第8話:レオの弱点、お酒の罠
王宮の大広間は、煌びやかな光と楽音に満ちていた。
戦勝記念パーティー。その主役であるレオニードは、漆黒の礼装に身を包み、周囲を威圧するような殺気を放ちながら立っていた。
「将軍、さあ一杯。これは我が領地で採れた『伝説の銘酒』ですぞ」
枢機卿派の残党である老貴族が、下卑た笑みを浮かべてグラスを差し出した。
その中身は、一口で象をも気絶させると言われる、アルコール度数が殺人的に高い魔導発酵酒である。
「……セレス様に、早く帰ると約束している。……邪魔をするな」
レオニードは不機嫌そうに吐き捨てたが、老貴族は「これは陛下からの下賜品も同然」としつこく食い下がる。
早く帰ってセレスに「よしよし」されたいレオニードは、その障害を排除するために、差し出されたグラスを一気に飲み干した。
――数秒後。
ドクン、と心臓が跳ねた。
最強の狂犬将軍の視界が、ぐにゃりと歪む。金色の瞳がとろんと潤み、耳まで真っ赤に染まっていく。
(……なんだ、これは。……世界が、回って……。セレス様が、たくさん……見える……?)
「おやおや、将軍閣下。お顔が赤いようですな。さあ、こちらで美女たちが介抱いたしますぞ」
老貴族の合図で、色香を振りまく刺客の美女たちが、レオニードに左右からしなだれかかった。
しかし、レオニードの執着心は、理性が消失した瞬間にむしろ純度を増した。
「……不潔だ」
地を這うような低い声。だが、そこには普段の威厳はなく、どこか舌足らずな響きが混じる。
「……どけ。……貴様ら、セレス様の、お日様の匂いが……一ミリもしない。……汚らわしい、消えろぉ……」
レオニードが無意識に放った魔力の波動が、美女たちを文字通り吹き飛ばした。
彼はフラフラと千鳥足で歩き出し、大広間の中心で「セレス様……セレス様ぁ……」と呟きながら、柱に抱きついてスリスリし始めた。
そこへ、神殿の仕事を終えたセレスティーナが、心配のあまり馬車を飛ばして乱入してきた。
「レオぉぉぉぉぉぉ! 遅いわよ! さては道端で吐いて孤独死してるんじゃ――って、ええええっ!?」
セレスの目に飛び込んできたのは、顔を真っ赤にして柱に愛の告白(?)をしている、茹でダコ状態の最強将軍だった。
「レオ!? 顔が真っ赤よ! これは……致死量の猛毒を盛られたのね!? うわあああん、レオが溶けちゃう! 内臓が沸騰してるんだわ! 死んじゃう、死んじゃうわレオぉぉ!」
セレスは叫びながらレオニードに駆け寄った。
セレスの声を聞いた瞬間、レオニードの顔にパァァァッと輝きが戻る。
「……あ……セレス、様だぁ……。本物の、セレス様だぁ……」
ドサッ、という重量感と共に、レオニードがセレスに覆い被さるように抱きついた。
185センチ超の巨躯が、完全にセレスに体重を預けている。
「レオ!? 重いわよ! しっかりして! 今すぐ胃洗浄(浄化)してあげるから!」
「……やだぁ……。離さない……。セレス様ぁ……好き。……大好き。……俺を、捨てないでぇ……。……一生、よしよししてぇ……」
レオニードはセレスの首筋に顔を埋め、大型犬のようにスリスリと甘え始めた。
普段の「不器用な執着」が、アルコールの力で「剥き出しの幼児退行」へと変貌している。
「レオ……あなた、本当に毒じゃないの? お酒? これ、ただの酔っ払いなの!?」
「……セレス様ぁ……。……あったかい……。……これ、俺の……俺だけの、神様……」
レオニードは蕩けたような顔で、セレスの頬に自分の頬をギュウギュウと押し付けた。
周囲の貴族たちは、あの「狂犬」が鼻水を垂らさんばかりの勢いで聖女に甘えている光景に、戦慄を通り越して合掌し始めていた。
「もう、レオったら! こんなに不機嫌なのは、肝臓が悲鳴を上げている証拠よ! 急性アルコール中毒は孤独死の入り口なんだから! 帰るわよ、屋敷へ!」
セレスは怪力(火事場の聖女馬鹿力)を発動し、レオニードの巨体を担ぐようにして会場を後にした。
屋敷に帰還するなり、セレスはレオニードをベッドに放り込み、洗面器と水を抱えておろおろと看病を始めた。
「ほら、お水を飲みなさい! 浄化! 解毒! 肝機能改善!」
セレスが浄化魔法を乱射するたびに、レオニードの顔から赤みが引いていく。
だが、酔いが醒めていくにつれ、レオニードは自分が何をしていたかを断片的に思い出し、急速に真っ青になっていった。
「……セレス、様。……俺は、何か……失礼なことを……」
「失礼なこと!? そんな次元じゃないわよ! あんな猛毒(酒)を飲むなんて、自分の命を粗末にしすぎよ! これからはお酒は一滴も禁止! 分かったわね!」
セレスは、レオニードの首に「禁酒・健康第一」と太いマジックで書かれたダサい木札をぶら下げた。
「……。……貴女に看病してもらえるなら、お酒など、一生必要ありません」
「もう、口だけは達者なんだから。ほら、今日は横でずっと見張っててあげるから、早く寝なさい」
セレスがレオニードの頭を「よしよし」と撫でると、彼は幸せそうに目を閉じ、彼女の手を握りしめたまま深い眠りに落ちた。
翌朝。
猛烈な二日酔いと、首に下げられた「禁酒札」を見たレオニードの副官は、静かに部屋の扉を閉めて、昨夜の惨状をすべて「国家機密」として封印することを決意した。




