9カマルグとクロム
ーアルバ教帝の執務室。
相変わらずとても広い。
大きな窓からは西日が差し込まれている。
カリンとミオはソファに腰をかける。
向かいにはアルバ教帝とリリアンが座っている。
アルバ「ミオ、だいぶクレイドを使用したようじゃな。フラフラではないか。」
ミオ(ギク…。)
アルバ「必要以上に目立たないようにと言っておいたじゃろ。」
ミオ「申し訳御座いません。アルバ様。」
アルバ「まぁ、でもワシの作戦通りじゃよ。」
ミオはホッと胸をなで下ろす。
アルバ「カリンの護衛にミオを付けたことで、教会内の視線はすべてそちらへ向いた。おかげでワシは聖騎士たちを密かに動かし、レイノルドの足取りを追わせることができた。」
カリンとリリアンはピンときた。
リリアン「あえてミオさんを注目させることによって教会内はざわつく。」
カリン「するとカレド部隊がミオの調査に動く。その隙に聖騎士を動かしたのね。」
ミオ「カレド部隊はヴィスタにもおりました。他の公務でも一定数が私を監視しておりました。」
アルバ「うむ。ご苦労じゃったなミオ。」
「そして、聖騎士たちが得たレイノルドの目撃情報がこれじゃ。」
アルバは封筒をとりだした。
アルバ「しかし、じゃな…。」
「その前に…。」
アルバは封筒を机に置いた。
カリン「?」
ミオ「?」
そして少々考え込んだ後、
意を決して話しだす。
「イグニス公主催の晩餐会が開かれる。」
「そして、ワシと共にカリンも招待された。」
カリン「!!」
リリアン「!?」
ミオの目付きが変わる。
リリアン「イグニス公は謁見でも常に世界的なクレイド不足を訴えている御方。
地方の教会支部や、各地のルミナス軍に聖騎士を常駐させる提案をしてきたり、
最近では本部にある莫大な備蓄クレイドを新貴族と共有するよう求めてきたりと
何かと身勝手な相談ばかりを持ち掛ける北の領主様です。
今度はカリン様との関係を築き、クレイド供給の足掛かりにしようとしているのかもしれません。」
アルバ「それもあると思うのじゃが、枢機卿達は別の見方をしている……。」
「イグニス公の晩餐会にカリンが赴けば、レイノルドが現れるのではないか、とな。」
全員「!!!」
ミオ「いけません!アルバ様!」
リリアン「それは一体どういう事でしょうか?」
皆が動揺する中、
カリンがおもむろに口を開く。
カリン「それは、つまりイグニス公は私との接触を望んでいる。」
アルバの表情が一瞬だけ強張った。
カリン
「そして、その接触は父さんにとって都合が悪い、もしくは父さんが関与している。」
ミオ「カリン様……!?」
カリン「それが事実かどうか関係なく、そういう事にしたい枢機卿の方々。といった所かしら。」
リリアン「何を…?おっしゃっているのです?カリン様…。」
カリン「恐らく、枢機卿の方々は私とイグニス公の接触を押し進めていると考えてるわ。」
「父さんが来るかどうかはともかくー」
アルバ「カリン!お主はどこまで知っているのだ?」
アルバの額に汗が滲む。
カリン「知らないわ。なんにも。」
カリンの冷静な態度に
ミオは不自然さを感じた。
カリン
「各国の王族や君主とは公務で交流できる。けれど、新貴族の当主たちと直接会えるのは教帝だけ。」
「教会内部も同じよ。教議会への参加は認められていない。私は知らないことが多すぎるの。」
カリンは手を挙げる。
「だから、カレドとの繋がりを作ったの。」
すると、カリンとミオの背後に
二人のヴォルトの仮面姿の者が現れる。
全員「!?!?!?」
警戒するリリアン。
睨みつけるミオ。
アルバ「どういう事じゃ。カリン。」
「ここは教帝執務室じゃぞ。聖騎士以外が無断で出入りしてよい場所ではない。」
不気味なヴォルトの仮面をつけた二人。
一人は大柄な体格をしており、
もう一人はごく普通の体格だった。
カリンは冷静なまま笑顔で話す。
カリン「シルフィを通して呼び出しました。」
二人は教帝に向かいお辞儀をする。
カリン「対人戦闘練習が禁止されてから、シルフィを通じて二人と連絡を取り続けていたわ。」
天井からシルフィが羽ばたいてきた。
そして、カリンの肩に止まった。
カリン「カレド部隊の中で私が唯一信用している二人よ。」
室内の空気が張り詰める。
アルバ「信用などと…。カレド部隊はワシの直属ではないのだ。」
ミオ「カリン様。これは極めて危険な行為です。」
リリアン「ええ。こちらの内情や情報を枢機卿、あるいは外部に流す可能性が高いです。」
ー聖騎士とカレド部隊ー
魔法学校の生徒たちは皆、聖騎士になることを夢見る。
だが、その門は狭い。
十分なクレイド量や優れた魔法能力を持たない者、あるいは出生や身元が不明な者は聖騎士にはなれず、カレド部隊へ配属される。
聖騎士が教帝直属の精鋭であるのに対し、カレド部隊は枢機卿直属の隠密部隊である。
カリン「対人戦闘練習をカレド部隊の者たちと行っていたのは、自分で情報を集めるためよ。教会の内情も、外の世界の事情も。私には知らされていないことがあまりにも多い。」
「そして、父さんの強制連行が決まり、カレドとの戦闘練習が禁止されてからは、信用できると判断したこの二人とだけ連絡を取るようになったわ。」
カリンは一度目を伏せた。
「10年前のあの事件。皆が私を気遣い、何も聞かせないようにしてくれていたことは分かっている。支えてくれたお祖父様やリリアンには感謝しているわ。」
しばしの沈黙。
「だけど―」
「あの日父さんが姿を消した理由。そして、なぜ教会が父さんの強制連行を決定するに至ったのか。私は、それを知らないまま前に進みたくなかった。」
カリンは痛切な表情になる。
ミオはカレドを睨みつけながらも、何も知らなかった虚しさと、気づけなかった悔しさに胸を締め付けられていた。
ミオ「こんなにもお側にいながら、私ではカリン様の力にはなれなかったのでしょうか……。」
アルバも手に汗を握っていた。
そして同時に、カリンがカレド部隊と繋がってまで真相を知ろうとしていたことに気付けなかった自分を悔いていた。
アルバ「カリン。お主がその二人を信用出来る、その根拠を聞かせなさい。」
カリン「彼らは、自らを教帝派と言ったわ。」
「お祖父様や私に忠誠を尽くすと。」
ミオ「だから…信用してみる価値はあると?」
リリアン「そんな不確実なもの!根拠になりませんよ!」
カリン「根拠ならあるわ。人は嘘をつく。でもね、行動はなかなか嘘をつけないものよ。」
「この二人だけは、私の前で一度も態度が変わらなかった。訓練の相手をしていた時も、私に媚びることも、取り入ろうとすることもなかった。」
カレドの二人は黙って聞いている。
リリアン「だからといって、枢機卿の直属の部隊ですよ。そのような判断だけでは根拠とは言えません。」
ミオ「そうやってカリン様に近付くのが目的だったのだとしたら…。」
カリン「なら、教議会で父さんの強制連行が決定された後に私が知り得た情報を話すわ。」
「この二人が教えてくれたものよ。」
アルバ「……。」
「枢機卿たちは父さんとイグニス公が繋がっている可能性を疑っている。」
アルバはピクッと顔を引きつらせる。
カリン「そして、その考えを最も強く主張している人物がいる。」
「オーメン卿よ。」
室内が静まり返った。
カリン「教議会でもそのような話が出ているのでは?お祖父様。」
アルバ「……。」
リリアン「そんな!10年前から消息不明のレイノルド様が、なぜイグニス公と?どうやって二人が結びつくのです!?」
カリン「落ち着いて、リリアン。」
「それから、もう一つ気になる話があるの。」
カリンは背後のヴォルトへ視線を向ける。
体格の良い方の男が一歩前へ出た。
男「教会内でイグニス公の話題が出る時、その情報源を辿るとオーメン卿の派閥に行き着く事が少なくない。」
リリアンの目付きが鋭くなる。
リリアン「それはどういう意味です?」
男「分からない。偶然かもしれない。」
今度はもう一人のヴォルトが口を開く。
男「ですが一つだけ確かな事があります。オーメン卿はイグニス公の思考や行動を、まるで昔から知っているかのように語る事がある。」
リリアン「それでは、枢機卿の誰かが……あるいはオーメン卿ご自身が……。」
アルバは不自然な咳払いをし、
会話を遮った。
アルバ「分かった。ひとまず、枢機卿に関する情報提供には感謝しよう。しかしお主らは枢機卿の部下だ。何故、カリンに協力した?」
体格のいい男「カリン様が申し上げた通り、我々は教帝派です。」
もう一人の男「本当は聖騎士となって、貴方様にお仕えしたかった。」
悲しげな表情をしていたミオが口を開く。
ミオ「……私は信用します。この二人を。」
アルバはカレドの二人を見つめた。
信用できるのか。できないのか。
それと同時に
胸を締め付けていたのは別の感情だった。
―もし信用に値しない者がいるとすれば。
それは、カリンに何も語れなかった自分なのではないか。
そんな思いが胸の奥に重く沈んでいた。
アルバは拳を強く握り締める。
アルバ「……。」
(いずれは全てを明かさなければならないのか……。レイノルドも、ルノー・アルベルトも、それを望んではいなかったはずじゃ……。)
(だが、もう隠し続けることはできないのかもしれない。)
アルバは静かにカリンを見つめた。
カリン「晩餐会に出席するわ。お祖父様。」
迷いのない声だった。
カリン
「イグニス公も、枢機卿たちも、消えた父さんも。そして10年前の真実も。私は自分の目で確かめる。」
アルバの胸が小さく震える。
強大な力は人を惹きつける。
欲望も、野心も、陰謀も。
その全てがこの子へ向けられるだろう。
それでも―。
ミオ「ならば私もご一緒します。どのようなことがあっても、カリン様をお守りします。」
アルバはミオを見た。
その瞳に迷いはない。
(そうか……。ミオだけは、この子を裏切らない。何があっても、この子の側にいてくれる。)
張り詰めていた心が、ほんの少しだけ軽くなる。
アルバ
「分かった、カリン。共に参ろう。」
「北を治める新貴族――イグニス公の晩餐会へ。」
リリアン「アルバ様……。」
リリアンはそれ以上何も言わなかった。
カリンの決意。そしてアルバの覚悟。
その両方を感じ取ったからだ。
アルバ「それと、もう一つ。」
アルバの視線が二人のヴォルトへ向く。
「カレドの諸君。」
「今この場で面を外し、名を名乗りなさい。」
全員「――!?」
室内に緊張が走る。
カレドの二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
しかし、その喉は緊張で鳴っていた。
ゆっくりと仮面へ手を伸ばす。
その指先は僅かに震えている。
だが―
カシャ。
静かな音と共に仮面が外された。
大柄な男が口を開く。
「カマルグと申します。」
続いてもう一人。
「クロムと申します。」
アルバは静かに頷いた。
アルバ「カマルグ、クロム。これがどういう意味を持つか分かっておるな?」
カマルグ「はい。ヴォルトの仮面を外し、身元を明かすことは戒律違反です。」
クロム「厳罰の対象となり、最悪の場合は破門となります。」
二人は俯く。
額には冷や汗が浮かんでいた。
アルバ「うむ。お主らの覚悟と忠誠、確かに見届けた。カリンと同じく、お主らを信じよう。面を着けなさい。」
二人は深く頭を下げ、再びヴォルトの仮面を身に着けた。
カリン「お祖父様! 厳罰は……!?」
アルバは穏やかに微笑む。
アルバ「心配はいらん。覚悟を確かめただけじゃ。」
「今この場での行為については、一切不問とする。」
カリンは胸を撫で下ろした。
アルバは再び二人へ向き直る。
アルバ「カマルグ、クロム。晩餐会へ同行できるかは分からぬ。お主らはワシの直属ではないからな。」
「だが、これからもカリンの力になってはくれぬか。」
リリアンは思わず目を見開いた。
(教帝自ら、カレド部隊の者に頼み事を……!?)
カマルグは片膝をついた。
カマルグ「身に余るお言葉です。」
クロムもそれに続く。
クロム「このような形で、アルバ様とカリン様にお目通り叶うとは思ってもおりませんでした。」
カマルグ
「メイデス様の慈愛の教えのもと、忠誠を誓います。」
クロム
「私も同じく、忠誠を誓います。」
二人は深く頭を垂れた。
夕陽が執務室を赤く染めていた。




