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11大陸横断列車ミレーニア

アルファリア教会本部の北西に位置する国

―クロフィア領イヴェラ。



大陸横断鉄道の始発駅を有する大都市である。



イヴェラ駅から、一編成の豪華列車がゆっくりと出発した。



大陸横断列車、"ミレーニア"

ワインレッドの車体にゴールドの装飾が施されたその列車は、重厚な存在感を放っている。



その目的地は、北の領主イグニス公が治めるジェニス国。晩餐会へ出席するためだ。



一等車両にはアルバ教帝、カリン、リリアン、そしてA級聖騎士2名が乗車。



二等車両には25名の聖騎士たちが乗り込んでいた。



一等車両の内装はクラシックな様式で統一されている。

重厚な天然木の壁面。

上質なファブリックのソファ。優美な家具が並び、落ち着いた空気が漂っていた。





しかし、カリンにとってはそれどころではなかった。





















カリン「なんでなのよ。ミオがいないなんて。」 



釈然としない表情をしている。



リリアン「仕方ありません。先方からの要望ですから。」



カリン「子どもは会場入り禁止、だなんて急な通達、おかしいわよ!」



「まるで、ミオを警戒してるみたいじゃない。」



リリアン「そうとも言い切れませんよ。ミオさんは私達にとっては仲間ですが、先方から見れば未成年の子どもです。公式の晩餐会ですから、参加を認めないこと自体は何ら不自然ではありませんよ。」



カリン「子どもだから入場禁止なんじゃない。ミオだから入場禁止なのよ。」



アルバ「うむ。可能性がないとは言い切れん。」



カリンが顔を上げる。



アルバ「ミオの噂は既にイグニス公の耳へ届いておるかもしれんからな。じゃが、それだけで断定することもできん。」



「先方が本当にミオを警戒しておるのか。あるいは単なる形式上の問題なのか。現時点では判断できん。それに、今回配慮が求められたのはミオだけではない。」



カリン「え?」



アルバ 「ワシもディノスを護衛から外しておる。東の領主クロフィア公の実弟じゃからな。先方からも政治的な誤解を避けたいとの申し入れがあった。」



リリアン 「つまり今回の晩餐会では、参加者について普段以上に慎重になっているということですね。」



アルバ 「うむ。ディノスは政治的な理由。ミオについても別の思惑があるやもしれん。じゃが現時点では推測の域を出ん。じゃから今回の措置を、ミオだけを狙ったものと断定することはできんのじゃ。」



カリン「……。」



アルバ「納得したかな?」



カリンは小さく頷く。



「ピィ……。」

肩の上のシルフィが、不安そうに鳴く。

カリンはそっとその頭を撫でた。



理屈は理解できた。だが。

ミオがいないという事実だけは、どうしても割り切れなかった。





ーミオ「私がいますから。」

「絶対にお側を離れません。」ー





カリンの瞳がわずかに揺れる。




アルバ「カリン、真相を知りたいという想いも、そのための覚悟も、その程度のものだったのか?」



カリン「……。」



アルバ「お主はカレドと繋がり、危険を承知で真実を追おうとした。それほどの覚悟を見せたお主が、ミオがおらぬだけで立ち止まってしまうのか?」




カリンはゆっくりと深呼吸をする。




カリン「……そうね。ごめんなさい、お祖父様。」



同じ車両で、これまで黙って話を聞いていたシエナとウィンダムが顔を見合わせていた。



ウィンダムは何か声を掛けようとして口を開きかける。



しかし、それよりも早くシエナが立ち上がった。



シエナ「まあ、まあ、カリン様。」



ふわりと心地よい香りが漂う。



シエナ「せっかくの豪華列車なんですから、道中くらいはリラックスしましょうよ。」



ウィンダム「カリン様。我々ではその、ミオちゃんの代わりにはなれないかもしれませんが、今回は精一杯お供させていただきます。よろしくお願いいたします。」



カリン「そんなことないわ。アナタ達に不満がある訳ではないのよ。ごめんなさい。シエナさん、ウィンさん。」





―A級聖騎士ウィンダム。


リリアン、シエナ、ディノスと同じ25歳組の仲間。

清潔感のある短髪が特徴で、誠実な人柄のスポーツマンだ。

10代の頃には陸上選手として活躍していた経歴を持つ。




シエナ「もう、ウィンったら相変わらず爽やかなんだから。そんな風に言われたら誰だって悪い気はしないわよ。」



シエナは、ふわりと巻き髪を揺らしながらカリンに顔を近づけた。



シエナ「せっかくディノスもいないのだし、私もカリン様ともっと親しくなりたいわ。」



「ミオちゃんやリリアンみたいにね。」



あまりの距離の近さと色気に、カリンは思わずたじろぐ。



ウィンダム「ハハハっ。シエナはいつもディノスに邪魔されていたからね。」



シエナ「ちょっと、ウィン!」



カリンはシエナなりの気遣いに気付いていた。

自然と頬が緩む。



カリン「ありがとう、シエナさん。皆さんとは顔を合わせる機会はたくさんありましたけど、護衛中はなかなかお話しできませんでしたから。私も仲良くなりたいです。」



そして、ふと思い出したように続ける。



カリン「そういえば、隣の車両にジャグジーがありましたよ。よかったら一緒に入りませんか?」



シエナ「本当!?」



シエナはぱっと表情を輝かせた。



シエナ「やったわ!」



嬉しさのあまり、その場で小さく飛び跳ねる。



そんな様子を見て、リリアンは呆れたようにため息をついた。



リリアン「シエナ。任務中だということを忘れないでね。」



シエナ「分かってるわよー。」



シエナは手をひらひら振る。



シエナ「この列車、アメニティが全部ミルラロゼで揃えられていたのよ。」



「さあ、カリン様。行きましょう!」



そう言うなり、シエナはカリンの手を取って隣の車両へ向かっていった。



取り残されたリリアンは肩をすくめる。



リリアン「まったく……。」



そのリリアンのもとへ、ウィンダムが歩み寄った。



ウィンダム「リリアン、例のペレットは持ってきてくれたかい?」



リリアン「ええ。これよ。」



リリアンは小さな試験管を数本取り出し、ウィンダムへ手渡した。



中身を確認したウィンダムは、思わず感心したように笑う。



ウィンダム「さすがリリアンだ。これじゃ、もう反則みたいなものだよ。」



リリアン「ウィン。新貴族の前で精製魔法は使わないで。法律に触れると面倒よ。」



ウィンダム「そうだね。精製法に関する規制は厳しいから。」



そう言いながら試験管を懐へしまう。



ウィンダム「まあ、今回の晩餐会で何も起こらなければ使うこともないさ。この純度なら、別の機会に大事に使わせてもらうよ。ありがとう、リリアン。」



リリアン「ええ。」












アルバは窓の外を眺めながら紅茶を口に運ぶ。


アルバ「先方の要望は受け入れた。」


ガタン、ゴトン―

規則正しい列車の走行音だけが響く。



アルバ「……じゃが。」



アルバは小さく口元を緩めた。



ガタン、ゴトン―



アルバ「荷物が一つや二つ増えたところで、誰も気付かんじゃろう。」



列車は何事もないかのように走り続ける。













***











ミレーニアは途中停車駅であるシュタット領、ロガータへ到着した。



人々の乗り降りで賑わう中、貨物室でも荷物の積み下ろしが慌ただしく続いていた。



貨物室の奥に積まれた荷物の一角で、一つのトランクがカタカタと小さく揺れる。



数分間の停車を経て、ミレーニアは再び動き出した。



やがてトランクの蓋がゆっくりと開く。



ミオ「ぷはぁー……。」



「これでジェニスまでは停車しませんね。」



ミオは周囲を見回しながら小さく呟いた。



「主催者側から直前にまさかあのような通達が来るとは…。」



「カリン様、大丈夫でしょうか……。」



「きっとリリアンさんを困らせて、アルバ様に怒られて、」



「それから、シエナさんの色香に圧倒されて…。」



その様子を思い浮かべたのか、ミオは口元に手を添えてくすくすと笑う。



「だとしたら、元気な証拠ですね。」



ミオは周囲の荷物を少し動かし、自分が横になれるだけの空間を作った。

毛布を敷き、その上に寝転がる。



「子どもの出入り禁止措置は、おそらく公式行事であることが理由でしょう。私の情報がイグニス公の耳に入っての措置とも考えられますが、イグニス公と枢機卿の繋がりはあくまでこちらの推測。それに情報源はカレドのあの二人。」




「いずれにしても私のやる事は変わらない!」




「私なりのやり方で必ずカリン様をお守りする。それが私に与えられた役割。」




「役割……。」









ーカリン「私、決めたよ。ミオが対等に思えなくても、私はアナタの友達になるわ。」ー



ーカリン「ミオがどう思っていても、私は友達だと思っているから。」ー





ふと、仰向けになったミオの視線の先には、換気用の小さな隙間。

そこから星空が覗いていた。



ミオ「綺麗……。」



「こんな気持ちで星空を見上げる日が来るなんて……。」



「まさか、本当にあの方のお側にいられるなんて……。」












「ハッ!!!」



何かを思い出したように身を起こす。



「私としたことが。夜のお祈りを忘れていました……。」



胸の前で手を組みかけたミオの動きが止まる。



ミオ「お祈り……。」



ミオは組みかけた手を見つめる。

まるで何かを確かめるように。



ミオ「…………。」














―その時だった。



貨物室の扉近くに積まれた荷物が、ガタガタと音を立てる。



ミオ「えっ……!?」



ミオの表情が一変する。



反射的に身を起こし、警戒するように身構えた。



ミオ「ね、猫でしょうか……?」



恐る恐る近付いていく。



すると―



ガッシャーン!



積み上げられていた荷物が崩れ落ちた。



ミオ「きゃっ!?」



舞い上がる埃。



そして荷物の陰から、一人の少女が姿を現した。



ピンク色の髪。



年齢はミオと同じくらいだろうか。



そして、何も身に着けていなかった。



ミオ「こ、子ども……!?」



ミオは慌てて毛布を掴むと、少女のもとへ駆け寄った。



震える身体を包むように毛布を掛ける。



ミオ「大丈夫ですか?」



そう声を掛けながら顔を覗き込み―



ミオ「……え?」



息を呑む。



ミオ「カ、カリン様ーっ!?」



思わず大声を上げた。



髪の色こそピンクだったが、それ以外は驚くほど似ていた。



整った顔立ち。

透き通るような水色の瞳。



まるでカリンをそのまま幼くしたような少女。



ミオ「ど、どういうことですか……?」



少女「カ…リン…?」



少女は呆然と呟く。

次の瞬間。



少女「ハッ!」



目を輝かせた。



少女「お姉ちゃんの名前だわ!」



ミオ「え?」



少女「お姉ちゃんの荷物はドコ?」



突然の言葉にミオは思考が追いつかない。



だが、少女は立ち上がろうとしてふらつく。

ミオは慌てて肩を支えた。



ミオ「待ってください。お姉ちゃんとは誰のことですか?」



「まさか、カリン様のことですか?」



少女「うん!」



ミオ「それに、荷物をどうするつもりだったのです?」



少女「あ……。」



少女は言葉に詰まった。



ミオ「まずは落ち着きましょう。私はミオ。カリン様の護衛を務めています。」



少女「護衛……。」



何かを考え込むように俯く。



ミオ「あなたのお名前は?」



「どうして貨物室に隠れていたのですか?」



「それに、なぜカリン様をお姉ちゃんと呼ぶのです?」



少女「……。」



ミオは少女をじっと見つめた。



ミオ「何か事情があるのでしょう。話してください。今なら私だけで済ませられます。」



そう言うと少女の下に魔法陣が現れた。

淡い光が広がり、少女の身体を包んだ。

やがて簡素な衣服が完成した。



少女「……!」



少女は呆然と服を見下ろした。

そして恐る恐る触れる。



少女「これ……。もしかして魔法……?」



ミオ「ええ。」



少女「本物の?すごい……。」



その瞳がきらきらと輝く。

警戒心が少しだけ薄れたようだ。



ミオ「さて。お話を聞かせてもらえますか?」



少女はしばらく迷っていた。

しかし、やがて小さく口を開く。



少女「アメリ。」



ミオ「アメリと言うのね。」



アメリ「お姉ちゃんに会いたくて……。」



「荷物に入れば絶対に会えると思ったから……。」



ミオは思わず苦笑した。

なんとも子どもらしい発想だった。



だが、問題はそこではない。



ミオ「アメリ。なぜそこまでしてカリン様に会いたかったのですか?」



「それに、お姉ちゃんとはどういう意味ですか?」



アメリは俯いた。

そして震える声で答える。



アメリ「だって……。お姉ちゃんだから……。」


「私には、お姉ちゃんしかいないから……。」



ミオ「それでは説明になっていません。」



ミオの目が鋭く細められる。

優しかった声が少しずつ変化していく。



ミオ「正直に言います。私は今、あなたを強く警戒しています。行動も異常ですし、」



「何よりー」



ミオはアメリの顔を見つめた。



ミオ「その姿です。カリン様と瓜二つではありませんか。」



アメリの身体が震える。



ミオ「答えられないのであれば、拘束してアルバ様へ報告します。」



アメリ「やだ!」



アメリは叫んだ。



アメリ「お願い!お姉ちゃんならそんなことしない!会わせて!」



ミオの瞳から優しさが消える。

カリンを傷つける可能性があるのなら、見過ごすことはできない。

それは護衛としての務めであり——

それ以上の何かでもあった。



ミオ「話していただけるのなら穏便に済ませるつもりでした。ですが、このままでは不審人物と判断せざるを得ません。」



ミオのクレイドが周囲に漏れ出す。



その圧力にアメリは青ざめた。



アメリ「私は……。」



「私は……作られたの。」



ミオの動きが止まる。



アメリ「お姉ちゃんの……ニセモノ。」



「だから……会いたかった。」



ミオは目を見開く。



漏れ出ていたクレイドが静かに収まっていく。



ミオ「作られた……?」



冷や汗が頬を伝う。



ミオ「それは……どういう意味ですか……?」



アメリの顔を見つめる。

そして、一つの可能性に思い至った瞬間、

ミオの表情が凍り付く。



ミオ「まさか……。」



声が震える。



ミオ「そんなものが……。」



「存在するはずがありません……。」



「あなたは……。」





















「あなたは……カリン様の複製体だというのですか……?」

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