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32ルクセリア会議

アルバ・フェナードの葬儀から、しばらく後――。



シュタット領――シャパラル国。

大陸の中心部に位置し、古くから東西を結ぶ交易の要衝として栄えてきた国。



乾いた大地に広がる街には、青や青緑の彩釉タイルで彩られた建物が立ち並び、巨大なアーチ門や青いドーム、天高く伸びる尖塔が青空に映えている。

大通りには東西から集まった商人や旅人が行き交い、香辛料や絹織物などを並べた市場も賑わいを見せていた。



そして、その街の中心部に――

ルクセリア政府本部が置かれている。



政府中枢に設けられた、最高評議会議場。



重厚な扉の向こうには、円形に配置された七つの席があった。



その中央には、最高評議会議務官のサンディと、宣告官のレジャーが座っていた。



その向かいには、ルクセリアの東西南北を治める四人の新貴族当主が座している。



北――イグニス公。

ジェニスで晩餐会を主催した、恰幅の良い紳士。立派な口髭を蓄え、細い目の奥には、何を考えているのか分からない光が宿っている。



東――クロフィア公。

四人の中では最も若い当主。

銀髪を短く整え、褐色の肌をした端正な青年。

無駄な言葉を口にすることはなく、静かな眼差しで机上の資料へ目を落としている。



西――スカニア公。

薄い金髪を残した、恰幅の良い中年の当主。

西部の経済発展によって莫大な富を得ているが、本人には政治や領地への関心がほとんどない。

椅子に深く腰掛け、威厳も緊張感も感じさせない様子で、どこか退屈そうに議場を眺めていた。



南――シュタット公。

白髪の、細身の当主。

表情の変化は少なく、何を考えているのか読み取りにくい。

ほとんど言葉を発することなく、静かに議場を見渡していた。



そして、その一角には――アルファリア教会を代表するオーメン卿の姿があった。

本来、教会側からこの会議への出席を許されているのは、教帝のみ。

その席に教帝ではない者が座るのは、今回が初めてだった。



全員が席に着いたことを確認すると、進行役のサンディ議務官が静かに口を開く。

「それでは、ルクセリア最高評議会を開始します。」



議場が静まり返る。



「本日の議題は、アルファリア教会の今後についてです。」



サンディ議務官は手元の書類へ目を落とした。

「先日、アルファリア教会教帝、アルバ・フェナード様が死去しました。」



その言葉に、誰も反応を示さない。



サンディ議務官

「また、後継者として指名されていたカリン・フェナードは、現在、ルクセリア政府より指名手配されています。」


「以上の状況を踏まえ、アルファリア教会の今後の体制について、政府として正式な方針を定めます。」



サンディ議務官が資料を閉じた。

「第一に――」

「教帝の称号および、その制度を廃止する。」

「今後、アルファリア教会に教帝は置かない。」



議場に、重い沈黙が落ちた。



「第二に――」

「アルファリア教会をルクセリア政府の管理下に置く。」



「第三に――」

「教会の代表者として、オーメン卿を置く。」



視線が、一斉にオーメン卿へ向けられる。



オーメン卿は表情を変えなかった。

「……異存ありません。」



短い返答だった。



それを聞いたイグニス公が口を開く。

「私も異論はない。」



クロフィア公は資料から顔を上げる。

そして、静かに頷いた。

「同意する。」



スカニア公も続ける。

「異議なーし。」



最後にシュタット公が頷いた。

「問題ない。」



四大当主から反対の声は上がらなかった。



サンディ議務官が、隣に座るもう一人の政府高官、宣告官レジャーへ視線を向ける。



レジャー宣告官はゆっくりと立ち上がった。

「では、決定を宣言します。」



議場の空気が張り詰める。



レジャー宣告官

「ルクセリア最高評議会は、本日をもって――」


「アルファリア教帝制度の廃止を決定する。」


「同時に、アルファリア教会をルクセリア政府の管理下に置く。」


「今後の教会運営については、オーメン卿を代表としてこれを行うものとする。」



レジャー宣告官は一度、議場を見渡した。

「以上をもって、本議案を正式に決定します。」



静寂。

それは、千年にわたって続いてきたアルファリア教会の歴史が、大きく形を変えた瞬間だった。





しばしの沈黙の後――



「皆様、ひとつよろしいでしょうか?」

オーメン卿が静かに口を開いた。



サンディ議務官が彼へ視線を向ける。

「どうぞ、オーメン卿。」



オーメン卿「教会が保有していたエリシオンのクレイドについて、新貴族の皆様にご報告と、ご相談がございます。」



その言葉に――



イグニス公が、わずかに目を見開いた。

「……!」


クロフィア公も顔を上げる。

「――!?」


スカニア公は思わず声を漏らした。

「エリシオンのクレイド!?」


シュタット公は、ただ静かにオーメン卿を見つめていた。



一同の反応を確認すると、サンディ議務官が促す。

「続けてください。」



オーメン卿は、落ち着いた声で告げた。

「アルバ教帝によって秘匿されていましたが、あのクレイドは7年前、レイノルド・フェナード様と共に消失し、以降、所在が分かっておりません。」



「なんだって!?」

イグニス公が声を上げる。


クロフィア公の表情が僅かに変わった。

「……!?」


スカニア公も目を丸くする。

「ええっ!?」


シュタット公は、変わらず沈黙していた。



サンディ議務官が眉を寄せる。

「……7年前からですか?」

「それほど重大な事実を、これまで政府へ報告していなかったというのですか?」

「これは、アルファリア教会の信用を損なう事案です。」



オーメン卿は深く頭を下げた。

「アルバ教帝は、息子であるレイノルド様を庇うため、この事実を長年にわたって秘匿しておりました。」

「結果として、教会が本来報告すべき事実を、これまで伏せる形となってしまったのです。」

「教会を代表して、新貴族の皆様には深くお詫びを申し上げます。」



そう告げると、オーメン卿はゆっくりと頭を上げた。

「……ですが、」

「皆様に、もう一つお伝えしなければならないことがございます。」



議場の空気が、再び張り詰める。



オーメン卿

「エリシオンのクレイドが消失したことに加え、現在、カリン・フェナードも行方不明となっております。」

「この二つが同時に起きていることこそ、問題なのです。」



「……ん?」

イグニス公は、わざとらしく首を傾げた。

「それは、どういうことでしょう?」

「エリシオンのクレイドの消失と、カリン・フェナードの行方不明に、何か関係が?」



オーメン卿は、ゆっくりと議場を見渡した。


「……カリン・フェナードが――」



そこで一度言葉を切った。



オーメン卿

「彼女こそが、エリシオンの末裔……メイデスです。」


「この千年間、先代の皆様があれだけ争い、探し求めた――人間の姿へと変えられた、エリシオンの生き残りです。」



その言葉に、議場の空気が変わった。



「なっ……!?」

イグニス公が息を呑む。


クロフィア公も、初めて明確な動揺を見せた。

「……!?」


スカニア公は、口を半開きにしたまま固まった。

「えええぇっ!?」


シュタット公は、ただ黙ってオーメン卿を見つめていた。



サンディ議務官の表情も初めて揺れる。

「……なんですって。」



レジャー宣告官も、しばし言葉を失っていた。

やがて、オーメン卿へ問いかける。

「……では、その彼女は――」

「一体、どこから現れたのです?」



オーメン卿は淡々と答える。

「レイノルド様が連れてきました。」

「赤髪の赤子を。それ以外の情報は、我々にも伏せられていました。」



サンディ議務官が問いかける。

「レイノルド様の子供ではない、ということですか?」



オーメン卿「はい。」



レジャー宣告官が続ける。

「ですが、彼女がメイデス様だと断言できる確たる証拠は?」



オーメン卿は、一拍置いた。



そして――





「……ルノー・アルベルト。」





その名が告げられた瞬間。



「!!」

イグニス公が目を見開く。


クロフィア公も息を呑む。

「……!」


スカニア公は言葉を失い、

シュタット公は静かに目を伏せた。



オーメン卿が、四人を見渡す。

「その名をご存知ですね?」



イグニス公はしばらく沈黙した後、静かに頷いた。

「……なるほど。」



そして、納得したように呟く。



イグニス公「そういうことでしたか。どうやら、間違いなさそうですね。」

その表情に浮かんだ驚きも、納得も――

すべて、オーメン卿と事前に打ち合わせていたものだった。



サンディ議務官はしばし沈黙した。

「……承知しました。」

「これほど重大な事実であれば、教会の今後だけでなく、カリン・フェナードの処遇についても協議する必要がありますね。」



サンディ議務官はオーメン卿へ視線を向ける。

「それで――ご相談とは?」



オーメン卿は、静かに答えた。

「カリン・フェナードは、決して殺さず、生かしたまま捕らえていただきたいのです。」

「その旨を、ルクセリア軍へ通達していただきたい。」



サンディ議務官は静かに頷いた。

「ご要望の趣旨は理解しました。」

「カリン・フェナードについては、通常の指名手配とは異なり、生存を最優先とする必要があるということですね。」



サンディ議務官は、四人の当主へ視線を向ける。

「オーメン卿からの要請について、皆様はいかがでしょうか?」



議場に、短い沈黙が落ちた。



最初に口を開いたのは、イグニス公だった。

「異論ありません。」

「カリン・フェナードの身柄は、必ず生きたまま確保すべきでしょう。」



クロフィア公も、静かに頷く。

「……同意する。」



スカニア公は、さして深く考える様子もなく言った。

「そりゃあそうだ。エリシオンならば当然だね。」



最後に、シュタット公が静かに口を開く。

「私も異論はない。」



四人の当主から反対の声は上がらなかった。



サンディ議務官が頷く。

「では、四大当主の同意が得られたものとします。」

「本件を正式な決定事項として記録します。」



サンディ議務官は、隣に座るレジャー宣告官へ視線を向けた。



レジャー宣告官はゆっくりと立ち上がる。

「それでは――」

「カリン・フェナードの身柄確保について、生存を最優先とし、ルクセリア軍へ正式に通達するものとします。」



オーメン卿は静かに頭を下げた。

「ありがとうございます。」




その言葉を聞き、イグニス公は一度目を伏せた。

そして――ふと、口を開く。

「……ところで。」

「レイノルド様の方は、どうなさるおつもりですか?」



議場の空気が、再び引き締まる。

消失したエリシオンのクレイド。

カリン・フェナードと同様、これも早急に確保しなければならない。

そのため、クレイドを持ち去ったレイノルド・フェナードの行方も、突き止める必要があった。



四人の当主が、それぞれ考え込む。



やがて、サンディ議務官が口を開いた。

「確かに……。」

「エリシオンのクレイドについても、政府として回収に動く必要があります。」

「発見次第、政府の管理のもと、教会で厳重に保管すべきでしょう。」



オーメン卿

「レイノルド様に関しては……我々のカレド部隊が7年間、その行方を追っております。」

「ですが、彼は我々の追跡を幾度も掻い潜ってきました。」

「情報を得て現地へ向かった頃には、すでに姿を消しているのです。」



イグニス公は、口元に薄い笑みを浮かべた。

「教会の兵士は、魔法が使えるというのにですか。」



オーメン卿は、わずかに目を伏せる。

「……亡きアルバ教帝が、レイノルド様の捜索に聖騎士を動かすことを躊躇されていたためです。結果として、7年もの間、確保に至りませんでした。」



サンディ議務官が難しい顔をする。

「教会側の事情で生じた不始末に、これ以上ルクセリア軍を動員するのは……。」



その言葉を遮るように――

イグニス公が、ふっと笑った。

「……では、例えばですが。」



イグニス公は、薄い笑みを浮かべながら四人の当主を見渡す。

「聖騎士も、カレド部隊も――ルクセリア軍に編入してしまうのはどうですか?」



「……!?」

その言葉に、議場の全員が一斉に顔を上げた。



オーメン卿が、思わず声を上げる。

「なっ……!? イグニス公……それは……。」



イグニス公は、薄い笑みを浮かべたままオーメン卿を見る。

「おや。ですが、この一連の失態は、すべて教会側の問題でしょう?」

「教帝と国王の殺害事件に関与したとされるカリン・フェナードの失踪。教帝の御子息によるエリシオンのクレイドの消失。」

「それらの始末を、すべてルクセリア軍に押しつけるおつもりで?」



オーメン卿は返す言葉を失った。

わずかに汗を浮かべ、視線を逸らす。

「も、申し訳ございません……イグニス公。」



イグニス公は、さらに言葉を重ねる。

「それに――カリン・フェナードの正体がメイデス様であったことを、なぜ我々新貴族に黙っていたのです?」

「これは、ルクセリア法に抵触するのではありませんか?」



スカニア公が、すぐさま口を挟んだ。

「そうだ! それ、私も思ったよー。」



オーメン卿は、苦々しげに答える。

「ですから、それらはすべて先代のアルバ教帝によるものです……。」

「教会がルクセリア政府と統合し、今や同じ側に立ったからこそ――こうして、これまで秘匿されていた事実を開示しているのではありませんか。」



その言葉を受け、サンディ議務官が静かに口を開いた。

「……双方の主張は理解しました。」

「ですが、これ以上の議論は、レイノルド・フェナード様とエリシオンのクレイドの確保という本来の議題から逸れてしまいます。」

「両者を確保するために、教会側の戦力を含めた今後の対応について協議しましょう。」



サンディ議務官は、イグニス公へ視線を向ける。

「イグニス公。教会側の戦力を活用することで、レイノルド・フェナード様の確保に繋がるとお考えですか?」



イグニス公は、当然のように頷いた。

「ええ。文明の火力と魔法が組み合わされば、軍の戦力はさらに強大なものとなるでしょう。」

「それに、聖騎士のクレイド量は通常の兵士とは比較にならない。」

「軍の兵器を運用する上でも、大きな力になるはずです。」



オーメン卿が、慎重に口を挟む。

「ですが……魔法の扱いまで、ルクセリア軍に教えるわけには……。」



「いや。」

イグニス公が、オーメン卿の言葉を遮る。

「今後も魔法を扱うのは、聖騎士とカレド部隊に限定すればよいでしょう。」

「今からルクセリア兵に魔法を教授していては、それだけで時間がかかりすぎる。」

「重要なのは、既存の戦力を軍に組み込むことです。」



そして、わずかに目を細める。

「あの赤いクレイドを持つ、レイノルド・フェナードに対抗するためにはね。」



そこへ、これまで発言を控えていたシュタット公が口を開いた。

鼻で笑うような声だった。

「ふっ……相変わらずですね、イグニス公。」

「教会の戦力まで取り込もうとは……何をそんなに焦っているんだか。」



イグニス公の表情から笑みが消える。

「……なんだと、シュタット公。」



イグニス公は、探るような鋭い目でシュタット公を睨みつける。

「何が言いたい?」



「いや、別に。」

シュタット公は、それ以上何も言わなかった。



サンディ議務官が、二人を制するように口を開く。

「静粛にお願いいたします。お二人とも。」



そして、改めて議場を見渡した。



サンディ議務官

「オーメン卿。それから、四大当主の皆様。」

「レイノルド・フェナード様とエリシオンのクレイドの確保に向け、聖騎士およびカレド部隊をルクセリア軍へ統合する案について、皆様のご意見を伺います。」



イグニス公が、真っ先に答える。

「私は賛成です。ぜひ、そうすべきでしょう。」



クロフィア公は少し考えた後、静かに頷いた。

「我々も聖騎士を動かせる、ということですか……。」

「……良いでしょう。」



スカニア公は、椅子に深く腰掛けたまま、気楽そうに言った。

「つまり、これからは我々の権限で魔法使いを動かせるってことですよね。」

「賛成ー。」



最後に、シュタット公が鼻で笑う。

「ふん……好きにすればいいでしょう。」



四大当主の意見が出揃う。

残るオーメン卿へ、サンディ議務官が視線を向けた。



オーメン卿は、しばし沈黙する。

戸惑っているように眉を寄せ――やがて、小さく肩をすくめた。

「……分かりました。」

「教会としても、聖騎士とカレド部隊の力が今後のルクセリア軍に必要とされるのであれば、異論はございません。」



サンディ議務官は、議場を見渡した。

「では、全員の同意が得られたものとします。」

「聖騎士およびカレド部隊を、ルクセリア軍の指揮下へ正式に統合するものとします。」

「今後は、両部隊をルクセリア軍の戦力として運用するものとし、本件を正式な決定事項として記録します。」



そして、隣に座るレジャー宣告官へ視線を向けた。

「レジャー宣告官。」



レジャー宣告官はゆっくりと立ち上がる。

「承知しました。」

「聖騎士およびカレド部隊を、ルクセリア軍の指揮下へ編入するものとします。」



オーメン卿の口元が、わずかに吊り上がる。

(……上手くいきましたねぇ、イグニス公。)

(それにしても……世界を治める新貴族の現当主が、ここまであっさりと話に乗るとは。)

(随分と拍子抜けですねぇ。……まあ、世界の行く末など、さして興味もないのでしょうか。)



一方――



イグニス公は、冷や汗を滲ませながらも、安堵したように微笑んだ。

(……上手くいった。)

(こちらの思惑通り、すべてが動いた。)

(教会の聖騎士も、カレド部隊も――ルクセリア軍の戦力となる。)



そして、イグニス公は心の中で、ある人物を思い浮かべる。

(レイノルド・フェナードを捕らえるため……だけではない。)

(これだけの戦力が必要なのだ。)

(あのS級魔法使い――ラミアナ・フォードを相手にするにはな。)




こうして――

この日、ルクセリア最高評議会において、アルファリア教会の今後を大きく変える決定が下された。


教帝制度は廃止され、アルファリア教会はルクセリア政府の管理下へ置かれることとなった。


そして、現在指名手配されているカリン・フェナードについては、生存を最優先とした身柄確保が決定。


さらに――

これまで教会が独自に保有していた聖騎士とカレド部隊も、ルクセリア軍の指揮下へ編入されることとなった。


長きにわたり独自の権威を保ってきたアルファリア教会は、この日を境に、その体制も戦力も大きく変わることとなる。



そして翌日――

この決定は、ルクセリア政府から正式に発表され、世界中へと伝えられることとなった。

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