22聖獣フェンリル
黄金色の朝日を浴びた巨大な狼が、静かにその姿を浮かび上がらせる。
その神々しい姿に、カリンは思わず息を呑む。
ふらついた身体が小さく揺れる。
目を見開いたまま、信じられないように呟く。
カリン「聖獣が……本当に存在していたの……?」
幼い頃から教会で何度も聞かされた伝承。
女神メイデスは世界を見守るため、空・陸・海を司る三体の聖獣を創った――。
だが。
カリン「でも……女神様は……教会が作り上げた偽りだったんじゃ……。」
ウィンダムは静かに首を振る。
「偽りだったのは教会の伝承だ。」
「聖獣は実在する。そして、かつてエリシオンの皇帝に仕えていた。」
巨大な狼は感心したように笑う。
「へぇ〜。」
「聖騎士くん、詳しいねぇ。」
ウィンダム(何なんだこいつの軽い話し方は……。)
カリンは狼の頭へ目を向けた。
「どうして……シルフィが?」
フェンリルは頭を軽く揺らす。
「あぁ、この子?」
「カリンちゃんの居場所を教えてくれたんだよ〜。」
フェンリルはカリンの姿をじっと見つめた。
血に染まったドレス。 裂けた袖。 全身に刻まれた無数の傷。
さっきまでの軽い笑みが、ふっと消える。
フェンリル「……ひどい傷じゃない。」
「カリンちゃん、こんなボロボロになるまで何があったのさ。」
カリン「……まぁ、色々よ。」
(初対面のはずなのに……どうしてこんなに気安いの……?)
「ピィ!」
狼の頭に乗っていたシルフィが羽ばたく。
すると、アメリの肩にいたもう一羽のシルフィも飛び立ち、カリンの肩へちょこんと止まった。
シルフィ「ピィ!」
シルフィ「 ピーピー!」
カリン「シルフィ……仲間がいたの?」
アメリは思わず目をぱちぱちさせた。
「あれぇ?シルフィちゃんが増えた……。」
ウィンダムは起き上がろうとするが、身体は言うことを聞かなかった。
(くっ……動けない……。)
それでもフェンリルを睨みつける。
ウィンダム「……俺を殺しに来たのか。聖獣。」
フェンリルは肩をすくめるように笑う。
「いーや。アンタには興味ないよ。」
「俺はカリンちゃんを助けに来ただけ。」
ウィンダム「ぐっ……。」
カリンは目を見開く。
(どうして……私を……?)
その言葉の意味を考える間もなく、カリンはよろめきながら立ち上がった。
カリン
「この人はもう戦えないわ。」
「拘束して教会へ連れて――」
ウィンダムが遮る。
「いや、多分それは無理だ。アルバ教帝が殺されていたら……」
「黙りなさい!!」
カリンの叫びが平野へ響いた。
「そんなこと……信じない!」
フェンリル「アルバ教帝が……!?」
アメリは不安そうな表情でカリンのもとへ駆け寄ると、そっとその手を握った。
フェンリルはアメリを見て目を丸くした。
「……え?ちっちゃいカリンちゃん!?」
「きゃっ!」
アメリは大きな狼に驚き、思わずカリンへ抱きつく。
カリンは頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ、アメリ。」
「この話し方……何だか懐かしい気がするの。」
そしてアメリへ視線を向ける。
「アメリ。ミオは?」
「あっ……。ミオちゃん、あっちに寝かせたまま……。」
アメリが指を差す。
しかし。
そこにミオの姿はなかった。
「あれ……?」
カチャリ――。
金属音が静寂を裂いた。
全員が一斉に振り向く。
そこには、派手な紫色の短髪をした、大柄な壮年の男が立っていた。 口元には無精ひげが生え、全身から揺るぎない威圧感を放っている。
その鋭い眼光には少しの衰えもない。
男は気を失ったミオを片腕で抱え、もう片方の手で拳銃を構えていた。
カリンの瞳が大きく見開かれる。
カリン「ミオ!!」
声を張り上げた。
男は低く渋い声で問いかけた。
「ウィンダム……これはどういう事だ?」
「よせ!! オヤジ!! その人は――!」
言いかけたウィンダムは、はっとして口を閉ざす。
カリン (オヤジ……!?)
(ウィンさんの父親!?)
(この人も……ナデラの仲間!?)
男はミオを見下ろし、鼻で笑った。
「ガキに情が移ったか。」
「教会の偽善に染まっちまったようだな。」
そう言って周囲へ視線を巡らせる。
砕け散った大地。
抉り取られた地面。
散乱する鉄屑や銅線。
そして、起き上がれず倒れたウィンダム。
男「これだけ一帯を荒らしておいて……まさか女と子ども相手に寝転がってるわけじゃねぇだろうな?」
「くっ……。」
ウィンダムは悔しそうに歯を食いしばる。
(何故オヤジがジェニスにいる!?)
(宮殿の外を警備していたルクセリア兵は、遠隔装置を介してオヤジの魔法で眠らせたはずだ。 本人がここへ来る理由がない……!)
男は大きくため息をついた。
「はぁ……。」
「ジェニスで少し妙なクレイドを感じてな。」
「様子を見に来てみりゃ、宮殿は半壊、周辺道路には爆撃の跡。挙げ句の果てに、ここまで一直線に森が削られてやがる。」
「一体何があった?」
巨大な岩柱は、ミオが意識を失った時には跡形もなく消えていた。
残っているのは、森を一直線に削り取った爪痕だけ。
ウィンダムはわずかに目を伏せる。
「……全部、俺がやった。」
その言葉に、カリンは目を見開いた。
(……え?)
ウィンダムはカリンを見ようとはしない。
「派手になり過ぎた。」
男はウィンダムをじっと見つめた。
「……本当に、お前一人でか?」
ウィンダムは無言のまま頷く。
男は小さく鼻を鳴らす。
「ふん……。これだけ派手に暴れりゃ、すぐに軍が追ってくるぞ。」
次の瞬間――。
男の銃が淡い紫色の光を放つ。
同時に、巨大な魔法陣が一帯へ展開された。
ウィンダムが精製した重し。
鉄筋コンクリート。
散乱した鉄屑、銅屑、砕けた磁石。
それらすべてが一瞬で細かな塵となり、朝風へ溶けるように消えていった。
カリン
(魔法……!?しかも、銃から発動した……!?)
男は肩を回しながらぼやく。
「俺にまた魔法を使わせやがって。」
あまりにも規格外の光景に、カリンもアメリも言葉を失う。
しかしカリンはすぐに男を睨みつけた。
「ミオを離して!!」
そして静かにベレットを構えた。
「私の大切な友達に、傷一つ付けないで。」
赤いクレイドを流し込む。
しかし――
赤い光は一瞬だけ灯ると、力なく消えた。
「……!」
カリンは目を見開く。
ウィンダムが静かに呟く。
「クレイドが僅かしか残っていない。」
「底をつけば、死ぬぞ。」
「……もう、俺たちが手を下すまでもない。」
「カリン・フェナード……。」
男はカリンをじっと見据えた。
その瞳には、静かな憎悪が宿っている。
するとフェンリルが男の前へ立ち、牙を覗かせた。
「なら、俺が相手になるよ、オッサン。」
「カリンちゃんも、そこの可愛い子ちゃんも傷付けさせない。」
「その子を大人しく渡してもらおうか。」
男はフェンリルを見据え、小さく目を細めた。
「……聖獣フェンリルか。」
「まさか、この目で拝む日が来るとはな。」
そして肩をすくめる。
男「ふはは。だが今ここで聖獣とやり合う時間はねぇ。」
カリンはベレットを太ももへ収めると、フェンリルの脇を静かにすり抜け、ミオを抱く男の前まで歩み出た。
カリン「ミオを返してもらうわ。」
男は口元を歪める。
「ふはは。クレイドが尽きたから、武器を収めたか。その気になれば、俺は今ここでアンタを殺せるぞ。」
カリンは男を真っ直ぐ見据えた。
カリン「アナタ達ナデラが私の命を狙う理由はわかったわ。」
「ウィンさんは私の存在によって翻弄された人たちの想いを背負っていたのね。」
男はわずかに眉をひそめる。
「ですが――。」
カリンは男の腕の中で眠るミオへ視線を向けた。
カリン「その子もまた、教会によって人生を翻弄された被害者。アナタが暴力を向ける相手ではないわ。」
男は無言のまま、腕の中のミオを見下ろす。
小さな身体を預け、何も知らないような顔で眠るその姿。
その無防備な表情に、なぜか懐かしさを覚えた。
(この子どもも……教会によって……。)
ウィンダム「…………。」
カリン「私は今まで、教会の教えだけを疑いもせず信じていました。」
男は鼻で笑う。
「ふん……。だから何だ。」
「お前、自分が今どんな立場か分かってるのか。」
「今、助けを乞うべきはこのガキじゃない。お前自身だ。」
「違います。」
カリンは静かに首を振った。
「私は、この子に植え付けられた教会の呪縛を解かなけくてはならない。」
そう言って、深く頭を下げる。
カリン「お願いします。」
ウィンダムは目を見開いた。
「なっ……!?」
フェンリルは驚いたように息を呑む。
「翻弄……? 呪縛……?」
「カリンちゃん……一体、何を言ってるんだよ……。」
カリンは顔を上げ、真っ直ぐ男を見据えた。
カリン「教会が"メイデス様"と崇める私だからこそ、その子を縛り続ける呪縛を終わらせることができる。」
「今ここで私が死ねば、その子の呪いは行き場を失い、きっともっと歪んだ形になってしまう。」
「この子には、自分自身の意思で生きてほしい。」
カリンはミオへ視線を向ける。
「お願いします。」
「私に、その子を救わせて下さい。」
男は目を見開いた。
(……教会の人間が、自ら教会の呪縛を認めただと……。)
(しかも、こいつが守ろうとしているのは教会でも、世界中が奪い合う自分自身でもない……。)
(目の前の、この子ども……。)
しばらく無言のまま、男は腕の中のミオを見つめていた。
やがて小さく息を吐く。
「……面倒なガキを抱え込む趣味はねぇ。」
「ジェニス宮殿からここまで、大規模な魔法の痕跡が残り過ぎてる。すぐにルクセリア軍が捜査へ来る。」
「俺はそこに転がってるウィンダムを回収しに来ただけだ。」
そう言うと、ミオを静かにカリンへ預けた。
「ミオ!」
カリンは小さな身体を強く抱き締めた。
無事でいてくれたことへの安堵。
それと同時に、胸の奥が締め付けられるようだった。
そして男は倒れたウィンダムを軽々と肩へ担ぎ上げた。
立ち去ろうとした、その時だった。
男は足を止め、ゆっくりと振り返る。
鋭い眼光がカリンを射抜く。
「カリン・フェナード。」
「俺は――教会を許すことはない。」
「お前が何を成そうと、俺が失ったものは、もう帰ってこない。」
ウィンダムはその言葉を否定することも、肯定することもなかった。
ただ、その瞳だけは静かに揺れていた。
次の瞬間、二人の姿は一瞬で掻き消えた。
静寂だけが残った。
フェンリル
「ありゃりゃ、消えちゃった。」
「見かけによらず、結構高度な魔法を使うオッサンなんだねぇ。」
二羽のシルフィが心配そうにカリンの周りを飛び回る。
「ピィ!」
「ピーピー!」
フェンリルは優しく声を掛けた。
「カリンちゃん、俺の背中に乗って移動しよう。今はここを離れた方が良さそうだ。」
「それにさ、カリンちゃん、ボロボロじゃん。そんな姿でまだ立ってるとか、無茶にもほどがあるって。」
カリンはミオを抱えながら巨大な狼を真っ直ぐ見つめた。
カリン
「……ところで。」
「あなたは何者なの?」
「陸を司る聖獣――フェンリル。」
「古の生物と伝えられてきた聖獣が、今も生きているなんて……驚いたわ。」
フェンリルは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「覚えててくれて嬉しいなぁ。」
「でも聖獣は、今もみんな生きてるはずだよ。俺も会ったことないけど。」
カリンは首を傾げた。
「おかしいわね。古の時代から生きているのに、会ったことがないの?」
「ギクッ。」
フェンリルの耳がぴくりと動く。
カリンはじっと狼の瞳を見つめる。
「それに、その軽い話し方。」
「女の子への接し方。」
「私、とても心当たりがあるのだけれど。」
狼へ顔を近付ける。
「ちょ、ちょっと近い近い。」
フェンリルは思わず後ずさった。
その瞬間、カリンの視界がふっと霞む。
「あ……。」
力が抜け、ミオを抱えたまま前へ倒れ込む。
「おっと。」
誰かの腕が、倒れ込むカリンの身体を優しく受け止めた。
カリンが薄く目を開く。
そこにいたのは――。
褐色の肌に、少し跳ねた銀髪を持つ長身の青年だった。
その姿は、先ほどまでの巨大な狼とはまるで違う。
「えぇぇっ!?」
アメリは目を丸くする。
「オ、オオカミさんが……人間になっちゃった!?」
ぼんやりとした視界の中、カリンは青年の姿を見つめた。
「やっぱり……アッシュ……だったのね……。」
安堵したように微笑み、そのまま静かに目を閉じた。
アッシュは気を失ったカリンとミオを抱え直し、小さく苦笑する。
「やっぱり限界だったじゃん。」
「あぁ!」
アメリが慌てて駆け寄る。
「お姉ちゃん!」
アッシュは安心させるように笑った。
「大丈夫、大丈夫。」
「疲れが一気にきて気を失っただけだよ。」
そう言うと、ミオをアメリへ優しく預け、カリンを背中へ背負う。
アッシュ「みんなで移動しよう。」
アメリはまだ不安そうな表情を浮かべていた。
「オオカミさん……お姉ちゃんと知り合いなの?」
アッシュはアメリの目線までしゃがみ込み、いたずらっぽく笑う。
「知り合いどころの関係じゃないよ。」
「一緒にお風呂へ入った仲だ!」
「えぇっ!?」
アメリは顔を真っ赤にした。
「お、お姉ちゃんと一緒にお風呂ぉ!?」
「そ!」
アッシュは悪びれもなくウインクを飛ばした。
次の瞬間、全身が淡い銀色の光に包まれた。
光はみるみる膨らみ、その姿は再び巨大な狼へと変わっていく。
カリンを落とさないよう慎重に身体を低くすると、アメリへ優しく微笑んだ。
「ほら、乗って。」
「怖くないから。」
アメリはミオを抱えながら恐る恐る近付き、狼の背へ乗る。
そして、その毛並みに目を輝かせた。
アメリ「わぁ……。」
「オオカミさん、毛がふわふわ……。」
アッシュは嬉しそうに笑う。
「でしょ?」
指先で毛並みをそっと撫でる。
アメリ「やわらかぁい……。」
アッシュ
「くすぐったい、くすぐったい。」
朝日に照らされながら、巨大な狼は力強く地を蹴った。
カリン、ミオ、アメリ、そして二羽のシルフィを背に乗せ、
一直線に山岳地帯へ駆けていく。
やがて一行の姿は、朝日に染まる山々の向こうへ消えていった。
***
半壊したジェニス宮殿の周囲には、すでにルクセリア軍による規制線が張られ、ジェニスの都市そのものが封鎖されていた。
宮殿周辺の爆撃によって破壊された道路には、多くの野次馬が集まり、軍は現場を目撃した者たちから証言を集めていた。
そして――宮殿内部。
天井は崩れ落ち、至る所に大きな穴が開いた広間。
華やかな晩餐会が開かれていた場所は、見る影もないほど荒れ果てていた。
ルクセリア軍によって、晩餐会の出席者たちは一箇所に集められている。
各国の要人たちは互いに身を寄せ合い、不安と恐怖に震えていた。
会場のあちこちからは、すすり泣く声が聞こえる。
広間には、いくつもの遺体が残されていた。
ヴォルトの仮面をつけた者たちの遺体。
主卓に倒れ伏した、ジェニス国王の遺体。
そして――腕の骨を砕かれ、喉を裂かれたアルファリア教会教帝、アルバ・フェナードの遺体。
その凄惨な光景を前に、誰もが言葉を失っていた。
ジェニス王妃が国王の亡骸へすがりつき、震える肩を何度も上下させていた。
「あなた……。どうして……。」
「何が……あったのですか……。」
何も思い出せない。
なぜ夫が血を流して倒れているのか。
分からない。
それでも目の前の現実だけは、あまりにも残酷だった。
王妃は国王の冷たくなった手を両手で包み込み、声を殺して泣き続けた。
その時。
現場の警備にあたっていた一人のルクセリア兵が、イグニス公の前へ歩み寄り、敬礼した。
ルクセリア兵
「新貴族閣下、ご無事で何よりです。」
イグニス公
「……だが、一体何が起こったというのだ。」
イグニス公は頭を抱え、混乱した表情を浮かべる。
「晩餐会で何が起きたのか……私には何一つ思い出せない。」
ハインケル
「我々も同じです。」
周囲を見渡しながら、ハインケルは続ける。
「この場にいる全員が、記憶を失っているようです。誰もが、この状況に困惑しています。」
リリアンは、目の前の光景を理解することができなかった。
喉を裂かれ横たわる、アルバの姿。
「……あ……。」
声にならない声が漏れる。
足から力が抜け、動けずにいた。
「ア……アルバ様……。」
震える唇から、かすれた声が零れる。
「どうして……。」
「どうして、こんなことに……。」
隣では、シエナが涙を流しながらリリアンの身体を支えていた。
シエナ
「くっ……。なんて……なんて酷いことを……。」
悔しさに拳を握り締める。
周囲を見渡しながら、シエナは混乱した表情を浮かべた。
「それに……カリン様がいない。」
「ウィンも……。」
声が震える。
「まさか……二人まで……。」
シエナは首を横へ振った。
「違う……。そんなはずない……。」
「一体……何が起こったというの?」
「誰か……誰でもいいから教えてよ……!」
「何も……何も思い出せない……!」
ルクセリア兵に拘束されたナデラの兵士たちもまた、困惑の表情を浮かべていた。
ナデラ「何故だ……。何も思い出せない。」
ナデラ「この部屋の扉を吹き飛ばしたところまでは覚えているんだが……。」
ナデラ「俺もだ。」
床に散乱する、ひしゃげた銃を見つめ、一人が顔をしかめる。
ナデラ 「しかも見ろよ……。俺たちの銃が全部ぶっ壊されてやがる。一体、何があったんだ……。」
その様子を見下ろしながら、ルクセリア兵の一人が冷たく告げた。
「貴様らがナデラだな。最近、革命を掲げて各地で騒ぎを起こしている武装勢力か。」
「聖騎士から報告は受けている。」
「ルクセリア軍になりすまし、聖騎士を襲撃したそうだな。……ふざけた真似をしてくれた。」
「お前たちはスタヴァルド要塞へ連行する。そこで尋問と事情聴取を行う。」
ナデラ「スタヴァルド要塞だと!?」
ナデラ「くそっ……! このまま連れて行かれるのか……!」
その時、一人のナデラ兵が小声で呟く。
「……ウィンダムさんがいない。」
別のナデラが慌てて制した。
「しっ……! ここでその名前を出すな。あの人は潜入任務中だ。」
そのやり取りをよそに、負傷した聖騎士たちは治療を受けながら、拘束されたナデラ兵を鋭く睨みつけていた。
聖騎士の一人は、アルバの遺体へ視線を向けたまま拳を震わせる。
「……よくも。」
「よくも……アルバ教帝を。」
涙を堪えるように歯を食いしばり、ナデラ兵を睨み据えた。
「……ルクセリア兵になりすました貴様らが、この惨劇を引き起こしたというのか!」
「教帝は……我々にとって、どれほど大切な御方だったと思っている!」
別の聖騎士も震える声で叫ぶ。
「カリン様まで姿を消された……!」
「貴様ら、カリン様をどうした!」
聖騎士「本当に……お前たちなのか!?」
聖騎士「絶対に許さん……! よくも教帝を!」
すると、ナデラ兵達が怒鳴り返す。
ナデラ「ふざけるな! 俺たちは銃しか持ってねぇ!」
ナデラ「アルバ教帝もジェニス国王も、剣で殺されたんじゃねぇか!」
ナデラ「剣を使うお前ら聖騎士の方が、よっぽど怪しいだろ!」
「黙れぇっ!!」
聖騎士の怒号が広間に響く。
聖騎士「教帝を手にかけるなど……あり得るはずがない!」
「我々聖騎士は、あの御方を守るために存在しているのだ!」
聖騎士
「その言葉は……我々聖騎士への侮辱だ!」
「そして何より、アルバ教帝への冒涜だ!」
ナデラ兵も負けじと叫ぶ。
「冒涜だと!? 証拠もねぇのに俺たちを犯人扱いしてるお前らの方がどうかしてる!」
一触即発の空気が広間を包む。
その時だった。
「──黙りなさい。」
落ち着いた、よく通る低い声が広間に響く。
「教会の犬と、低能な武装集団。」
場の空気が一瞬で凍り付く。
カツ――。
カツ――。
軍靴の音が静かに響く中、一人の女性が姿を現した。
グレーの軍服を凛と着こなし、長い黒髪を背中へ流している。切れ長の鋭い瞳と整った顔立ちからは、冷徹な空気が漂っている。
その後ろから、もう一人の人物が姿を見せた。
「ああ……なんと素晴らしく屈辱的なお言葉。」
「羨ましい限りです、少佐。」
坊主頭に、二メートル近い大柄な体格。
全身を覆う筋肉で軍服は今にもはち切れそうになっており、一見すれば歴戦の猛将そのものだった。
二人の姿を見たルクセリア兵たちは、即座に姿勢を正して敬礼する。
「お疲れ様です!」
「ジュリア少佐!ノマド大尉!」
ジュリア少佐は広間を見渡し、冷たい視線を向けた。
「……酷い有様ね。」
「状況は?」
一人のルクセリア兵が直立不動で敬礼する。
「はっ! 昨夜、この宮殿ではイグニス公主催の晩餐会が開催されておりました! 現在ここにいるのは、北の領内の各国首脳、アルファリア教会の聖騎士、それからナデラという――」
ドカッ!!
鈍い衝撃音が広間に響いた。
「ぐあっ!」
兵士の体は数メートル吹き飛び、瓦礫へ叩きつけられた。
広間が静まり返った。
兵士は何が起きたのか理解できず、呆然とジュリア少佐を見上げる。
兵士「え……?」
ジュリア少佐は表情一つ変えず、淡々と言い放った。
「その程度の情報なら、ここへ来る前にすべて報告を受けている。」
「不要な情報を並べる暇があるなら、脳を使いなさい。」
「あなたの報告は、紙切れ一枚にも劣る。」
「……使えない人間は嫌い。」
ノマド大尉はその光景を見て、全身を震わせる。
「ああ……紙切れ以下と罵られるなんて……羨ましい……。」
「私も使えない人間になりたい……。」
周囲の兵士たちは、何事もなかったかのように視線を逸らす。
どうやら、このやり取りには慣れているようだった。
シエナは呆然と二人を見つめる。
「軍の幹部……よね?」
「こんな状況なのに……。」
「……何者なの、この人たち。」
一方、その様子を静かに見つめていたイグニス公は、わずかにハインケルへ視線を送る。
ハインケルは小さく目を細め、心の中で呟いた。
(ジュリア少佐に、ノマド大尉か……。少々、とっつきにくい相手ではあるが……悪くない。)
(上手くこの場の流れを、こちらの望む方向へ誘導していこう。)




