第5話:完璧すぎィ!な隣国王子の来訪と、しょげる狂犬
「――おお、神よ。この地にこれほどまでに気高く、美しい大輪の花を咲かせていたとは。我が瞳は今、真実の光を射抜かれました」
将軍屋敷の応接室。そこに突如として現れたのは、物理的に「キラキラ」という効果音が聞こえてきそうなほど、眩い輝きを放つ男だった。
隣国の第一王子、アルフレート。
黄金の髪は太陽を反射し、涼やかな碧眼は慈愛に満ち、その立ち振る舞いには常に薔薇の花弁が舞っているような幻覚すら覚える。
(……うわぁ、眩しい。何あの輝き。前世で見たアイドルでも、あそこまで自光してなかったわよ。電気代の節約にはなりそうだけど、網膜に厳しいわね……)
セレスティーナは、紅茶を啜りながら冷めた目で「大陸一の美男子」を眺めていた。
三十路の元アラサーにとって、二十歳そこそこのキラキラ王子は、ただの「元気な若者」でしかない。
だが、その横で、地響きを立てそうなほど重苦しい空気を纏っている男がいた。
レオニード将軍である。
「聖女セレスティーナ様。……いや、我が愛しき女神よ。どうか私と共に、我が国へ来てください。貴女のような慈愛に満ちた方は、血生臭い武骨な場所ではなく、我が国の美しい王宮で、宝石に囲まれて過ごすべきだ」
アルフレート王子は、流れるような動作でセレスの前に膝をつき、その指先に恭しく口づけを落とそうとした。
――その瞬間。
ドォォォォンッ、という嫌な音が室内に響いた。
見れば、レオニードが握りしめていた鋼鉄の茶器が、飴細工のようにぐにゃりと歪んでいる。
彼の金色の瞳は、かつてないほどに揺れていた。
王子は完璧だ。
家柄、容姿、教養、そして女性を蕩けさせるような甘い言葉。
翻って自分はどうか。スラムで泥水を啜り、戦場で返り血を浴び、言葉と言えば「離しません」か「……あーん」くらいしか言えない。
(……そうだ。セレス様は、聖女なのだ。俺のような泥臭い男の檻に閉じ込めておくよりも、あのような光の下で、蝶のように愛でられるべきではないのか……?)
最強の狂犬将軍、レオニード。
戦場では数万の敵を前にしても眉一つ動かさない男が、王子のあまりの「正統派」な輝きを前に、致命的な自信喪失に陥った。
「……セレス様」
レオニードは、力なく立ち上がると、部屋の隅へとふらふらと歩いていった。
そして、壁に向かって膝を抱え、体育座りをした。
彼の周囲だけ、局地的にどしゃ降りの雨が降っているかのような、重苦しい闇が立ち込める。
「俺は……狂犬だ。……あのようなキラキラした奴には……勝てない……。セレス様が……あっちの方がいいと言うなら……俺は、影から見守るしか……いや、やっぱり無理だ。全員、斬るか……」
「レオ!? ちょっと、何してるのよレオ! そんな暗いところでキノコを栽培し始めないで!」
セレスは慌ててレオニードの元へ駆け寄った。
大男が丸まってしょげている姿は、雨に濡れた大型犬そのものだ。
「いいですか、セレスティーナ様。あのような野蛮な男は放っておいて――」
「ちょっとアンタ、黙っててくれる!?」
セレスの鋭い一喝が、王子の甘いセリフを遮った。
セレスは膝をつき、しょげ返っているレオニードの首にしがみつくようにして、背後からギュッと抱きしめた。
「何言ってるのレオ! しっかりしなさい! あんなモヤシ王子、私のレオの足元にも及ばないわよ!」
「……モヤシ……?」
レオニードが、おそるおそる顔を上げる。
「そうよ! あんな、薔薇の香水をプンプンさせた男のどこがいいのよ! 鼻が曲がっちゃうわ! 私はね、戦場を駆け抜けてきたあなたの、この逞しい筋肉と! 不器用で、ちょっと怖いけど真っ直ぐな瞳が! 世界で一番かっこいいと思ってるんだから!」
「せ、セレス様……」
「レオの方が100万倍かっこいいわ! あんな王子、レオがデコピン一発すれば消し飛ぶじゃない! そんな弱々しい男、私の好みの対極よ! 私のレオは、私を一生守り抜いてくれる、世界一の狂犬なんだからぁぁ!」
セレスは叫びながら、レオニードの漆黒の髪をぐしゃぐしゃと撫で回し、その頬に自分の頬をすり寄せた。
「よしよし」の全肯定。それも、隣国の王子を「モヤシ」呼ばわりしての公開処刑である。
「な……モヤシ!? この私が、モヤシだと!? あり得ない、私は大陸最高の美形と謳われ……」
「うるさーい! レオが自信をなくしたらどうしてくれるのよ! レオが不眠症になったら、私が添い寝(強制)しなきゃいけなくなるじゃない! ……あ、それはそれでいいかもしれないけど、とにかく! 私のレオを傷つける奴は、聖女の権限で出入り禁止よ!」
セレスの猛烈な過保護。
その言葉は、レオニードの凍りついた心に、マグマのような熱を注ぎ込んだ。
――ゴォォォォォッ。
レオニードの背後に、物理的な炎のオーラが立ち上がった。
仔犬の目は消え、そこには敵を八つ裂きにする準備を終えた、飢えた獣の眼光が戻っていた。
「……セレス様。……もう一度、言ってください。……俺が、一番だと」
「当たり前でしょう! レオが一番よ! 世界一かっこよくて、世界一私の保護が必要な、可愛いレオなんだから!」
レオニードは、ゆっくりと立ち上がった。
見上げるような巨躯。王子の二倍はあろうかという分厚い胸板。
彼は無言で、セレスをひょいとお姫様抱っこで担ぎ上げると、アルフレート王子を「ゴミ」を見るような目で見下ろした。
「……聞いたか。……帰れ、モヤシ。……次、貴様の顔を聖女様に見せたら、その不自然なキラキラごと、根元から叩き折ってやる」
「ひ、ひぃぃ……っ!!」
王子の薔薇の幻覚が、恐怖で一瞬にして枯れ果てた。
アルフレート王子は、悲鳴を上げながら脱兎のごとく応接室を飛び出していった。
静かになった部屋で、レオニードはセレスを抱きしめたまま、その額に優しく、けれど重厚な口づけを落とした。
「……セレス様。……貴女にそう言ってもらえるなら、俺は……どんな怪物にでもなれる」
「もう、レオったら。すぐそうやって極端なこと言うんだから。でも、かっこよかったわよ、今のレオ」
セレスが赤面しながら褒めると、レオニードの腕の力がさらに強まる。
「……夜。……また、パジャマを着せてください。……眠れないので」
「はいはい、分かったわよ。もう、本当に手がかかるんだから……」
自信を取り戻した狂犬と、それを手懐ける(と思い込んでいる)過保護な聖女。
二人の異常な溺愛は、隣国の王子の自信を粉々に粉砕して、より強固なものへと進化していくのだった。




