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40教帝と英雄

カリンは梯子を上がり、屋根裏部屋へ入っていく。



顔を覗かせると、そこは天井こそ低いものの、奥行きのある空間だった。



カリンは部屋の中を見渡し、くすっと微笑む。

「ミオとアメリには、ちょうどいい大きさね。」



屋根裏の小窓から外を眺めていたミオが振り返る。

「カリン様。」

「頭をぶつけないように、気をつけてくださいね。」



「ええ。」

カリンはそう答えると、ゆっくりと梯子を上りきった。



肩に乗っていた二羽のシルフィが、ぱたぱたと羽ばたき、横に敷かれた布団の上へ移動する。



その布団には、アメリが眠っていた。

小さな身体を丸め、すやすやと穏やかな寝息を立てている。



その寝顔を見つめ、カリンは優しい眼差しでふっと微笑んだ。

そして、はだけていた布団をそっと掛け直してあげる。

「何日も歩かせてしまったから、疲れていたはずね。」



ミオもアメリを見つめながら、目を和ませた。

「お掃除も頑張っていましたからね。」

「お布団の上で眠るのは久しぶりですから、気持ちよく眠っているのでしょう。」



カリンは小さく頷く。

そして、アメリの頭を優しく撫でた。



カリンはミオの向かいに腰を下ろし、小窓から外を覗いた。

シルフィも羽ばたいて窓辺へ移動し、気持ちよさそうに羽を休める。



眼下に並ぶ小さな家々。 ぽつぽつと灯っていた明かりも、ひとつ、またひとつと消えていく。

「患者の皆さんも、お休みになったのね。」



そう呟いてから、カリンはミオへ向き直った。

「ふたりきりなんて、久しぶりね。」



その言葉に、ミオはわずかに頬を染め、目を伏せた。

すると――。



カリンはミオの両頬を、むにっと優しく摘んだ。

――むにっ。



「ひゃっ!」

ミオが慌てて声を上げる。

「カリン様ぁっ!?」



カリンは目を細めて微笑んだ。

「前にこうしていた時のことが、もうずっと昔のことのように感じるわ。」



ミオは頬を摘まれたまま、少し困ったように笑う。

「色々ありましたからね……。」

「カリン様も、心身ともに休まる暇がありませんでしたもの。」



カリンは、ぱっと手を離した。

そして、少し照れたように視線を落とす。

「……だけど、ミオと友達になれた。」



ミオは摘まれていた頬を撫でながら、カリンを見つめた。

「カリン様……。」



ミオの表情が、ふっと柔らかくなる。

カリンも、そんなミオを見つめる。



けれど――カリンの表情に、寂しさが滲んだ。



「ミオは、お祖父様と……その、長いお付き合いだったのでしょう?」

「年齢も一つしか変わらない。きっと私よりも、お祖父様のことをよく知っていたのよね。」



ミオもまた、悲しげな表情を浮かべた。

「ええ。」

「ちょうど、カリン様とアッシュさんのような感じでしょうか。」



ミオは懐かしむように目を細める。

「アルバ様が少年だった頃から、お見かけする機会に恵まれましたから。よく覚えています。」


「凛とした佇まいと、立派な赤い髪。」


「……だけど、話してみると、なかなか決められないところがあって。」



ミオの表情が、次第に柔らかなものへと変わっていく。



「……13、4歳の頃だったでしょうか。」

「アルバ様が魔法学校にいらした時、私が代表してオブジェを作る機会があったんです。」





〜〜〜





「氷か木で作成いたします。どちらになさいますか?」



ラミアナが尋ねると、アルバは腕を組み、しばらく考え込んでいた。



「うーん……。」

「氷だと、溶けたらなくなってしまう。」

「しかし、木だと保管するのが難しい……。」


「どちらにするべきか……。」



アルバが真剣に悩み続けている。



ラミアナは、そんなアルバを見つめ――。



「では……。」

可憐に杖を掲げる。



白い光がふわりと広がり、その中から現れたのは――。

アルバそっくりの石像だった。



「す、凄い!!」

アルバは目を輝かせ、石像を見つめる。

「これは……土属性か?」



ラミアナは、ニコッと微笑んだ。

「私、全部の属性を扱えるようになりましたの。」

「土属性を使って形を作り、そこに石膏を加えてみました。」



「なんだって!? その歳で全属性を!?」

「しかも、それって精製魔法ではないか!」

アルバは驚きの声を上げる。

「信じられない……。」



そして、もう一度石像へ目を向けると――。

やがて、納得したような表情を浮かべた。



「君は……凄い魔法使いになるよ。」





〜〜〜





カリン「くすくす。」

「お祖父様、昔から何でも決めかねていたのね。」



ミオ「ええ。」

「当時は、失礼ながら……本当にこの方が教帝になれるのかしら、なんて思っていました。」


「それが……あんなに皆から愛される、立派なお方になられるなんて……。」



ミオは、アルバを敬うように、静かに微笑んだ。

けれど、その笑顔は次第に消えていった。


やがて、静かに目を伏せる。

その瞳には、寂しさが滲んでいた。



カリンは、そんなミオを優しく見つめる。

そして、そっと口を開いた。

「私、お祖父様からラミアナ様の伝説をたくさん聞かせてもらっていたわ。」



ミオの肩が、ぴくっと揺れた。



カリンは、思い出すように目を細めた。

「本に書かれていることよりもずっと詳しくて……話し方にも、すごく熱がこもっていて。」

「何より、お祖父様がラミアナ様のことを話すときは……いつも、とても誇らしそうだった。」



ミオは、黙ってカリンの言葉を聞いていた。



カリン「だけど……話の最後になると、いつも悲しそうな顔をしていた。」



ミオは目を伏せたまま、静かに答える。

「聖痕によって生き延びた後……私は教会には戻らなかったので……。」

「アルバ様も……私が亡くなったと思っていたのでしょう。」



ミオは、膝を抱えるようにして、身体を小さく縮めた。



カリンは、そんなミオの様子を見つめた。

けれど、ミオにその理由を問うことはしなかった。

ただ、幼い頃に聞かされたアルバの言葉を思い返しながら、静かに口を開く。



カリン

「きっと、お祖父様の中では……ラミアナ様以上の人はいなかったのでしょうね。」

「信仰心だけではない。誰よりも信頼できる、圧倒的な実力。」

「そして何より……友人として、大切に想っていたのだと思うわ。」



ミオは、思わず顔を上げた。

「アルバ様が……そんな風に……思っていらっしゃったと?」



カリン「私には、そう感じたわ。」



ずっと、カリンの中に引っ掛かっていた、ウィンダムから聞いた言葉。


――ラミアナ・フォードは、誰よりもメイデス様を敬い、信仰していたという。 アルバ教帝は、その強さも、その狂信も利用したのだろう。 教帝にとって……これほど都合のいい存在はいなかっただろうな。



カリンは、静かに首を横に振った。

違う。

幼い頃に聞かされたアルバの話は、そんなものではなかった。



ラミアナの強さを語るときの誇らしげな声。

彼女との出来事を語るときの、楽しそうな表情。

そこにあったのは、利用する者の言葉ではない。



そして今、目の前にいるミオからも――アルバを大切に想っていたことが伝わってくる。

だからカリンは、ウィンダムの言葉を打ち消すように、アルバの想いをミオへ伝えたのだった。



ミオは伏し目がちに、静かに微笑んだ。

「ありがとう……カリン様。」



カリンは小さく頷く。

そして――その瞳に、強い決意を宿した。



カリン「こんなこと……許されないわ。」

「私は必ず、晩餐会で起きたことを公表する。」

「ジェニス国王を殺したのも、イグニス公と繋がっていたカレド部隊のアイ先生よ。」

「会場にいた誰も覚えていなくても……私は、すべて知っている。」

「だから……ルクセリア軍に捕まるわけにはいかないわ。」



ミオも、力強く頷いた。

「アルバ様を殺めた真犯人を必ず見つけて、世界に本当のことを伝えましょう。」

「そのために、私も戦います。」

「ルクセリア軍に捕まらないように逃げながら、レイノルド様を探し、七年前の事件と千年前の出来事の真相を追いましょう。」



ミオは、カリンをまっすぐに見つめる。

「アルバ様が、私たちの前に示してくださった道なのですから。」











――その後。


小窓を閉め、電気を消した。

窓辺では、二羽のシルフィが身を寄せ合い、静かに眠っている。



二人は並んで布団に横になる。



カリン「ねぇ、ミオ。今日、患者様とお話しした時にね。」


ミオ「どうかされましたか?」


カリン「うん。みんな、シュタット領のご出身なの。」


ミオ「患者様全員ですか?」


カリン「ええ。偶然かもしれないけど。」


ミオ「そうですね。ハーブルの近くとのことなので、現在地がシュタット領なら、特に不思議ではないと思います。」



カリンは、天井をぼんやりと見つめた。

「……そうね。考えすぎかもしれないわね。」

そう言って、小さく頷いた。



ミオは、少しだけ視線を止めた。

「あまり気にせず、今は休みましょう。」

そう言って、身体を横に向ける。



「ええ。」

カリンも同じように身体を横に向け――。



すると――互いの顔が、すぐ目の前にあった。



あまりの近さに、ミオは思わず目を逸らす。

「きゃ……。」



ミオは頬を赤くして、布団を少しだけ引き上げる。

そのまま、顔を隠すように布団に顔を埋めた。



そんなミオを見て、カリンはくすっと微笑んだ。

そして、そっと手を伸ばし――ミオの頭を撫でる。

「可愛い。ミオ。」



ミオは恥ずかしそうに身をよじる。

「うっ……。」



カリンはミオの頭を撫でながら、何気なく口にした。

「ミオには言ってなかったけど……私、ラミアナ様のファンの一人なのよ。」



「えっ!?」

ミオは、思わず身体をぴくっと揺らした。

「カ、カリン様が……わ、私を……!?」

頬が一気に熱くなる。



カリンは、そんなミオの反応を微笑ましそうに見つめながら、得意気に続ける。



「フィルミナ近郊の大洪水を阻止。」

「ボンワール国の民、一晩での救出劇。」

「数百台もの装甲車を塵にした、レーヌラントの戦い。」



「は、はわっ……! そ、それは……!」

ミオは、語られるたびに身体を小さくよじり、布団をきゅっと握った。



「カ、カリン様……っ。もう……っ。」

往年の功績を次々に語られ、ミオはすっかりカリンの顔を見られなくなっていた。



一方のカリンは、目を輝かせている。

「本っ当に凄いわ! それから――。」



「カリン様ーっ!」

ミオは耐えきれず、布団を押しのけるように身を起こすと、そのままカリンの胸元へ飛び込む。



ぽふっ。



「え?」

小さな身体が、カリンの胸元にすっぽりと収まった。



そのまま身体をぎゅっと縮め、真っ赤になった顔をカリンへ押しつける。

「……恥ずかしい……です……。」

消え入りそうな声で呟きながら、小さな手でカリンの服をきゅっと掴む。



カリンは、そんなミオを見て、優しく微笑んだ。



そして――。



ぎゅっ。

ミオをそっと抱きしめる。



「……あっ。」

ミオの身体が、ぴくっと跳ねた。



「ごめんね。ミオ。私ったら、つい……。」

カリンは少し照れたように笑いながら、ミオの髪にそっと顔を埋めた。



「ラミアナ様への熱い想いが、止まらなくなってしまったわ。」



「…………。」

ミオは真っ赤な顔のまま、カリンの胸元に顔を埋めている。



カリンは、ミオを包み込むように、身体をそっと寄せた。

「けどね――。」



ミオ「……?」



「友達のミオのことが……一番好き――。」



「……っ!」

ミオの瞳が大きく見開かれ、胸がどくんと大きく鳴った。



けれど――。



「……すぅ……すぅ……。」

カリンは、ミオを抱きしめたまま眠りについていた。



「…………え?」

ミオはしばらく、動くことすら忘れていた。



やがて、火照った頬のまま、ふっと小さく笑った。



「……私も、大好き……。」

そう呟いて、ミオはカリンの腕の中で、そっと身体を寄せた。

































――ドォンッ!!



突然の爆発音が、夜の静寂を切り裂いた。



「はっ!!」



銀狼の姿で眠っていたアッシュが、勢いよく身を起こす。



音のした方へ振り返る。



森の奥――。

先ほどまでカリンたちといた、ハーブル分支部の方角だった。



木々の隙間から見える空が、赤く染まっている。



炎が次々と立ち上がり、燃え盛る火が森の奥を赤々と照らしていた。

黒い煙が夜空へと立ち上っていく。



『アッシュ!!』


「ああ!!」



アッシュは一気に駆け出した。


「カリンちゃん!!」


炎の見える森の奥へ――。

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