43辿り着いた場所
シュタット領――ハーブル。
赤茶色の瓦屋根と白い壁の建物が、斜面に沿って立ち並ぶ街だった。
細い石畳の道が続き、幾何学模様の彫刻やアーチ状の窓、花の飾られた黒い鉄製のバルコニーが、古い街並みに彩りを添えている。
陽の光に包まれたその街は、どこか古く、美しい趣を漂わせていた。
そして――。
ハーブル教会本支部の前。
ミオとアッシュは、そこに立ち尽くしていた。
ミオは顔を青ざめ、朝日に照らされた教会を見つめていた。
「……嘘……。」
震える声が、漏れた。
「……こんな建物では、ありません……。」
アッシュも困惑したように教会の壁へ手を触れる。
「真新しいよ。ミオちゃん。」
「建て直したばかり……みたいだね。」
ミオの胸に、不安が広がっていく。
「……そんな……。」
「カリン様……。」
「アメリ……。」
***
カリンは、目の前に広がる景色に愕然としていた。
「どうして……こんな所に!?」
「大変だわ! それに、ミオはどこなの!?」
カリンは慌てて振り返ると、勢いよく立ち上がった。
そして、大声で叫ぶ。
「ミオー! 返事して!」
「ピィー!」「ピィー!」
シルフィたちも、カリンの声に負けないほど激しく鳴いた。
その声に、アメリが布団から這い出てくる。
「お姉ちゃん……どうしたの……?」
心配そうにカリンを見つめた――その時。
――ガシャンッ!!
部屋全体が大きく揺れた。
カリン「わっ!」
アメリ「ひゃぁっ!」
シルフィ「ピィッ!?」「ピィッ!?」
すると――
壁の向こうから、巨大な爪の先が突き出した。
「!?」
次の瞬間。
――ガシィッ!!
鋭い爪が部屋を外側から掴んだ。
そして――
――グォンッ!!
部屋そのものが、勢いよく持ち上げられた。
カリン「きゃあっ!」
アメリ「いやぁっ!」
シルフィ「ピィィーッ!!」「ピィィーッ!!」
床が大きく傾き、家具や布団が一斉に滑り出す。
カリンの身体も、傾いた床に足を取られ、壁へ叩きつけられた。
ゴロゴロッ――!
ガンッ! ゴンッ!
「きゃあぁっ……!」
アメリの身体が、床を転がっていく。
「アメリ!!」
カリンは咄嗟に駆け寄った。
「――っと!」
転がるアメリを、両腕で受け止める。
バフッ!
「ピィッ!」「ピィッ!」
シルフィたちも羽ばたき、カリンの肩へ飛び移った。
小さな爪で、服に必死にしがみつく。
しかし、部屋はなおも激しく揺さぶられていた。
ガガガガッ――!
ゴンッ! ガンッ!
カリンはアメリを抱きしめたまま、何度も床や壁へと身体を打ちつけられる。
「くっ……!」
アメリはカリンの胸元にしがみつく。
「いやぁっ!」
「ピィィッ……!」「ピィィッ……!」
シルフィたちも必死に耐えている。
その瞬間――
カリンの視界に、窓の外を横切る巨大なアームが映った。
「……っ!」
カリンは揺れる身体を必死に支えながら、腰のベレットを取り出した。
――シュバッ!!
赤い鎖が勢いよく窓の外へ飛び出し、
――ジャラララッ!!
巨大なアームへと絡みついた。
カリン「アメリ、シルフィ。しっかり掴まって!」
アメリ「う、うんっ!」
シルフィ「ピィッ!」「ピィッ!」
すると――
――ジャラッ、ジャララッ!!
伸びていたクレイドの鎖が、凄まじい勢いで縮み始めた。
アメリ「きゃっ……!」
シルフィ「ピィー!」「ピィー!」
カリンたちは窓の外へ引きずり出される。
そのまま鎖に引かれ――
宙を飛んだ。
やがて、視界が大きく開けた。
カリンは振り返る。
そして――目を見開いた。
眼下に広がる廃材の山々。 その中を、一台の巨大な重機が動いていた。
その先端に取り付けられた大きなグラップルが――
カリンたちのいた屋根裏部屋を、丸ごと掴んでいた。
その重機の運転席から、作業員がこちらを見上げていた。
「おーい! お前ら何してんだー! なんでそんな所にいる! 危ねーだろー!!」
「ご、ごめんなさい!」
カリンはアームにぶら下がったまま、慌てて頭を下げた。
そして、ベレットを握り直した。
赤いクレイドの鎖が真下へ伸びていく。
――ジャララララッ!!
カリン達は地面へ降り立った。
「……ふぅ。」
「うぅ……怖かった〜……。」
アメリはへなっとカリンに寄りかかる。
「ピィ……。」 「ピィ……。」
シルフィたちも、ほっとしたようにカリンの肩へ身を寄せた。
カリンは、宙に浮かぶ屋根裏部屋を見上げた。
「……どうして、部屋ごとこんな所に……?」
部屋の中に、ミオはいなかった。
「ミオは……どこへ行ってしまったの?」
カリンの表情が曇る。
「無事でいるの……?」
そして、もう一つ。
「それに……ここは、一体どこなの……?」
「おい!」
再び、運転席から作業員の怒鳴り声が響いた。
「そんな所で突っ立ってたら邪魔だぞー!」
「ケガすっから、早くそこから離れろー!」
カリンは、作業員へ向かって声を張った。
「あの! ここは何という施設なんですか!?」
「それと……この辺りは、どこの街なんですか!?」
「はぁ!?」
作業員は、呆れたように声を上げる。
「一体、何言ってんだ、あんた!?」
「そもそも、なんでうちの敷地内にいるんだよ!」
その時――
――ウゥゥゥゥゥゥンッ!!
けたたましい警報音が、廃材の山々に鳴り響いた。
「マジかよ……朝っぱらから、なんなんだよ!」
作業員は顔を引きつらせ、空を見上げる。
そして、カリンたちへ大声で呼びかけた。
「おい、アンタら! 魔獣が近くまで来てる! さっさと事務所へ逃げろ! ここにいたら危ねぇぞ!」
「魔獣ですって!?」
カリンも、作業員の視線を追うように空を見上げた。
「ピィ……?」「ピィ……?」
アメリは両手で耳を塞いだ。
「すごい音だよ……お姉ちゃん……。」
その直後――。
空の彼方から、無数の影が姿を現した。
大きく翼を広げた、翼竜のような魔獣たち。
鋭いくちばしと爪を持つ魔獣の群れが、この場所へ向かって一斉に飛んでくる。
作業員の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「んだよ……もう、こんな近くまで来てやがるじゃねぇか!」
空を睨みつけ、舌打ちする。
「警報鳴るの、遅すぎんだろ!」
「ひぇ……。」
アメリは慌ててカリンの腕にしがみついた。
重機から降りた作業員は、すぐに走り出した。
「何してんだ! 急げ!」
「大変だわ! アメリ、走って!」
カリンはアメリの身体を起こし、その手を取って走り出した。
「う、うん!」
アメリも慌てて走り出す。
「ピィ!」「ピィ!」
シルフィも後を追っていく。
三人は、廃材の山を抜け、事務所のある建物へ急いだ。
「はぁ……はぁ……!」
その途中、作業員が何度も後ろを振り返りながら、空を見上げた。
「廃材ってのは、あいつらの巣作りにちょうどいいんだよ。場所を知られてから、毎回これだ!」
翼竜たちの鳴き声が、空から次々と響いてくる。
カリンも走りながら空を見上げた。
「でも……巣を作るためだけに、こんな大群で来るものなの?」
「いや、今は子育ての時期。」
作業員は息を切らしながら答える。
「巣にいるヒナのために――餌を取りに来てやがるんだよ。」
それを聞いたカリンの顔が、さっと青ざめる。
「アメリ、頑張って逃げるのよ!」
「わ、わかった……!」
アメリは懸命に足を動かす。けれど足がもつれそうになり、何度もカリンの手を握り直していた。
次の瞬間――。
翼竜の魔獣たちが、急激に高度を落とした。
一気に、カリンたちへ向かってくる。
風を切る轟音とともに、巨大な影が頭上から迫った。
「まずい! 捕まるぞ!!」
作業員が声を荒らげる。
その直後――。
一体の翼竜が、鋭い爪を伸ばした。
その爪が、アメリの服を掴む。
「あっ……!」
突然、身体が引っ張られた。
アメリの顔が恐怖に引きつる。
「い、いやぁ……!」
カリンは足を止めた。
そして――振り返る。
「はぁっ――!!」
ベレットを大きく横へ振り抜いた。
ブォンッ!!
赤い大鎌が鋭く唸り、アメリを掴んでいた翼竜の腕を薙ぎ払った。
「ギャオォォォッ!!」
翼竜は大きく後方へ吹き飛んでいった。
しかし――。
「お姉ちゃん!! 上!!」
アメリの声に、カリンが顔を上げる。
その頭上では、別の翼竜が大きくくちばしを開いていた。
「――!」
カリンが身構えるより早く、アメリは反射的にベレットの柄を掴んだ。
「離れてぇー!!」
アメリが力を込めた、その瞬間――。
大鎌が消えた。
代わりに、赤い棒状のクレイドが勢いよく伸びた。
ズズズズズ――!!
次の瞬間――。
ズガァンッ!!
「ギャオォォォッ!!」
翼竜は勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がった。
カリンは、一瞬アメリを見つめた。
「……アメリ、今の……!」
作業員も目を見開いた。
「魔獣を二体も吹っ飛ばしたぞ……。」
「あ、あんたら……何もんだ!?」
そして、二人が手にするベレットを見て、
「なんて危ねーもん振り回してんだよ……。」
だが――。
休む間もなく、翼竜たちが次々とカリンたちへ襲いかかってくる。
カリンとアメリは、ベレットの両端の柄をそれぞれ握りしめた。
二人の間を繋ぐ鎖が、赤く、一気に伸びていく。
「数が多いわ!」
カリンはクレイドの形状を剣へと変え、迫りくる翼竜を次々と斬り払う。
ザシュッ! ザシュッ!
「こっち来ないでー!」
アメリも棒状になったクレイドを振り抜き、迫る翼竜を次々と弾き飛ばす。
ドンッ! ドンッ!
「ピィー!」「ピィー!」
シルフィたちも、翼竜を前に小さな身体を精一杯大きく見せていた。
戦いに気を取られていた、その時――。
「や、やめろー! 離せーっ!」
作業員の叫び声が響いた。
「はっ!!」
カリンは、声のした方へ振り向く。
そこには、翼竜に掴まれた作業員の姿があった。
翼竜はそのまま翼を大きく羽ばたかせ、作業員を連れて上空へと舞い上がっていく。
「くっそー! 魔獣の餌になんか、なってたまるかーっ!」
作業員が必死に叫ぶ。
「いけないっ!」
カリンは握っていた柄を、作業員を掴んでいる翼竜へ向かって投げつけた。
しかし――。
届かなかった。
カリン「くっ……!」
その時――。
「やあっ! 離してぇー!」
アメリの叫び声が聞こえた。
カリンが振り向く。
「お、お姉ちゃん……!」
翼竜の爪に掴まれたアメリが、必死にもがいていた。
「アメリ! 駄目ー!!」
カリンはとっさに手を伸ばした。
けれど――。
その手をすり抜けるように、アメリの身体が空へさらわれていった。
「……イヤ。」
アメリの姿が、みるみる遠ざかっていく。
「アメリ……。」
作業員も、アメリも捕まってしまった。
このままでは、二人とも魔獣の餌にされてしまう。
カリンは、ぎゅっと拳を握った。
(だったら……)
そして――目の前へ迫る翼竜を見据える。
カリンはベレットを腰へ戻した。
もう、抵抗するつもりはなかった。
ゴクリ……。
唾を飲み込む。
やがて、翼竜の大きなくちばしが、目の前まで迫った。
その瞬間――。
シルフィが、カリンの肩へと止まった。
「ピィ……。」「ピィ……。」
カリンの決意を感じ取ったように、小さく鳴く。
そして――。
ガブッ!!
「――っ!」
カリンの身体は、翼竜のくちばしにくわえられた。
そのまま翼竜は、大きく翼を広げる。
カリンもまた、作業員とアメリとともに――遥か高い空へと連れ去られていった。




