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19執念の追跡者

ジェニス宮殿から脱出したラミアナは、傷ついたカリンと幼いアメリを抱え、宮殿前から続く長い石畳の大通りを全力で駆け抜けていた。



カリンとアメリの身体には、重さを失わせる魔法陣が展開されている。



しかし、ラミアナの呼吸は徐々に荒くなり、額には冷たい汗が滲み始めていた。


(このまま、一度身を隠さなくては……。)


(ジェニスの街へ紛れ込むか、それとも国境まで一気に――。)



その瞬間だった。

ヒュオオオオッ――!!



背後から空気を切り裂く轟音が響く。

ラミアナは反射的に振り返った。



「――っ!?」



夜空を埋め尽くすほどの無数の炎槍が、一直線に迫ってくる。



ラミアナは即座に右手を掲げた。

幾重にも重なった防御魔法が、一瞬で展開される。



しかし――。

ドゴォォォンッ!!

防御膜へ突き刺さった炎槍が、次々と爆発を起こした。



ラミアナ「爆発……!?」



激しい衝撃が連続して襲いかかる。



アメリは思わず悲鳴を上げた。

「きゃあっ!」


シルフィも羽を震わせる。

「ピィッ! ピィィッ!」



爆炎と衝撃が何十層もの防御膜を揺らす。

だが、最下層の結界へ到達することはなかった。



ラミアナは周囲を鋭く見渡す。

「……誰ですか。」



次の瞬間。

地面から巨大な岩柱が轟音とともに突き上がる。

ラミアナは二人を抱えたまま、その頂上へ軽やかに飛び乗った。

岩柱はさらに勢いよく伸び、夜空へ向かって突き上がっていく。



そして、遠くを見渡すと――

木々の上に立っていたのは、ウィンダムだった。

その頭上には、再び無数の炎槍が浮かび上がっている。



ラミアナは目を見開く。

「……あの聖騎士。」

「クロヅルに拘束されていたはず……。何故……。」



考える間もなかった。

ウィンダムが静かに腕を振る。

次の瞬間、数え切れない炎槍が再び夜空を埋め尽くした。



ラミアナは歯を食いしばり、再度、防御魔法を重ねる。

再び轟音とともに爆炎が巻き起こる。 激しい衝撃が走った。

炎槍が防御膜へ突き刺さるたびに爆発し、夜空を赤く染め上げていく。



ラミアナはさらに岩柱を伸ばした。

凄まじい速度で高度が上がる。

眼下の街並みがみるみる小さくなっていく。 



アメリは恐る恐る下を覗き込み、小さく身体を震わせた。

「た、高いよぉ……。」



一方、カリンはラミアナの異変に気づく。

「……ミオ、顔色が……。」



ラミアナの呼吸は乱れ、肩で息をしている。

額からは汗が流れ落ち、その顔色も明らかに青白かった。



ラミアナは苦しそうに息を整えながらも、小さく微笑んだ。

「……大丈夫です。」



そう答えたものの、その声には隠しきれない疲労が滲んでいた。


(残された時間は、あと5分。)

(それまでに、この追跡を振り切らなければ――。)



ラミアナは周囲へ視線を巡らせた。


(市街地は駄目です……。)

(ひとまず、南東の山岳地帯まで退避しましょう。)



次の瞬間――。

ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!



三人の足元にあった岩柱が、前方へ向かって一気に伸び始めた。

先端が盛り上がり、後方の岩が押し上げる。



まるで巨大な岩の津波が、大地を這うように南東へ突き進んでいく。

行く手にある木々は次々となぎ倒され、森を削りながら一直線に進み続ける。

カリンたちは、その岩の波の頂に乗ったまま凄まじい速度で運ばれていく。



「ひゃあぁぁっ!」

アメリは悲鳴を上げながらラミアナへしがみついた。



「ピィッ!」

シルフィも羽をばたつかせる。



ラミアナに抱きかかえられたまま、カリンはその横顔を見上げた。

呼吸は荒く、額には汗が滲んでいる。


カリン

(まだ、これほど大規模な魔法を……。)

(でも……ミオは、もう限界なんじゃ……。)



岩の波は何キロもの森を呑み込みながら、猛烈な勢いで突き進んでいった。



しかし、その時だった。

ドドドドドドッ!!

背後から凄まじい速度で岩の道を駆けてくる人影があった。



――ウィンダムだった。



「――っ!?」

ラミアナは目を見開く。



「えっ!? 早いっ!!」

アメリも驚きの声を上げた。



カリンは振り返り、小さく呟く。

「ウィンさんは……陸上選手だったのよ。」



ラミアナは思わず目を疑う。

「あの聖騎士……それにしても、この速さは異常です……!」



ウィンダムは岩の道を駆け抜け、みるみる距離を縮めてくる。



ウィンダム(上位魔法を含め、あらゆる属性を操る伝説の魔法使い……。)


走りながら、ウィンダムは冷静にラミアナを見据えた。


(炎槍へ組み込んだ榴弾でも突破できないか……。)

(やはり、人の文明で生み出した兵器には限界がある。)



ウィンダムは地を蹴るたび、爆発的な加速を見せる。



カリン達との距離は、もはや五十メートルもない。

ウィンダムは全速力を維持したまま剣を握り締める。そして刀身へ、クレイドを流しこむ。



アメリは振り返り、悲鳴を上げた。

「ぁぁっ! もうこんな近くに!」



カリンも不安げに振り返った。



一方、ラミアナの表情は苦痛に歪んでいた。

呼吸は乱れ、額からは汗が流れ落ちる。

それでも、その瞳に迷いはない。



ラミアナ

「……カリン様、アメリ。」

「飛びます。」



その言葉と同時だった。

ズゴォォォンッ!!

轟音とともに、一条の雷がウィンダムの目前へ落ちる。



「――っ!」

突然の閃光に、ウィンダムは思わず体勢を崩した。

「うわっ!」

「雷だと……!?」



激しい雷撃は、そのまま岩の波の先端を粉砕する。

バキィィィンッ!!



足場を失った三人の身体が宙へ投げ出された。



カリン「っ!」


アメリ「きゃあぁぁっ!」


シルフィ「ピィィッ!」



しかし、その瞬間――。



轟ッ!!



巨大な突風が三人を包み込み、その身体を大きく前方へ押し出した。



ラミアナはカリンとアメリをしっかりと抱えたまま、背中から二枚の巨大な葉を生み出す。

葉は翼のように大きく広がり、風を受け止めた。



さらにラミアナは風魔法を重ねる。

自ら突風を生み出し、その風へ翼を乗せる。

三人は夜空を滑空するように飛び始めた。



「わぁ……。」

アメリは思わず目を輝かせる。

「ミオちゃん……凄すぎる……。」




カリンも息を呑んだ。

「魔法の種類も……その発想も……本当に無限なのね……。」



しかし――。




ラミアナの生み出した突風へ、一つの影が飛び込んできた。



「……!」



ウィンダムだった。

両腕と両足には、精製魔法で作られたプロペラが展開されている。

ラミアナの起こした風を巧みに捉え、そのまま滑空して追いついてきたのだ。



ウィンダム

「カリン様は逃がさない。」

「必ず仕留める。」



その執念に、ラミアナは目を見開く。

(この聖騎士……。)

(カリン様を刺した男……。)

(なんという執念なのですか……。)



その時だった。

ラミアナの身体が、わずかに縮み始める。

「……っ。」



大人の姿が少しずつ幼い姿へ戻っていく。

顔色は青白く、今にも意識を失いそうだった。



カリンが息を呑む。

「ミオ! あなたの身体が……!」



風魔法も次第に弱まり始める。



翼だった葉は輝きを失い、端から光の粒となって夜空へ溶けていった。



アメリは不安そうにラミアナを見上げる。

「ミオちゃん……大丈夫……?」



(くっ……。)

(こんな高度で……力尽きては……。)

ラミアナの意識が急速に遠のいていく。



やがて――。

葉の翼は完全に消え去った。

支えを失った三人の身体が、一斉に落下を始める。


カリン「いやっ……!」


アメリ「きゃあぁぁぁっ!」


シルフィ「ピィィィッ!」



シルフィは必死にカリンへしがみついた。



ラミアナの姿は完全に幼いミオへ戻り、その瞳は静かに閉じられていた。



「…………。」



ミオは完全に意識を失っていた。

風魔法も完全に消え去る。

支えを失った三人の身体は、凄まじい勢いで地上へ向かって急降下していく。



一方、風を失ったウィンダムの身体もまた、自由落下へ移った。



しかし、

ウィンダムは冷静に両腕を前へ突き出した。

腕部のプロペラの上へ、大きな傘を二つ生成する。

傘は空気抵抗を受けて速度を落とし、さらにプロペラが風を送り込むことで揚力を生み出した。



ウィンダムは落下速度を抑えながら、三人を見据える。


「やはり制限があったか……ラミアナ・フォード。」


「このままでは、俺が手を下すまでもなく、カリン様は墜落して命を落とされるだろう。」



そう呟くと、一瞬だけ表情を曇らせる。



「……だが。」

「あんたは死なせたくない。ラミアナ。」



次の瞬間。

ウィンダムは両腕の傘を切り離した。

さらに両腕と足裏へ、それぞれ一枚ずつ薄い板を生成する。



まるで空を滑るための翼。

腕の板をエルロン、足裏の板をラダーのように操り、空中で何度も進路を微調整する。

まるで一機のグライダーのように、落下するミオを正確に追尾していった。



カリンは恐怖に顔を歪めながら叫んだ。

「ウィンさんっ!! ミオに何をする気なのぉっ!!」



「きゃあああぁっ!」

アメリは恐怖に目を閉じる。



「ピィィィッ!」

シルフィも必死に鳴き続けた。



眼下には、遮るもののない広大な平野が広がっている。

地面は、もう目前だった。



ウィンダムは手を伸ばす。

あと少し。指先が届く。



そして――。

ミオの足首を掴んだ、その瞬間。



カリンは目を見開き、悲痛な声で叫ぶ。

「ミオーーーッ!!」



「……っ!」

閉じられていたミオの瞳が、勢いよく開いた。



かすれた声が漏れる。

『――スパティフィラム。』



ミオは地面へ向かって片手をかざした。

圧縮された水の塊が一直線に放たれる。



次の瞬間。

ボンッ――。



地面一帯へ、巨大な半透明のゼリー状の水塊が一気に広がった。



ぷるん、と柔らかく波打つその水塊が、落下してくる全員を包み込む。



むにゅんっ。



凄まじい落下の衝撃は、一瞬で吸収された。



次の瞬間、ゼリー状の水はその役目を終えたかのように淡い光の粒となり、夜風に乗って静かに消えていった。



ドサッ。

ドサッ。

ドサッ。

ドサッ。




広大な平野に、静寂だけが戻った。


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