27レイノルドの足跡
夜のデュトロープ湖。
月明かりと星々が揺れる静かな湖畔。 友達として認め合ったカリンとミオは、顔を見合わせ、穏やかに微笑んでいた。
その傍らでは、二羽のシルフィが寄り添うように羽を休め、小さく鳴いていた。
カリンは少し照れたように口を開く。
「ねぇ、ミオ。」
「今度は私にも、ミオの背中を守らせて。」
その言葉に、ミオは驚いたように目を見開く。
「カリン様が……私を?」
カリンは小さく笑った。
「友達なんだから。」
「互いに支え合って、互いを守るのは当然でしょう?」
そう言ってから、カリンは少し苦笑する。
「……って言っても。」
「私じゃ、ミオの強さには全然及ばないよね。あはは……。」
その言葉に、ミオは少しだけ目を伏せた。
やがて、静かに胸元へ手を添える。
「ミオ……?」
カリンが不思議そうに問いかける。
するとミオは、静かに顔を上げた。
「アルバ様から預かっている物がございます。」
そう言って、懐から一通の封筒を取り出す。
カリンの表情が変わった。
「それは……!」
ミオは静かに頷く。
「レイノルド様の行方に繋がる手掛かりです。」
ミオは封筒を見つめる。
「アルバ様は……晩餐会で何かが起こる可能性を考えておられました。」
「だから、この封筒を私に託されたのです。」
「もしもの時は、カリン様を連れてレイノルド様を探すように……と。」
「そのため、私はミレーニアの貨物室へ忍び込み、ジェニスへ向かいました。」
カリンは言葉を失った。
「……お祖父様が、そんなことまで。」
震える声が漏れる。
その瞬間、ウィンダムから告げられた言葉が脳裏をよぎった。
――イグニス公とオーメン卿は、アルバ教帝を排除し、教会を政府へ統合させるつもりだ。
カリンの顔から、すっと血の気が引く。
「……お祖父様。」
唇を噛み締めたまま、小さく呟く。
次の瞬間、カリンは顔を上げた。
「ねぇ、ミオ! ジェニスへ戻りましょう!」
「お祖父様のところへ行かなきゃ……!」
「イグニス公が……まだ何かを企んでいるかもしれないの!」
ミオは苦しそうに目を伏せた。
「……今、ジェニスへ戻っては駄目です。」
「アルバ様は……何らかの対処をされているはずです。だからこそ、私に会場内の人々を拘束するよう命じられたのだと思います。」
「その内容までは、私も聞いておりません。」
「ですが……カリン様がジェニスへ戻ることは、アルバ様が望まれたことではありません。」
カリンは反論しようと口を開きかけた。
だが、その言葉は喉の奥で止まった。
自分は晩餐会で命を落としかけた。
ミオが守ってくれたからこそ、今こうして生きている。
アルバは、もしもの時に備え、逃がす手筈まで整えていた。
それなのに、自分はアルバの判断を無駄にしようとしている。
アルバの安否を確かめたい気持ちと、託された道を無駄にはできないという気持ちが、胸の中でぶつかり合った。
その時。
ミオはそっとカリンの手を取ると、静かに封筒を握らせた。
ミオ「アルバ様は……カリン様のお気持ちを、何よりも尊重しておられました。」
カリンは震える手で封筒を見つめる。
晩餐会で告げられた言葉の数々が、次々と脳裏に蘇った。
唇を強く噛み締める。
封筒を握る手に、自然と力がこもった。
カリン「……お祖父様。……父さん。」
その声は、わずかに震えていた。
ミオはそんなカリンを静かに見つめる。
「……カリン様。」
「私……まだ、友達になったばかりで。 こういう時、なんて言えばいいのか……分かりません。」
ミオは少しだけ困ったように笑う。
「ですが……。」
カリンの手を包むように、そっと自分の手を重ねた。
ミオ「これ……私も一緒に知りたいです。」
カリンの瞳が、ゆっくりと見開かれる。
「……え?」
ミオは、まっすぐカリンを見つめた。
「私も……一緒に知りたいです。」
「カリン様が知りたいと思っていることを。」
「カリン様がこれから向き合うことを。」
一度、言葉を止める。
ミオ「……友達ですから。」
その言葉に、カリンの胸が小さく震えた。
ミオは、優しく微笑む。
「ですから……。」
「一緒に、開けませんか?」
カリンはしばらくミオを見つめていた。
胸の奥にあった不安も、悲しみも、焦りも。 消えたわけではない。
それでも――。
「……うん。」
カリンは小さく笑った。
「一緒に見よう。」
ミオは嬉しそうに頷いた。
「……はい。」
カリンはミオと顔を見合わせる。
そして――。
重なった手にそっと力を込め、ゆっくりと封筒を開いた。
【レイノルド・フェナードに関する調査記録】
【7年前】
シュタット領 ノエル諸島
ノエル酒造場で発生した大規模火災の際、赤髪の男性が炎の中から何者か、あるいは何かを抱えて現れたとの証言あり。
混乱の中、その男性は姿を消した。
本人確認には至らず。
目撃証言のみであり、レイノルド本人である確証はない。
【3年前まで】
スカニア領
「レイン」と名乗る赤髪の男性が、ファンベルク中央輸送商会に勤務。
政府御用達の輸送商会で、クレイドバッテリー関連設備や特殊資材の長距離輸送を担当していた。
ルクセリア政府による監査が入った直後、レインは失踪。
以降の足取りは不明。
【2年前】
クロフィア領 カイエン国 ダイコク通り
アルファリア教会の紋章が刻まれたペンダントを身に着けた赤髪の男性を確認。
調査員はレイノルド・フェナード本人である可能性が高いと判断し接触を試みたが、人混みに紛れ、そのまま行方を見失った。
※本記録は、聖騎士団による複数の調査報告を精査し、レイノルド・フェナード本人である可能性が高い情報のみを抜粋したものである。
カリンとミオは、じっと手紙の内容を確認していた。
一行、一行読み進めるたびに、カリンの胸の奥がざわついていく。
知らず知らずのうちに、手には汗が滲んでいた。
「こ、これは……。」
カリンが小さく呟く。
ミオも記録へ視線を落としたまま、静かに問いかけた。
「確かに特徴的なのは赤い髪ですが……。」
「アルバ様は、この情報だけで信憑性を判断したのでしょうか……?」
カリンは最初の記録を見つめる。
「父さんはお酒を好んで嗜んでいたから……。」 「盗みに入ったって事?」
「酒造場の火災ですか……。」
ミオは記録を読み返す。
「んー……。そんな事故もあったような……。」
カリンは次の項目へ目を移した。
「ねぇ、ほら。」
「3年前まで、お務めをしているわよ。」
「クレイドバッテリーの輸送ですか……。」
ミオの表情が少し曇る。
「ですが、政府の監査が入った途端に姿を消していますね……。」
そして、最後の記録へ視線を落とす。
「2年前の情報は……。」
「父さん本人である可能性が一番高いの……かな……?」
ミオもその記録を確認する。
「……カイエン国……?」
そして、はっと顔を上げる。
「カリン様!カイエン国って、クロフィア公が住まわれている所ではないですか!」
カリン「そうよ。」
「天狼宮ね。」
そこで、カリンの動きが止まった。
「……って、ちょっと待って。」
「2年前……!?」
驚いたように顔を上げる。
「アッシュが行方不明になった時じゃない!!」
ミオも静かに頷く。
「2年前……。クロフィア家の家宝、フェンリル様と共にアッシュさんが姿を消した時と同時期……。」
二人は顔を見合わせる。
レイノルドの足取り。 アッシュの失踪。 そして、聖獣フェンリル。
偶然とは思えない繋がりが、そこにあった。
その時――。
「お姉ちゃーん!」
「ミオちゃーん!」
明るい声が響いた。
「ピィ?」 「ピィ?」
傍らにいた二羽のシルフィが、同時に顔を上げる。
ドドッドドッ――。
地面を踏み鳴らす音と共に、一頭の大きな銀狼がこちらへ駆けてくる。
その背中には、満面の笑顔で手を振るアメリの姿があった。
「お姉ちゃんー!」
銀狼が二人の前で止まる。
するとアメリは、ひょいっと地面へ飛び降り、そのままカリンへ駆け寄った。
アメリ「お姉ちゃん!ご飯出来たよ!」
「アメリがとったの! 作ったの!」
カリンは思わず笑みを浮かべる。
「まぁ、本当に?アメリが?」
優しく頭を撫でる。
「楽しみだわ。ありがとう。」
銀狼は淡い光に包まれ、いつもの銀髪の青年の姿へ戻った。
アッシュはいつものように飄々と笑う。
アッシュ
「よーお!カリンちゃん、ミオちゃん。」
「おっ、いい空気になってるじゃん。」
カリンはゆっくりとアッシュへ視線を向けた。
じー……。
ミオも同じようにアッシュを見る。
じー……。
アッシュの笑みが少しだけ引きつった。
「え?」 「え? 何、その目……。」
苦笑いを浮かべながら首を傾げる。
「俺、何かしたの?」




