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34砕かれた剣

——イグニス領。

ジェニス国より北へ1500キロ。

そこには、広大なドランザム高原が広がっていた。



一年を通して厳しい寒さに覆われる、極寒の地。

吹き荒れる風が大地を白く染め、積もった雪は決して融けることがない。

その高原を深く切り裂くように、巨大な渓谷が走っている。

切り立った岩壁に挟まれたその渓谷の中腹に、ひときわ異様な姿をした巨大要塞が築かれていた。



――スタヴァルド要塞。

要塞の脇には線路が敷かれ、渓谷に沿って遠くまで伸びている。

分厚い石壁に囲まれたその要塞は、外からの侵入を防ぐためだけではない。

極寒の気候そのものを、囚人を閉じ込める檻として利用した、過酷な監獄だった。

要塞の外へ出れば、凍てつく風と雪が容赦なく身体を襲う。

逃げ出したところで、生きてこの高原を抜けられる者はほとんどいない。



故に――

スタヴァルド要塞は、囚人たちからこう呼ばれていた。



「生きて出ることのできない監獄」と。





吹雪が吹き荒れるこの地に、三人の男たちが立っていた。

スタヴァルド要塞。

そして、そこから続く長い線路を見下ろしている。



そのうちの一人、一番背の低い男がフードを外した。



少年だった。

ツンツンと跳ねた黄緑色の髪。

同じ色の瞳を輝かせながら、少年は眼下の渓谷を覗き込む。

「うっひょー! これがスタヴァルド要塞!?」

「重々しくてカッコいいねー!」

「寒い中、ここまで来た甲斐があったよ!」



「な、ヴァンガードさん!」



すると、もう一人の大柄な男がフードを取る。

派手な紫色の短髪と無精ひげが特徴的な、壮年の男だった。

眼下のスタヴァルド要塞を見下ろし、鼻で笑った。



ヴァンガード「ふん、お前にとっては遠足だな。ライル。」



ライルは振り返り、口を尖らせる。

「あー! また俺のこと子ども扱いしたー!」



ヴァンガードは鼻で笑う。

「現に子どもだろ。お前はまだ12だ。」



そして、最後の一人がフードを取る。



ウィンダムだった。

爽やかな容姿でありながら、その瞳にはどこか陰が落ちていた。

何かを思い詰めるように、遠くを見つめている。



ウィンダム「……。」



ライルが、ウィンダムの顔を覗き込む。

「ウィンさん、戻ってきてから全然元気ないよね。」



ウィンダムは睨みつける。

「その呼び方はやめろ。ライル。」



ヴァンガードが低い声を出す。

「おいおい。全部てめぇの失態だろ、ウィンダム。」

「その尻拭いを、これからライルにやってもらうんだ。」



ウィンダムは俯き、拳に力を入れ、歯を食いしばる。

「……。」



ライルは、そんなウィンダムをじっと見つめる。



ヴァンガードが口を開く。

「ずっとこの調子だな。いつまでそんな顔してやがる。」



ライルが、少し心配そうに首を傾げる。

「一体、晩餐会で何があったのさ。」

「俺、いつものウィンダムさんが大好きなのに……。」



すると、ウィンダムは小さく息を吐いた。

その言葉に、思わず口元が緩む。

「ふっ……。お前は相変わらずだな……。」



そして、顔を上げる。

「悪かった、ライル。よろしく頼む。」



ヴァンガードも低く笑う。

「お尋ね者が要塞の近くにいるなんてな。」




――その時。

谷間から、汽笛が轟いた。



ボォォォォ――ッ!



三人は、一斉に音の方へ振り向く。



「あっ! きたきたー!」

ライルが、興味深そうに目を輝かせる。



谷間の向こうから、黒い車体の列車が真っ直ぐスタヴァルド要塞へ向かってきていた。



ガガガガガッ……!

線路を走る車輪が、激しい音を響かせる。



ライルは立ち上がった。

「えへへ。」



そして、腰から銃のような形をした器具を取り出す。

その先端を、走り来る列車へ向ける。



――引き金を引いた。



シュバッ!

器具から、強度のあるワイヤーが勢いよく射出される。



シュルルルルルッ!

ワイヤーの先端に取り付けられた装着具が、列車の車体へ向かって飛んでいく。



そして――



ガチャンッ!

装着具が車体にしっかりと噛み込んだ。



「よし! 行ってくるっ!」

ライルは二人に向かってウィンクする。



そして――駆け出した。

ヒュンッ!



ワイヤーがみるみる短くなっていく。

その勢いに引かれ、身体が谷を走る列車へ向かって一気に飛んでいく。

後ろの二人に手を振り、すぐさま列車へ顔を向けた。



スタッ!

走行する列車の車体へ着地する。

同時に、ワイヤーが器具の中へと収まった。



「よーし!」

ライルはニッと笑い、前を向いた。

「時間がないから急ごう!」












「んー?」

列車内にいたノマド大尉が、何かの異変を察した。



「もうすぐ到着だっていうのに……。」

そう言って立ち上がる。

二メートル近い大柄な身体。

筋肉で今にもはち切れそうな軍服が、その動きに合わせて軋む。

肩を鳴らし、腕を大きく振るった。



「まさか。襲撃?」

ジュリア少佐が尋ねる。



ノマド大尉は、何かを感じ取るように目を細めた。口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「一人。それに……恐らくチビ。」

「少佐が動くまでもないですよ。」



ジュリア少佐は、そんなノマド大尉を見つめる。

「そうですか。」



そして――



ジュリア少佐「わかりました。一緒に要塞へぶち込みましょう。」



「……!」

ノマド大尉の目が輝いた。



「おお……!」

その声には、なぜか嬉しそうな響きが混じっていた。











ライルは、次々と車両の上から列車の窓を覗き込んでいく。



キョロキョロ

「ここも違う!」

すぐに隣の車両へ飛び移る。



キョロキョロ

「ここも違う!」

さらに隣へ――。



キョロキョロ

「あ! いた!」



そこは、列車の最後尾だった。

車内には、捕まったナデラの兵士たちが乗っている。 俯いたまま、力なく列車とともに揺れていた。



ライルは顔を上げると、胸元の左ポケットから小型の機械を、右ポケットから小さな結晶――クレイドバッテリーを取り出した。



そして、笑顔で二つをくっつける。



「~♪」

カチャ。



「よーし! ボムボムエンジン完成ー!」

ライルは、完成したばかりの装置を空に掲げ、一人で披露する。



そして、車両の屋根から車両同士の間へ瞬時に降りると、連結器に装置を固定した。



ライル「よし! 装着成功ー!」



しかし、立ち上がった瞬間――

「!!」



車両の上から、頭上で両手を組み合わせ、拳にクレイドを込めたノマド大尉の一撃が、ライル目がけて振り下ろされた。



ズドォォン!!



ヒュンッ!

身軽なライルは、それを紙一重でかわす。



そのまま再び、ナデラ兵たちが乗る車両の上へ跳び上がった。

その目は――

さっきまでの無邪気さとは、明らかに違っていた。



かわされたノマド大尉も、すかさずライルと同じ車両の上へ跳び乗る。

ドスンッ!



ライルは笑った。

「あれあれ? 俺の存在に気付いたの? お兄さん、凄いね!」



ノマド大尉は無言で肩を鳴らす。

ゴキッ。



ライルは八重歯を見せる。

「でも、仲間は返してもらうよ。」



その瞬間――

ライルが装着したボムボムエンジンが、爆発した。



ドッゴォォォォン!!

凄まじい爆発と衝撃が車両を襲う。



車両内のナデラ兵たちも、その衝撃で跳ね上がった。

「うわーっ!」

「ぎゃあーっ!」



ライルとノマド大尉、そしてナデラ兵たちを乗せた車両は、走行する列車から分断された。



そして――

ボムボムエンジンは爆発するだけではなかった。

クレイドバッテリーからエネルギーが供給され、切り離された車両は、来た道を戻るように後方へ加速し始めた。



ガガガガガッ!

車両は、線路をどんどんと逆方向へ走っていく。



車内にいるナデラ兵たちが、突然の異変に騒ぎ出す。


「うわっ! 俺たちだけ離れてるぞ!!」


「ぎゃ、逆走してる!!」


「なんだ、なんだ!? どうなってるんだ!?」



そして、一人の兵士が何かに気づいたように声を上げる。



「もしかして……ヴァンガードさん達が!?」



その瞬間――

車内は、希望と歓喜に満ちあふれた。


「ほ、本当か?」


「俺たち、スタヴァルド要塞に収容されなくて済むのか?」


「ヴァンガードさん達が、わざわざ俺たちのために……!?」


「俺たちを見捨てないでくれたのか!!」



一方、車両の上では――。

凄まじい速さで逆走する車両の風をまともに受け、ライルの身体がみるみる冷えていく。

「さ、寒い……!」



ライルは鼻をすすりながら、面白くなさそうに呟く。

「どうしよー。強そうなルクセリア兵も連れてきちゃった。」



その向かいで、ノマド大尉は唖然としていた。

「チビ、とんでもない事をやりやがったな。」



そして、拳を鳴らす。

「このような失態をしてしまっては、ジュリア少佐ではなく、上層部からのつまらないお仕置きが待っている。」



ノマド大尉の拳に、クレイドが集まり始める。



「俺は少佐のお叱りしか満足しないんだー!!」

叫ぶと同時に、ノマド大尉が勢いよくライルへ襲いかかった。



ライルはすかさず後ろへ飛び退く。



ドッゴォォォン!!

ノマド大尉の拳が車両の屋根を直撃し、大きな穴が開く。



「うわーっ!」


「ぎゃあーっ!」



車内にいたナデラ兵たちが悲鳴を上げる。

ノマド大尉は構わず、次々とライルへ追撃を繰り出していく。


ヒュンッ!


ドゴォン!


ヒュッ!



ライルは身軽に攻撃をかわしながら、必死に胸元のポケットを漁る。



鼻水を垂らしながら、叫ぶ。

ライル「あんなの一撃でも当たったら終わりだよー! 何かないかなー!」



その時――

ライルの目に、何かが飛び込んできた。



線路の上を、凄まじい速度で走ってくる人影。

ドドドドドドッ!!



ライルの目が輝く。

「ウィンダムさん!!」



「ウィンダムだと!?」

ノマド大尉が思わず振り返る。



列車内のナデラ兵たちも、窓から外を覗き込み、どよめいた。


「ウィンダムさんだ!」


「無事だったんだな!」


「本当だ! ライル君とウィンダムさんが助けに来てくれたんだ!」


「ウィンダムさん……。」



ドドドドドドッ!!

ウィンダムは自慢の脚力で、あっという間に列車へ追いつく。



そして――



ドンッ!

軽々と車両の屋根へ跳び乗った。

すぐさま精製魔法を発動させる。



ウィンダムの剣から魔法陣が浮かび上がり、大きなカイロが生成される。

それをライルの身体へ当て、冷え切った身体を包み込む。



「はぁ~……!」

ライルは鼻水を垂らしたまま、感激したようにウィンダムを見上げる。



ライル「ウィンダムさん、あんたやっぱすげーよ!」

「列車より速く走るなんて、どうやったらそんなことできるの?」

「しかも俺を寒さから守ってくれるなんて、やっぱ優しいなー!」



ウィンダムは苦笑する。

「ははは。褒め上手な所は相変わらずだな、ライル。それより、こういうオマケは連れて来ないでほしいね。」



ライルは、ほっとしたように笑った。

「いつものウィンダムさんだ!」



その時――

ノマド大尉が、不気味に口元を歪めた。

「指名手配のウィンダムが現れてくれた!」



その目は、異様なほど輝いている。

「これは最高の手土産だ!」



息を荒げながら、拳を握り締める。

「ジュリア少佐から最上級の施しをいただける!!」



ノマド大尉は、すかさずウィンダムめがけて拳を振り下ろした。



「おいおい、魔法使い相手に素手で挑むつもりか?」

ウィンダムが呆れたように言う。



ノマド大尉の拳が止まった。



いや。

止められたのではない。

固まって、動けなかった。



ウィンダムの剣が、車両の屋根に突き立てられている。

その剣を中心に、魔法陣が展開されていた。



魔法陣から精製された凍結材が、車両の屋根へと広がっている。

ノマド大尉の足元はすでに凍りつき、両足を車両の屋根へと完全に固定されていた。



さらに、振り下ろした腕までもが凍結材によって固められ、拳を振り下ろした姿勢のまま動かなくなっている。



しかし――

ノマド大尉は、その状況でも笑っていた。



ウィンダムは、訝しげに眉をひそめる。

「?」



次の瞬間――



バキィィン!!

ノマド大尉が全身に力を込める。

身体を覆っていた氷が、次々と砕け散った。



ウィンダム「なっ!?」



ノマド大尉は、そのまま車両の屋根へ拳を振り下ろす。



ドッゴォォォン!!

再び、屋根に大きな穴が開いた。



ライルが目を見開く。

「体を覆った氷を!? なんてパワーだよ!?」



ノマド大尉は、車両内へ飛び込んだ。

そして――


「ぐっ!」


近くにいたナデラ兵の腕を掴む。


「わっ!」


そのまま窓から外へ放り出した。


「わー!」


「ぎゃー!」


「こいつ!」


「やめろー!」



次々と、ナデラ兵たちが極寒の谷底へ投げ飛ばされていく。



ウィンダムは、とっさに魔法を展開した。

落下するナデラ兵たちの身体に魔法陣が浮かび上がる。



すると――

彼らの身体から、水素で膨らんだ風船が次々と生成された。



「わわっ!」


「た、助かったー……!」



風船に吊られたナデラ兵たちは、ゆっくりと宙へ浮かび上がっていく。



しかし――

ライルが叫んだ。

「ウィンダムさん! 狙いはあんただ!」



ノマド大尉は、ウィンダムがナデラ兵たちを助けている隙に、再び車両の上へ登っていた。



「いつの間に!?」

ウィンダムが振り返る。



その目の前に――

ノマド大尉が迫っていた。



「なっ!」

ウィンダムが剣を構える。



だが――

ノマド大尉は、その剣を素手で掴んだ。



「――っ!」

ウィンダムの身体が、引っ張られるほど大きくよろめく。



そのまま―― 剣はウィンダムの手から、完全に奪い取られた。

あまりにも一瞬の出来事だった。



ノマド大尉は奪い取った剣を横向きに構え、柄と刀身を両手で掴む。

口元が、不敵に歪む。



――ミシ……。

刀身が軋む。



――パッキィィィン!!

剣が、真っ二つにへし折れた。



「……!」

ウィンダムの瞳に、砕け散った剣の欠片が映る。

ほんのわずかな時間だった。

それでも―― 砕けた剣の光景だけが、まるで時間が引き伸ばされたかのように、その目に焼き付いた。



「そんな……剣が……。」

ライルの声が、遠くに聞こえる。



ノマド大尉は、折れた剣を無造作に投げ捨てる。

そして拳を握り締めた瞬間、凄まじい量のクレイドが拳へ一気に集まっていく。



「……!」

ウィンダムが顔を上げる。

だが、遅かった。



ドゴォォォン!!

クレイドをまとった拳が、ウィンダムの身体へ思い切り叩き込まれる。



ウィンダム「ぬ……ぉ……。」



ウィンダムの身体が大きく弾き飛ばされる。

そのまま、谷底へ――。



「ウィンダムさーーん!!」

ライルは、必死に手を伸ばしながら叫んだ。



そしてノマド大尉も、迷うことなく列車から飛び降りた。

自ら吹き飛ばしたウィンダムを追い、極寒の谷底へ身を投じる。

その表情は、もはや興奮に近いものへと変わっていた。

「ぐはは……!」



落下しながら、ノマド大尉はウィンダムを追い続ける。

「あんたも生存確保か? まぁ、その方がジュリア少佐もお喜びになるだろう!!」

「ぐはははは……!」

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