20信仰の鎖
ミオの魔法によって落下の衝撃を逃れたカリンたちは、静かな平野の上に倒れていた。
シルフィが慌てたようにカリンの頭上を飛び回る。
「ピィッ! ピィッ!」
「……うっ。」
カリンは苦しげに呻きながら、うつ伏せに倒れていた身体をゆっくりと起こした。
カリン「助かった……の……?」
視線を落とす。
血で赤く染まったドレス。
だが、胸を貫いたはずの傷は跡形もなく消え、痛みさえ残っていない。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
横ではアメリも身体を起こし、不安そうにカリンを見つめていた。
カリンは優しく微笑む。
「ええ……私は大丈夫よ。」
「アメリは? 怪我はない?」
「うん……。」
そう答えると、アメリは大切そうに抱えていたベレットを差し出した。
「これは……。」
カリンは目を丸くする。
カリン「ずっと持っていてくれたのね。」
「ありがとう。」
アメリ「でも……ミオちゃんが……。」
「――っ!」
カリンは弾かれたように顔を上げた。
「ミオ!!」
その視線の先。
仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動かないミオの姿があった。
その傍らには、静かに立ち尽くすウィンダム。
彼は悲しげな眼差しでミオを見下ろしていた。
ウィンダム
「教会で噂されていた子どもはラミアナ・フォードだった……。」
(やはり全盛期の姿や力を維持できないのか……。だから普段は子どもの姿でいる……?)
ウィンダムはゆっくりと膝をつき、そっとミオの頬へ手を伸ばす。
「生きていたなら……何故、姿を現さなかった。」
その瞬間――。
キィンッ!
赤いクレイドの鎖が瞬時に伸び、唸りを上げたヌンチャクがウィンダムの手を鋭く打ち払った。
ウィンダムは静かに顔を上げる。
そこには、片膝をついたままベレットを真っ直ぐ構えるカリンの姿があった。
「ミオに近付かないで……ウィンさん。」
カリンは鎖を引き寄せ、静かにベレットを手元へ戻す。
ウィンダムは鼻で笑った。
「……はっ。相変わらず、おめでたいお姫様だな。カリン様。」
カリン「……!?」
ウィンダムは再びミオへ視線を落とす。
ウィンダム「この人は、アンタと教会に人生を翻弄された人間の一人だ。」
カリン「なんですって……?」
ウィンダム「教会は、この人の人生も、この人に繋がる者の人生も壊した。」
カリンは息を呑む。
カリン「どういう事なの?ちゃんと話してください。」
「知る必要はない。」
ウィンダムの瞳に冷たい殺意が宿る。
ウィンダム「カリン様。アンタと、そこの瓜二つの正体不明の子ども。二人を排除すれば、それで終わりさ。」
「そうすれば、この人もようやく解放される。」
「っ……!」
アメリは怯え、カリンへしがみつく。
カリンはその小さな身体を抱き寄せ、前へ出た。
カリン
「そんなことはさせない。」
「それに、ミオは私の友達よ。」
その言葉に、ウィンダムは苦く笑う。
「……友達?」
「都合のいい解釈だな。」
カリン
「ええ。私の一方的な想いなのかもしれない。それでもいい。」
「私はまだミオのことを何も知らない。ラミアナ様だったことも、過去も、苦しみも。」
「だからこそ、これから知っていきたい。」
「一緒に悩んで、一緒に答えを探したい。」
「私たちの関係を、あなたが決めることじゃないわ。」
ウィンダムは静かに首を振る。
「違う。」
「この人がアンタを命懸けで守るのは、カリン・フェナードだからじゃない。」
「アンタが――メイデス様だからだ。」
「……え?」
カリンの鼓動が大きく鳴る。
ウィンダム
「教会の創始者は、メイデスを都合のいい"女神"へ仕立て上げた。」
「この世界を創造した存在だと偽り、人々の慈愛と信仰を一身に集める象徴としてな。」
「だから、この人が守ろうとしているのはカリン・フェナードじゃない。」
「教会が神として祀り上げたメイデス様だ。」
「それは友情でも愛情でもない。」
「狂信にも等しい信仰心だ。」
カリンの瞳が揺れた。
頭では否定したい。
だが、心のどこかで、その言葉に思い当たるものがあった。
初めて会った時、ミオは涙を流した。
決して対等にはなれないと言った。
何度友達になろうとしても、その一線だけは越えようとしなかった。
――あの献身は。
――あの涙は。
――あの距離感は。
全部、私が"メイデス様"だから……?
カリンは倒れたままのミオを見つめ、静かに顔を青ざめさせた。
ウィンダムは小さく目を伏せる。
「ラミアナ・フォードは、誰よりもメイデス様を敬い、信仰していたという。」
「何が、この人をここまでメイデスへ執着させたのか……それは俺にも分からない。」
「だが、アルバ教帝はその強さも、その狂信も利用したのだろう。」
「そして事実として、この人はアンタを守る護衛として側に置かれた。」
「教帝にとって……これほど都合のいい存在はいなかっただろうな。」
「そんなっ……。」
カリンの声が震える。
ウィンダムは静かにしゃがみ込み、ミオをそっと抱き上げた。
長い栗色の髪がさらりと揺れ、小さな頭が彼の腕へ静かにもたれかかる。
その幼い寝顔を、悲しげな眼差しで見つめる。
ウィンダム
「……生きていたのに。」
「50年もの間……ずっと隠されていたのか?」
やがて、その瞳に鋭い光が宿る。
ウィンダム
「ラミアナ・フォードは俺が預かる。」
「――アンタを始末した後でな。」
――しかし。
目の前にいたはずのカリンの姿が、消えていた。
ウィンダム「……!」
次の瞬間。
背後から静かな声が響く。
カリン「ミオを離して。ウィンさん。」
カリンはいつの間にか背後へ回り込み、赤いクレイドで禍々しい剣へと変化させたベレットを、ウィンダムの首筋へぴたりと突きつけていた。
カリンは一歩前へ踏み出した。
そしてニヤリと笑った。
カリン
「メイデス様が女神様じゃないのなら――」
「それなら私は、今度こそミオと対等な友達になれる。」
「そして教会の教えが偽りだったのなら……今度は私が、ミオをその呪縛から連れ出すわ。」
ウィンダムは後方にいるカリンを睨みつける。
その言葉に驚きを隠せない。
(……何だ、こいつは。)
(あっさりと……教会の教えを否定しただと?)
(次期教帝として、人々へ教えを説く立場にいながら……自分の信じてきたものを疑うことを恐れないのか。)
(それだけじゃない。自分がメイデス様だと知らされたばかりだというのに……その事実に縛られることなく、ただ目の前にいる一人の人間を見ようとしている。)
(……信じられない。)
一瞬だけ、迷いが生まれる。
だが、ウィンダムはその感情を振り払った。
どれだけ違って見えようと、やるべきことは変わらない。
ウィンダム「そんな玩具で、A級聖騎士を相手にするつもりか。」
彼の頭上に、再び榴弾を組み込んだ炎槍が数本浮かび上がる。
ウィンダム
「今は防御魔法を使って守ってくれる魔法使いもいないぞ。防ぎきれるのか?」
カリンは小さく微笑んだ。
「ええ。」
ウィンダム「……!?」
炎槍が一斉に放たれた。
轟音とともに、ウィンダムの頭上を越え、背後のカリンへ向かって一直線に突き進む。
それと同時に――
ベレットの赤い刃がしなやかな帯のような形状に変化し、ウィンダムの首へ巻き付いた。
ウィンダム「何っ!?」
(剣じゃない……!?)
カリンは迷わずベレットを力いっぱい引く。
ウィンダムの身体が、一気に後方――カリンのいる方向へ引き寄せられた。
その軌道の先には。
今まさに、自ら放った炎槍が迫っている。
ウィンダム「しまっ……!」
ベレットに引かれた勢いでウィンダムは大きくのけ反る。
抱えていたミオの身体が、その腕から滑り落ちた。
アメリがとっさに飛び込み、落下するミオを抱き留めた。
アメリ「うっ……!」
衝撃によろめきながらも、必死に体勢を立て直す。
その肩へ、シルフィも慌てて飛び乗った。
カリン「アメリ! シルフィ! ミオをお願い!」
アメリ「う、うんっ!」
アメリは夢中で頷き、ミオを抱えたままその場から駆け出した。
ウィンダムは歯を食いしばる。
(俺ごと爆発に巻き込むつもりか!!)
しかし、すぐに違和感を覚えた。
(いや、違う……!!)
ベレットに引き寄せられた勢いで、ウィンダムの背中がカリンの身体へぶつかる。
目前には、自ら放った炎槍。
もう回避は間に合わない。
ウィンダムは瞬時に剣へクレイドを流し込んだ。魔法陣が展開される。
ウィンダム「精製魔法――!」
轟音とともに巨大な鉄筋コンクリートが生成され、二人を包み込む。
直後――。
ドゴォォォォンッ!!
炎槍が一斉に炸裂した。
組み込まれた榴弾が次々と爆発し、爆炎が作りかけの鉄筋コンクリートへ叩きつけられる。
まだ完成していなかったコンクリートは爆風に耐え切れず、大きく押し込まれた。
凄まじい衝撃波が周囲へ広がる。
走っていたアメリも爆風に巻き込まれた。
アメリ「きゃあぁっ!! ミオちゃんっ!」
シルフィも必死に翼を広げ、二人の側にしがみつく。
アメリはミオを離すまいと強く抱き締める。 そのまま身体ごと吹き飛ばされ、地面を何度も転がった。
砂煙が激しく舞い上がる。
作りかけのコンクリートごと、カリンとウィンダムも後方へ吹き飛ばされた。
直撃による熱波や爆発の威力は防げた。
だが、爆風までは殺し切れない。
カリン「あっ!!」
ウィンダム「ぐはっ!!」
二人は勢いよく後方の大木へ激突した。
衝撃でカリンのドレスは裂け、布が夜風に舞う。
カリンは荒い息を整えながら、静かに微笑んだ。
「ほら。」
「防御のできる魔法使い、いたでしょう?」
ウィンダムは目を見開く。
(くっ……俺ごと爆発に巻き込み、俺に防御魔法を使わせたのか……!!)
カリンはその隙を逃さず、後方へ跳び、大きく距離を取る。
ウィンダムは懐へ手を伸ばした。
(リリアンからもらったペレットも使い切ったか。これじゃ、もう榴弾は精製できないな。)
ウィンダム
「ふっ……考えたな。」
「それにカリン様、その動き、どうやらこの俺が刺した傷は完全に完治しているようだな。」
カリン「ええ。ミオがアナタから必死に逃げながらも私に魔法を施してくれたわ。」
一瞬の静寂が流れる。
カリン
「……ウィンさん。一つだけ、教えて。」
「アナタは教会の聖騎士でありながら、新貴族とも繋がっていた。」
「それなのに、その両方を欺いてナデラとして動いていた。」
「どうして世界を敵に回してまで、戦うの?」
ウィンダム「言っただろ。知る必要はない。」
そう言い放つと、剣からクレイドが溢れ出す。
上空には、精製された無数のナイフが浮かび上がった。
ウィンダム「アンタはもう一度、俺に刺されて死ぬ。」
カリンへ向けて無数のナイフが降り注ぐ。
カリンはベレットを高速で振り回し、鎖と棍で飛来するナイフを次々と弾き落としていく。
キンッ! キィンッ! ガギィンッ!
弾かれた刃が火花を散らす。
その隙を突き、ウィンダムが一気に懐へ踏み込んだ。
身を低く沈め、そのまま下から突き上げるように剣を放つ。
――だが。
カリンは咄嗟にベレットの両端を引き、鎖へ赤いクレイドを流し込む。 赤く輝いた鎖は刃をも受け止めるほどの硬度を帯びた。
ギィィンッ!!
突き出されたウィンダムの剣は、赤く輝く鎖によって完全に阻まれた。
ウィンダム 「何故見切った?」
カリン 「『俺に刺されて死ぬ』って、自分で言ったじゃない。」
ウィンダムは口元を歪める。
「――これも誘導さ。」
カリン「え……?」
次の瞬間。
カリンの足元から、無数の細い銅線が地面を這うように伸びた。
まるで蜘蛛の巣のように広がった銅線は、瞬く間にカリンの身体とベレットへ絡みつく。
カリン「っ……!」
避ける間もなく引き寄せられ、カリンの身体がぐっと後ろへ引かれる。
銅線はベレットごと彼女を包み込み、そのまま背後の大木へ縫い留めるように固定した。
カリン「くっ……!」
必死にもがくが、銅線はびくともしない。
ウィンダムは間髪入れず、空中へ無数の磁石を精製する。
同時に風魔法を発動。
荒れ狂う風が磁石を巻き込みながら加速させ、高速回転する巨大な磁力の塊へと変えていく。
そして――。
磁石の渦が、カリンへ向かって放たれた。
磁石同士が高速で交錯する。
強烈な磁場の変化が銅線を包み込む。
ウィンダム「――電磁誘導だ。」
バチィィッ!!
銅線に発生した電流がカリンの全身へ一気に流れ込んだ。
カリン「ぁあああああっ!!」
幾筋もの電流が腕から肩へ、胸へ、脚へと駆け巡る。
カリン「あっ……ぁぁああっ!!」
華奢な身体が電流に弾かれるように何度も跳ね上がり、赤い髪が激しく宙を舞う。
カリン「ぁっ……あぁ……っ!」
必死に耐えようとする指先も、次第に力を失っていく。
やがて限界を迎え、ベレットを握る細い指がゆっくりと開いた。
それでも、鎖の先だけは拘束の外へ伸びたまま残っていた。
カリン「あ……ぁ……」
やがて全身から力が失われる。
震えていた細い脚も力なく垂れ下がり、首がくたりと前へ落ちる。
赤い髪がさらりと頬へ流れかかった。
ウィンダムは静かに息を吐いた。
ウィンダム
「ようやく大人しくなったな。アンタを殺るには隙をつくか拘束するしかないとはな…。」
「実戦経験がない割には、色々とよく考えついたものだ。」
ウィンダムはゆっくりと拘束されたカリンへ歩み寄る。
その表情に油断はない。 先ほどまで自分を翻弄した相手を、最後まで警戒しているようだった。
そして銅線に絡め取られたまま垂れ下がるベレットへ目を向けた。
ウィンダム「その玩具も、よく使いこなしている。」
(多彩な武器だ。形成できるのは、剣や鎌だけではなかった。それに、強度を高めて防御にも使えたのか。)
ウィンダムは気を失ったカリンの赤い髪へ手を伸ばす。
そしてその髪を掴み、ゆっくりと顔を上げさせた。
力なく揺れるその顔を、冷たい眼差しで見つめる。
ウィンダム
「……惜しいな。その発想力も、その覚悟も。」
「もしアンタが普通の人間だったなら……俺は敵として見なかったかもしれない。」
ウィンダムの剣が、静かにカリンの喉元へ向けられた。




