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36あの笑顔

ウゥゥゥゥ――! ウゥゥゥゥ――!

スタヴァルド要塞から、けたたましい警報が鳴り響いていた。



その直後――

要塞から伸びる線路を、軍用の装甲列車が雪原の渓谷へと飛び出してくる。



ガガガガガガッ――!

重厚な装甲に覆われた車体が、雪を跳ね飛ばしながら猛スピードで線路を駆け抜けていく。

護送用の列車とは明らかに異なる、戦闘を想定した物々しいフォルム。



前方車両の中には、ジュリア少佐と一人の軍人が立っていた。

短くパーマをかけた髪に、渋みのある目元。胸元にはいくつもの勲章が輝き、頭には軍帽を被っている。

ムラーノ大佐だった。



ジュリア少佐は、窓の外へ視線を向けたまま、静かに口を開く。

「申し訳ありません。ムラーノ大佐。」



ムラーノ大佐「ノマド大尉は少々手がかかる。だから貴方の部下につけていたのに……ジュリア少佐。」



ジュリア少佐「一人で行かせるべきではありませんでした。私のミスです。」



ムラーノ大佐「しかし、チビとは一体何者だ? 護送列車の最後尾がなくなっていた。」



ジュリア少佐「最後尾には、ナデラの者たちを収容しておりました。そこから考えて、救出に来た仲間ではないかと。」



ムラーノ大佐「ナデラの仲間か。先程探知したクレイドが、軍のデータベースに残る一級犯罪者のものと一致した。」



ジュリア少佐「まさか!? ナデラの中に、そんな大物がいたのですか?」



ムラーノ大佐「だが、その者はチビではない。」



ムラーノ大佐は、少し間を置いて口にした。

「――ヴァンガード。元アルファリア教会の聖騎士見習いだ。」



ジュリア少佐

「元聖騎士見習い!?」

「それが何故、一級犯罪者に!?」



その瞬間――

ムラーノ大佐が、前方へ目を向けた。

「……!」

吹雪の向こうに、何かが浮かび上がっている。



ムラーノ大佐「急停止しろ!!」



「はっ!!」

ギギギギギィィィィ――!!

装甲列車が激しいブレーキ音を響かせ、車輪から火花を散らしながら急停止する。



ジュリア少佐「くっ……!」



列車が止まる。

ジュリア少佐は、すぐさま前方へ目を向けた。



そこには――

ボロボロになった最後尾の車両が、線路の上にポツンと取り残されていた。

車体は大きくへこみ、いくつかの穴が開いている。



そして、その周囲には色とりどりの発炎筒がいくつも置かれていた。

赤、青、黄色――。

色とりどりの炎が、吹き荒れる雪の中で揺れている。



その中には、なぜか小さな風車花火まで混ざっていた。

パチパチパチ……。

くるくると回る火花が、雪原を色鮮やかに照らしている。



まるで――

この吹雪の中でも、必ず見つけられるように。



ジュリア少佐「なによ……これ。」



ムラーノ大佐「車両を確認しろ。」



ルクセリア兵「はっ!」

兵士たちが次々と装甲列車から降り、雪を踏みしめながら目の前の車両へ駆けていく。



そして、車内へ突入する。

しばらくすると――

ムラーノ大佐の通信機から、兵士の声が響いた。



ルクセリア兵「護送されていた人間は、一人も見当たりません。」

「それから――」


わずかな沈黙。


「ノマド大尉が、気持ちよさそうに眠っています。」



ムラーノ大佐「……なんだって!?」



ジュリア少佐「怪我はないのですか!?」



ルクセリア兵「拳から出血していますが、恐らくこれはご自身の攻撃によるものかと……。」



ムラーノ大佐とジュリア少佐は、互いに顔を見合わせた。

しばらく、どちらも何も言えなかった。










***









ザクッ、ザクッ、ザクッ――!

雪を踏みしめる音を響かせながら、ナデラ一行は白銀の雪原を駆けていた。

背後から軍の追手が来る可能性もある。

誰も足を止めることなく、ひたすらドランザム高原の先を目指していく。



助け出されたナデラ兵たちは、ヴァンガードから渡された防寒着に身を包んでいた。


「ヴァンガードさん! こんなに暖かい防寒着を作ってくれて助かります!」


「ああ。暖ったけ~!」


「ありがたいっす。」



ヴァンガード「ドランザム高原を抜ければ、豪雪にも見舞われねぇ。日が暮れる前に、できるだけ移動するぞ。」



ライルは走りながら、笑顔でヴァンガードを見上げる。

「へー! 精製魔法って、なんでも作れちゃうんだね!」



ウィンダムは、そんなライルを見て笑った。

「お前もな、ライル。」

「手作りメカに関しては、魔法すらも凌駕しているぞ。」



ヴァンガード「ふん。あのデカ坊主に、あそこまで施しやがって。」



ライルは八重歯を見せ、得意げに笑う。

「早く見つけてもらわないといけないだろ。」

「それに、あのパレードシリーズは街中や戦地じゃ、やたらと使えないからね。今回試せて良かったよー♪」



ウィンダムは苦笑する。

「まぁ……だいぶシュールな絵面にはなったがな。」



ライルはヴァンガードへ問いかける。

「ねぇ、これからどうするの?」



ヴァンガードは前方を見据えたまま答えた。

「教会は政府に取り込まれた。教帝制度も廃止だ。だが、これを受け入れられねぇ使徒や信者も大勢いる。」

「そいつらを引き入れる。他の仲間には、もう話を通してある。」



ライル「へー、新しく仲間が増えるんだね!」



ウィンダム「ははは。簡単に言ってくれる。」



ライル「ウィンダムさん、お尋ね者だもんね!」



ウィンダム「ははは。そうだった。」

「だが、狂信者にとって、元聖騎士でありながら政府に追われている俺の立場は、むしろ強い武器になる。」

「この指名手配も、上手く利用してみるさ。」



ヴァンガード「政府が血眼になって追い掛けるのは、カリン・フェナードの方だ。」

「我々は、その間に勢力を強める。この混乱に乗じてな。」



こうして――

革命を謳う武装勢力、ナデラの主要メンバーたちは、

雪ぼこりを激しく舞わせながら、白銀の大地を駆け抜けていった。









***










そして――。







ドランザム高原の南西。

イグニス領とスカニア領の境に、小さな田舎町がある。



デンス。

なだらかな丘陵と広い田園に囲まれた、静かな町だ。

色とりどりの木造家屋が並び、通りには地元の人々が行き交っている。



その中を――

フードを深く被った一人の男が歩いていた。




町民

「そうなのよ! 次期教帝といわれていた娘さんがだよ!?」


「ルクセリア政府が言ってるんだ。間違いないだろう。」


「教会はどうなってしまうのだ……。女神様が、このようなことをお許しになるはずがない。」


「聖騎士様が軍に入ったのなら、この町にも是非訪れるようになるといいのだがね。」


「なんでも聖騎士様は、軍人よりも大きなクレイドを持っているそうだ。」


「でも、こんな田舎にまで来ないさ。」



通りのあちこちで、同じ話題が繰り返されていた。



男はそんな町民たちの噂話を聞き流しながら、通りの露店へ立ち寄る。



男「おばちゃん、ウイスキー頂戴。あと、新聞も。」



店主「はいよ。」



店主が商品を用意する間、男は露店の端へ視線を向けた。

そこには、袋詰めされた菓子がいくつか並んでいる。



男「あと、そこのかりんとうも頂戴。」



店主「珍しいねぇ。東方のお菓子はいつも売れ残るから、たくさん持っておいき。」



「お! やった。」

男は嬉しそうに笑った。



店主「それにしても、あんた見ない顔だねぇ。旅人だって、こんな町には滅多に立ち寄らないってのに。」



店主がそう言って、男のフードを覗き込む。

「……あら。」



男が少し身を引く。



店主「やだ、男前じゃないか!」

「いい感じに熟しちゃってまぁ!」



「やめてくれよー。」

男は困ったように笑いながら、慌ててフードを深く引き下げた。



店主「また寄っておくれよ!」



男「ああ。また来るよ。」



店主に手を振られ、露店を後にする。

男はそのまま通りを抜け、町外れへと歩いていった。



町の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。



やがて人目がなくなると、田園風景を一望できる家の屋根へひょいと上がり、そのまま屋根の端へ腰を下ろす。



男は買ったばかりのウイスキーの瓶を取り出し、栓を抜いた。



ウイスキーを一口飲み、かりんとうを摘まむ。

「……うん。やっぱり、これだな。」



それから新聞を開く。

先ほど町で耳にした噂話を確かめるように、紙面へ目を走らせる。

一面に大きく載った教会の記事を見て、男の手がぴたりと止まった。



新聞を掴む指に、ゆっくりと力が込もる。

紙が、くしゃりと歪んだ。



男は小さく息を吐いた。

「……やっぱり、そうか。」

「親父……。」



新聞へ視線を落としたまま、静かに呟く。

「……守ったんだな。」



そして、少しだけ目を伏せる。

「すまなかった……。」



風が吹き抜ける。

その風に煽られ、フードの隙間から

――赤い髪が、ほんの一瞬だけ覗いた。



「ルノー。俺は……レクサス様の想いを守り切れるのだろうか……。」



そう呟いた瞬間、胸元が淡く光った。

ほんの一瞬のことだった。

その光が、首元のペンダントに反射する。

浮かび上がったのは――

アルファリア教会の紋章。



そして――まだ幼かった、赤い髪の少女が男の脳裏をよぎる。

こちらへ駆けてくる、小さな姿。

その顔には、屈託のない笑顔が浮かんでいる。



その笑顔だけが、鮮明に残った。



フードの中で赤い髪が風に揺れ、わずかに覗いた男の口元が、ほんの少しだけ緩む。



「いや……レクサス様が見たかったのは、あの笑顔だ。」

「俺は……守り抜く。」



再び、胸元が淡く光る。



「あの笑顔こそ、本当の君だったんだ。」

「メイデス……。」

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