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12大陸横断鉄道ミレーニア2

ミオ「信じられません……。」



ミオは驚愕と緊張、そして焦りで硬直していた。



冷や汗が頬を伝い、背中を濡らしていく。



目の前の少女を受け入れることができない。



両腕を抱きしめるようにして震える少女を見つめながら、ミオの脳内を様々な考えが駆け巡る。



ミオ(この子は作られた……。)


(誰かが作った。いや、一体誰が……。)


(それに、カリン様へ近付こうとする理由。)


(偽物を名乗る者が、本物のオリジナルへ接触しようとする理由など―。)



ミオの瞳が鋭く細められる。

再びクレイドが身体の奥から湧き上がった。



ミオ

(この者は―。)


(今、この場で……私が……。)



貨物室の空気が重く張り詰める。

その圧力を感じ取ったのか、震えていたアメリの瞳に涙が浮かんだ。



アメリ「私を……消すの?」



か細い声だった。

感情の高ぶりに呼応するように、アメリの足元から僅かにクレイドが漏れ出す。



それは―

カリンと同じ、赤い色だった。



ミオは息を呑む。



ミオ「っ……。」

思わず歯を食いしばった。



涙を浮かべ震えるその姿は、幼いカリンそのものだったからだ。



ミオはその場に崩れ落ちるように膝をついた。



ミオ「私には……。そんなこと……。」



すると、アメリは震えながらも精一杯に声をあげた。



アメリ「言われたんだもん。お姉ちゃん以外の人に話したら消されちゃうって。」


「話してって言ったのに、話したら、その魔法で消すの?」



ミオ「くっ………。」



ミオは拳を床に押し付けた。

そしてクレイドが収まる。



ミオ「できません………。」



アメリは驚いた表情を見せる。



ミオ「カリン様なら、絶対にそんなことはいたしません。自らが危険に晒されようとも…。」



アメリ「え………。」



ミオはそこでようやく気付いた。

この件をアルバへ報告するためにも、まずはこの子の身柄を確保しなければならない。



ミオ「それに……複製体の存在は、教会にとっても見過ごせない大事件です。誰が、何のためにアナタを作ったのか。その全てを調べなければなりません。」


「アメリ。アナタは、全容を解き明かす唯一の手掛かりなのです。」



アメリは恐る恐るミオを見上げた。



アメリ「……お姉ちゃんには会えないの?」



ミオ「残念ですが、今は無理です。」


「アナタは現時点で最重要の危険人物に指定される可能性があります。教会で然るべき判断が下されなければ、カリン様との接触は認められないでしょう。」



そして、少しだけ視線を伏せる。



ミオ「私個人としては、カリン様との接触そのものに反対ですが。」



冷静を装ってはいたが、ミオの思考は混乱の渦中にあった。



(なぜ晩餐会へ向かうこのタイミングで、こんな事態に……。)


(この子の存在に、一体誰が関わっているのか。)


(イグニス公……? まさか……。)


(それに、この子は本当に何も知らされていないのでしょうか。)


(「お姉ちゃん」という情報だけを与えられている……?)



(いや……。)



ミオは震えるアメリへ視線を向ける。



(純粋にカリン様へ会いたがっているようにも見える……。)



アメリは怯えた表情のままミオを見つめていた。



(いいえ。そう思わせているだけかもしれません。)



(この子の正体は未知数です。やはりー。)



ミオは深く息を吐いた。

そして、今最も優先すべきことを思い出す。



ミオ「これから、カリン様にとって重要な晩餐会が始まります。」


(イグニス公からの招待を受けた時点で、アルバ様も覚悟を決めていらっしゃる。)


(だからこそ、あのお方はこのような手段を使ってでも私に同行を命じた。)



ミオは魔法陣を展開する。

そして一本のロープが生成された。



ミオ「私には果たすべき役目があります。」


「ですから晩餐会が終わり、教会本部へ帰投するまでは、アナタを拘束しなければなりません。」



アメリの肩がびくりと震えた。



アメリ「ぁ……ぁ……。」



ミオは唇を噛み締める。



まともにアメリの顔を見ることができない。



ミオ(子どもに、こんなこと……。)



アメリ「ミ……ミオちゃん……、」



か細い声が響く。



アメリ「ミオちゃん……怖いよ……。」


「どうして……どうして……アメリに酷いことしようとするの……?」



ミオは目を閉じた。



ミオ(ダメです。)


(見てはいけません。聞いてはいけません。)


(この子はカリン様に危害をもたらす可能性のある存在。)


(今は目の前の役目を最優先にしなければなりません。)



アメリ「ニセモノは……酷いことされちゃうの?」



――その瞬間だった。



ミオはアメリを抱き締めていた。



アメリ「えっ……。」



ミオ「……私としたことが。」



自嘲するように呟く。

ミオの瞳から力が抜けていた。



ミオ「……ダメでした。」



アメリ「ミオ……ちゃん?」



ミオはアメリを抱き締めたまま続ける。



ミオ「私にはやるべきことがあります。拘束などの措置は取りません。」


「ですが、本部へ戻るまでは私と共に行動してもらいます。」



そして少しだけ表情を和らげた。



ミオ「いいですね? アメリ。」



アメリ「ミオちゃん……。うん……。」



ミオは毛布を掛ける。

ミオ「少し眠りましょう。」



アメリ「え?」



ミオ「ジェニスに着くまでかなり時間があります。その間に、私も今後の事を考えます。」



アメリ「本当に縛らないの……?」



ミオ「ええ。約束します。」



アメリは不安そうにしながらも目を閉じた。



やがて寝息が聞こえ始める。



ミオはその横に腰を下ろした。

そして深くため息を吐いた。



ミオ「……アルバ様、こんな事態。想定の範囲を越えています。」



そうつぶやき、

ふと視線を巡らせたその時だった。



貨物室の奥。

積み上げられた荷物の中に、一際大きな木箱が見える。

箱の側面には輸送用の札が打ち付けられていた。




――搬入先 ジェニス宮殿


――宮殿調度品




ミオ「……。」



その文字を見つめたまま考え込む。

やがて。



ミオ「あの大きさでしたら。」



ミオの口元が、ほんの僅かに緩んだ。



列車は夜の大地を走り続ける。









***









翌日、正午過ぎ。

昨夜の貨物室での出来事を知る由もない一等車両では、アルバとカリンの身支度が進められていた。



リリアン「とても良くお似合いです。カリン様。」



カリンはコーラル色のドレスを身にまとっていた。髪は一つにまとめ上げられ、なんとも可憐な装いである。



カリンは鏡に写る自分の姿を見て驚いていた。

ーしかし、



カリン「……動きづらいわ。どう思う?シルフィ。」



シルフィ「ピピピッ!」



シルフィは羽根で手を叩くような仕草をみせた。



リリアン「いつもの公務では通常の正装でしたからね。今回は晩餐会ですので、ドレスでの正装が正式な装いとなります。歩き方に気を付けませんと、裾を踏んで転んでしまいますよ。」



カリン(うぐぐ……。)



カリン「リリアン、私ドレスは苦手だわ。西で流行っているショートパンツって物を履いてみたい。あれならばきっと動きやすくて跳び回れそうよ。」



リリアンはため息を吐く。



リリアン「はぁー。ドレスをお召しになさっている方の発言とは思えません。そもそも飛び回る必要がないのですから、もっとしとやかになさってください。」



シエナ「きゃー可愛い!カリン様!」



リリアン「それにシエナ。カリン様に香りをつけ過ぎよ。御公務の一環なのだから派手な事は控えてちょうだい。」



シエナ「やっぱり最高級品よね、ミルラロゼ。カリン様もお気に召してくれたみたいよ。」



カリン「ええ。西は香りの文化がめざましいですよね。昨日はシエナさんからたくさん勉強させてもらったわ。」



リリアン「二人ともいい加減にしなさい。」



カリン、シエナ

(ひえっ……。)



シエナ「それよりもー、私がデザインしたドレスをウィンが作ってくれるものとばかり思っていたから、沢山イラストを書いてきたのよ!」



華やかな正装に身を包んだアルバの袖を直しながら、ウィンダムが答えた。



ウィンダム 「ハハハ。それは出来ないよ、シエナ。公式行事で着用する物は、相手国への敬意を示すため、その土地で作られた品を身につけるのが慣例なんだ。」



リリアン「それに、精製魔法はやたらと使用する事が禁じられていますからね。」


「もし誰もが自由に物を作れるようになれば、市場も産業も成り立たなくなります。武器や貴金属だって無限に生み出せてしまう。そんなもの政府が許すはずがないでしょう。」


「だから精製魔法は政府と教会の管理下でのみ使用が認められているのです。」



ウィンダム 「まあ、要するに無許可で使うと面倒なことになるんだよ。」



アルバが微笑みながら問いかける。



アルバ「どれ、シエナ。イラストを見せてみなさい。」



シエナ「ア、アルバ様!はい、これです!」



シエナはイラストを手渡した。



アルバ「ほほう。カリンに似合いそうなデザインじゃのう。今度、東方の企業に持ち掛けてみようぞ。」



シエナ「た、大変光栄な事であります。」



シエナはとても嬉しそうに照れている。



カリンもイラストを覗き込み、微笑む。



カリン「シエナさん凄いステキなデザインを思いつくのですね。是非着てみたいわ!」



リリアン「ドレスは苦手なんじゃないのですか?数分前と言っていることが違うではありませんか。」



ウィンダムはカリンの様子を見て安心する。



ウィンダム「カリン様。昨日はミオちゃんがいない事に非常に落ち込んでいたご様子だったので心配しておりました。一晩たってシエナと打ち解けたんですね。」



シエナ「ちょっと、ウィン!今まで私とカリン様の距離があったような言い方じゃない!」



ウィンダム「ハハハ。俺はまだミオちゃんに会ったことがないからさ。カリン様をここまで夢中にさせた子がどんな子なのか気になるな。本部へ帰ったら今度紹介して下さい。カリン様。」



カリン「はい。ミオもウィンさんのように精製魔法が使えるんですよ。前にリリアンにー」



リリアンは咳払いをして話を切った。



リリアン「あの時は見事な魔法を拝見しました。ミオさんはとても素晴らしい魔法の使い手よウィン。」



カリン(あはは…。ドレスの件は言ってはダメみたいね);



ウィンダム「……精製魔法を、使えるのですか。」



その瞬間だけ。 ウィンダムの瞳から柔らかな笑みが消えた。



しかし次の瞬間には、いつもの爽やかな表情へ戻っている。



ウィンダム「それは楽しみだ。精製魔法を使える人間は数少ない。是非ともお会いしたいです。カリン様。」



カリン「ええ。ミオもきっと喜ぶわ。」



そう言ってカリンの顔が曇る。



カリン(………。)



(ミオがいない。そして晩餐会が始まる。)



(イグニス公は何故、私を招待したのか。)



(そして枢機卿の思惑。)



(何より、今回の接触で、もしかしたら父さんが現れるかも知れない。)



(10年前の真実…。)



アルバがリリアンに指示を出す。



アルバ「リリアン、シエナとウィンダムを連れて、二等車両に行き、聖騎士達に今夜の段取りを伝えておくのじゃ。」



リリアン「承知しました。参りましょう。シエナ。ウィン。」



三人は一礼し、客室を後にする。

扉が閉まる音が響き、車内は静けさを取り戻した。



アルバ「……それと、カリンとは少し話がある。」



カリン「はい。お祖父様。」



ガタン、ゴトン――。

規則正しい走行音だけが耳に届く。



二人だけになった車内。

鏡に写るカリン。

その肩ではシルフィが小さく羽を休めている。



アルバはそんなシルフィを見ると、目を細めて笑った。



アルバ「お主はいつもカリンに寄り添っておるの。」

 


「ピィ。」

シルフィはカリンの頬へそっと擦り寄る。



カリンは思わず小さく笑みをこぼした。



アルバは穏やかに頷いた。



アルバ「大丈夫じゃ。みんながおる。」


「それに、お主は強いのじゃろう? ワシもそこは認めておる。ほっほっほ。」



カリンは不思議そうに首を傾げた。



カリン「それは一体どういう事でしょうか。強いとは戦闘の事でしょうか?」



アルバ「それもある。じゃが、それだけではない。」



アルバは穏やかな目でカリンを見る。



アルバ「自分が正しいと思ったことのために、その強さを使える。お主にはそれができる。そして何が正しいのかを見極めようとする目を持っておる。」


「あのカレドの者たちを信じたのも、自分自身で見て、考えて、判断した結果なのじゃろう?」



カリン「お祖父様……。」



アルバ「以前、ワシはお主に世界を見よと申したな。」


「本当なら晩餐会などに出席せず、すぐにミオと共にレイノルドを探す旅へ出させるべきだったのかもしれん。」



カリンは小さく笑った。



カリン「晩餐会へ出席すると決めたのは私の意思です、お祖父様。」


「枢機卿たちの思惑に乗ってあげるんです。ふふっ。」


「それに……もしかしたらだけど、父さんが現れるかもしれない……。」



アルバ「どうじゃろうな……。」



窓の外へ目を向ける。

流れていく景色。

アルバはしばらく黙った後、静かに口を開いた。



アルバ「カリン。道は一つではない。お主が正しいと思う道を進むのじゃ。」


「それが教帝への道であろうと、そうでなかろうとな。」



カリンは目を見開いた。



カリン「何をおっしゃっているのです!?」


「私はメイデス様に救われたのです。事件の後、メイデス様が寄り添ってくださいました。教本は私に正しい道を示してくれました。」


「そして、お祖父様は私に教帝という夢を与えてくださいました。」


「世界を照らすという夢を。」



アルバは優しく微笑む。



アルバ「そうじゃな。」


「教本の教えは尊いものじゃ。じゃがな、教本そのものが人生の答えではない。」



カリン「……。」



アルバ「人を救えと書かれておる。じゃが、誰を救うべきなのか。」


「正しく生きよと書かれておる。じゃが、何が正しいのか。」


「それは教本が決めることではない。」



アルバはカリンを真っ直ぐ見つめた。



アルバ「それを決めるのは、お主自身じゃ。」



カリン「私自身……。」



アルバ「世界を見ろと言ったのも、そのためじゃ。様々な人を見て、様々な考えに触れなさい。」


「そして、その全てを知った上で、それでも守りたいと思えるものを見つけるのじゃ。」



カリンは黙って聞いている。



アルバ「その時は、お主自身の意思で選びなさい。」


「たとえ、その選択がワシの望むものではなかったとしても。」



アルバは小さく笑った。



アルバ「ワシは、それでもお主の選んだ道を否定せんよ。」



カリン「お祖父様……?」



カリンには、アルバの言葉の真意が理解できなかった。



カリン(私は教帝となって、その教えを世界中へ伝えたい。)


(だけど、お祖父様はそれとは別の話をしている気がする。)



カリンは小さく首を傾げた。

まるで、これから先に別の道があるかのように。そんな言い方だった。









***








二等車両。

聖騎士たちが整然と列を作り、リリアンの前に並んでいた。



リリアン 「ー以上が今回の配置となります。何か質問はありますか?」



一人の聖騎士が手を挙げる。



聖騎士 「よろしいでしょうか。通常、武装した者が会場内へ立ち入ることは許可されないはずです。それにもかかわらず、我々全員が宮殿内での警備を任され、シエナさんとウィンダムさんに至っては晩餐会会場である大広間への立ち入りまで許可されています。」


「かなり異例の対応かと思われますが……。」


「これはイグニス公が、ルクセリア軍より我々を信頼しているということでしょうか?」



リリアン 「いいえ。今回の配置については、ジェニス国王夫妻のご意向が強く反映されているそうよ。」


「特にウィンダムとシエナの大広間への立ち入り許可は、国王夫妻からの要望だと聞いているわ。」



聖騎士たち 「国王夫妻から?」



ウィンダム 「ああ、その件はね、俺が選手時代からジェニス国王夫妻には良くして頂いているからなんだ。」


「若い頃、ジェニス主催の国際陸上大会で何度も走ったんだ。表彰式では毎回お二人に声を掛けて頂いたよ。そんな縁もあって、今でも気に掛けてくださっているんだ。」



シエナ 「へぇ~。ウィンって本当に有名人だったのね。」



ウィンダム 「ははは。」


「先日も国王陛下から『久しぶりに顔を見たい』と伝言を頂いてね。その影響もあるのだろう。俺だけでなく、同行する聖騎士たちにも宮殿内への立ち入り許可が下りている。」


「晩餐会会場での護衛まで任されるのは異例だからね。国王夫妻のお心遣いには感謝しないと。」



聖騎士たち 「おお……。」



ウィンダム 「もちろん、俺個人への好意だけじゃないさ。聖騎士団そのものを信頼してくださっているからこその判断だと思う。」



シエナ 「それだけじゃないわよ!」



全員の視線がシエナへ集まる。



シエナ 「今回、宮殿までの移動はルクセリア軍の装甲車に乗せてもらえるのよ!」



聖騎士たち 「おおおおおおっ!!」


「本当ですか!?」


「軍の装甲車ですって!?」



シエナ 「ふふーん♪この計らいも国王夫妻のご厚意よ。せっかくだもの。ありがたく堪能しましょう♪」



聖騎士たち 「おおっ!」


「楽しみです!」


「一度乗ってみたかったんですよ!」



リリアン 「シエナ。」



シエナ 「ひっ。」



リリアンの一言で場の空気が引き締まる。

そして聖騎士たちを見回した。



リリアン 「遠足ではありません。」



聖騎士たちの笑顔が一斉に消えた。



リリアン 「今回はアルバ様とカリン様、お二方の命を預かる任務です。装甲車に乗ろうが、宮殿に招かれようが、任務の重さは何一つ変わりません。」


「むしろ今回は普段以上に警戒しなさい。」



その声はいつも以上に厳しかった。



聖騎士たち 「はっ!!」



リリアン「ウィン、お願い。」



ウィンダムは静かに頷いた。







ウィンダム

「女神メイデスの御名の下に。」


聖騎士たち

「我らは集う。」


ウィンダム

「剣は何のために。」


聖騎士たち

「弱きを守るために。」


全員

「メイデア!!(女神の導きあれ!!)」








リリアンは小さく目を伏せた。

(どうか何事も起こりませんように……。)

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