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41聖騎士とルクセリア軍

ドドッ、ドドッ、ドドッ――!!

銀狼のアッシュは、無我夢中で森を駆け抜けていた。



(何故、爆発が……!?)



木々を縫うように駆けながら、アッシュは必死に前方を見据える。



(カリンちゃん……無事でいてくれ……!)



やがて――。

炎に包まれた森の奥へと辿り着いた瞬間。

アッシュは、絶句した。



患者たちが暮らしていた小さな家々が、すべて炎に包まれていた。

木造の壁は崩れ落ち、屋根は焼け落ちている。

辺りには焼け焦げた木材が散乱し、炎と黒煙が夜空を覆っていた。



つい先ほどまで、人々が暮らしていた場所は、

見る影もないほど、無残に焼け払われている。

小川に架かっていた小さなアーチ型の橋も、焼け焦げ、崩れ落ちていた。



そして――燃え盛る家々の前には、何人ものルクセリア兵が立っていた。



「……っ!」

アッシュは小川を一気に飛び越え、その先にある教会へと駆ける。



しかし、建物の前まで来たところで、足を止めた。



燃え盛る家々の中――。

その奥に佇む教会だけが、炎に包まれることなく、傷一つない姿を保っていた。



「……!」

アッシュは、思わず息を呑んだ。

(教会は……無事なのか……。)

その事実に、張り詰めていたものがわずかに緩む。



教会の周囲には巨大な魔法陣が浮かび、淡い光を放つ結界が建物全体を包み込んでいる。

炎は結界に阻まれ、その内側へは届いていない。



そして、その結界を支えているのは――。

何人もの聖騎士たちだった。



「ルクセリア軍に……聖騎士……!!」

アッシュの表情が強張る。



すると、教会の前にいた一人の聖騎士が怒鳴り声を上げた。

「おい、ルクセリア軍!! 何故、民家を攻撃した!!」

「パトリオット大佐! これは虐殺だ!!」



その声に、おかっぱ頭に二重顎の男がゆっくりと顔を向けた。

軍帽を被り、軍服に身を包んでいる。

――パトリオット大佐だった。


「今回の緊急出動につきましては、現場の指揮権はぜーんぶ私にあるんですなぁ。ディノス・クロフィア様。」



アッシュは目を見開いた。

(……ディノス兄ちゃん!?)



ディノスは、怒りを滲ませながらパトリオット大佐を睨みつける。

「我々聖騎士を、こんな非道な行為に巻き込むなんて――」



言いかけた、その時だった。

ディノスの視線が、パトリオット大佐の向こうへ向けられる。

そこに立っていたのは――。

銀色の毛並みを持つ、巨大な狼。



「……フェン……リル……?」

ディノスの表情が、凍りつく。

「まさか……。」

その巨体。

その銀色の毛並み。

そして――。

確かに感じる、聖獣の気配。



「……フェンリル様……なのか……?」

ディノスの声が、わずかに震えた。



その声に、パトリオット大佐も振り向いた。

そして――。

銀狼の姿を目にした瞬間、

「ぎゃあああっ!! で、デカい!!」

大佐の目は、飛び出さんばかりに見開かれていた。

「獣だ!! なんだこいつはぁ!!」



その声に反応するように――。

周囲にいたルクセリア兵たちが、一斉に銀狼へと振り向いた。



「構えろ!!」

ガチャッ、ガチャガチャッ――!!

兵士たちが一斉に銃火器を構える。

銃口が、銀狼へと向けられた。



「やめろ!! ルクセリア軍!!」

ディノスが声を張り上げる。

「その者は――聖獣であらせられる!!」

「武器を納めるんだ!!」



その言葉に――。

教会に魔法を展開していた聖騎士たちも、一斉に銀狼へと振り向いた。

ざわめきが広がる。


「聖獣!?」


「伝承にある……あの聖獣なのか……?」


「メイデス様が創造されたと言われている……あの!?」


「まさか……実在していたのか!?」


「あのお姿は……。狼……?」


「ってことは……陸を司る……フェンリル様!?」


「それよりも、何故こんな場所に……?」



フェンリルは、アッシュへ静かに告げた。

(アッシュ。我に変われ。隠れていろ。)

その瞬間――。

銀狼の瞳の色が、すっと変わった。

動揺した眼差しは消え、静かな威厳が宿る。



辺りの家々が燃え盛る中、

フェンリルはゆっくりと歩き出した。



ザッ……ザッ……。



その姿を前に、聖騎士の一人が震える声を漏らす。

「お、俺たちが……こんな暴挙に手を貸したから……。」



聖騎士たちの間に、動揺が走る。


「だから……メイデス様が、我々に罰を……?」


「ま、まさか……俺たちを裁きに来られたのか……?」


「いや、でも爆発させたのは軍の奴らだ!」


「そうよ!私達は何も聞かされていなかったわ!」



フェンリルは、ディノスとパトリオット大佐の前で静かに足を止めた。

その巨体を前に、パトリオット大佐は思わず息を呑む。

「ひぇっ……。」



大佐の身体が、ポヨンッと震えた。

「い、いやぁ……これは、そのぉ……。」

「ちょ、ちょっとばかり……怖いですねぇ……。」



ディノスは唾を飲み込み、フェンリルに深々と頭を下げた。

その額には、冷や汗が滲んでいる。



フェンリルの中で、アッシュは困惑していた。

(本当に……聖騎士がルクセリア軍の一部として動いている……。)

(それじゃあ……教会の者たちが、カリンちゃんを捕まえに来たっていうのか!?)

(ディノス兄ちゃん……なんでだよ。)



ディノスは、緊張を押し殺すように口を開く。

「聖獣……フェンリル様。」

「このような形で、お姿を拝することになるとは……。」



その傍らでは、パトリオット大佐が落ち着きなく視線を泳がせていた。

「こ、これは命令でして……そのぉ……。」



フェンリルは、パトリオット大佐を静かに見据えた。

そして、ディノスへ視線を向けると、口を開いた。



『……それよりも。』

低く、重い声が響く。

『あの教会の中は、どうなっている。』



ディノスは頭を上げ、緊張を滲ませながら答えた。

「まだ、内部の状況までは確認できておりません。」

「ですが、カリン様を安全にお迎えするため、我々はあらかじめ建物全体を結界で覆っております。」

「結界は、今も維持されております。ですから……ご無事のはずです。」



フェンリルの銀色の瞳が、わずかに細められる。

『……お迎え、だと。』

『クロフィアの小僧……。』



フェンリルの中にいるアッシュも息を呑んだ。

(……ディノス兄ちゃん。)

(カリンちゃんを守るために来たんじゃ、なかったのかよ……。)



その瞬間――。

冷や汗を浮かべていたパトリオット大佐が、ニヤリと口元を歪めた。

「い、今だぁ……! 撃てぇーっ!!」

「この獣を撃つんだぁー!!」



ディノス「なにっ!?」



次の瞬間――。



ドドドドドドッ――!!

ルクセリア兵たちが、一斉に銃を撃ち放った。



さらに――。

ドォンッ!!

一人の兵士が、爆発弾を撃ち出す。



無数の銃弾と爆発弾が、凄まじい勢いでフェンリルへと迫る。



だが――。

フェンリルは、微動だにしなかった。

ただ、大きく口を開く。



そして――。

ガキンッ。

静かに、口を閉じた。



次の瞬間。

フェンリルへ迫っていた銃弾が――。

ピタリ。

その勢いを失った。

まるで、何かに力を奪われたかのように、銃弾は次々と地面へ落ちていく。



カラン……。

カラン……カラン……。



続いて飛来した爆発弾も――。

フェンリルの眼前で、ふっと勢いを失った。



ゴトッ。

ただの鉄塊のように、地面へ転がる。



低く、静かな声が響く。

『人間の玩具か。……くだらんな。』



聖騎士たちから、悲鳴が上がる。


「フェンリル様に何をする!!」


「ふざけるな! ルクセリア軍!!」


「ディノス様も近くにいらっしゃるのに、爆発弾まで撃ちやがったぞ!」


「だけど……何も、当たっていないわ……?」



ルクセリア兵たちも、動揺を隠せない。


「そ、そんな……!」


「た、大佐! 効いてません!」


「銃弾が……途中で落ちました!」


「化け物だ……!」



パトリオット大佐は、冷や汗を浮かべながら身体を震わせた。

「えぇーっ!?」

「な、なんでぇ!? ど、どうして当たらない!?」

「な、何をしたんだぁ……!?」



ディノスは、目の前で起きた出来事に一瞬、言葉を失っていた。

だが、すぐさまパトリオット大佐に声を荒らげた。

「いい加減にしていただきたい!」

「闇雲に武力を行使するなど、教会の教えに反します!」

「これでは我々は、貴方がたと共に行動することなどできない!」



「ええいっ!!」

パトリオット大佐が、焦ったように声を張り上げる。

「聖獣だか何だか知らんがぁ、そんな訳の分からない獣の話など、私は聞いておらんぞぉ!!」

「銃が効かないならぁ――魔法だ!!」

「聖騎士ども! 魔法でどうにかしろぉ!」



「それとぉ――!」

大佐は慌てた様子で、兵士たちへ顔を向ける。

「我らラムーダ駐屯地一番隊は、こんな獣は放っておいてぇ――!」

「カリン・フェナードを、さっさと捕らえるんだぁ!!」





その時――。






「カリン様は――既に、ここにはいません。」

鋭く、重い子どもの声が響いた。






その直後――。

ゴォォォォッ!!

突如として、燃え盛る家々の上空に巨大な水流が渦を巻いた。



「なっ――!?」

兵士たちが空を見上げる。



次の瞬間――。

ドォォォォンッ!!

凄まじい勢いで、大量の水が地上へと叩きつけられた。

燃え上がっていた家々が、次々と水に呑み込まれていく。



バシャアアアッ!!

炎が一瞬で押し消され、辺り一面に白い蒸気が立ち込めた。



「な、なんだ、なんだ!?」


「み、水魔法だ!!」


「一体どこから――!?」



その場にいた全員が、一斉に辺りを見回した。



「誰だ!!」


「ど、どこにいる!?」



一人の兵士が辺りを見回し――。

やがて、何かを見つけたように指を伸ばした。

「あそこだ! 教会の屋根の上!」



皆が一斉に、その指差す先を見上げる。



そこに――。

栗色の髪の少女が、静かに立っていた。



夜風が、屋根の上を吹き抜ける。

ふわりと髪がなびき、衣服の裾が揺れる。



少女は何も言わず、眼下に広がる光景を見下ろしていた。

その表情は、あまりにも静かだった。



ただ――。

その瞳の奥深くにだけ、冷たい怒りが宿っている。



「……子供?」

聖騎士の一人が、呆然と呟いた。



すると、別の聖騎士が息を呑む。

「あ、あの子は……!!」

「よくカリン様と一緒にいた……!」



ディノスは、一瞬、言葉を失った。

「……ミオ……?」


そして、大きく目を見開く。

「ミオ――なのか!?」

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