13イグニス公晩餐会
ジェニス駅へ到着した一行。
大陸中部最大級の商業都市、ジェニス。
物流と金融の中心地として知られるこの都市の玄関口だけあり、駅舎は巨大だった。
幾本もの線路が張り巡らされ、無数の列車が絶え間なく発着を繰り返している。
駅を出たカリンたちの目の前には、近代ゴシック様式の壮麗な街並みが広がっていた。
厳格にデザインされた白い石造りの建物。
石畳の大通り。
その光景にカリンは思わず目を輝かせる。
カリン 「わぁ……。」
シルフィ「ピピー♪」
アルバ 「ほっほっほ。相変わらず見事な街並みじゃのう。」
しかし。その華やかな景色とは裏腹に、街にはどこか張り詰めた空気が漂っていた。
道路の各所には武装したルクセリア軍が配置されている。
軍用車両も頻繁に行き交っていた。
リリアンは眉をひそめる。
「要人警護にしては少し多すぎますね。」
シエナ 「ルクセリア軍のアピールも兼ねてるのよ、きっと。」
ウィンダムは周囲を見渡した。
「それだけじゃないね。一般市民の姿がほとんど見当たらない。」
「交通規制も敷かれているみたいだ。晩餐会のために街全体を警戒態勢にしているのかもしれない。」
カリンも辺りを見回す。
確かに商業都市とは思えないほど人通りが少なかった。
その時だった。一台の黒いリムジンが静かに一行の前へ停車する。後部座席の扉が開き、一人の男が姿を現した。
黒髪で切れ長の細い目、そして隙のない身なり。その立ち振る舞いだけで只者ではないことが伝わってくる。
男は一礼した。
ハインケル「こんにちは。アルバ・フェナード教帝。そして初めまして。カリン・フェナード様。イグニス公の筆頭補佐官を務めております、ハインケルと申します。この度は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。」
アルバ 「ご無沙汰じゃのう、ハインケル殿。」
「盛大な出迎え、感謝するぞ。」
カリン 「初めまして、ハインケル殿。このような場へお招きいただき光栄です。」
ハインケル 「お会いできて光栄です。カリン様。」
その物腰は柔らかい。
だが、一切の隙がなかった。
カリンは内心で思う。
(落ち着いた方ね……。けれど、とても頭の切れる人だわ。)
その後、一行はリムジンへ乗り込んだ。
アルバ、カリン、リリアン。
そして護衛のシエナとウィンダム。
他の聖騎士たちはルクセリア軍の装甲車へ分乗し、ジェニス宮殿へ向かう。
シエナ「あらあら、私たちは装甲車ではないのね。」
ウィンダムは苦笑する。
ウィンダム 「ははは。A級聖騎士冥利に尽きるじゃないか。アルバ様とカリン様の専属護衛として同じ車両に乗せてもらえるんだからね。」
リリアン「最重要な護衛の任よ。しっかり目を凝らして警護にあたりなさい。」
ウィンダム「承知した。」
シエナ「了解よ。リリアン。」
リムジンがゆっくりと走り出す。
窓の外では、装甲車の車列が続いていた。
カリンはそれを見つめながら考える。
(あの装甲車一台に、どれほどのクレイドが使われているのかしら……。)
列車は乗客からクレイドを徴収し、走る。
民間の自動車は所有者のクレイドを使い走る。
そして軍備は兵士たちのクレイドで運用されている。
装甲車に搭載された小型の結晶、クレイドバッテリーは、ルクセリア軍人たちから供給されたクレイドによって作動していた。
***
やがて車列はジェニス宮殿へと到着した。
重厚な鉄門をくぐると、色鮮やかな花々が咲き誇る庭園と美しい噴水が姿を現す。
その先には、淡いクリーム色の外壁を持つ巨大な宮殿が広がっていた。
左右対称に整えられた建物。大きな窓が並ぶ。
白い装飾が施された優雅な外観は、威圧感よりも気品を感じさせる。
カリンは思わず目を見開いた。
「綺麗……。」
シルフィ「ピピピー♪」
アルバは満足そうに頷く。
「ほっほっほ。優美じゃのう。」
まるで絵本の中に描かれた王宮のような光景だった。
だが、その美しい景観とは裏腹に、宮殿の周囲には数多くのルクセリア軍が配置されている。
歓迎のためにしては、あまりにも厳重な警備だった。
リムジンが正面玄関へ横付けされる。
扉が開くと、宮殿の階段上にはジェニス国王夫妻と大勢の使用人たちが整列していた。
国王は恰幅の良い壮年の男性。
王妃は柔らかな笑みを浮かべる上品な女性だった。
国王はアルバの姿を見つけると、嬉しそうに手を広げる。
国王 「アルバ教帝! カリン様! ようこそジェニスへ!」
王妃 「お会いできる日を心待ちにしておりました。」
アルバ 「これはこれは、国王陛下。王妃殿下。ご丁重なお出迎え、感謝いたしますぞ。」
カリンも優雅に一礼する。
カリン 「本日はお招きいただきありがとうございます。」
王妃 「まあ、本当にお綺麗になられて。」
国王 「噂以上だ。アルバ様が目に入れても痛くないほど可愛がっておられる理由が分かるな。」
アルバ 「ほっほっほ。」
カリン 「もう、お祖父様。」
和やかな空気が流れる。
その時、国王の視線がウィンダムへ向いた。
国王 「おお! ウィンダム君ではないか!」
ウィンダムは思わず笑みを浮かべた。
「ご無沙汰しております。国王陛下。」
国王 「相変わらず良い男だな!」
王妃 「本当に。少し年齢を重ねたけれど、あの頃と変わらないわ。」
ウィンダム 「お二人ともお変わりないようで安心しました。」
国王は懐かしそうに笑う。
国王 「君が競技場を駆けていた頃は毎年楽しみだった。」
王妃 「表彰式ではいつも観客の歓声が凄かったものね。」
シエナが小声で呟く。
「さすが元スター選手。」
国王 「今夜はぜひ会場の護衛を頼む。君がいてくれると心強い。」
ウィンダム 「光栄です。全力を尽くします。」
国王は満足そうに頷いた。
そして改めて一行へ向き直る。
国王 「さあ皆様。イグニス公も到着を心待ちにしております。」
王妃 「どうぞ宮殿へお入りください。」
ジェニス王家は今なお人々から深く敬愛されている。
王家は伝統や文化、外交儀礼の象徴として大きな影響力を持つが、政治・軍事・経済の実権はルクセリア政府北方領を治める新貴族――イグニス公が握っていた。
国王夫妻にも意見や提言を行う権限はある。しかし最終的な決定を下すのは領主であるイグニス公であった。
巨大な扉がゆっくりと開かれた。
その先には、豪華なシャンデリアが輝く宮殿の大広間へ続く長い廊下が伸びていた。
ハインケルは恭しく一礼する。
「晩餐会の開宴まで今しばらくございます。まずは応接間へご案内いたします。」
アルバたちは頷き、その後に続いた。
豪華な廊下を進む一行。
赤い絨毯の上を歩きながら、カリンは周囲を見渡していた。宮殿の内装は豪奢そのものだったが、不思議と落ち着かない。
ハインケルは歩きながら振り返る。
「本日はイグニス領内の各国首脳や政府関係者の方々も多数お見えになっております。」
「皆様、アルバ教帝との再会を楽しみにしておられます。」
やがて廊下の先にある大扉の前でハインケルが立ち止まった。
ハインケル「こちらでございます。」
従者たちが扉を開く。
その先には晩餐会前の応接間が広がっていた。
すでに多くの招待客が集まっている。
イグニス領内に属する各国の王族や大臣たちだ。
談笑していた彼らは、アルバの姿を認めると次々に会話を止めた。
視線が一斉に集まる。
教帝アルバ・フェナード。
世界最大宗教、アルファリア教会の頂点に立つ存在。その影響力は国家元首にも匹敵する。
招待客たちは自然と道を開けた。
その中央。
一人の男がゆったりとソファに腰掛けていた。
年齢は五十代後半ほど。
立派な口髭を蓄え、恰幅の良い身体を高価な礼服に包んでいる。
指には大粒の宝石が幾つも輝いていた。
男はグラスを置き、ゆっくりと立ち上がる。
小さな目が細められた。
イグニス公 「ようこそお越し下さいました。アルバ教帝。」
アルバは静かに頷く。
「久しいのう。イグニス公。」
イグニス公は大げさに両手を広げた。
「いやいや。こうして直接お会いできる機会を、どれほど待ち望んだことか。」
そしてー
その視線がカリンへ向く。
口元にうっすらと笑みを浮かべながら、じっと見つめてきた。
イグニス公 「初めまして。カリン・フェナード様。」
その瞬間。
カリンは思わず背筋を強張らせた。
カリン(この人が……イグニス公。)
(北を統べる新貴族。そして、この地の実権を握る領主。)
初めて目にする領主。
その存在感だけでも圧倒される。
だが、それ以上に。
その細い瞳に宿る視線にカリンは本能的な警戒心を抱いた。
カリンは一礼する。
カリン 「初めまして、イグニス公。今回はこのような晩餐会に私までお招きいただき、光栄です。」
イグニス公は満足そうに頷いた。
イグニス公「噂以上ですな。美しく、聡明で、人々から慕われている。まさに次代の教帝に相応しい。」
周囲の招待客たちも興味深そうにカリンを見ている。
教帝の後継者。
その名は各国にも広く知れ渡っていた。
カリン 「過分なお言葉です。」
イグニス公 「謙虚なところまで素晴らしい。」
そう言って笑う。
しかし、その笑顔はどこか作り物めいて見えた。
イグニス公の視線が今度はリリアンへ向く。
続いてシエナ。そしてウィンダム。
護衛たちを一人ずつ確認するように眺めた後、再びアルバへと視線を戻した。
イグニス公 「ほほう。国王陛下の計らいで聖騎士も会場内の警護にあたると聞いておりましたが、さすが教帝直属の精鋭。実に頼もしいですな。」
三人は揃って一礼した。
アルバは穏やかに笑う。
アルバ 「ほっほっほ。武装はしておりますが、今宵は晩餐会じゃ。何も起こりはせんよ。」
イグニス公 「それは何よりです。」
そして、イグニス公は再びグラスを手に取った。
「では、まもなく開宴でございます。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい。」
そして最後に。
再びカリンへ視線を向ける。
イグニス公 「アルバ教帝。そして――カリン様。」
意味ありげな笑みだった。
カリンの肩がわずかに震える。
イグニス公はそのまま他の招待客たちの方へ歩いていった。
周囲も再び談笑を始める。
カリンの胸のざわつきだけは消えなかった。
(怖い。正直に言えば、あの人の目は苦手だ。)
カリンは遠ざかるイグニス公の背中を見つめた。
(だけど一つだけ確かなことがある。あの人は私を招待をした。そこには何か理由がある。)
(そして私も、あの人から聞かなければならないことがある。)
カリンは無意識に拳を握り締めた。
***
ジェニス宮殿、搬入口
品物のセキュリティ検査が行われている。
検査官の男が大きな木箱のラベルをチェックする。
――搬入先 ジェニス宮殿
――宮殿調度品
男「でかいな〜。こいつは一旦、保管庫行きだな。」
男は透過検査装置に大きな木箱を入れる。
ウィーン、ウィーン
………。
警告音は鳴らない。
男「うっし、保管庫〜。」
男は大きな木箱を台車に乗せて移動する。
男「お、そうだ。トイレ、トイレ〜っと。」
男が用を足して再び台車の元へ戻ると、
木箱は何ごともなくそこにあった。
男「〜♪」
通路の影から、ミオとアメリは男が保管庫へ行くのを見送っていた。
男の姿が角の向こうへ消える。
アメリは壁からひょこっと顔を出し、周囲をきょろきょろと見回した。
アメリ「ミオちゃん、どうやったの?箱の中を真っ暗におおったよね?」
興奮した様子でミオへ振り返る。
ミオは物陰から静かに歩み出ると、保管庫へ続く通路へ視線を向けたまま答えた。
ミオ「透過検査装置は鉛で覆えば中身を透過する事はできません。そしてその上から更に調度品のような布を施せばラグかカーテンに見えるでしょう。」
アメリは目を丸くした。
アメリ「すごすぎるよ。ミオちゃん。何でも知ってるし、何でも作れるし。」
ミオは一瞬だけアメリを見て、少し苦笑した。
ミオ「街中で交通規制が行われていたようですね。」
「だいぶ遅れてしまいました。急ぎましょう。人に見つからないように。」
二人は移動を開始する。
ミオ(この子がいる分、会場での潜伏方法を少々変えなくてはなりませんね。)
(まずは宮殿の外の様子から確認しましょう。)
ミオはアメリを連れて、小部屋を覗いた。
人がいない事を確認すると中に入る。
アメリ「なんてかわいいところなの…。」
優美なインテリアに驚きうっとりするアメリ。
まるで、初めて見る世界のように目を輝かせている。
ミオ「恐らく王たちの私的な場所でしょう。」
ミオは壁に背をあて、そっと窓の下を覗き込む。
ミオ「!?」
ミオ「なんて数の軍隊がいるの?装甲車の数も異常です。」
グレーの軍服に身を包み、宮殿の庭に配置されたルクセリア軍。
晩餐会にしては物々しい雰囲気にミオの不安を煽る。
ミオ「行きましょう。次は宮殿内の通路です。」
そう言ってミオはハシゴを作り、天井にある通気口の格子を開ける。
アメリ「ミ、ミオちゃん…!?」
ミオは通気口に入り、中から顔を覗かせる。
ミオ「早く登ってきて下さい。あなたを拘束するつもりはありません。ですが、それは今の私に果たすべき役目があるからです。邪魔はしないで下さい。」
アメリはその言葉に唇を震わせた。
そして歯を食いしばり、ミオの後を追った。
ダクトの中――。
ミオは不安にかられ少し焦っていた。
そしてアメリの存在。
情報の整理が追い付かない。
そして、通路西側に辿り着き、換気口から下を覗き込む。
ミオ「聖騎士とルクセリア軍!?」
会場となる大広間の周りの通路は聖騎士とルクセリア軍で固められていた。
そして招待客達が次々と応接間から大広間へ移動を始めていた。
アメリ「待って、ミオちゃん。この中、せまくて暗いよ。」
ミオ「様子がおかしいです。急いで下さい。東側の通路に行きますよ。」
ミオ(何故、聖騎士達が建物内に!?通常、新貴族が絡む行事では武装した聖騎士は中には入れてもらえず、建物の外側を預かるハズなのに…。)
(そして通路には、同程度の人数のルクセリア軍まで配置されている……。)
ミオは焦りからか、アメリの存在が頭から抜け落ちどんどんダクトを進んで行く。
アメリ「ミオちゃん、待っ……。」
そこで馴染みのある、けれど少し大人びた声が聞こえた。
ふと、アメリは横に見えた換気口を覗き込む。
招待客「教帝になるにあたって、婚姻を済ませなければならないのでしょう? 我が息子のドミニクなど、いかがでしょうか。カリン様。」
カリン「お気遣いいただき、ありがとうございます。」
カリンは穏やかな笑みを浮かべる。
アメリ「カリン………?」
カリン「確かに、教帝に即位するためには婚姻が必要となります。ですが、私はまだ教会の教えや務めについて学ばなければならないことが数多くございます。」
同じ顔、同じ声。
アメリは自分と同じその姿を見て、
瞳に涙を浮かべ、笑みがこぼれる。
アメリ「お、お姉ちゃん……。」
カリン「そのような未熟な身でドミニク様のお力をお借りするのは、あまりにも申し訳なく思います。」
招待客「ほう……。」
カリン「まずは教帝として相応しい人間になれるよう努めることが先決です。現時点では婚姻について考える余裕がございません。」
カリン(結婚というより、権力への投資ね。)
招待客「そうでしたか。いや仕方が無い。教帝となられる御方は大変でございますな。」
「おっと、皆さん移動されておりますな。それでは失礼します。」
アメリ「お姉ちゃん…。本当に私とおんなじ顔。」
「やっと会えた……。」




