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17イグニス公晩餐会5

ミオの悲痛な叫びが、大広間いっぱいに響き渡る。



カリンの身体はゆっくりと傾き、胸を貫いた剣からは止めどなく鮮血が流れ落ちる。



アルバの叫びが響く。

「カリン――ッ!!」

「ウィンダムゥゥ!!何故じゃぁぁ!!」



シエナは拘束された身体を必死によじり、悲鳴のように叫んだ。

「カリン様——!」

「ウィン……!どうしてなのよ!!」



リリアンも悲鳴を上げる。

「いやぁぁっ! カリン様ぁ――!」



アメリは震える唇を必死に動かした。

「お……お姉ちゃん……。やだ……やだよぉ……。」



小さな身体から力が抜ける。

その場に立っていられず、膝から崩れ落ちた。



イグニス公の顔から血の気が引いた。

その顔から余裕が消える。


「なっ……ウィンダム!!貴様ぁぁぁっ!!」

「何をしている!!その娘を殺す気かぁぁぁっ!!」



ハインケルは目を見開く。

(刺した……だと……。)



アイは仮面の奥で目を丸くした。

「……え。」

(はぁ!? 姫さまを殺したら全部台無しじゃない!)




一方――。



ウィンダムは剣を握ったまま、無表情に立っていた。

その瞳には、まるで光が宿っていない。



ウィンダム

「……ハッ。これで争いの火種も尽きた。」


「あんたの存在が……教会が……どれだけ多くの人の人生を狂わせたと思ってる。」



その言葉を聞きながら、カリンの身体はゆっくりと床へ傾いていく。

霞む視界。遠ざかる意識。

ほんの一瞬だけ見えたのは――。



ウィンダムの悲しみに満ちた顔。



カリン(……ウィン……さん……?)

(……そんなに……苦しそうな顔を……。)



ドサッ――。



カリンの身体が床へ倒れ込む。

胸から流れ出た血が、静かに広がっていく。



シルフィは必死に呼び掛けるような悲鳴をあげている。

「ピィィィッ!! ピィィィッ!!」



しかし、カリンの瞳はゆっくりと閉じかけていた。


(あれ……。今……。)

(ミオの……声が……聞こえた気がした……。)




その時だった。

ウィンダムの足元に、魔法陣が一瞬で展開された。



「――っ!?」



ウィンダムが気付いた、その刹那。



ゴゴゴゴゴゴッ!!



床を突き破り、巨大な岩柱が轟音とともに突き上がる。



「ぐぁぁぁぁっ!!」



ウィンダムの身体は勢いよく宙へ吹き飛ばされた。



(魔法……だと……!?)



岩柱はそのまま彼を押し上げ――。



ドゴォォォン!!



天井へ激突。



石片が降り注ぎ、大広間が大きく揺れる。



ハインケル「何故だ……。今、この宮殿内では魔法は使えないはず……。」



その時、ヴォルトの仮面をつけたアイが入口へ目を向けた。



アイ

「あっ!!あの子!」

「ミオよ!例の子どもの魔法使い!」



イグニス公の顔色が変わる。

「何だと!?」



アルバの瞳に希望の光が宿る。

「ミオ……!来てくれたか……!」



シエナも驚きに声を上げた。

「ミオちゃん!?」



しかし、リリアンは泣き崩れていた。

今の彼女には、目の前で起きていることを理解する余裕などなかった。




一方、ミオの耳には誰の声も届いていなかった。



視界に映るのは、ただ一人。

血だまりの中に倒れるカリンだけ。



ミオ「……カリン様!」



涙が頬を伝う。

小さな身体で必死に駆け寄る。



シルフィは半狂乱になりながら鳴き続けていた。

「ピィィ!! ピィィィッ!!」



床には、おびただしい量の血。

赤い髪も、ドレスも、すべて血で染まっている。



ミオは震える両腕でカリンの身体を抱き起こした。 あまりにも軽い。

この温もりだけは、絶対に失いたくない。 ただ、その想いだけが胸を締めつけていた。



ミオはカリンを強く抱き寄せる。


「カリン様……。」


「ミオです。」


「分かりますか……?」



涙が次々とカリンの頬へ落ちていく。

その温もりを感じたのか。 薄れゆく意識の中で、カリンはゆっくりと瞼を開いた。



霞んだ視界の向こう。 小さな子どもが、自分を抱き締めている。



カリン

(……あれ。)


(ミオ……?)


(そんな……。)


(ここにいる……はず……ないのに……。)



安心した。 何よりも大好きな友だち。 会いたかった。



かすれた声が漏れる。

「ミ……オ……。」



カリンは優しく微笑んだ。 その笑顔は、まるで安心しきった子どものようだった。



そして――。 身体から、力が抜け落ちる。





その瞬間、

アルバが声を張り上げた。



アルバ

「ミオ!!まだ間に合う!!」


「本気を出せ!!」


「本気でカリンを助け出すのじゃ!!」




ミオは涙で濡れた瞳をアルバへ向ける。

溢れる涙を拭うこともせず、静かに頷く。



ミオ「……はい。絶対に助け出します。」





ナデラの兵士が怒号を響かせた。


「撃てぇぇぇっ!!」


「あの子どもだ! ウィンダムさんから共有されていた! 教会内で噂になっている魔法使いだ!!全員で撃て!」


「殺せぇっ!!」


「よくもウィンダムさんを!!」




一斉に銃口がミオへ向く。


バンッ!!


バンッ!!


バンッ!!


ババンッ!!



轟音が大広間を震わせた。

鉛の弾丸が、容赦なくミオとカリンへ降り注ぐ。



しかし――。



キィィン……。



ミオを中心に、淡く青白い水の膜が静かに広がった。



透明な水面のような膜へ触れた瞬間、弾丸は次々と速度を失う。



カラン……。


カラン、カラン……。



弾丸は床へ転がり落ちた。

一発たりとも、ミオへ届くことはなかった。



「なっ……!?」


「全部、防いだだと!?」



兵士たちの顔から血の気が引く。



次の瞬間だった。



ミシッ……。



兵士の一人が握る銃から、小さな若葉が芽吹く。



「……え?」



その芽は一瞬でツルとなり、銃身へ絡みついた。



ミシミシミシッ!!



植物は凄まじい勢いで成長し、銃全体を覆い尽くしていく。



「うわぁぁっ!!」


「なんだこれっ!?」


「き、気持ち悪い!!」



他の兵士たちの銃にも、次々と植物が芽吹いていく。

銃床を砕き、引き金へツルが巻き付き、銃口から花まで咲き始めた。



「魔法なのか!?」


「こんなの聞いてないぞ!!」



恐怖に耐え切れず、兵士たちは銃を投げ捨てた。



イグニス公は目を見開く。



イグニス公「何故だ……!何故、魔法が使える!?」



ハインケル「誰かが干渉装置を解除したのでしょうか……。」



アイは短い杖を取り出し、魔法を試みる。



しかし――。

何も起こらない。



アイ「……ダメよ。私は使えないわ。」



イグニス公が怒鳴る。

「なら何故だ!!」

「何故、あの子どもだけ――!!」



その時だった。

誰もが、ミオを見た。



小さな身体から、白いクレイドが静かに溢れ始める。

霧のように淡く、音もなく周囲へと広がっていく。

広間は、奇妙な静寂に包まれた。

誰も言葉を発せない。

ただ、その場の空気だけが少しずつ重くなっていく。



ミオはそっとカリンの頬へ手を添えた。

その瞳は、もう涙に揺れてはいなかった。



シエナは目を見開いたまま、小さく呟いた。

「……ミオちゃん?」



リリアンは泣き崩れたまま、震える瞳でミオを見上げる。

(本気って……何……?カリン様は……助かるの……?)






ミオはゆっくりと立ち上がった。

静かな声が広間へ響く。






ミオ

「杖や剣など必要ない。」






































「それが――S級魔法使い。」









瞬間――。



轟ォォォォォッ!!



抑え込まれていた莫大なクレイドが一気に解き放たれ、白き輝きに包まれたミオの身体は、ゆっくりとその姿を変え始めた。



小さかった背丈が伸びる。



細い脚はしなやかに長くなり、胸は大きく膨らみ、華奢な身体は大人の女性へと変貌する。



栗色の長い髪が光をまといながら宙を舞う。



幼さの残っていた顔立ちは、誰もが息を呑むほど美しく、凛とした大人の女性のものへ変わっていく。



神々しいほどの美貌。

圧倒的な存在感。



その姿が現れた瞬間、大広間は静まり返った。



そして同時に――。

カリンの身体が、ふわりと宙へ浮かび上がる。



柔らかな光がカリンを包み込む。

その身体には魔法陣が展開されていた。

胸を貫いていた傷口が、みるみる塞がっていく。

流れ続けていた血も止まり始めた。



「ピィッ……!」

シルフィは安心したように小さく鳴き、羽を震わせた。



アメリは目をまん丸にした。

「ミオちゃんが……おっきくなった……。」



仮面の奥で、アイの眉がぴくりと動く。

「ちょっと待ってよ……何なの、それ……。」



ハインケルも息を呑んだ。

「どこかで……見たことが……。」



本や教科書で何度も見た。

その名が脳裏を駆け抜ける。



ハインケル「まさか……。あの者は――。」



イグニス公の脳裏にも、ある伝説の名が浮かぶ。

震える声で、その名を口にした。











「ラミアナ・フォード……!!」











その名を聞き、広間がどよめく。



リリアン「ラミアナ様ですって!?」



リリアンは言葉を失い、その女性を見つめる。



シエナは目を見開いた。

聖騎士を志す者なら誰もが憧れ、一度はその名を胸に刻む伝説の魔法使い。



シエナ「嘘……。ミオちゃんが、ラミアナ・フォード様……?」



誰もが息を呑み、その女性を見つめていた。



50年前に命を落としたとされる、伝説のS級魔法使い。



――ラミアナ・フォード。

その姿が、今、確かに目の前にあった。



広間は騒然となる。 怯える要人たちも、制圧していたナデラの兵たちも、誰一人としてその女性から目を離せない。 驚愕と困惑の声が、一斉に広間へ広がっていった。




「そんな……ラミアナ・フォードは50年前に……!」


「伝説の英雄が……生きているというのか……!」


「まさか、この目で見る日が来るとは……。」


「あれが……ラミアナ様……。」


「な、なんて美しい方なんだ……。」


「伝説のS級魔法使い……。」


「お、おい……何なんだあのクレイドは……!化け物かよ……!」





岩柱と天井の間へ叩きつけられたウィンダムは、身動きも取れないまま目を見開いていた。



その瞳は驚愕に揺れていた。



ウィンダム

「ラミアナ・フォード……だと……?」


「生きて……いたのか……?」


「……何故だ。」


「何故、生きている……!?」



驚きと動揺、そして抑えきれない怒りが、ウィンダムの胸を激しくかき乱していた。








柔らかな癒やしの光に包まれながら、カリンはゆっくりと瞼を開いた。

霞んでいた視界が、少しずつ輪郭を取り戻していく。



目の前に立っていたのは、一人の女性。

長く美しい栗色の髪を揺らし、神々しいほどのクレイドをまとった魔法使い。



誰もがその名を知る、伝説の存在。

――ラミアナ・フォード。



幾度となく、その名を耳にしてきた。 教会に残る記録にも、世界各地で出会った人々の語りにも、彼女は常に"伝説の魔法使い"として語られていた。



だが――。



この優しい癒やしの魔法。

身体を包み込む温かなクレイド。

それは誰よりも知っているものだった。

毎日隣で感じてきた、小さな少女のクレイド。



カリンは穏やかな笑みを浮かべる。



カリン「……このクレイド。」


「あなたは……ミオなのね……。」



ラミアナは優しく目を細めた。

その微笑みだけは、大人の姿になっても何一つ変わらない。



その表情を見た瞬間、カリンの肩からふっと力が抜けた。

安心したように、そっと目を閉じる。






その様子を見届けたアルバが、大きく声を張る。



アルバ「ミオ!直ちに宮殿中の者たちを拘束するのじゃ! 一人残らずじゃ!」



教帝の威厳に満ちた声が広間へ響き渡る。



アルバ「後の処理はワシが引き受ける!」


「そして、お主は以前話した通りじゃ。そのままカリンと共に行け。」



ラミアナは静かに頷いた。

先ほどまでの幼い声ではない。

澄み渡るような、それでいて揺るぎない強さを宿した大人の声が響く。



ラミアナ「承知いたしました。アルバ様。」



その瞬間。

ラミアナは静かに右手を掲げた。



『――《エーデルワイス》。』










広間に静寂が訪れる。



次の瞬間だった。



巨大な魔法陣がラミアナを中心に展開される。



幾重にも重なった紋様は、大広間を覆い尽くし、そのまま廊下へ。



階段を駆け上がり。

無数の部屋を飲み込み。

さらに宮殿全体へ。



そして――。



宮殿の外へまで広がっていく。



誰もが息を呑んだ。


「な……。」


「魔法陣が……広がっていく……。」


「宮殿全体を……!?」



その直後。



ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!



大地が激しく揺れた。宮殿の床を突き破り、巨大な樹木が轟音とともに姿を現す。



一本。二本。十本。 次の瞬間には、もう誰にも数えられなくなっていた。



巨木は次々と地中から噴き上がり、天井を突き抜け、壁を押し広げ、窓という窓を破砕しながら、凄まじい勢いで成長していく。



淡いクリーム色の優雅な宮殿は、瞬く間に侵食されていった。 至る所を樹木に突き破られ、抵抗する間もなく深い緑に呑み込まれていく。



――まるで、またたく間に宮殿そのものが森へと塗り替えられていくかのようだった。









続けてラミアナは静かに告げた。

『――《クロヅル》。』



すると。

幹という幹から、ツルが一斉に勢いよく伸び始めた。

まるで生き物のように床を這い。

壁を伝い。

天井を駆け抜ける。



そして、広間中の人々へ襲いかかった。



「なっ!?」


「うわあぁっ!!」


「な、何だこのツルは!!」


「離せぇぇっ!!」



逃げようとした者から順番に、ツルが腕を、足を、胴を絡め取っていく。



伸び続けるツルは、敵味方の区別なく広間中へと広がっていく。



シエナとリリアンの足元にも瞬く間に絡みつき、その身体をぐるぐると拘束した。



シエナ「きゃっ……!」


リリアン「わっ……!」



二人の身体はそのまま宙へと吊り上げられる。

シエナは必死にもがきながら、眼前に広がる光景を見つめた。



シエナ「私たちまで……!?」


「なんて規模の魔法なの……。これが、ラミアナ様の魔法……!」



胸の奥が震える。


シエナ

(ディノスとの戦いで、ミオちゃんが握っていたワンドの杖……。あれは、ただのフェイクだったのね……。)


(ミオちゃんは最初から、杖や剣を媒体にする必要なんてなかった。)


(媒体を介さず、クレイドを直接魔法として発動できる唯一の魔法使い――。)


(それが、ラミアナ・フォード様……!)



一方、隣で吊り上げられたリリアンは、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままアルバへ叫ぶ。


リリアン「アルバ様っ!! 一体これは何なんですか!?」


「どうなさるおつもりなんですか!」


「それに……カリン様はぁっ!!」



アルバは静かに頷いた。


「安心せい。カリンは無事じゃ。」


「リリアン、すまぬな。」


「少しの間だけ我慢しておくれ。」



そう言うとアルバは足元へ歩み寄り、ナデラの兵に奪われていた長杖を静かに拾い上げる。



ナデラの兵はツルに全身を拘束されたまま、悔しそうに歯を食いしばった。



ナデラ兵「くっ……。こんな切り札を隠していたのか……アルファリア教会……!」





一方、イグニス公も全身をツルに締め上げられ、顔を歪めていた。



イグニス公

「ぬぅぅっ……!何だ、このツルは……!」


「まるで動けん……!」



歯を食いしばりながら、アルバを鋭く睨みつける。



イグニス公

(S級魔法使いが生きていただと……。)


(アルバ……貴様、最初からラミアナ・フォードをずっと隠し持っていたのか……!?)


(枢機卿にすら知らせずに……。)



ハインケルはツルに拘束されたまま、呆然とラミアナを見つめていた。



ハインケル

「……凄い。これほどまでとは……。宮殿全体を覆う規模の魔法……。」


「本当に、あの方がラミアナ・フォードなのか……。」



一方、アイはツルにもがきながら声を荒げる。



アイ「ちょっとぉっ! 何なのよ、このツルはぁっ!」



だが、仮面の奥の口元には、不気味な笑みが浮かんでいた。



アイ

(やっぱり……。ヤバいミオは本当にヤバかった……。)


(まさかラミアナ・フォードを、この目で見る日が来るなんてね……。)




イグニス公はツルに拘束されたまま身を乗り出し、アイだけに聞こえるよう低く囁いた。



「……おい、アイ。教帝が再び杖を手にした。」


「用意はできているのだろうな。」



アイは肩をすくめるように鼻で笑った。



「用意も何も、今さらでしょ。」



ハインケルが低い声で確認する。



「……やるべきことは、済ませたのだろうな。」



アイは薄く笑みを浮かべる。



「ええ、やったわよ。まぁ、成功するかどうかはお楽しみだけど。何せ、初めてなんだから。」



その言葉に、イグニス公は忌々しげに眉をひそめた。


イグニス公

(この厄介なカレドの女め……。)


(ジェニス国王を殺したことも許せん。)


(そのうえ肝心の作戦まで失敗したとなれば……。オーメン卿ともども、必ず地に落としてくれる……!)




アイ「そんなことより、姫さまが逃げちゃうわよ。」



その一言に、イグニス公とハインケルはハッと顔を上げた。



二人の視線の先。

ラミアナは傷ついたカリンを優しく抱きかかえている。



次の瞬間――。



ゴゴゴゴゴッ……!



床を突き破って一本の木が姿を現した。

ラミアナは軽やかに枝へ飛び乗る。

すると木は轟音とともに天井へ向かって一気に伸び始めた。



イグニス公は歯を食いしばった。



(またもや想定外だ……。)


(カリン様がこの場を離れてしまう……。)



一瞬だけ険しい表情を浮かべる。



(だが、問題ない。)


(計画の根幹は揺るがぬ。)


(成功さえすれば、それで十分だ。)



その時だった。

シルフィが不意に下を見下ろし、小さく鳴いた。

「ピィッ!」



ラミアナも視線を落とす。

そこには――。



ツルにぐるぐる巻きにされたアメリが、必死にもがきながら泣き叫んでいた。



アメリ「嫌だよぉっ!お姉ちゃんを連れて行かないでぇ!」


「ミオちゃん! お願い!」


「お姉ちゃん! 行かないでぇぇぇっ!!」



ラミアナは険しい表情でアメリを見据えた。



ラミアナ「……やはり会場へ忍び込んでいたのですね、アメリ。」



冷静な口調だった。



ラミアナ「あなたの処遇はアルバ様にお任せします。今は、それどころではありません。」



しかしアメリは首を激しく振る。



アメリ

「嫌だぁぁっ!お姉ぢゃぁぁぁん!!」


「行かないでぇぇぇぇっ!!」



その叫びを聞いたカリンが、薄く目を開いた。

弱々しい声が漏れる。



カリン「……ミオ。……あの子も……一緒に……。」



ラミアナの表情が揺らぐ。



「……っ。」



そして静かに首を振った。



ラミアナ「……駄目です。」



カリンは苦しそうに息を吐きながら、それでも微笑んだ。



カリン「……ミオ……お願……い……。」



シルフィも切なそうに鳴く。

「ピィ……。」



ラミアナは目を閉じた。

額に汗が滲む。

歯を強く食いしばり、小さく息を呑む。

やがて、ゆっくりとアメリへ視線を向けた。



アメリの足元から新たな木が勢いよく伸び上がる。



木はアメリを乗せたまま天井へ向かって伸び、ラミアナとカリンがいる木のすぐ横へ並んだ。

ラミアナは片手を静かにかざす。



ラミアナ「――。」



パチンッ。



アメリを拘束していたツルが、一瞬で切り裂かれた。



アメリ「きゃっ!」



バランスを崩したアメリの身体を、ラミアナが空いた腕でしっかりと抱き寄せる。



その時だった。



アメリは胸に抱き締めていたベレットを、ラミアナへ差し出した。



アメリ「……お姉ちゃんの。」



ラミアナの視線が、赤いクレイドを帯びたベレットへ落ちる。



――ベレット。

フェナードの血を継ぐ者しか扱えないはずの武器。

だが、アメリは何の拒絶も受けることなく、それを抱えていた。



ラミアナ(……やはり。この子は、本当にカリン様の複製体なのですね……。)



ラミアナは静かに目を伏せ、小さく頷く。

「……ありがとうございます。」


「これから移動します。今はあなたが、大切に持っていてください。」



アメリは涙を浮かべたまま、何度も頷いた。

「……うん。」



ベレットを胸へぎゅっと抱き締める。



そのまま二本の木は絡み合うように、宮殿を覆う巨大樹の間を一気に駆け上がる。



その刹那――。



上昇するその途中。

ラミアナは視線を横へ向けた。



割れた天井と巨大樹の狭間で、ツルに拘束されたままウィンダムが歯を食いしばっていた。



二人の視線が、一瞬だけ交わる。



ラミアナは何も言わない。 ただ、ウィンダムへ静かな怒りを宿した眼差しを向けた。



ウィンダムは唇を噛み締める。



ウィンダム (……逃げられる。カリン様に……。俺は……結局、失敗に終わるのか……。)



脳裏に、優しく笑うジェニス国王の姿がよぎる。



(こんな俺を信じ、最後まで気に掛けてくださった国王陛下は殺された。)


(目的だったカリン・フェナードにまで逃げられ……。)


(そのうえ――。)



ラミアナへ視線を向ける。



(ラミアナ・フォードが……生きていただと……。)



拳を震わせる。



(俺は……結局、何一つ成し遂げられなかった……。)


(こんなことが……。)


(こんなことが……っ!!)



「ちっくしょぉぉぉぉーーーーっ!!」



怒号が夜空へ響き渡る。

しかし、その叫びも届かぬまま。

ラミアナたちを乗せた木々は闇夜の彼方へと消えていった。



静まり返る広間。



アイ「あーあ。行っちゃった。」



アイは拘束されたウィンダムへちらりと目をやり、仮面の奥でくすりと笑う。



アイ「それに、ウィンダムが吠えちゃってるよ。」



ハインケルは苦々しく呟いた。

「くっ……あのピンク髪の子どもにまで逃げられました……。これはマズイのでは……。」



イグニス公は静かに目を細める。

「……いや。予定は狂ったが、作戦そのものが成功すれば問題ない。」


(あの子どもは想定外だった。……だが、今はまだ構わぬ。)


(あの子どもがカリン様と共にいる限り、事態が急変することはあるまい。)


(いずれ機会はいくらでもある。その時に消せばいい。)




アルバは静かに天井の穴を見上げた。



「……行ったか。」




そう呟くと、ゆっくりと杖を握り締める。




アルバ(ワシは今回、真実を伝える覚悟を決めておったはずじゃ。)


(……それでも最後まで迷い、守ろうとしては後悔を繰り返す。)


(まったく、情けないのぉ。)


(じゃが、もう後悔はせぬ。)





(今回の件……イグニス公とオーメン卿には、教会とルクセリア政府が連携し、正式な尋問を受けてもらう。)


(しかし……教会を裏切ったとはいえ、カレドの者がジェニス国王を手にかけるとは……。)


(たとえ一人の独断であろうとも、教会は責任から逃げられぬ。)


(じゃが、必ず世に公表せねばならぬ。)




アルバの表情がさらに険しくなる。




(そして聖騎士ウィンダム……。)


(信じておった聖騎士が、よりにもよってカリンを刺すとは……。)


(あの男は必ず捕らえる。ナデラの全容も、その目的も――すべて吐かせねばならぬ。)




脳裏に、カリンの姿が浮かぶ。




(カリンが最も知りたがっていた7年前の真相……。結局、何一つ分からぬままか。)


(イグニス公は白を切ったのか……それとも、本当に知らぬのか……。)




アルバは静かに目を閉じた。




(じゃが今は違う……。)


(カリンは自身の真相を知っても、決して逃げはせなんだ。あの子なら、きっとその真実も受け入れてくれるじゃろう。)


(カリンがメイデス様であること。そして、エリシオンの真の歴史。)


(これだけは、まだ世に出してはならぬ。)


(カリン自身が答えを出した時。カリン自身の意思で、未来を選ばせよう。)




ゆっくりと杖を構える。

膨大なクレイドが杖へと集まり始めた。




(……この魔法では、必要な出来事だけを選んで封じることはできぬ。) 


(ならば、この場で起きた出来事を、すべて封印するしかあるまい。)


(真実を語る責任は、すべてワシが背負う。イグニス公の企み、それに加担したカレド及び枢機卿の裏切り。国王陛下の死も、ナデラの襲撃も――この晩餐会で起きたすべてを、ワシ自身の言葉で世へ公表する。)




アルバは静かに目を開く。

その瞳から、迷いは消えていた。






イグニス公は額に汗を浮かべながらも、口元だけは笑みを浮かべる。


「……いよいよだ。」


(さあ、アルバ……。)


(その魔法を使え。)








アルバ

『――記憶封印魔法。《メトルアンメモワール》。』

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