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第6話:古狸枢機卿、最後(?)の抵抗

「……ええい、もう我慢の限界だ! 聖女ともあろうお方が、血生臭い将軍の屋敷に居座り、あろうことか夜な夜な一つ屋根の下で過ごすなど、不潔! 不純! 神への冒涜である!」


 聖教会の最高会議場。

 古狸枢機卿の怒声が、高い天井に反響していた。

 周囲を囲むのは、教会の威信を重んじる高位聖職者たち。彼らの前には、どこか居心地が悪そうに……あるいは「今日のご飯は何にしようかしら」といった様子で座るセレスティーナの姿があった。


「あの、枢機卿様。不潔だなんて心外ですわ。私はレオの――レオニード将軍の健康寿命を延ばすために、粉骨砕身しているだけです。彼の腸内環境は、私がいないと一瞬で魔領のような惨状になるんですから!」


「黙れい! 腸内環境など知るか! 問題は、国民が『我らが聖女様は狂犬将軍に食われた』と噂していることだぞ!」


「食うだなんて、そんな野蛮な! あの子、最近はやっとピーマンを飲み込めるようになったばかりなんですよ!? そんな成長途中の子を悪く言うなんて、枢機卿様こそ不純です! ううっ、レオがかわいそう……孤独死の次にひどい仕打ちだわ!」


 セレスはハンカチを噛み締め、大げさに泣き真似を始めた。

 前世で培った「悲劇のヒロイン(物理)」モードである。


「もうよい、今すぐ荷物をまとめて神殿へ戻れ! 将軍には厳重注意――」


 枢機卿が机を叩いて宣告しようとした、その時だった。


 ――ドゴォォォォォォォォンッ!!


 会議場の、それはそれは頑丈な魔法銀ミスリル製の扉が、蝶番ごと消し飛んだ。

 本日三度目、もはや様式美となりつつある「扉の爆破」である。


「……誰だ。……俺の女を、連れ戻すなどと言ったのは」


 冷気を纏った漆黒の影が、砂塵の中から現れた。

 レオニード将軍。

 彼は今日、あえてフル装備の鎧を纏い、腰には戦場で数千を斬った魔剣を下げていた。

 彼の背後には、顔を引き攣らせた副官と、どう見ても「やる気満々」な重武装の近衛兵たちが並んでいる。


「ひ、ひぃぃっ! しょ、将軍!? ここは教会の聖域だぞ! 武装して立ち入るなど――」


「聖域だろうが神の懐だろうが関係ない。……セレス様を奪う者は、国賊としてこの場で処刑する」


 レオニードが、無言で剣の柄に手をかけた。

 親指でカチリと鍔を鳴らす。

 その刹那、会議場にいた聖職者たちの半数が、あまりの殺気に椅子から転げ落ちた。


「レ、レオ!? ちょっと、武装してくるなんて物騒よ! 枢機卿様がびっくりして、また血圧が上がっちゃうじゃない!」


 セレスが慌てて駆け寄り、レオニードの逞しい腕にしがみついた。

 レオニードは、それまでの冷酷な表情をわずかに緩め、セレスを自分の胸板へと引き寄せた。


「……セレス様。……この者たちが、貴女を虐めたのか。……舌を抜くか?」


「抜かないわよ! お話し合いをしていただけ! でもね、レオ。皆様、私たちが一緒にいるのを反対なさるの。私がいないと、あなたがまた野菜を残して、深夜まで働いて、孤独に寿命を縮めるかもしれないって言っても、分かってくださらないの……!」


 セレスはレオの胸に顔を埋め、わんわんと泣き騒ぎ始めた。


「聞いてよレオ! 枢機卿様ったら、私たちの愛……じゃなくて、健康管理の絆を『不潔』なんて言うのよ! 心外よね!? 私、あなたが心配で夜もおちおち添い寝(強制)してあげられないじゃない!」


「……不潔、だと?」


 レオニードの金色の瞳が、極低温の殺気を放って枢機卿を射抜いた。

 彼はセレスを抱きしめたまま、一歩、また一歩と枢機卿に詰め寄る。


「……俺にとって、セレス様は唯一無二の神だ。……その神が、俺の健康を案じて添い寝までしてくださっているというのに……。それを汚らわしいと言うなら、この国ごと浄化してやろうか?」


「ひ、ひえぇぇぇぇ……っ!!」


 枢機卿は、白目を剥いて鼻血を出しながら、ガタガタと震え上がった。

 最強将軍の「不器用な甘え(物理)」は、もはや脅迫の域に達している。


「皆様、見てください! レオはこんなに繊細なんです! 私の抱擁がないと、彼は精神的に死んでしまうんです! これは聖女としての救済活動です! ねえ、レオ、怖かったわね、よしよし!」


 セレスは、フル装備の鎧を着た巨漢のレオニードを、精一杯背伸びして抱きしめ、そのヘルメット越しに頭を撫で回した。

 最強の将軍が、会議場のど真ん中で、聖女に「よしよし」されている。

 その光景は、もはや恐怖を通り越して、ある種の宗教的怪奇現象だった。


「……セレス様。……もう、帰りましょう。……貴女の手料理が食べたい。……枢機卿の顔を見ていたら、吐き気がしてきた」


「そうね! 今日はレバーとニラの特製スタミナ炒めよ! 枢機卿様、そういうわけですので、会議は終了です! レオの血管が詰まったら、あなたに責任取ってもらいますからね!」


 セレスはレオの手を引き、意気揚々と出口へ向かった。

 背後では、枢機卿が「もう……もう勝手にしろ……。わしは、引退する……」と呟きながら、魂を口から吐き出していた。


 副官は、静かに会議場の惨状を見渡し、深々とため息をついた。


「……お疲れ様です、皆様。……今日の議事録には『聖女様、将軍を完全に従属よしよしさせる』と記載しておきますので」


 二人の異常な溺愛と暴走は、教会の権威すらも「おかんの理屈」で粉砕してしまった。

 もはや二人を止める術は、この国のどこにも残されていなかったのである。


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