33動き出す者
――翌日。
ルクセリア全土に、一つの重大な報せが駆け巡った。
朝刊を手にした人々は、紙面に並ぶ見出しを目にした瞬間――一斉に言葉を失った。
「……教帝制度を、廃止?」
「アルファリア教会が……政府の管理下に入るのか?」
「オーメン卿が教会の代表……?」
「そんなことをして……。女神メイデス様は、どうお思いになるのだろう……。」
「聖騎士様まで軍に入るって……本当なのか?」
「それじゃあ、ルクセリア軍は今までよりずっと強くなるんじゃないか?」
「これから戦争でも始まるんじゃないだろうな……。」
新聞を囲んだ人々は、紙面に並ぶ記事の意味を理解しきれず、互いに顔を見合わせていた。
長年、独自の権威を保ってきたアルファリア教会。 その象徴ともいえる教帝制度が廃止され、さらに聖騎士とカレド部隊までもが、ルクセリア軍の指揮下へ入るという。
これまで教会と政府は、別々の権威として存在していた。
それが今――
教会の権威も、戦力も。 そのすべてが、ルクセリア政府の管理下へと組み込まれた。
そして――
紙面の一角に掲載された、もう一つの報せ。
そこには、こう記されていた。
【カリン・フェナード、事件への関与の疑い】
【アルバ教帝・ジェニス国王殺害事件を巡り、ルクセリア軍が関係者の身柄を捜索】
【身柄確保に際しては、生存を最優先】
【聖騎士ウィンダムも同時に指名手配】
「……カリン様が?」
「まさか……。」
「でも、宮殿から姿を消したのはカリン様と聖騎士様の二人なんだろ?」
「……アルバ教帝……。」
「どうして、こんなことに……。」
「いやいや、カリン様がそんなことするわけないだろ。」
「でも、新聞には『事件への関与の疑い』って書いてあるぞ。」
「それに、身柄を確保する時は『生存を最優先』って……。」
人々の間で、少しずつ噂が広がっていく。
次期教帝として知られていた少女が、教帝である祖父を手にかけるなど考えられない。 そう信じる者も多かった。
だが――
「……本当に無実なら、どうして逃げたんだ?」
その一言で、周囲が静まり返る。
事件の詳細を知る者は少ない。 現場にいた者たちの記憶は失われ、決定的な証拠も見つかっていない。
それでも――
一度生まれた疑念は、少しずつ広がっていった。
「カリン様が、教帝を殺したのではないか。」
そんな噂が、街のあちこちで囁かれ始めていた。
真実を知らない人々は、限られた情報の中で、それぞれの答えを作り始めていた。
***
——教会本部
ディノスは新聞をきつく握りしめていた。
「何ということだ……。」
「我々聖騎士に、カリン様を捕らえろというのか……!」
歯をぎりっと食いしばる。
「兄上……。」
「これまで教会と築いてきた関係を……。」
「こんな形で……壊すつもりか……!」
その隣で、シエナも声を上げた。
「何よこれ!」
「こんな横暴なやり方……!」
そして両手で頭を抱え、苦しそうに顔を歪める。
「カリン様……。ウィン……。」
「そんなはず……ないでしょ……。」
震える声で呟きながら、必死に記憶を辿ろうとする。
「なんで思い出せないのよ……。」
***
大陸最東端の街――ヴィスタ。
チェスタ司祭は、教会へ押し寄せた街民たちの対応に追われていた。
「カリン様がアルバ教帝の事件に関与しているって、どういうことですか!?」
「嘘ですよね、チェスタ司祭!?」
「なんて……恐ろしいことを……。」
「どうしてカリン様は行方不明なのですか?」
「それに、聖騎士様が軍に入るなんて……! 女神様への冒涜ですわ!」
次々と浴びせられる問いに、チェスタ司祭は困惑しながらも、なんとか人々をなだめようとする。
「皆さん、どうか落ち着いてください。」
「我々も、政府からの突然の要請に困惑しております。」
「現在、本部へ問い合わせておりますので……。回答をお待ちください。」
そう答えながらも、チェスタ司祭の胸には不安が募っていく。
(カリン様……。)
(何かの間違いです……。あの方が、そのようなことをなさるはずがありません。)
その傍らでは、騒ぐ大人たちの姿を、学び舎の子どもたちが不安そうに見つめていた。
「カリン様、わるいことしたの?」
「そんなはずないだろ!」
「アイ先生は、もう学び舎に来ないのかな……。」
「……なんだか、悲しいね。」
***
——ジェニス国
墓地。
ジェニス王妃は目を伏せ、国王の墓前に静かに立っていた。
「国王陛下……一体、何が起こったのですか?」
「カリン・フェナード様が……あのようなことをなさったなんて……。私には、どうしても信じられません。」
「それに、ウィンダムさんが……。」
「革命武装勢力ナデラ……。」
王妃は静かにしゃがみ込み、震える声を漏らしながら、墓石をゆっくりと撫でる。
「悔しいです……。」
「あなたの最期を……私は何一つ覚えていない……。」
そして、墓石を真っ直ぐ見つめる。
「政府と教会は、統合されることになりました。」
「ルクセリア軍と、聖騎士様たちが……きっと陛下の無念を晴らしてくださるでしょう。」
***
この日を境に、アルファリア教会を取り巻く情勢は大きく変わり始めていた。
教会と政府の関係も。
カリンに対する世間の見方も。
そして――
この大事件は、瞬く間にルクセリア全土へと広がっていった。
人々は、その突然の変化に揺れ始めていた。
――そんな中。
世界のどこかでは、今回の事件をきっかけに動き始める者もいた。
——スカニア領。
マルヴェイン国。
西方最大の経済圏を有する、巨大な国家――
街には数多くの高層ビルが立ち並び、大企業の本社や金融機関、高級商業施設が集まっている。
夜になれば、無数の建物から放たれる光が街全体を照らし、昼夜を問わず人々が行き交う。
その中でも、ひときわ高くそびえ立つ巨大なビルがあった。
――スカニアビルディング。
国内外の名だたる企業が拠点を構える、マルヴェイン国を象徴する超高層建築物。
そして、その最上層階一帯には――
新貴族、スカニア家の邸宅が構えられていた。
広々とした執務室には、落ち着いた色調の上質な家具が並び、壁際には大きな書棚がいくつも設けられている。
天井には繊細な装飾が施され、床には厚手の絨毯が敷かれていた。
部屋の一面を占める大きな窓からは、眼下に広がるマルヴェイン国の街並みを一望できる。
その窓際に置かれた大きなデスクで――
金髪をオールバックにした少年が、紅茶を片手に足を組みながら新聞に目を通していた。
その目つきはどこか尊大で、15歳とは思えないほどふてぶてしい。
「まずいな……。」
ため息を吐き、新聞を机へ置いた。
「あの父上が評議会に参加したところで、何の役にも立たなかっただろう。」
「どうせ今回も、何も考えずに承認しただけだ。」
その時――
コンコン。
扉の向こうから、老人の声が聞こえた。
「ロイ様。」
ロイ「ルクスか? 入れ。」
すると、重厚な大きな扉が静かに開いた。
細身の身体に整った燕尾服を纏った白髪の老紳士が、ティーポットを手に一礼しながら部屋へ入ってくる。
穏やかな目元には、長年仕えてきた者らしい落ち着きがあった。
ルクス「ロイ様。紅茶のおかわりをお持ちいたしました。」
ロイはカップを置き、新聞を閉じた。
「それどころではない。」
「このままでは、カリン・フェナードが軍に捕まる。」
ルクスは表情を引き締める。
「確かに……。」
「教会の戦力までも軍に引き入れたというのは、私も予想外でした。」
「ですが……何か、あてはあるのですか?」
ロイは椅子から立ち上がった。
「可能性は高くない。」
「だが、動くなら今しかない。」
ルクスは、何かを察したように目を細める。
「まさか……ファンベルク中央輸送商会ですか?」
ロイ「そうだ。」
ルクス「ですが、民間企業とはいえ、政府とも深い繋がりを持つ商会です。」
「すでに軍の厳重な警備が敷かれていると考えたほうがよいかと。」
ロイは答える代わりに、傍らに置かれていたコートを手に取った。
それを羽織り、帽子を被る。
「そんなの、当然撤退させる。」
ロイは振り返り、ルクスへ向かって指を突きつけた。
自信満々に胸を張り、生意気そうに口元を歪める。
そして、堂々と言い放つ。
「この、ロイ・スカニアの命令でな!」




