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14イグニス公晩餐会2

アルバ「それでは我々も移動しよう。」



ずっと俯いていたアルバが呼吸を整え、腰を上げた。



シエナ「アルバ様、体調がすぐれないのですか?もう少し水を飲んで休まれてはどうですか?」



アルバ「少し考えごとじゃよ。大丈夫だ、シエナ。」



リリアンは黙っていた。



カリンは左腕を軽く曲げアルバの横に並び、

笑顔でこう言った。



カリン「お祖父様、私がエスコート致しますわ。」



アルバは目を丸くして微笑んだ。

「ほっほっほ。カリン。頼もしい限りだよ。しかしエスコートはワシの役目じゃな。」



ウィンダム「シエナ、俺たちもやるかい?」



シエナ「嫌よ。護衛なんだから会場に睨みを効かせていればいいのよ。」



ウィンダム「ははは。冗談だよ。だけどさすがにジェニス国王の前で睨みつけるなんて事は出来ないよ。」



リリアン「主賓のご入場が迫っております。参りましょう。」



そう言って一同は応接間を後にする。



カリンが足を踏み出したその時ーー。



ハッと瞳孔が開く。

そして、



カリン「みんな、先に行ってて下さい。用を足しに行ってきます。」



リリアン「もう時間ですよ。急いで下さい。シエナ、一緒について行って。」



シエナ「わかったわ。」



カリン「あーっと、ごめんなさい。少し長いから一人で行きたいわ!」



リリアン「………。」



リリアン「なんて事…。わかりました。大広間の前でアルバ様とお待ちしてます。」


「シエナとウィンは先に会場入りしておいてちょうだい。」






***






ダクトの中ーー。

ミオは足を止めた。



ミオ「……アメリ?」



耳を澄ます。

だが、先程まで後ろから聞こえていた小さな息遣いも、這い進む音も聞こえない。

胸の奥を嫌な予感がよぎる。

ミオは振り返る。



ミオ「アメリ?」



暗いダクトの奥へ視線を向ける。

そこにアメリの姿はなかった。



ミオ「まさか………いない………?」



ミオは小さく唇を噛む。

(私としたことが……。)



宮殿内外の偵察。

聖騎士とルクセリア軍の異常な配置。

次々と飛び込んでくる情報に意識を奪われていた。



その結果、

ミオ(アメリから目を離した……。) 

額にうっすらと汗が滲む。



ミオ(もし誰かに見つかれば、混乱に陥る可能性が……。)



ミオ「急いで見つけなければ!どうか大人しくしていて下さい…。」



そう呟くと、来た道を引き返し始める。

焦りを押し殺しながら、ダクトの中を急ぐ。



そして小さく、本当に小さくため息を吐いた。



ミオ「……魔法以外は苦手です。」



ミオの姿は暗いダクトの奥へ消えていった。







***






カリンはドレスの中の違和感を感じながら、急いでトイレに向かう。

個室に入り、ドレスを下からめくる。



するとそこには、ピンク色の髪の毛をした自分と全く同じ顔の小さな少女がいた。

カリンは目を丸くした。



カリン「え………。私………?」



アメリ「お姉ちゃん、会いたかったよ。」



カリン「お、お姉ちゃん?」



アメリは目を潤ませ、カリンから離れようとしない。



困ったカリンはドレスを直し、個室を出て、彼女に目線を合わせるようにしゃがむ。



カリン(本当にそっくり…いや、子供の頃の私そのものじゃない。)


(まさか………父さん………。)



しかしあまりにも同じ顔に違和感を覚えた。

アメリはまたカリンに抱きつこうとする。



カリン「ちょっと待って、アナタは誰?お名前は?お姉ちゃんってどういう事?」



アメリ「わたし、アメリ!お姉ちゃんを使って作られたって聞いてるよ。」


「他の人には言わないでね。」



カリンは目を見開き動揺する。

そして冷や汗と共に鳥肌が立つ。



カリン「私を使ってって…一体どういう事?」



アメリ「わからない。そう聞かされたから。」



カリン「誰に!?」



カリンはアメリの両肩を掴み、思わず声を荒げた。その様子に、アメリは怯えたように身を縮こまらせた。



アメリ「お、お姉ちゃんなら……アメリを消さないって……聞いていたのに……」



アメリは萎縮し、小さく震えだす。



カリン(それって…まさかそれって…。)



身の毛のよだつ恐ろしい感覚だった。



カリン(つまりこの子は、誰かが意図的に作り出した私のクローン………。)



肩の上のシルフィが、アメリを見つめたまま小さく羽を震わせる。



今から晩餐会が始まる。

カリンは高ぶる感情を抑え込み、必死に冷静さを取り戻そうとした。



カリン「何でお姉ちゃんなの?私がお姉ちゃんだって誰に言われたの?」



アメリは少し考えたのち、

こう口にした。



アメリ「ドクター。アメリを作ってくれた人。」


「お姉ちゃんから作られたから、お姉ちゃんであっているはず……だよね……?」 



カリンにはアメリの言っている意味がわからない。

だが、そのドクターって人がこの子にいいように吹き込んだのだと考えた。



カッカッカッーー



リリアン「カリン様ーッ!時間がかかり過ぎです。いったいー!!」



大慌てでリリアンがトイレの扉を開けた。



カリンはドレスの裾を必死に直していた。



カリン「ドレスって用を足すのも大変ね。あはは〜。」;



リリアン「もう、何かあったのかと思いましたよ。」



リリアンはホッと胸を撫で下ろす。



リリアン「主賓なのですから急いで下さい。行きますよ。」



リリアンは僅かに眉をひそめた。

カリンの様子がどこかぎこちない。

だが今は主賓の入場が迫っている。

問いただす時間はなかった。



カリン「ごめんなさい。リリアン。」



カリンはドレスの中を気にかけながら急いで大広間へ向かう。



カリン(今ここで騒ぎになれば晩餐会どころではなくなる。)


(偶然なわけがない。晩餐会に関わる誰かがこの子を私に会わせた。イグニス公……?それともオーメン卿……?)


(いえ、決めつけるのは危険ね。)



アメリは不安そうにカリンのドレスを握っている。



カリン(少なくとも、この子に罪はない。何者に利用されているとしても。)
















巨大な扉が開く。

ざわめいていた会場が静まり返った。



アルバにエスコートされたカリンが姿を現す。

北の領内各国の王族や大臣、

無数の視線が二人へ向けられた。



会場に入るとイグニス公がゆっくりと歩み寄る。



イグニス公 「これはこれは、アルバ教帝。そしてカリン様。お待ちしておりました。」



アルバ 「待たせてしまったようじゃな。」



イグニス公 「いえ。本日の主賓です。皆もカリン様の到着を心待ちにしておりますよ。」



そう言うと、イグニス公の視線が一瞬だけカリンの顔をなぞる。

まるで何かを確かめるように。



しかし次の瞬間には柔和な笑みに戻っていた。



イグニス公は優雅に一礼する。

そして会場中央へ手を差し向けた。



イグニス公「どうぞ、お席へ。」



会場は眩いほど豪華だった。

巨大なシャンデリアの光が銀の燭台や高級な食器を照らし、長卓には色鮮やかな料理が並んでいる。



カリンは優雅な笑みを浮かべながら歩く。

……はずだった。



しかし歩幅は不自然に狭く、 どこかよちよち歩きになっている。



カリン(あと少しだから……お願い、じっとしていて。)



アルバ「まったく。主賓が最後に現れるとはのう。」



カリン「申し訳ございません……。」



一同は会場最奥の主卓へと着席した。



中央のイグニス公を挟み、左にアルバ、右にカリン。その両端にはジェニス国王夫妻が並ぶ。



後方ではリリアンとハインケルが控え、シエナとウィンダムが会場を警戒している。



イグニス公はゆっくりと立ち上がり、グラスを手に取った。



会場のざわめきが静まる。



イグニス公

「本日はご多忙の中、お集まりいただき誠に感謝しております。アルバ教帝、そして次代を担うカリン様をこの北の地へお迎えできたことを、大変光栄に思います。」


「また、ジェニス王国の国王陛下並びに王妃殿下にもご列席いただき、心より感謝申し上げます。」



イグニス公は穏やかな笑みを浮かべた。



「今宵が皆様にとって実りあるひとときとなることを願っております。」



グラスを掲げる。



「北の繁栄と、皆様の未来に――乾杯。」



会場中のグラスが一斉に掲げられた。



「乾杯!」



澄んだ音色が広間に響き渡った。







乾杯を終え、招待客たちは食事と会話を楽しみ始めた。

あちこちで笑い声が上がり、誰もが今宵の宴を楽しんでいた。



ドレスの内側でアメリがもぞりと動く。

カリンの口元が一瞬だけ引きつった。



国王「おやおや、どうかされましたかな?カリン様。」



カリン「あ、その……領主様と国王陛下に挟まれてしまって。さすがに少し緊張しております………ははは。」



国王「そのお歳でこれだけの方々に囲まれているのです。緊張するのは当然でしょう。」



カリン

「ありがとうございます、陛下。」



イグニス公はグラスを傾けながら微笑んだ。



イグニス公「ですが、カリン様はただのお方ではありますまい。」


「人並み外れたクレイド量を持ち、日頃から武術の鍛錬にも励まれているとか。」



アルバは耳を澄ましている。



カリン「ええ。フェナード家は代々、クレイド量が人より多いのです。ベレットという私専用の武器を使い、よく聖騎士達にお相手していただいています。」



イグニス公「ほほう。お噂通り、快活であらせますな。」



イグニス公はワインを軽く揺らしながら穏やかに微笑む。



イグニス公「ですが、貴女のクレイドはその程度のものではありませんよ。」



カリン「え…?」



アルバが割って入る。



アルバ「なんのつもりかの、イグニス公。」




その時、ドレスの中のアメリがびくりと身を震わせた。


アメリ「イグニス……。」


その顔がみるみる青ざめる。


アメリ「どうしよう……消されちゃう……。」


小さな手が不安そうにカリンのドレスをぎゅっと掴んだ。




イグニス公「おやおや、カリン様に何も話していないのですか?」


「カリン様はもう17才ですぞ。次代の教帝、今の内から婚姻を済ませ、世界やご自身の真相を伝えておくべきかと、ハハハ、お節介が過ぎましたかな?」



アルバ(こやつ、今この場でカリンに話すつもりか…)



カリン「一体、何の話をしているのですか?」



アルバはすぐさま話を逸らす。



アルバ「婚姻を済ませれば、教帝と同じような様々な特権が与えられる。教議会だけでなく、ルクセリア会議に参加出来たり、新貴族の当主と会談や謁見が可能となる。」



カリン「婚姻の件は重々承知しております。そちらの件ではなくて、世界や自身の真相とは何の事なのです?」



イグニス公「ほほう。ご本人はさぞかし興味がお有りだ。」



アルバ「その話はルクセリア法で固く禁じられていますぞ。ましてはこのような公の場で。」



イグニス公の笑みがわずかに深まる。



イグニス公「おやおや、法を犯しているのはアルファリア教会なのでは。」


「世界中がこれほどクレイド不足に苦しんでいるというのに世界を変え得るほどのクレイドを独占している。」



その一言に、周囲の空気が変わった。

近くの席で談笑していた貴族たちが言葉を止める。

酒杯を傾けていた者も、料理に手を伸ばしていた者も、次第に主卓へ視線を向け始めた。



カリン「そんな物が教会に……?」



そしてカリンはハッとなる。



カリン「まさか、あの機密クレイド!?」



イグニス公「おお!アレの存在はご存じでしたか!しかし、アレ単体ではただの神々しい光を放つクレイドでしかない。」



カリン「………?」



後方で話を聞いていたリリアンも知らない内容だった。

(あの機密クレイドが…世界を変え得る…?)



ハインケル「………。」



会場のざわめきがさらに広がる。



アルバは勢いよく立ち上がった。

額には冷や汗が滲んでいる。



アルバ「よせっ!!それ以上はならん!その話を公の場で語ることは違法じゃ!たとえ領主であろうと看過はできんぞ!」



しかし、もはや遅かった。

会場中の視線は完全に主卓へ集まっていた。



カリン(発言そのものが違法……?やはり、あの機密クレイドは重要な手掛かりなのだわ。あれが10年前の事件、そして父さんの失踪に繋がるのだとしたら…。)



カリンはゴクリと息を飲む。



カリン(それに世界や自身の真相って何なの?)



カリンは唇を引き結び、イグニス公を見つめた。



カリン「あの機密クレイドは一体何なのですか?教えて下さい、イグニス公。」



会場から音が消えた。

張り詰めた空気の中、誰も口を開こうとしない。



イグニス公はゆっくりとグラスを置き、立ち上がる。

そして静かにカリンを見下ろした。













イグニス公「貴方をメイデス様に戻せるクレイドですよ。」














カリン「!?」



リリアン「!?」



会場中「――!?」



カリン「私……が……メイデス様……?」



カリンは瞬きを忘れていた。

それは教会が崇める女神。

その名は誰よりも知っている。

幼い頃から毎日祈りを捧げてきた名。

その名が今、自分を指している。

理解が追い付かなかった。



カリン「そんな……。」

「メイデス様は……女神様です……。」



アルバ「イグニス公!何を考えておる!何故、この場を選んだ!」


「カリンが真実を求めることなど、分かりきっておったはずじゃ!だからといって、列席者全員の前で明かす必要がどこにあった!」



アルバは会場を見渡した。

招待客たちはざわめき始めている。



アルバ「よりにもよって……。メイデス様の存在を公にしてしまうとは……。」



アルバの額を冷や汗が伝う。

力強くテーブルクロスを握りしめた。



イグニス公はアルバの言葉など意に介さず、語り始めた。



イグニス公「千年以上前、この世界は今よりも遥かに高度な文明を築いていた。」


「そして、その頂点に君臨していたのがエリシオンだ。人間とは比べものにならぬクレイドを持つ支配者だった。」



会場がどよめいた。

招待客たちは皆、耳を疑っている。

教本にも歴史書にも存在しない種族。

今より遥かに高度な文明。



「そんな馬鹿な……。」


「カリン様が……女神様だというのか……?」


「あり得ん……。」


「エリシオン……?初めて聞く名だ……。」


「そんな歴史、知らされていない……。」


「法で禁じられている理由があるのか……。」


「教会は何を隠している……?」


「教帝は知っていたのか……?」



あまりにも常識とかけ離れた話に、誰もが困惑を隠せない。

晩餐会の空気はもはや歓談の場のものではなかった。



シエナ 「何よ、それ……。カリン様がメイデス様だなんて……そんな話、信じられるわけないじゃない。」



リリアン「なんてことなの……。」



リリアンは息を呑む。



リリアン(アルバ様が否定しない……。)

(まさか、本当に……。)

(これがイグニス公の狙いだったのね……。)



カリンが言葉を失う中、イグニス公は満足そうに目を細めた。

そして追い打ちをかけるように口を開く。



イグニス公

「そしてエリシオン最後の皇帝ベルトーネ。その第三皇女セイラは、娘のメイデスからエリシオンの力を抜き取り、人間へと変えた。」


「そして、その娘を遥かな未来へ送り出したのです。」



イグニス公は静かにカリンを見つめる。



「――その娘こそ、貴方ですよ。カリン様。」



カリンの瞳が大きく揺れた。



カリン「違う……。」

「そんなはず……ありません……。」



信じてきたものが根底から揺らぐ。



「あの方は……私が信じてきた女神様です……。」

「私ではありません……。」



あまりの衝撃に呼吸の仕方すら分からなくなる。



イグニス公

「だからこそ、あのクレイドがあれば——貴方はメイデス様に戻れる。」


「エリシオンのクレイドは人間の比ではない。世界中が求めているのは、その力なのです。

貴方がメイデス様へ戻れば、この世界は救われる。」


「それでもなお、自分はただの人間だと言われますかな?」



全てがあまりにも現実離れしていた。

カリンは何度も首を横に振る。



カリン「そんな……。」

「だって私は……。」



続く言葉が出てこない。

頭の中が混乱していた。



肩に止まっていたシルフィが、小さく鳴いた。

まるで、取り乱すカリンを案じるように。



アルバ(こやつの狙いは機密クレイドじゃ……。)


(要人たちの前で真相を明かし、教会への疑念を煽る。そうして世論を味方につけ、機密クレイドの提供を迫るつもりか……!)


(法に触れようが関係ない。人民の支持を得れば、法など容易く揺らぐ……。)



アルバはイグニス公を睨みつける。

その余裕に満ちた笑みを見て、背筋に冷たいものが走った。



アルバ(いや、それだけではない。もしイグニス公が、レイノルドが機密クレイドと共に姿を消したことを知っているのなら……。)


(これは脅しじゃ。どこかに潜むレイノルドへの脅し。あるいは、わしが居場所を知っていると踏んでの揺さぶりか……。)



カリンは言葉を失ったまま動けずにいた。

理解が追いつかない。

会場もまた騒然としている。

誰もが困惑と疑念の入り混じった視線を主卓へ向けていた。




ドレスの中のアメリは身を縮こませていた。

イグニス公の名を聞いた時から、小さな体は震えたまま。

そして今、カリンの震えと混乱が、そのまま伝わってくる。

カリン「お姉ちゃん……大丈夫……?」



不安そうに顔を上げたアメリは、カリンの太ももに取り付けられたベレットを見つけた。



アメリ「これは…。何…?」




カリンに何か声を掛けなければ。

一人にしてはいけない。

そう思ったリリアンは、反射的にカリンのもとへ駆け寄る。



リリアン「カリン様……!」



伸ばされたリリアンの手が、カリンの肩に触れる――その瞬間。



カリンは唇を強く噛んだ。 混乱の中でも、思考だけは手放さなかった。



信じられない話の数々の中で、カリンの脳裏に浮かんだのは10年前の事件だった。



カリンはゆっくりと息を吸う。

混乱は消えていない。 だが、その瞳にはいつもの強い光が戻り始めていた。



その変化に気付いたリリアンは、伸ばしかけていた手を静かに下ろす。



リリアン(……大丈夫。)



そしてカリンはイグニス公を真っ直ぐ見据える。



カリン 「……なら、教えてください。イグニス公。10年前、私を襲い、教会が厳重に保管していた機密クレイドを奪おうとしたあの事件を。」



会場が静まり返る。

カリンは続けた。


「今のお話が事実なら、あの事件はただの襲撃ではありません。誰かが私の正体を知り、その力を手に入れようとした。だから事件は起きた。」



カリンの声に力が宿る。


「では、その首謀者は誰だったのですか?」

「貴方は何を知っているのですか?」



「――あるいは。」



カリンの瞳が鋭く細められる。



「その首謀者は、貴方なのですか。イグニス公。」




イグニス公は顎に手を当てる。 その表情からは動揺も焦りも読み取れない。



イグニス公「10年前の事件ですか。残念ながら首謀者ではありませんな。むしろ私も、その真相を知りたい側の人間ですよ。」



カリン 「――っ。」



言葉に詰まる。

その時だった。



天井一面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

眩い光が会場を包み込んだ。



ウィンダム 「あれは――!」



シエナ 「転移魔法!?」



二人は反射的に駆け出した。 次の瞬間には、すでにアルバとカリンの前へ回り込み、剣を抜き放って周囲を鋭く警戒する。



そして――

魔法陣から黒い影が次々と降り立った。

全員が不気味なヴォルトの仮面を身に着けている。

カレド部隊だった。



「なっ――!?」


「どういうことだ!?」


「あれは暗躍のカレド部隊……?」


「教会の部隊ではないのか!?」


「な、何が起きている!?」



悲鳴と怒号が飛び交う。

だが混乱が広がるより早く、カレドたちは行動を開始した。

要人たちの背後へ回り込み、短い杖を首筋へ突き付ける。



「きゃああっ!」


「離せ!」


「ま、待て!」



わずか数秒。

晩餐会は完全に制圧された。

ジェニス国王夫妻も。

各国から招かれた要人たちも。

全員が人質となる。



ハインケルの首元にも短杖が添えられる。 彼は表情一つ変えず、ゆっくりと両手を上げた。



そして――。

北の領主イグニス公。その背後にも、一人のカレドが静かに立った。

短杖が首筋へ向けられる。



シエナ 「何よ……これ……!」



ウィンダム 「カレド部隊……!? なぜここに……。」



二人はアルバとカリンを庇うように、剣を構え続けた。



リリアンもアルバとカリンの背後へ控え、いつでも動けるよう身構えた。



カリンは周囲を見渡した。

そして思い出す。

クロムが告げた言葉を。


(オーメン卿が世界各地のカレド部隊に招集をかけていた――。)


(まさか……。)



会場を埋め尽くす仮面の群れ。



イグニス公は抵抗することなく両手を上げた。 その顔には困惑の色を浮かべながら、静かにアルバへ視線を向ける。



イグニス公 「これは……どういう事かな。アルバ様。」



その言葉を聞いた瞬間、アルバの眉がぴくりと動いた。



周囲の要人たちは人質となっている。

だが――教会関係者だけは、誰一人として拘束されていなかった。



リリアン(イグニス公とオーメン卿の繋がり……。まさか、本当に――。)



アルバの瞳がゆっくり細められる。



アルバ 「……そういうことか。」



その目は真っ直ぐイグニス公へ向けられていた。



アルバ 「これが貴様らの狙いか……。」



ヴォルトの仮面たちは、短杖を握ったまま微動だにしない。



晩餐会は、完全に支配された。

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