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44翼竜の巣

「ギャオォォォーッ!!」

翼竜の咆哮が、空に響き渡る。

地上が小さく見える、高度百メートル。

カリンは翼竜のくちばしにくわえられ、身動きが取れないまま運ばれていた。



(どうにかしないと……。)

けれど――。

(この高さでは、何もできない……。)



カリンの肩では、シルフィたちが小さな身体をぎゅっと寄せ合っていた。

「ピィ……。」 「ピィ……。」

その声は、いつもより小さい。



カリンは改めて眼下を見下ろし、その高さに思わず息を呑んだ。

「……っ。」



――バサァッ!!

翼竜が大きく翼を羽ばたかせる。

強い風が吹き抜け、カリンの髪が激しくなびいた。



そのすぐ近くでは、アメリと作業員も別の翼竜に運ばれていた。

二人は翼竜の鋭い爪に引っ掛けられ、宙にぶら下がっている。



アメリは、遥か下に見える木々を見つめ、身体を小さく震わせていた。

宙に浮いた足が、頼りなく揺れている。

「……お姉ちゃん。怖い……。」

身体から、僅かに赤いクレイドが漏れ出していた。



「おい、嬢ちゃん。具合悪いのか!?」

作業員が心配そうに声をかける。


「いや、まぁ……それどころじゃねーんだけどさ。」

そう言う作業員自身も、声が少し震えていた。



カリンは二人を見つめる。

少しでも不安を和らげようと、声をかけた。

「アメリ。それから……えっと。」



「ジールだ。」

作業員が答える。



「ジールさん。」

カリンは静かに呼びかけた。

「大変なことになってしまったわね。」



そして――。



「でも、諦めないで。」

カリンは二人をまっすぐ見つめた。

「必ず、ここから助け出すわ。」



ジールは、カリンの言葉に少し笑った。

「ふっ……姉ちゃん、こんな状況なのにすっげー前向きだな。」

「へっ。だったら俺もあがいてみせるぜ。」

そして、アメリへ視線を向ける。



震えているアメリを見て、ジールはニッと笑う。

「嬢ちゃん、大丈夫だ!」

「俺、クレイドで魔法っぽいことできるんだぜ。」

「いざとなったら、俺が守ってやるからな!」



「ほんと?」

アメリの表情が、ほんの少しだけ明るくなる。

「ジールさん、ミオちゃんみたいな魔法を使えるの?」



「え? ミオちゃん?」

ジールは、少し眉を上げた。

「誰のこと?」



「ふふっ。」

カリンがくすっと笑った。

「私たちのお友達のことです。」



そして、アメリへ視線を向け、少しだけ表情を和らげた。

「よかったわね、アメリ。」

「ジールさんの魔法があれば、きっと安心よ。」

「だから――頑張ろうね。」



「うん!」

アメリは小さく頷いた。

身体から漏れ出していた赤いクレイドも、少しずつ収まっていく。



けれど――。

魔法は、素人が簡単に扱えるものではない。

ジールは苦笑いを浮かべた。



その様子に気づいたカリンは、アメリを励ましてくれたジールへ微笑む。

「ありがとう、ジールさん。」



「はは……。」

ジールは照れくさそうに頭をかいた。

そして、少し先へ目を向ける。

「……もう、シュタット領まで来ちまったな。」



「え!?」

カリンが驚いてジールを見る。

「待って! さっきの場所は、シュタット領ではなかったのですか?」



ジール「自慢じゃねぇけど、俺が働いてる廃材処理場はスカニア領なんだぜ。」

「山の窪みにあるド田舎だけどな。」



ジールは、前方を指差した。

「あれがラムーダ駐屯地だ。」

「シュタット領にあるルクセリア軍の拠点の一つだ。」



カリンは、指差された先へ目を凝らす。

そこには、いくつもの建物と高い防壁に囲まれた軍事施設が見えていた。



ジール「あれが見えるってことは――ここはもう、スカニア領じゃねぇ。」



カリンの表情が変わる。

「ルクセリア軍の拠点……。」



「ああ。」

ジールは空を飛ぶ翼竜たちを見上げた。

「駐屯地は魔獣避けを放ってるから、こいつらも近づかねぇんだ。」

「……ってことは、軍に助けを求めるのは難しそうだな。」



カリンは、何も言えなかった。

――自分は、ルクセリア軍に指名手配されている。

遠くに見える駐屯地から静かに視線を逸らした。



すると、アメリがさらに遠くを指差した。

「あっちにも、何か見えるよ!」



ジールは目を凝らす。

「ああ。あれはハーブルの中心地だな。」



「「ハーブル!?」」

カリンとアメリは、同時に声を上げた。



「ピィ!?」「ピィ!?」

シルフィたちも、驚いたようにカリンの肩でぴょこっと跳ねた。



その反応に、ジールは苦笑する。

「おいおい、なんだよ。確かに、どデカい街を有した国だけどよ。そこまで驚くって……あんたたち、相当な田舎もんだな。」



「違うの。」

カリンは慌てて首を振った。

「私たち、昨夜までハーブルにいたんです。中心地から離れた森の中にある教会に。」



「は? なんだよ、それ……。」

ジールは、信じられないといった顔をする。



アメリは、こくこくと頷いた。

「ほんとだよ! アメリたち、森の中の可愛いお家を見つけたんだよ!」



「へ、へー……。」

ジールは戸惑いながらも、なんとか笑顔を作った。

「んじゃ、魔法か何かでスカニア領にある俺の仕事場まで飛んできたんだな……。はは……。」



「――魔法……?」

カリンは、その言葉にハッとした。



昨夜まで一緒だったミオ。 そして、屋根裏部屋ごと見知らぬ場所へ移動していた自分たち。



――まさか、ミオが……?

そう考えれば、すべての辻褄が合う。



そして――。

カリンの表情が、曇った。

(ミオ……何があったの?)

(アッシュも……みんな、大丈夫なの……?)



その時――。



「ギャオォォォッ!!」

「ギャアァァッ!!」

周囲を飛ぶ翼竜たちが、一斉に鳴き声を上げた。



ジールの顔から、血の気が引いていく。

「……いよいよだ……。」



カリンが、視界の右側――南の方角へ目を向ける。

そこには、太い幹から何本もの枝を大きく広げた巨大な木々が、いくつも立ち並んでいた。

その枝々には、大きな巣が作られている。



カリンの額に、冷たい汗が滲む。

「……あそこが、魔獣の巣……。」



アメリは身体を小さく縮こまらせた。

「……ひゃっ……。」

その身体から、再び赤いクレイドが漏れ出す。



けれど、翼竜は容赦なく巣へと近づいていく。



ジールも、喉を鳴らした。

ゴクリ……。



やがて――。

巨大な木々の姿が、はっきりと見えてくる。



その中では――。

翼竜の雛たちが、くちばしを大きく開けていた。

「ギャア……。」

「ギャア、ギャア……。」



ジールが呟く。

「でけえ……。」



親翼竜が運んできた餌を待ちわびるように、何羽もの雛が一斉に口をぱくぱくと動かしていた。



そして――。

カリンたちは、ついに巣の真上へと到達した。

翼竜の鋭い爪に引っ掛けられたアメリとジールは、宙吊りのまま動けない。



カタ……カタ……。

アメリの身体が、小刻みに震えていた。

「や……やぁ……。」



ジールも、完全に固まっている。

額から、冷たい汗が一滴――。

ぽたっ。



その時、カリンは腰のベレットへ手を伸ばした。



しかし――。

翼竜が、くちばしの中で動くカリンに気づいた。



ギリッ……。

強く、くちばしが閉じられる。



「あぁっ……!」

カリンの身体が締め付けられた、その瞬間――。



翼竜の爪が、アメリを離した。



「……あ。」



アメリの身体が、落ちていく。

一粒の涙が、風に舞う。

小さな手が、必死にカリンへと伸ばされた。



その下には――。

大きく口を開けた雛たちがいる。



「アメリぃ――!!」

カリンは、苦痛に顔を歪めながら叫んだ。



その時――。

ジールが、翼竜の爪に引っ掛けられていた作業服を脱ぎ捨てた。

そして、自らアメリの元へ向かって落下していく。

(子どもを、見殺しになんてできるかよ――!!)



落下していくアメリへ、ジールが追いつく。

その身体を抱きかかえるようにして、覆い被さった。



直後――。

雛が、大きくくちばしを閉じる。



しかし、わずかに軌道がずれた。

アメリを抱きかかえたジールの身体に、くちばしの先がかすめる。



ジール「ゔあっ!」



そのまま二人は、巣の中へと落下していった。



「ギャアッ!」「ギャギャッ!」

雛たちは、巣の中へ落ちた餌を探すように、慌ただしく鳴き声を上げた。



カリンは、くちばしに締めつけられたまま叫ぶ。

「シルフィ!! 目を狙って!!」



「ピィ!!」「ピィ!!」

二羽のシルフィが、同時に飛び出した。



そして――。

カリンをくわえた翼竜の左右の目へ、勢いよく体当たりする。

「ピィ――ッ!!」

「ピィピィ――ッ!!」



「ギャアアアッ!!」

悲鳴を上げた翼竜が、バサバサッと大きく体勢を崩した。

その隙に、開いたくちばしからカリンがとび出す。



カリンは、アメリとジールが落下した巣へ向かって身を投げる。

しかし――。

わずかに距離が足りない。



カリンはベレットを握り、赤いクレイドで鎖を伸ばした。

ジャララララッ!!

片側に大鎌を形成し、そのまま巣へ向かって投げ放つ。



赤い大鎌が、巣の縁へ引っ掛かった。

カリンの身体が振り子のように左右へ揺れる。



だが――。



「ギャアアアッ!!」 「ギャギャッ!!」

周囲を飛んでいた翼竜たちが、一斉に騒ぎ始めた。

そして、次々とカリンへ向かってくる。



カリンはベレットを強く握り直した。

(来る……!)



迫り来る翼竜を睨みながら、頭上の巣へ目を向ける。

(アメリ……ジールさん……! 無事でいて……!)



その時――。

ベレット全体が、赤い光を纏い始めた。



「え……?」

カリンは、ベレットを通してクレイドが流れ込んでくるような感覚を覚えた。

まるで、逆流するように――。



カリンは、巣に引っ掛かったベレットの先へ目を凝らした。

(アメリ……なの……?)



次の瞬間――。



ドォォンッ!!

巣が、赤い光に包まれて弾け飛んだ。

枝や廃材が、雛たちとともに上空へ放り出される。



そして――。

カリンの身体も、支えを失ったように落下を始めた。



「くっ……!」

身体が宙へ投げ出される。

風が激しく全身を叩き、赤い髪が乱れ、視界がぐるぐると回った。



(もしかして……アメリのクレイドが……!?)

(極限まで追い詰められて、制御できなくなったの……!?)



「ピィーッ!」「ピィーッ!」

シルフィたちが、慌ててカリンのもとへ飛んでくる。



それでも、カリンはベレットを離さなかった。

目を細め、必死にその先を見つめる。



すると――。



「お姉ちゃ――ん!!」

そこには、ベレットの鎖を自分とジールの身体へ何重にも巻きつけたアメリの姿があった。

その顔は、今にも泣き出しそうだった。



「……!」

カリンは、一瞬、言葉を失った。



恐怖に怯えながらも、アメリは極限の状況で必死に考えていたのだ。

どうすれば、自分たちを助けられるのか。

まだ幼い子ども。

それでも、自分にできることを考えていた。



「なんて子なの……!?」

驚きながらも、その姿を見て、カリンの中で何かが腑に落ちた。



「……いや。この子は……。」

この子の考え方を――自分は知っている。

そう、まるで、自分自身を見ているようだった。



カリンは、ふっと口元を緩めた。

「アメリ!! 本当にすごいわ!!」



そして、強くベレットを握り直す。

「ここからは、私に任せて!!」



翼竜たちは、放り出された雛たちを捕まえようと、空中を飛び回っていた。



だが――。

カリンをくわえていた翼竜だけは、彼女を逃そうとしない。

翼を大きく広げ、再びカリンへ襲いかかる。



大きく開かれたくちばしが、カリンへ迫る。



その瞬間――。

カリンはベレットを振るった。

帯状に伸びたクレイドが、翼竜の頭部へ回り込み、そのまま開いたくちばしをぐるりと縛り上げる。



「――!?」

翼竜のくちばしが、閉じられない。



カリンは、翼竜を睨みつけた。

「はああああっ!!」

鎖をさらに伸ばし、翼竜を大きく振り抜く。



赤い鎖が翼竜を引きずるように大きく弧を描き、太い枝へと絡みついた。

鎖に引かれた翼竜の身体が、枝を支点にして大きく振られる。

その翼竜の重みに引かれ、鎖がぴんと張った。



三人の落下が、同時に止まる。

「くっ……!」

カリンは、鎖を見下ろす。



アメリとジールは、まだカリンより下にぶら下がっていた。



「待ってて……!」

カリンは、ベレットの鎖を即座に短くする。



アメリとジールの身体が、ぐっとカリンのもとへ引き寄せられる。

カリンは、そのまま二人を抱き留めた。

「二人とも、大丈夫!?」



「お姉ちゃん! ジールさんが!」

アメリが涙目で叫ぶ。



カリンは、ジールの背中を見る。 大きく傷つき、そこから血が流れていた。

既に意識を失っていた。



カリン「まずいわ! 早く手当てをしなくては!」



しかし――。

三人は、まだ上空に宙吊りになったままだった。

「どうにかして降りないと……!」



その時――。

「ギャアアアッ!!」

下から、別の翼竜が大きく口を開けて迫ってきた。



カリンは、その姿を見て、咄嗟に閃いた。

(これだ!)

「アメリ! クレイドを全身に込めて!」



「ふぇ!? う、うん!」

アメリが、ぎゅっと身体に力を込める。



カリンもベレットを強く握り直した。

二人の膨大なクレイドによって、ベレット全体が、眩しいほどの赤い光に包まれる。



「いくわよ!」

カリンは、鎖を一気に伸ばした。

ジャラララララッ!!



三人の身体が、真下へ急降下する。



「きゃあっ!」

アメリが、カリンにぎゅっとしがみついた。



シルフィ達も慌ててカリンの肩へ飛びつく。

「ピィィッ!」「ピィィッ!」



下から迫っていた翼竜が、大きく口を開ける。

「ギャアアアッ!」



その瞬間、カリンは鎖の伸びる方向をわずかに変えた。

「今――!」



三人の身体が翼竜の頭上を通り抜け、その背中へ落ちる。

ドォンッ!



「ギャッ!?」

翼竜が、突然の衝撃に頭をのけぞらせる。



そのまま――。

「ギャアアアアアッ!!」

翼竜ごと、地面へ真っ逆さまに落ちていく。



アメリ「きゃあああっ!」


シルフィ「ピィィィッ!」「ピィィィッ!」



ドォォォンッ!!

翼竜が地面へ叩きつけられた。



「ギ……。」

ぺたん。

翼竜は、その場に伸びきった。



カリンは、その背中から転がり落ちる。

「いたた……。」



アメリも、カリンの隣にぺたんと座り込んだ。

「……降りられたぁ。」



二羽のシルフィも、ほっとしたように小さく羽を揺らした。

「ピィ……。」「ピィ……。」



その横で、翼竜の翼がぴくりと動いた。

「ギ……。」

どうやら、まだ生きているらしい。



カリンはベレットを元の形へ戻し、腰へ収めた。

空では、翼竜たちがカリンたちを探すように飛び回っている。



カリンは空を見上げ、眉を寄せた。

「移動するわ。アメリ、手伝って。」



アメリはこくんと頷く。

「うん。」



カリンとアメリは、傷ついたジールを抱え直すと、木々が生い茂る場所へ急いで移動した。



身を隠せる場所まで辿り着くと、カリンはすぐにジールの容態を確認する。

「……深いわね。止血だけでもしないと。」

(こんな時、魔法が使えたら……。)



カリンは、自分の服を破ろうとした。

その時――。



「待って、お姉ちゃん……。」

アメリが、そっと口を開く。



「アメリが……やってみる。」



「え?」

カリンは、きょとんとした。

「やってみるって、何を?」



アメリは、もじもじしながら俯く。

「その……ミオちゃんに、少しだけ……教えてもらったの……。」



カリンは、思わず息を呑んだ。

「教えてもらったって……まさか、魔法を!?」



二羽のシルフィも、驚いたように顔を見合わせた。

「ピィッ!?」 「ピィッ!?」



アメリは、自信なさげに顔を赤くしながら、小さく頷く。

「もしもの時に、お姉ちゃんを守れるようにって……。」

「だけど……。」

困ったように眉を下げる。

「クレイドが、ぐにゃってなったり……すぐ消えちゃったり……。何回やっても、うまくできなかったの……。」



アメリは、傷ついたジールを見る。

「でも……。」

胸元で、小さな手をぎゅっと握った。

「アメリを守ってくれたジールさんを……助けたいの。」



カリンは、しばらくアメリを見つめた。

(ミオが……アメリに魔法を教えていた……!?)

(それに、治癒魔法は光の属性……。)

(ミオですら、子どもの姿では扱えないほどの高度な魔法……!)



複雑な思いが、カリンの胸をよぎる。

しかし、今はそれどころではない。

目の前には、傷ついたジールがいる。



それに――。

これまでのアメリの姿を思い返せば、可能性がないとも思えなかった。



カリンは、自信なさげに俯くアメリの両手を、そっと握る。

「アメリ。あなたなら、できるわ。」



アメリが不安そうに顔を上げる。

「それとね……教えてもらっただけで、実際に怪我を治したことはないの……。」

少し困ったように唇を尖らせる。

「本当に難しいんだよ……。ベレットみたいにクレイドをどーんって入れると、魔法が消えちゃうの。でも、そーっと入れると、何も起きないの。」



カリンは、少し考える。

そして――。

「クレイドなら、私のものを使って。」

「アメリは、教えてもらった治癒魔法だけに集中して。」



「お姉ちゃん……。」

アメリは、カリンの顔をじっと見つめた。



カリン「大丈夫。」



その一言に、アメリの表情が少しだけ和らぐ。

そして――。



ぎゅっ。

カリンの手を、強く握り返した。



その目に、少しずつ強い光が宿っていく。

「うん。アメリ、やる。」

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