……!」

カリンは息を呑む。

(これが、アメリの魔法……!)



アメリは歯を食いしばった。

魔法陣から柔らかな光が傷口へ注がれていく。



すると――。

裂けた傷が、少しずつ塞がり始めた。



「んんんーっ……!」

アメリは小さな身体に、ぐっと力を込め続けていた。



しかし――。



「ぐわああああっ!!」

突然、ジールが身体を大きく跳ねさせた。



「ひゃあっ!」

アメリは驚いて、後ろへ尻もちをつく。



だが、治癒魔法は消えない。



「ぐわあああっ!」

ジールは苦しそうに身体をよじり続けている。



カリンは暴れるジールの身体を必死に押さえた。

「アメリ! 大丈夫、私が押さえてるから!」



けれど――。

アメリは、苦しそうなジールを見て怯えていた。

「で、でも……。痛そうだよ……。」



カリンはアメリに声をかける。

「大丈夫。傷はちゃんと治ってるわ。」

「痛がっているけど、アメリの魔法はちゃんと効いてる。」



アメリ「……怖いよぉ。」



カリンはアメリをまっすぐ見つめた。

「大丈夫。もう少しだけ、一緒に頑張ろう。」

「私のクレイド、少し抑えてみるわ。アメリ、合わせてみて。」



「お姉ちゃん……。」

アメリは小さく息を吸った。



「があっ!」

ジールはなおも暴れ続ける。



そして――。

ジールへ視線を戻した。

「待っててね。ジールさん。」



震えていた声が、少しだけ強くなる。

「アメリが……痛いの、なくすから。」



アメリは、もう一度魔法へ意識を集中させた。

「んんっ……!」



「こ、こうすれば……。」

すると――。

魔法陣が、ゆっくりと安定していく。



次第に、ジールは大人しくなっていった。

「う……。」

先ほどまで苦しそうだった顔から、痛みが消えていく。



そして――。

傷口が完全に塞がり、血も止まった。

徐々に魔法陣が小さくなり、やがて消える。



ジールを押さえていたカリンの緊張も、ようやくほどけた。

「治ったわ……。」



アメリも、ほっとして力が抜ける。

「や、やった……。」

その場に、へたっと座り込んだ。



カリンはジールを横にさせ、呼吸と脈を確認する。

「もう大丈夫よ。」



そして――。



「アメリ……!」

カリンはアメリを思いきり抱きしめた。

「すごいわ! 本当にできたのね!」



シルフィたちは、アメリの頭のまわりをくるくると回りながら、何度も羽を羽ばたかせた。

「ピィーッ!」「ピィーッ!」



アメリは、カリンに抱きしめられたまま、ぽかんとしていた。

やがて頬を赤らめる。

「できた……。」

「アメリが……魔法を……。」



カリンは、自分のことのように喜んでいた。

「そうよ! アメリが助けたのよ! ジールさんを!」



「えへへ……。お姉ちゃんがクレイドを流してくれたから、魔法だけ頑張れたんだよ。」

アメリは照れながら笑った。

自分にもできる――そんな手応えを、初めて感じていた。



「ギャオォォォーッ!」


「ギィィィァァァッ!」



頭上から、複数の翼竜の鳴き声が響き渡る。



カリンはベレットの鎖を伸ばし、ジールの身体へ回す。

そして、鎖を自分の肩にも回し、背負ったジールをしっかりと固定した。

「これなら、落ちないわね。」



アメリはカリンを見上げた。

「この後、どうするの?」



「そうね……」

カリンは少し考えてから、答えた。


「まずは、ジールさんをお医者様のところへ連れていきましょう。傷は治ったけど、打撲や骨を痛めている可能性もあるわ。」


「それから……ミオとアッシュを探さないと。」

「二人のことが心配だけど……今のところ、手掛かりがまるでないわ。」



カリンは少しだけ表情を曇らせた。

「……でも、そうなると……街へ行くしかないわね。」


少し迷うように間を置いてから、顔を上げた。

「一番近い……ハーブルの中心部へ向かいましょう。」



アメリは小さく拳を握り、胸元へ引き寄せた。

「うん! 行こう、お姉ちゃん!」



その時――。



「……ギ……。」



少し離れた場所から、かすかな鳴き声が聞こえた。

カリンたちが振り向く。

翼竜が一頭、ふらふらと身体を揺らしながら、こちらへ近づいてきていた。



「ギ……ギィ……。」

弱々しい声を上げながら、翼竜は少しずつ近づいてくる。



カリンは、とっさにアメリの前へ腕を伸ばした。

「さっきの翼竜だわ……まだ動けるの?」



そして――。

「キィィィ……グルルァァ……!」

翼竜が、聞き慣れない奇妙な声を上げた。



その直後――。

「ギャオォォォーッ!」

遠くの空から、別の翼竜の鳴き声が返ってきた。



カリン「まずい! 仲間を呼んでる!」



アメリは恐る恐る、空を見上げた。

すると――。

上空を飛んでいた翼竜たちが、木々の隙間からカリンたちを捉える。



「ギャアアアッ!」

翼竜たちが、一斉に急降下してきた。



アメリ「う、うそ……また……。」



「とにかく走って!」

カリンはジールを背負ったまま、駆け出した。



アメリも必死に後を追う。



「ピィィィッ!」「ピィィィッ!」

シルフィたちも怯えながら、二人の後を追って飛んでいく。




「ギャオォォォーッ!」


「ギィィィァァァッ!」



「はぁっ……はあっ……!」

しかし、ジールを背負っているせいで思うように走れない。

その上、木々の間を縫うように翼竜たちが襲いかかってくる。

翼を大きく振るたび、強い風が巻き起こった。



「きゃあっ!」

カリンとアメリのすぐ横を、翼竜のくちばしが何度もかすめていく。



「もう、勘弁してよ……!」

カリンは険しい表情を浮かべながら、走り続ける。



「いやぁぁっ! アメリ、戦う魔法できないよぉー!」

アメリは走りながら、必死に叫んだ。



「ピィィィ!」 「ピィィィ!」

シルフィたちも、懸命に鳴き声を上げる。





その時――。

カリンの足元で、地面が大きく揺れた。

ミシ……ミシミシッ。




カリン「……え?」



アメリ「えっ……な、なに……?」



シルフィ「ピ……?」「ピ……?」



次の瞬間――。



ズズズズズッ!!

地面が一気に崩れ落ちた。



「きゃああああっ!」

カリンたちの身体が、地面ごと奈落へ投げ出される。



アメリ「いやああああっ!」



シルフィ「ピィィィィッ!」「ピィィィィッ!」



「ギャアアアッ!?」

頭上では、翼竜たちが突然の崩落に驚き、空へと舞い上がる。



土や石が次々と崩れ落ち――



カリンたちは、そのまま暗闇の中へ消えていった。








***








――ハーブル。

陽の高く昇った街には、多くの人々が行き交っていた。



だが――。

今日は、いつもとは違う緊張が漂っていた。

ルクセリア軍が、街中を巡回している。



昨夜、近郊の森にある教会の医療療養施設、ハーブル分支部で騒動が起きた。

その後、施設は焼失し、カリン・フェナードが逃亡したとの情報が入っていた。

さらに、彼女が新貴族アッシュ・クロフィアと共に行動しているとの情報も入っていた。



軍からの通達を受け、市民の間では、さまざまな噂が飛び交っていた。



通りの一角では、数人のおばさんたちが立ち話をしていた。


「本当よ! 今朝、教会の前で見たんだから! 長身で褐色の肌、あの端正な顔立ち……間違いないわ!」


「え!? じゃあカリン様も見たの?」


「それがね、赤い髪の子は見当たらなかったのよ。でも、髪をひとつに編んだ小さな子どもが一緒にいたわ。」


「でも、それは軍に言った方がいいんじゃない? アッシュ様がいたってことでしょ?」


「そうよね……。何年も行方不明って話だもの。」


「なんでも昨晩、子どもの魔法使いもいたって聞いたわよ。もしかしたら、その子どもって……。」


「まさか! あんなちっちゃい子が魔法を使えるわけないわよ。」


「ハハハ――。」




少し離れた場所では、ジュースを片手に、若い男の子たちが楽しそうに笑っていた。


「なー。聖獣を見たらしいぜ。」


「はっ。パトリオット大佐の証言だろ? 見間違いに決まってる。」


「だよなー! 野良犬にビビっただけなのに、聖獣フェンリル様と対峙したとか、話を盛ってそうだもんなー!」


「ハハハ――。」




さまざまな会話が飛び交う中、ミオとアッシュは路地裏に身を潜めていた。



アッシュ

「まずいな……。昨夜の件で、情報が錯綜している。この街で動き回るのは難しそうだよ、ミオちゃん……。」



ミオは地面を見つめたまま、黙り込んでいた。

その瞳は、大きく揺れている。



アッシュは、ミオの隣にしゃがみ込んだ。

「ルコールバッテリーを埋め込んだ建物自体が建て直されてたんだ。想定外だよ。だから、そんな顔しないで。ミオちゃん。」


「心配な気持ちは分かる。でも、カリンちゃんはかな〜り図太いからさ。信じようぜ。」

そう言って、いつものようにウインクする。



だが、ミオは震える声で口を開いた。

「ち、違うんです……。」

「わ、私……そういえば……。」



アッシュは、ミオの顔を見つめた。

「ん? どうしたの?」



ミオは、胸元で両手を強く握りしめた。

「ラムーダ駐屯地の地下にある設備用トンネルにも……ルコールバッテリーを埋め込んでいました……。」



「…………。」



「う、嘘だろ……。」

アッシュの顔が、引きつった。

「それじゃあ、まさか……カリンちゃんとアメリちゃんは……。」



ミオは、揺れる瞳でアッシュを見つめた。

「ルクセリア軍の……駐屯地内部にいるのかもしれません……。」



アッシュは、しばらく言葉を失っていた。

ミオは、唇をきゅっと結んだまま、アッシュを見つめている。



アッシュ

「ミオちゃん。転移魔法は、まだ使えないんだよね?」



ミオは、わずかに頷いた。

「はい……。反応がありません……。まだ、しばらくは……。」


「カリン様……アメリ……。」



アッシュは、ミオの顔を見つめたまま、少しだけ黙った。



「なら……。」

すると、立ち上がり、ミオをひょいと抱きかかえた。



「ちょっ……!? アッシュさん!?」

ミオは、アッシュの腕の中で慌てて身じろぎした。



アッシュは構わず、そのまま大通りへ歩み出した。



そこには、多くの人々が行き交っていた。



何人かのルクセリア軍が、振り向く。

通りのおばさんたちも、話を止めた。

若い男の子たちも、こちらへ顔を向けた。



アッシュは、被っていたフードをゆっくりと外した。



そして――ニヤリと笑う。



「新貴族、アッシュ・クロフィアだ!」



通りに、静寂が落ちた。



「保護を申し出る。」



ミオは、目を丸くしたまま、ぽかんとアッシュを見上げた。


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