10ルノー・アルベルトの墓標
ー白く、白く、
ーどこまでも真っ白な世界
青髪の少女と赤髪の少女がいる。
カリンはいつものように青髪の少女に話しかける。
「父さんに会いたい。ルノーに会いたい。みんないなくなってしまったの。あの日から。」
青髪の少女「……。」
カリン「今日は何も話してくれないのね。」
その少女はいつもより哀しい顔をしている。
そして白い世界に光がさす。
青い髪の少女が薄っすらと消えていくー
「ハッ…………。」
カリンの目から一筋の涙がこぼれた。
シルフィが心配そうにカリンの顔を覗き込む。
カリン
「あれ、今日は話せなかった…あの子と…。」
「なんだかすごい悲しい夢をみた気がするわ。」
シルフィが声を鳴らす。
「ピーピー!ピーピー!」
カリン「ありがとう、シルフィ。」
カリンは穏やかに笑いかける。
(あれ、もう、何も思い出せない……。)
カリンは支度をし、
庭園の小さな礼拝堂を目指す。
朝日に照らされる女神メイデスの像。
そこにはミオがいた。
ミオはカリンを見つけると、いつものように
嬉しそうな笑顔を見せる。
ミオ「カリン様、おはようございます。」
そう言って品のあるお辞儀をする。
カリン「おはよう、ミオ。」
「その…ごめんね。友達のアナタに何も相談せず、カレドと繋がりを築いていたこと。」
ミオはぎこちなくカリンに歩み寄ると、優しくその手を握った。
ミオ「いいえ。私はカリン様の過去を知りません。」
「10年前の出来事が、今もどれほどカリン様の心に影を落としているのか。お側にいたつもりで、私は何も分かっていなかったのだと痛感しました。」
カリンはそっと腰を下ろし、ミオと同じ目線になる。
そして、どこか儚げな表情を浮かべながら口を開いた。
カリン「ミオには、まだ何も話していないもの。これまで、あまり語るべきことではないと思っていたから。」
そう言ってミオの瞳を見つめる。
「だけど今日は、ミオに一緒に来てもらいたい場所があるの。」
ミオはその言葉に、何かを察したようだった。
そして小さく頷いた。
***
広い教会の庭園を抜け、孤児院の先へと進む。
その先にあるのは、本部の端に広がる霊園だった。
厳かな空気に包まれたその場所には、 数え切れないほどの墓標が静かに並んでいる。
さらに奥へ進むと、フェナード家の墓があった。 そこにも女神メイデス様の像が建てられており、 まるで一族を見守るかのように佇んでいる。
カリンとミオは墓前にひざまずき、 胸の前で指を組んで祈りを捧げた。
ミオ 「カリン様のご先祖様のお墓なのですね。」
カリン 「ええ。ここは神聖な場所。」
「フェナード家だけではない。この地に眠る亡き人々と、生きる人々の想いが交わる場所なのよ。」
ミオはふと視線を横へ向ける。
そこに刻まれた名を見て、 思わず息をのんだ。
ミオ 「……ラミアナ・フォード。」
石碑にはその名が刻まれていた。
カリンは優しく目を伏せる。
カリン 「唯一のS級魔法使い、ラミアナ・フォード様の石碑よ。」
「ご遺体は一部しか発見されなかったそうなの。けれど生前の功績を称えられ、歴代教帝の眠る場所の近くに石碑が建てられたのよ。」
「その強さと美しさは圧倒的だったそうよ。女神様のようだと語る人もいたくらいにね。」
ミオは石碑を静かに見つめた。
「……そんなに偉大な方だったんですね。」
カリン 「ええ。今でも多くの人に尊敬されているわ。」
ミオ 「女神様のようだ、ですか。」
カリン 「ふふ。もちろん、もののたとえよ。それほどまでに人々を魅了した魔法使いだったということ。」
二人は石碑の前にひざまずき、 胸の前で指を組んで祈りを捧げた。
ーやがてカリンは静かに立ち上がる。
その視線は霊園のさらに奥へ向いていた。
ミオは黙ってその後を追う。
墓標の並ぶ小道を進む。
そして、カリンは一つの墓の前で立ち止まる。
墓石には一人の名が刻まれていた。
ルノー・アルベルト。
カリンは静かに微笑んだ。
カリン「……ここが、ミオに来てほしかった場所よ。」
ミオ「10年前、カリン様を守り亡くなった…。」
シルフィは墓石の上へふわりと舞い降り、小さく頭を下げるように羽をたたんだ。
カリンは墓石を愛おしそうに、そしてどこか哀しげな眼差しで見つめていた。
カリン「父さんは私を引っ張ってくれる人だった。でもルノーは違ったの。」
「いつも私の隣にいてくれる人だった。優しくて、不器用なくらいお人好しで。どんな時も私の味方でいてくれた。」
カリンは墓石へそっと触れる。
「だから私は、ルノーが大好きだった。」
風が通り過ぎる。
墓石の前で腰を下げ、
そしてゆっくりと口を開いた。
カリン「ルノーと父さんは親友でね。青髪のルノー、赤髪のレイノルドなんて呼ばれていたの。」
「二人は私を海や山や川、いろんな所に連れていってくれたわ。」
ミオは静かに耳を傾けていた。
「そして二人は私にベレットの使い方や戦い方などを教えてくれたの。」
カリンはヌンチャクを取り出した。
ミオ「それが、ベレットと呼ばれる…フェナード家のクレイドでしか扱えないヌンチャク型の武器。」
ベレットは、カリンのクレイドを直接形に変える特殊な武器だった。
魔法とは違い、術式や媒体を必要とせず、彼女の意思によってクレイドは刃にも、鎖にも姿を変える。
カリン「ベレットを教えたのは主に父さんなんだけどね。ルノーは身を守る術を沢山教えてくれたわ。他にも泳ぎ方や乗馬、釣りなども教えてくれたわ。」
ミオ「幼少の頃から、とても快活であらせられたのですね。」
微笑むミオ。
カリン「特にルノーと一緒に星を見る時間は特別だったわ。何を話したかは覚えていないのに、不思議と安心できたの。子供だった私にとって、あの時間は宝物だった。」
カリン「だけど7歳の時、あの事件が起こったの。」
ミオは息を呑む。
カリン「あの日、私は麻袋のようなものに押し込められ、そのままどこかへ連れ去られそうになった。」
カリンの肩は少し震えていた。
カリン「それをルノーがいち早く気付き、助けにかけつけてくれたの。私は何も見えなかったけど、声を聞いてすぐにルノーだとわかったわ。」
「剣の交わる音がしばらく続いて、それから誰かがまた私を抱きあげて…」
「そこから、何も記憶がないの…。」
ミオ「え…?」
カリン「目が覚めたら、城の中庭で、血まみれのルノーに抱き締められていたわ。」
ミオは息を呑む。
カリン「ルノーは頭に銃弾をうけて、すでに亡くなっていた。」
ミオ「じ、銃弾…?教会に銃は置いてないはず。」
カリン「ええ。銃は見つかっていない。私を襲った何者かが持ち込んだものと推定されているわ。」
「中庭は酷い有様だった。壁は崩れ、巨大なクレーターがいくつも刻まれていたらしいわ。」
「そして、私たちが発見された時、その側にはベレットが置かれていた。」
「犯人達は居なくなっていた。教会の最重要機密と言われているクレイドも消失。」
「そして、事件と共に父さんも誰にも見られずに教会から姿を消した。今も行方不明…。」
カリン「っ……。」
冷静に話していたカリンだったが、 胸を押さえ、目を滲ませる。
ミオには、カリンが必死に平静を保とうとしているのが分かった。
カリン 「ルノーは最後まで私を守ってくれた。」
「だけど、何も思い出せないの。ルノーの最期。あの時何があったのか…。」
「何故、剣の使い手だったルノーが銃弾で命を落としていたのか…。」
「あの事件と同時に父さんがいなくなったのも、皆は犯人を追うためと言っているけど、もしかしたら父さんが……って何度も考えてーー」
ミオは震えるカリンの肩にそっと触れる。
ミオ「ルノーさまの墓前ですよ。」
「お二人が親友であられたことは、誰よりもカリン様がご存じのはずです。」
カリンの目から涙が溢れ出した。
ミオはそのまま、後ろからカリンを優しく、包み込むように抱きしめる。
ミオ「私はずっと、カリン様は明るくて、聡明で、いつも前を向いていて。だから今まで気付けませんでした。」
「その笑顔の裏で、どれほど苦しんでいたのか。」
「今になってようやく、その苦しみに気付くことができました。やっと、カリン様の心に寄り添えた気がします。」
「怖かったのですね。レイノルド様のことを考えるのが。信じたい気持ちと、教議会が下した結論との間で、ずっと一人で苦しんでいたのですね。」
カリンの肩が震える。
ミオはさらに強く抱きしめた。
「だからカレド部隊に近付き、真実を求めようとしたのですね。それは―」
ミオは優しく微笑む。
「カリン様がレイノルド様を疑っているからではありません。信じているからです。」
カリンの瞳が大きく見開かれた。
脳裏に浮かぶ。
レイノルドとルノーと共に過ごした日々。
二人は親友だった。
カリンへ向けられた優しさも、愛情も、紛れもなく本物だった。
カリンはレイノルドを疑っていたわけではない。
信じていたのだ。あの優しかった父を。
だからこそ真実を求めていた。
ミオは何も言わず、ただカリンを抱きしめ続けた。
一人で抱え込んできたその痛みに寄り添うように。
風が静かに吹き抜けた。
霊園には鳥のさえずりだけが響いている。
カリンはしばらく墓石を見つめていた。
やがて涙を拭うと、そっと墓前へ手を添える。
カリン「ありがとう、ルノー。」
墓石に触れていた指を離す。
するとミオも静かに頭を下げた。
ミオ「ルノー様。カリン様のことは、私がお守りいたします。」
二人は並んで立ち上がった。
ルノーの墓石を後にしようとした
その時ーー
胸の奥が、わずかに痛んだ。
カリンは思わず足を止める。
脳裏に、一人の少女の面影がよぎった。
青い髪。どこか儚げな横顔。
今にも泣き出しそうな瞳。
見覚えがある。
毎朝目覚める度に、 確かに会っているはずの、
どうしても思い出せない少女。
少女は何かを伝えたそうに、 ただ悲しそうにこちらを見つめていた。
カリン(あ…あ…、あの子!!!)
だが次の瞬間には、 輪郭が崩れていく。
青い髪も。表情も。その存在さえも。
そして。
何かを見たはずだという感覚だけを残して、 少女のことは綺麗に頭から抜け落ちていた。
ミオ「どうしましたか?カリン様。」
立ち止まるカリンを、 ミオが不思議そうに覗き込む。
カリン(今のは……いったい……)
***
カリンとミオは礼拝堂近くの庭園まで戻ってきた。
二人はベンチに腰を下ろす。
カリン「ありがとう。ミオ。」
泣き腫らした顔のまま、少し照れくさそうに笑った。
カリン「私、ミオには甘えてばかりね。どうしてこんなに頼ってしまうのかしら。」
ミオ「そんなことありません。」
カリン「あるわよ。ミオは強いし、賢いし、いつも私を助けてくれる。」
「本当は私の方がお姉さんなのにね。」
ミオは思わず笑った。
ミオ「私は……今こうしてカリン様と一緒にいられるだけで十分幸せです。」
カリン「え?」
ミオ「あっ……。」
思わず本音がこぼれてしまった。
ミオは慌てて視線を逸らす。
カリン「ふふっ。やっぱり変よね、ミオ。」
ミオ「へ、変ですか?」
カリン「初めて会った時も泣いていたし。」
「今だって、私のことを大切にしすぎるくらい大切にしてくれる。」
ミオの頬が少し赤くなる。
カリン「でもね。私は嬉しいわ。」
「ミオがどう思っていても、私は友達だと思っているから。」
ミオは何も言えなかった。
ただ嬉しくて、胸が温かくなった。
しばらくして、カリンが空を見上げる。
カリン「……正直、怖いわ。」
ミオ「イグニス公ですか?」
カリン「うん。」
「父さんのことも、十年前のことも。知りたい。でも知るのが怖い。」
ミオは小さく頷いた。
ミオ「大丈夫です。カリン様は一人じゃありません。」
カリンはミオを見る。
ミオ「私がいますから。」
その言葉に、カリンは少しだけ安心したように笑った。
カリン「ミオ。これからも側にいてね。」
ミオは迷わず答えた。
ミオ「もちろんです。」
「絶対にお側を離れません。」
「ーカリン様、ミオさん、失礼します。」
背後から声が聞こえた。
カリンとミオは表情を引き締める。
「そのまま振り返らず、私の話をお聞きください。」
カリン「クロムね。何か情報を掴んだの?」
クロム「はい。晩餐会についてです。」
ミオの目付きが鋭くなる。
カリン「続けて。」
クロム「今回の晩餐会は、新貴族が主催する極めて重要な催しとなります。そのため、カレド部隊は警護任務から外されることが正式に決定しました。」
ミオ「……!」
カリン「まぁ、当然でしょうね。」
「北の領主であるイグニス公に加え、アルファリア教会の教帝、さらには北方諸国の王族や要人たちまで出席する。」
「世界中が注目している場だもの。護衛は教帝直属の聖騎士で固める。それが慣例であり、礼儀でもあるわ。」
クロム「お察しの通りです。ですので、我々は今回の晩餐会には同行出来ません。」
カリン「わかったわ。」
クロム「それと、もう一つ気になる情報が。」
「オーメン卿が世界各地に展開中の部隊に招集をかけているとの情報が。」
ミオ「!?」
カリン「確かなのですか?」
クロム「現時点では噂の域を出ません。」
「ただ、別々の地域にいる隊員たちから、似たような話が聞こえてきています。」
ミオ「オーメン卿が部隊を集める理由は?」
クロム「不明です。」
「大規模な任務や有事の報告もありません。それなのに各地の部隊へ招集がかけられている。」
カリン「……きな臭いわね。」
クロム「はい。晩餐会と同じ時期というのも気になります。」
ミオは表情を曇らせる。
ミオ「偶然とは思えませんね。」
クロム「我々も警戒しています。何も起こらなければそれで良いのですが……。」
カリンは静かに頷いた。
カリン「わかったわ。ありがとう、クロム。」
クロム「お気を付けください。今回の晩餐会には、どうにも嫌な予感がします。」
カリン「ええ。」
ミオ「情報提供、感謝します。」
クロム「では私はこれで。どうかお気を付けて。」
木々を揺らす風だけが庭園を吹き抜けていた。
―もう、クロムの気配はなかった。
ミオは胸騒ぎを覚えていた。
晩餐会は華やかな社交の場。
だが二人には、それが嵐の始まりに思えてならなかった。
シルフィ「……ピィ。」
いつもなら元気よく鳴くはずのシルフィも、どこか落ち着かない様子で翼を震わせていた。




