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31変わりゆく教会

リリアンは、掴まれていた手を振り払った。



「……っ」

ディノスは、何が起きたのか理解できないまま、その背中を見つめた。



リリアンは手首をさすりながら、オーメン卿のもとへ歩いていく。



リリアン「私は有能な秘書。」

「教帝と次期教帝が不在となった今、私が教会の未来のためにすべきことは、ひとつよ。」



そして、オーメン卿の前で足を止めると――

ゆっくりとディノスへ振り返った。



その顔に浮かんでいたのは、いつもの凛とした表情ではなかった。

突き放すような、冷たい眼差し。



ディノスは、困惑した表情でリリアンを見つめる。



リリアンは淡々と続けた。

「今後、アルファリア教会はルクセリア政府の管理下に置かれるわ。」

「そして、枢機卿きっての切れ者――オーメン卿が、“代表”という形で教会のトップを担うことが、教議会で決定されたの。」



「な……んだって……!?」

ディノスは驚きを隠せない。



その横で、オーメン卿は顎の髭を撫でながら、嫌らしい笑みを浮かべていた。



リリアンは続ける。

「後は、四人の領主様によるルクセリア会議で正式に可決されれば、教帝という呼称はなくなる。」

「そして――オーメン卿が、アルファリア教会代表として教会の頂点に立つことになるわ。」



「…………。」

ディノスは、言葉を失った。

そして、リリアンを激しく睨みつける。



ディノス

「リリアン……なんのつもりだ……。」

「俺たちには、カリン様がいらっしゃるではないか……!」



リリアンは、突き放すような冷たい眼差しのまま答えた。

「アルバ様とジェニス国王を手にかけた疑いのある小娘を、教帝にするなど……できるわけないわ。」



「なっ……!?」

ディノスの顔が歪む。



ディノス

「リリアン!自分が何を言っているのか分かってるのか!?」

「カリン様が人を殺めたなどと、本気で思っているのか!?」

「リリアンが、妹のように大切にしていたカリン様だぞ!!」



その会話に、オーメン卿が口を挟んだ。

「おっと、リリアン。」

「新貴族の方に、少々無礼な口の利き方だよ。」



リリアンは、はっとしたように目を見開く。

そして、ディノスへ向き直ると――深々と頭を下げた。

「これは、ディノス様。」

「大変なご無礼を。お許しください。」



ディノスは、険しい表情のままリリアンを見つめた。

「……なんだよ。それ。」

「オーメン卿に付いたっていうのか……。」



オーメン卿は、そんなディノスを見て薄く笑う。

「おやおや、ディノス様。」

「付いたなどと、そのような見解は悲しいですねぇ。」

「我々は、教会の新しい未来を共に創り上げるために力を合わせ、この悲しみと混乱の中、立ち上がろうとしているのです。」

「この有能な秘書さんは、最も忠実で正確ですからねぇ。私から協力を頼んだところ、快く引き受けてくれました。」



リリアンは、静かに顔を上げた。

「カリン・フェナードと聖騎士ウィンダムについては、ルクセリア軍に一任します。」

「我々は、教会を立て直さなくてはならないのです。」

「そのためには――」



リリアンは、オーメン卿へ視線を向ける。

「最も相応しい者に、先頭に立ってもらわなければいけません。」



「…………。」

ディノスは、歯をギリッと食いしばった。



オーメン卿は、笑みを浮かべた。

「ディノス様。そんな怖い顔をされないで下さいな。」


「できればね、新貴族の貴方様の力もお借りしたい。」


「私が代表に就任した際は、A級聖騎士よりも、もっと上のポストをお与えしますよ。」


「クロフィア公の弟君が教会の重役ならば、政府の管理下であっても、皆、心強いでしょう。」


「聖騎士たちも、不安がっているように見受けられますのでねぇ。」



ニヤリと、オーメン卿の目が細められる。

「どうですかな? ディノス・クロフィア様。」



ディノスは、間髪入れずに答えた。

「お断りします。」



「おや。」

オーメン卿は、少し拍子抜けしたように目を瞬かせる。



「……。」

リリアンは、何も言わない。



ディノスは、やれやれといった表情で肩をすくめた。

「分かってないですね。オーメン卿。」

「私は、兄上の弟という立場で生きることは望まない。」

「政治利用されるのも御免だ。」

「ご期待に添えなくて、すみません。」



オーメン卿は、再び目を細めると、小さく頷いた。

「さようですか。」

「ですが、聖騎士も今後はカレド部隊と同様、我々枢機卿の下で動いて頂きますよ。」



その声が、わずかに低くなる。

オーメン卿「教会を裏切った者への裁きも、担って頂きましょうねぇ。」



「……っ」

リリアンの身体が、ほんの僅かに強張った。



ディノスは、その変化を見逃さなかった。

(リリアン……?)



一瞬だけ、リリアンへ視線を向ける。

その意味を察したディノスは、すぐにオーメン卿へ向き直った。



ディノス

「いいでしょう。」

「教会を裏切った者には、それ相応の裁きを。」

「我々聖騎士にも、厳粛なる御命令を。」



ディノスは、静かに目を伏せた。

「女神メイデスの御名の下に。」



そう言うと、オーメン卿へ深々と頭を下げる。



「メイデア。(――女神の導きあれ。)」

ディノスはそのまま踵を返し、霊園を後にした。







――教会本部・庭園。



霊園を離れたディノスは、本部の庭園を歩いていた。

顎に手をやりながら、先ほどのリリアンの様子を思い返す。



そして――



「……そういうことか。リリアン。」

「あの人に取り入るつもりか……。」

「また、無茶なことを……。」



ディノスは小さく息を吐いた。









――霊園。



ディノスの姿が見えなくなった頃。

オーメン卿が、リリアンへ問いかける。

「それで、リリアン。結果は出たのかな?」



リリアンは静かに頷いた。

「はい。」

「ジェニス宮殿周辺の爆撃跡に残されていた物質を、薬研で調べましたところ――」

「確かに、私が加工し、ウィンダムに渡したニトロ化合物が検出されました。」



オーメン卿

「そうか。なら、宮殿周辺の破壊はウィンダムの手によるものと、間違いないねぇ。」



「申し訳ございません。」

リリアンが深く頭を下げる。



オーメン卿は、少し考えるように髭を撫でた。

「そうだねぇ。」

「ウィンダムが教会を裏切ったナデラだってことは、軍にも周知されている。」

「けれど、精製魔法の原材料を加工したのが教会だということは……マズいんだよねぇ。」



リリアンは静かに頷いた。

「ええ。いずれ軍の鑑識でも明らかにされるのは、時間の問題です。」



オーメン「どうにか隠蔽できないの?」



オーメン卿の問いに、リリアンは少し考えるように黙り込む。



そして――



リリアン

「……隠蔽という形は、不可能です。」

「精製魔法によるものだと判断されれば、間違いなく教会に軍の調査が入ります。」


「ですが……。」



オーメン卿「なにかあるの?」



リリアンは、少し躊躇うように口を開いた。

「僭越ながら……私を、その……。」

「秘書ではなく、カレド部隊に入隊させていただけないでしょうか……?」



「なんだって!?」

オーメン卿が目を見開く。



周囲にいたカレド部隊の者たちも、ヴォルトの仮面越しに驚きを露わにした。



リリアンは続ける。

「教会は今、危うい立場にあります。」

「オーメン卿も、大事な時であらせられます。」

「ここで代表秘書の不祥事など起これば、せっかく築きつつある政府との関係を損なうことになりかねません。」

「僭越ながら……。」



リリアンは一度言葉を区切った。



リリアン「軍から調査を受ける際は、カレド部隊の薬学員として事情聴取を受けた方が、教会としては痛手を負うことなく、穏便に済ませることができると思います。」



すると、カレドの一人が口を挟んだ。

「なんだよ、それじゃあ、カレドを悪者にすれば解決するってことじゃないか。」



「いや。」

オーメン卿が静かに口を開く。

「秘書が犯したなどと騒がれるよりは、断然マシだねぇ。」



「オーメン卿……。」

カレドの一人が戸惑ったように声を漏らす。



オーメン卿は、リリアンを見つめた。

「だが、君の秘書としての腕は高く買っている。」

「暗躍部隊に配属するには、惜しい人材だ。」



すると――

リリアンは、わずかに顔を赤らめた。

そして、瞳を揺らしながら口を開く。

「実は私……その……。」

「前から、そのヴォルトの仮面が素敵だな……と……。」



「!?」

カレドたちが一斉にリリアンを見る。



オーメン卿も、目を見開いた。



そして――



「ぐわっはっはっはー!」

豪快な笑い声を上げる。



オーメン卿

「君みたいな美人が、この不気味な面を付けたいだと!?」

「面白いねぇ!!」



リリアンは、さらに続けた。

「私、暗躍や隠密は、こう見えて得意です。」

「それに、秘書の業務で培った先方との駆け引きも、私の武器でございます。」

「事情聴取では、上手くすり抜けてみせます。」



「僭越ながら……。」

リリアンは深く頭を下げる。

「どうか私に、カレド部隊への入隊を許可していただけますか。」



オーメン卿は、しばらくリリアンを見つめた。

そして、髭を撫でながら頷く。

「いいだろう。」



カレドたちが驚きの声を上げる。


「オーメン卿!?」


「教帝の秘書だった者が、カレドに!?」


「やりにくいな……。」



ざわめくカレドたちをよそに、オーメン卿は続ける。



オーメン卿

「今は、ルクセリア政府からの信用の方が重要だからねぇ。」

「秘書が裏切りの聖騎士に加担していたとされてしまう方が、問題だよ。」


「ただし、リリアン。」

「カレド部隊の中でも、私の相談役としていてもらおう。」

「やはり君の、秘書としての目線は欲しい。」

「良いな。」



リリアンは深く頭を下げた。

「承知いたしました。」

「カレド入隊への許可、ありがとうございます。」



リリアンは頭を下げたまま――

その口元に、ほんの僅かな笑みを浮かべた。


(上手くいったわね……。)

(ここから、本格的に動いてみせるわ……。)




どよめくカレドたちの中で――



一人の小柄なヴォルトの仮面だけが、黙ったままその様子を見つめていた。



そして、その細い手が――

震えるほど強く、拳を握り締めた。

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