30静かなる祈り
——アルファリア教会本部。
巨大な白亜の教会本部は、重く暗い雰囲気に包まれていた。
突然のアルファリア教帝、アルバの訃報。
その葬儀が、しめやかに執り行われていた。
長年にわたり、その教えを人々へ伝え、多くの信徒たちの心の支えとなってきたアルバの死は、世界中に大きな衝撃を与えた。
その知らせを受け、アルバに最後の別れを告げようと、世界中から多くの人々が教会本部へと押し寄せていた。
弔問には長蛇の列ができ、周辺では少なからず混乱や支障も生じている。
その整理や人々の誘導に当たっていたのが、聖騎士でもカレド部隊でもなく――
ルクセリア軍であった。
今回の葬儀は事件性が高いことから、新貴族は、安全上の懸念を理由に参列を見送ることを決めていた。
一方、各国の王や大臣には、ルクセリア軍による厳重な警護のもと、参列が許されている。
教会本部へ続く大通りでは、数台の装甲車に前後を固められたリムジンが、次々と敷地内へと入っていく。
数多くの装甲車が並ぶ物々しい光景に、弔問に訪れた人々の間にも、張り詰めた空気が漂っていた。
——大聖堂。
アルバが毎朝、ミサを執り行っていた大聖堂の最奥には、豪奢な祭壇が設けられていた。
祭壇の中央には、アルファリア教帝アルバの棺が安置され、その周囲を埋め尽くすように、数え切れないほどの白い花が飾られている。
その背後には、女神メイデスの巨大な聖像が佇んでいた。
静かに両手を胸の前で組み、祈りを捧げるその姿。
まるで――この場にいない誰かの代わりに、アルバを見送っているかのようだった。
厳かなパイプオルガンの音色が大聖堂いっぱいに響き渡る。
その音に重なるように、あちこちからすすり泣く声が聞こえていた。
祭壇へと続く中央の通路。
その両脇には、数多くの聖騎士たちが整然と並んでいた。
それぞれが静かに剣を床へ突き立て、柄に両手を添えて膝をついている。
長年、彼らと共に歩み、人々のために尽くしてきたアルバへ――
騎士たちは、深い敬意と感謝を捧げていた。
祭壇の両脇には、四人の枢機卿が立っていた。
他の枢機卿たちが一様に視線を落とす中、オーメン卿だけは顎の髭を撫でながら、何気なく天井を見上げていた。
その表情に、深い悲しみの色は見えない。
そして――
棺のすぐ近くには、リリアンが立っていた。
アルバの最期を見届けるため、秘書として最後までその場を離れない。
けれど、その瞳には光がなかった。
ただ、祭壇の一点を見つめたまま、微動だにしない。
その様子を、聖騎士の列にいるディノスは心配そうに見つめていた。
〜〜〜
——前日。
モザイク模様の床が広がる、教会本部の大広間。
中央からは、巨大な大階段が上階へと伸びている。
大階段の陰で、ディノスとシエナは人目を避けるように、ひっそりと話をしていた。
二人の表情は、どちらも沈んでいた。
ディノス「——カリン様が、指名手配!?」
シエナは、沈んだ表情のまま頷いた。
「ええ……。」
ディノスは青ざめた顔で、シエナへ問いかける。
「カリン様はウィンと二人で、姿を消したのか?」
「分からないっ……。」
シエナは俯いた。
ディノスは一瞬、言葉を失う。
そして――
「……すまない。記憶がないんだったな……。」
そう呟くと、壁に手をつき、俯いた。
「どうして……こんなことに……。」
「カリン様が……。あの方が、人を手にかけるなんて……あるわけないだろ。」
「ルクセリア軍は一体何を考えている……。」
シエナが重い口を開く。
「ルクセリア軍の見解だと、カリン様とウィンが交戦したみたいなの……。」
「……なに?」
ディノスが驚いて顔を上げる。
ディノス「な、なんだよそれ。そんなわけないだろ。」
「それに……あのウィンが、革命武装勢力ナデラのリーダーだなんて……。」
ディノスは拳を握り締める。
「俺たち、初等科の頃からずっと一緒だったじゃないか。」
「私だって信じられないわよ……。」
シエナも苦しそうに顔を伏せた。
シエナ「だけど、そのナデラは反政府、反教会の武装組織よ。」
「正義感の強いカリン様が、何らかのきっかけでウィンと交戦した可能性は……あるのかもしれない……。」
「そんな……。」
ディノスの表情が曇る。
そして、まるでそこにカリンがいるかのように、虚空を見つめた。
「カリン様……ご無事なのですか……。」
シエナ「ねぇ、それと……ミオちゃん、いないのよね?どこにも。」
ディノスは頷く。
「ああ。晩餐会の時から、本部では誰も見ていないそうだ。」
シエナ「どういうこと……?」
二人の間に、沈黙が落ちる。
ディノスはしばらく考え込んだ。
そして――
ふと、ある可能性に思い至る。
「……可能性の話だが。」
ディノスは、慎重に口を開いた。
「もし……ジェニス宮殿の破壊が、あの子の仕業だとしたら……?」
シエナが目を見開く。
「……え?」
「ミオちゃんが、ジェニスに来ていたって言うの!?」
言葉を口にした瞬間、シエナの中で何かが引っかかった。
そして―― 目を覚ました時の光景が、脳裏に蘇る。
天井は崩れ落ち、広間の至るところに大きな穴が開いていた。 半壊した宮殿から、朝の光が差し込んでいた。
あれは、普通の戦闘で生じるような破壊ではなかった。
ディノス「シエナから見て……あの宮殿の有様が、本当にカリン様とウィンによるものだと思ったのか?」
ディノスの問いに、シエナは黙り込む。
そして――
かつてミオとディノスが戦った時に見せた、あの小さな身体から放たれた、圧倒的な魔法が脳裏をよぎった。
シエナの表情が変わる。
「……まさか……。」
「晩餐会の時からいなくなっていたのなら……本当にジェニスに……!?」
「あの子、カリン様のためなら何が何でも、ってところがあったから……。」
シエナは、その言葉を自分で噛み締めるように呟いた。
「あり得るわね……。」
ディノスは静かに頷いた。
「だとしたら……カリン様がご無事であらせられる可能性はある。」
「……あくまで推測だがな。」
そして、静かに呟く。
ディノス「ミオ……信じていいのか……。」
シエナが答える。
「ミオちゃんは、アルバ様が密かに用意していた護衛よ。」
「もし本当に、カリン様を守るためにジェニスへ向かったのだとしたら……」
「その指示を出したのは、アルバ様ということになるわ。」
二人は、それぞれ黙り込んだ。
しばらくして、ディノスが静かに口を開いた。
「シエナ。このことは、あまり他では話さないようにしよう。」
「カリン様に容疑をかけて、追いかけようとしている軍にとって……ミオは、隠しの切り札だ。」
シエナは小さく頷いた。
「ええ。それに……今の現状では、これから教会がどのような形へ向かっていくのか、予測ができないわ。」
「カリン様が無事であれば……あるいは。」
二人は、それ以上言葉を交わさなかった。
やがて、ディノスが話題を変えるように口を開いた。
「……それと、シエナ。」
「リリアンのことなんだが……。」
シエナの表情が曇る。
「……やっぱり、気になる?」
ディノス「ああ。」
「アルバ様が亡くなってから、ずっとあの調子だ。」
シエナは小さく息を吐いた。
「ええ……。」
「話しかけても、ほとんど反応がない。」
「それなのに、葬儀の準備や段取りだけは、黙々とこなしているのよ。」
ディノスは少し間を置いて続けた。
「それだけじゃない。」
「夜になると、薬研に泊まり込んでるらしい。」
「……薬研に?」
シエナが顔を上げる。
ディノス「ああ。何かを調べているみたいなんだ。」
シエナ「何を……?」
ディノス「そこまでは分からない。」
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
シエナが小さく呟く。
「いつも隣にいたアルバ様が殺害されて……そのうえ、カリン様まで行方不明になったまま、疑いまでかけられているんだもの。」
「無理もないのかもしれないけど……。」
シエナは視線を落とした。
「私……今のリリアンには、どう声をかけたらいいのか分からなくて。」
ディノスが答える。
「……あれでは、倒れてもおかしくない。」
そして、静かに続ける。
「葬儀が終わったら、俺から話してみる。」
「少しでも、何か聞けるかもしれない。」
〜〜〜
やがて、厳かな葬儀は終わりを迎えた。
アルバの棺は大聖堂から運び出され、教会本部に併設された霊園へと向かう。
——教会本部・霊園。
広大な霊園には、葬儀に参列した多くの人々が集まっていた。
棺が、ゆっくりと地中へ降ろされていく。
誰も、言葉を発しなかった。
ただ、静かなすすり泣きだけが、辺りに響いている。
長年、アルバの言葉に励まされてきた信徒たち。
彼と共に歩んできた聖騎士たち。
その誰もが、あまりにも突然奪われたアルバの死を、現実として受け止めきれずにいた。
棺の上へ土が落とされる。
その音が響くたび、どこかで小さな嗚咽が漏れた。
アルバという一人の人間が、この世界からいなくなった。
それは同時に―― 多くの人々が信じ、縋ってきたひとつの時代が、静かに終わったことを意味していた。
やがて、最後の土が棺を覆った。
アルバの墓前に、静かな祈りが捧げられる。
それを終えると、人々は少しずつ霊園を後にしていった。
聖騎士たちもまた、静かにその場を離れていく。
けれど――
リリアンは、動かなかった。
ただ一人、墓前に立ち尽くしたまま、アルバの墓を見つめている。
その場に残ったディノスが、リリアンへ歩み寄った。
「……リリアン。」
返事はない。
「リリアン……。」
もう一度呼びかけても、反応はなかった。
そのまま歩き出そうとするリリアンの手を――
ディノスが、そっと掴んだ。
「待ってくれ。」
リリアンの足が止まる。
けれど、振り返らない。
ディノスはその手を離さなかった。
「……少し、話をしよう。」
その瞬間――
リリアン「聖騎士なんかと、話すことなどないわ。」
リリアンの言葉に、ディノスは目を見開いた。
「……は?」
ディノスは、思わず聞き返す。
「おいおい……何を言い出すんだよ。」
「我々聖騎士は、教帝の直属として教会を守ってきた精鋭だぞ。」
ディノスは信じられないものを見るように、リリアンを見つめる。
ディノス
「俺たち、ずっとアルバ様に仕えてきた仲間じゃないか。」
「……なんで、そんなこと言うんだよ。」
けれど、リリアンはディノスを見ようともしない。
ディノスの表情が険しくなる。
「……リリアン。」
「ウィンのことか?」
その瞬間――
「おぉ。これは、これは……ディノス様。」
背後から、嫌らしい声が響いた。
「私の部下に、何か御用ですかな?」
「!?」
ディノスが勢いよく振り返る。
そこには――
数名のカレド部隊を従えたオーメン卿が、嫌らしい笑みを浮かべて立っていた。
ディノスの目が大きく見開かれる。
その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「……部下、だと……?」




