16イグニス公晩餐会4
銃声が響き渡った広間。
倒れたカレドたち。 赤く染まった床。
その光景に、要人たちは恐怖で身を震わせた。
「な、何なんだ……これは……!」
「銃よ……! あれは銃……!」
「血……血が……!」
「一体、誰が味方なんだ……!」
混乱が広がる中――。
ウィンダムはゆっくりと視線を動かした。
その先にいたのは、拘束されたまま床に伏せられているシエナとリリアン。
そして二人を取り囲む、先ほどまでルクセリア兵に扮していた者たちだった。
ウィンダムは彼らへ向け、淡々と言葉を放つ。
ウィンダム 「……おっと。」
「そこの二人は殺すな。」
兵士「了解。」
シエナの表情が固まる。
シエナ 「……ウィン?」
「何……言ってるの……?」
「冗談……よね?」
いつもの軽い笑みも、余裕もない。
目の前にいる男が、本当に自分の知っているウィンダムなのか分からなかった。
リリアンは鋭い視線を向ける。
リリアン 「ウィン!」
「あなた、一体何をしているの!?」
「それに……カリン様に何をするつもりなの!?答えて!」
しかし、ウィンダムは答えない。
カリン 「……ウィンさん。」
銃口を向けられたカリンは、動けない。
だが――。
カリンは迷うことなく、アメリを背後へ庇うように一歩前へ出た。
小さな身体を自分の影へ隠すように、両腕を広げる。
兵士「へぇ……随分とお優しいこったなぁ。」
「だが、余計な真似はしねぇことだ。」
アメリ「……っ。」
アメリは震えながら、カリンの服を強く掴んだ。
離れまいとするように、その小さな手には力がこもっていた。
シルフィも羽を震わせながら、銃を向ける男を睨みつけた。
「ピィ……!」
その様子を見たアルバは、言葉を失っていた。
驚き。 困惑。
そして――深い悲しみ。
アルバ 「……ウィンダム。」
「お主は……。」
「何をやっておるのじゃ……。」
ジェニス国王と王妃も、信じられないものを見るように彼を見つめる。
国王 「ウィンダム君……。」
「君は……一体……。」
その時だった。
ハインケルが声を荒げる。
ハインケル 「貴様……! ウィンダム!!」
イグニス公も静かに目を細めた。
イグニス公 「……我々を裏切るのか。」
その一言。
会場の空気が凍りつく。
カリン 「……え?」
アルバ 「……何じゃと?」
シエナ 「嘘……でしょ……?」
リリアン 「ウィン……そんな……。」
イグニス公の言葉。
それは全てを意味していた。
今回の晩餐会。 カレドによる襲撃。 ルクセリア軍による魔法封じ。
そして――この状況。
全てを、ウィンダムは知っていた。
聖騎士でありながら。
教会を守る立場でありながら。
彼は最初から、この計画の内側にいた。
絶望が、広間を覆った。
ウィンダムはゆっくりと笑みを浮かべた。
いつもの爽やかな笑顔。
しかし今だけは、それが何よりも不気味だった。
そして歩き出す。
その瞬間――。
ルクセリア兵に成りすましていた者たちが、一斉に懐へ手を伸ばした。
取り出されたのは――。
小さな石像。
その首の部分だけが、無残に切り取られている。
カリンの瞳が大きく揺れる。
カリン 「……っ。」
思わず口元へ手を当てた。
リリアン 「……なんて……こと……。」
アルバは低く呟く。
アルバ 「あれは……。」
「世界中の教会に祀られている……メイデス様の石像……。」
広間に沈黙が落ちる。
ウィンダムは、静かに告げた。
ウィンダム 「我々は――ナデラ。」
「アルファリア教会も。」
「ルクセリア政府も。」
「この世界を支える全ての秩序は……偽りだ。」
その言葉と同時に。
ナデラたちは手にした石像の首を――。
無造作に床へ投げ捨てた。
ガシャァン!!
次の瞬間。
銃口が向けられる。
ドガン――。
ドガン――。
ドガン――。
メイデス様の御姿が。
世界中の信仰の証が。
目の前で撃ち砕かれていく。
「いやああああっ!!」
「そんな……!」
「メイデス様の像を……!」
「なんと罰当たりな……!」
再び、広間は悲鳴に包まれた。
ウィンダムは爽やかな笑みを浮かべたまま、イグニス公へ視線を向ける。
ウィンダム
「ははは。爪が甘いんだよ。イグニス公。教会ばかりに手を回して、自軍は疎かにしすぎ。」
「場内にいたルクセリア兵は全員我々ナデラにすり替わっていたのさ。」
「外の警備にあたっている本物のルクセリア兵は、今頃全員無力化されてるよ。」
「俺は計画の全容を知っていたからね。魔法媒体への干渉装置の場所も使い方も、事前に仲間へ伝えておいたのさ。」
「魔法が使えなければカレドも聖騎士も簡単に制圧できる。イグニス公の段取りに乗っかって正解だったよ。ははは。」
イグニス公「おのれ、ウィンダム。私をダシに使っていただと…。」
そしてイグニス公は筆頭補佐官であるハインケルを睨みつけた。
ハインケルは僅かに目を伏せる。
(今回の計画を秘匿するため、軍の中枢を担う幹部たちには一切知らせず、私だけで進めた。その判断が、このナデラの侵入を許す結果になるとは……。)
イグニス公は怒りで拳を震わせる。
要人たちは混乱した声を漏らす。
誰が敵なのか。 誰が味方なのか。
もはや誰にも分からなかった。
——しかし。
その瞬間だった。
グサリ。
鈍い音が広間に響いた。
「……ぬぉ……。」
ジェニス国王の身体が大きく揺れる。
次の瞬間――。
ドサッ。
国王は力なくテーブルへ倒れ込んだ。
白いテーブルクロスが、みるみる赤く染まっていく。
「きゃああああっ!!」
王妃の悲鳴が広間に響き渡った。
アルバは目を見開く。
「国王陛下!!」
カリンも凍りつく。
「そんな……陛下……!」
シエナは言葉を失う。
「なんてことを……。」
リリアンは震える声を漏らした。
「国王陛下を……。」
そしてウィンダムは目を丸くし、立ち尽くした。
「嘘……だろ……。」
倒れた国王の背後には、一人の小柄なヴォルトの仮面をつけた者が立っていた。
その手には、血に濡れた剣。
ゆっくりと剣を払う。
ヴォルト「あ〜あ。やっぱりウィンダムは怪しいと思っていたのよね。ふふ。」
仮面の奥から聞こえた声は、女性のものだった。
ヴォルトの女「だからハインケルにも忠告したじゃない。」
「それなのに……『聖騎士の内部にいる協力者は貴重だ』なんて言って、聞き入れてくれなかった。」
「その結果、すっかりウィンダムに出し抜かれちゃって……ふふ。」
アルバはすぐに杖へクレイドを流す。
「くっ……!」
国王へ向け、治癒魔法を発動しようとした。
しかし――。
ヴォルトの女が静かに告げる。
「無駄よ。」
「もう死んでるわ。」
「心臓を一突き。」
その言葉を聞いた瞬間。
駆け寄った王妃の顔が絶望に染まる。
王妃「……あ……。」
震える手で国王へ触れる。
王妃「あなた……。」
声にならない悲痛な声が、広間に響いた。
その隙だった。
カチャリ。
冷たい銃口が、アルバのこめかみに突きつけられる。
ナデラの男「動くな、教帝。」
アルバが視線だけを向ける。
もう一人のナデラが素早く踏み込み、アルバの長杖を奪い取った。
ナデラの男「この杖も預かる。」
アルバは悔しさを押し殺すように、奥歯を噛み締めた。
イグニス公は険しい表情でヴォルトの女を見る。
イグニス公「ウィンダムが裏切ったからといって、国王を殺す必要がどこにあるのだ!」
「この責任は全て貴様一人が負え!私は関与していない!」
ハインケルも眉をひそめる。
ハインケル
「……余計なことを。」
「これだからカレドは……。」
カリン(あのヴォルトの女……。イグニス公の仲間……?他のカレドの人たちとは、何か立場が違うの……?)
ウィンダムは、ただ立ち尽くしていた。
この展開は、彼の想定にはなかった。
そして、怒りと悔しさで拳を強く握り締めた。
ウィンダム「……国王陛下には……何の罪もないだろう。」
低い声が広間に響く。
ウィンダム
「なぜ殺した……。」
「アイ……。」
その名を聞いた瞬間。
カリンはハッと顔を上げた。
カリン
(アイ……。)
(アイって、まさか……ヴィスタにいた……。)
目の前のヴォルトの女へ視線を向ける。
脳裏をよぎるのは、眼鏡を落としては慌て、生徒たちへ優しく笑いかけていた先生の姿。
しかし、目の前のヴォルトの女からは、あの時の面影など微塵も感じられなかった。
アイ「名前を明かすんじゃないよ!このスポーツマン崩れの……教帝の犬の聖騎士が!」
「私たちを裏切るとどうなるか――その代償を国王の命で教えてやったのよ。ウィンダム!」
アイは吐き捨てるように叫ぶ。
アイ「次はアンタだよ!」
そう言うと、ヴォルトの仮面をつけたアイは、国王の血が滴る剣を振り上げた。
狙いは――。
国王の亡骸に抱きつき泣き叫ぶ王妃。
ウィンダム「やめろォォォッ!!!」
その瞬間――。
ガキィィンッ!!
広間に鋭い金属音が響いた。
アイの剣が、弾き飛ばされる。
それを成したのは――カリンだった。
ベレットから赤いクレイドの鎖が伸び、鞭のようにしなってアイの剣を弾き飛ばした。
アイ「……っ。」
カリンは静かにアイを睨みつける。
カリン「……いい加減にしなさい。」
「あなたの怒りや都合で、人の命を見せしめにするなんて……私は絶対に許さない。」
カリンへ銃口を向けていたナデラの男は、目の前の光景に息を呑んだ。
男(……早すぎる……。)
男はカリンに向かって叫ぶ。
男「動くなっつっただろ!」
焦った男は、銃口をカリンのすぐ側にいたアメリへ向ける。
「……っ。」
アメリの身体がびくりと震えた。
小さな瞳が恐怖に揺れる。
その瞬間――。
カリンの表情が変わった。
普段の優しい瞳ではない。
怒りと焦りが入り混じった、鋭い眼差し。
カリンはベレットを握り直す。 伸びていたクレイドの鎖が瞬く間に縮み、ヌンチャクへ戻る。 赤いクレイドが全体を包み込み、その輝きが一層強まった。
カリンは一瞬で距離を詰めた。
「……!」
男が反応するより早く――。
ドンッ!!
赤く染まったベレットが、銃を握る腕へ叩き込まれる。
男「ぐあぁっ……!!」
男の腕が大きく折れ曲がる。
耐えきれず、銃が宙へ弾き飛ばされた。
次の瞬間――。
ドォン!!
暴発した銃弾が天井へ向かって放たれる。
弾丸はシャンデリアの留め具を撃ち抜いた。
カリン「なっ……!」
ミシミシ…
巨大なシャンデリアが軋む。
カリンは瞬時にベレットの鎖を伸ばす。
その先端に巨大な鎌状の刃が形成され、落下するシャンデリアへ絡みついた。
カリン「そこっ!」
カリンはベレットを力強く振り抜く。
クレイドの鎖が唸りを上げ、巨大なシャンデリアは人のいない会場の入口へ吹き飛ばされた。
その頃――。
宮殿の通路を、ミオは全速力で駆けていた。
ミオ「カリン様……!」
一刻も早く、会場へ。
焦る気持ちを抑えながら角を曲がる。
――見えた!
通路の先、右手側。
扉を失った大広間の入口から、眩い光が溢れ出している。
ミオ「……っ!」
あと少し。
そう思った瞬間――。
ガッシャァァァンッ!!
大広間の入口に、巨大なシャンデリアが叩き込まれた。
砕けた硝子が宙へ舞い、金属の残骸が床へ散らばる。
ミオ「え……?」
一瞬で、入口はシャンデリアに塞がれた。
ミオ「……なんてこと……。」
「すでに……会場がここまで……。」
ミオの表情が凍る。
異変は覚悟していた。だが、この光景はその予想を遥かに超えていた。
ミオは拳を強く握り締めた。
ミオ「カリン様……!」
ミオは入口へ向かって駆け出した。
場内にいた要人たちは、目の前の光景に言葉を失っていた。
アイは吹き飛ばされた剣を見つめ、小さくため息をついた。
アイ「剣なんて普段使わないから、簡単に飛ばされちゃったわね。ふん……姫さま。思った以上に暴れるじゃない。」
ハインケルはゆっくりとカリンへ歩み寄る。
その手には、特殊な拘束具が握られていた。
ハインケルは冷静に距離を詰める。
(この娘を傷つけることは出来ない。)
しかし――。
ハインケルが拘束具を伸ばした瞬間、カリンは身体を低く沈めた。
まるで地面を滑るように懐へ潜り込み、ハインケルの腕の下をすり抜ける。
「……!」
一瞬で背後へ回り込むカリン。
ハインケルは振り返りながら、内心で驚きを隠せなかった。
ハインケル
(速い……。小柄な身体を最大限に活かし、相手の間合いそのものを無効化している。これが、この娘の戦い方か。)
(それに、あのヌンチャクのような武器……。形状を自在に変化させ、あらゆる距離に対応している。)
(そして、常識では考えられないほどのクレイド量。)
ハインケルは改めてカリンを警戒する。
その時だった。
イグニス公の声が広間に響き渡る。
イグニス公「もういい!ハインケル!まずは子どもが先だ!子どもを殺すんだ!」
ハインケルは短く返事をした。
「はっ。」
次の瞬間、視線はアメリへ向く。
ゆっくりと剣を抜き、歩み寄る。
アメリ「…………ぁ。」
恐怖で身体が震え、声も出ない。
カリン「させるもんですか!」
カリンが飛び出す。 ベレットから赤い鎖が伸び、ハインケルの剣を握る腕へ絡みついた。
ガキィンッ!!
ハインケル「……貴様……!」
ハインケルは力任せに振り払おうとする。
ハインケルへ意識を向けた、その一瞬の隙だった。
――グサリ。
「……え?」
カリンの瞳が大きく見開かれる。
胸の奥を貫く激痛。
背後には――。
ウィンダムが、無表情のまま剣を深く突き立てていた。
腕から力が抜け、ベレットが乾いた音を立てて床へ転がった。
同時に、結い上げていた赤い髪がほどける。
さらり、と髪が肩を滑り落ち、赤い髪が宙を舞う。
「ピィィィッ!!」
シルフィが悲鳴を上げた。
翼を激しく震わせ、必死にカリンの肩へしがみつく。
カリン「……ウィン……さん……?」
膝から力が抜ける。
ゆっくりと身体が傾き、その場へ崩れ落ちていく。
——そして。
シャンデリアを乗り越え、ミオはついに広間へ辿り着いた。
その瞬間――。
目に飛び込んできたのは、
血に染まりながら崩れ落ちるカリンの姿だった。
その光景が、ミオの脳裏に焼き付く。
呼吸が止まる。
時間が止まる。
「…………カリン様?」
次の瞬間。
「カリン様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」




