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第28話:神の心臓と、レオニードの出自の真実

 大聖堂の地下へと続く隠し階段は、陽光の届かぬ奈落の口のようであった。

 セレスティーナは、レオニードの逞しい腕をしっかりと掴み、背後に「大家族」の兵士たちと、保護したばかりの新聖女の少女を引き連れて、その闇へと歩みを進めていた。

 

 一歩踏み込むごとに、壁に張り巡らされた魔導回路が、脈打つ血管のように不気味な赤紫色の光を放つ。そこから漂ってくるのは、神聖さとは程遠い、腐った鉄と湿ったカビの混じった、生理的な嫌悪感を呼び起こす悪臭だった。


(……何この場所。不潔、不衛生、そして絶望的に空気が悪いわ! こんな換気もされていないジメジメした地下にいたら、肺が真っ黒になって、誰にも気づかれずに窒息死しちゃうじゃないの!)


 セレスティーナは、鼻を覆いながらも、怒りと恐怖で震える心をお家芸の「おかんモード」で無理やり抑え込んだ。

 前世で見た、古くて暗いオフィスビルの地下室を何倍にも禍々しくしたようなその場所は、教会の「神聖」という仮面の下に隠された、醜悪な実験場の成れの果てであった。


「……セレス様、俺の側を離れないでください。……この壁の向こうから、数多の怨嗟の声が聞こえる。……ここは、祈りの場所ではない。……墓場だ」


 レオニードの声は、かつてないほど冷え切っていた。彼の金色の瞳は暗闇の中で獣のように光り、殺気立った闘気が周囲の壁をミシリと震わせる。

 

 やがて辿り着いた最深部。そこには、巨大な水晶のドームに閉じ込められた、禍々しく拍動する巨大な肉塊――「神の心臓」と呼ばれる古代の魔導核が鎮座していた。その前で、古狸枢機卿が狂気に満ちた笑みを浮かべて待ち構えていた。


「ククク……よくぞ来た、不浄なる者共よ。……聖女の光を失ったこの国を救うのは、神の代理人たるこのわしと、この『心臓』だけだ!」


「枢機卿! あなた、こんな不気味なものを動かすために、あの子や兵士たちを犠牲にしようとしたの!? これのどこが神の意志よ、ただの巨大な内臓疾患じゃないの!」


 セレスが叫ぶが、枢機卿は嘲笑うようにレオニードを見据えた。


「レオニードよ、お前は自分の母親がどうなったか知っているか? ……彼女もまた、気高い王族の血を引きながら、この『心臓』を維持するための生贄として、この暗い地下で、たった一人で消費されたのだ」


 刹那、レオニードの動きが止まった。

 枢機卿が語る、残酷な真実。

 王位を継ぐべき血筋でありながら、教会に捕らえられ、魔力を吸い尽くされる「電池」として利用され、誰の名前を呼ぶことも許されず、冷たい床の上で孤独に果てた女性。

 それが、レオニードの記憶の底に眠る、あの温かな手の主の最期だった。


「……母さんも……。……あんなに優しかった母さんが、一人で、こんな暗い場所で……」


 レオニードの全身から、漆黒の魔力が溢れ出した。

 絶望、憎悪、そして「守れなかった」という過去への後悔。

 彼の殺気は、もはや制御不能な暴風となり、地下施設全体を揺らし始めた。レオの瞳から理性の光が消え、彼自身が「狂犬」という名の闇に呑み込まれようとした、その時。


「――いい加減にしなさーーーーーーーい!!!」


 セレスティーナが、暴走する漆黒の魔力の渦中に飛び込み、レオニードを正面から力一杯抱きしめた。


「レ、レオ……! しっかりしなさい! 過去の暗闇なんかに、今を生きるあなたの命を渡してまるもんですか! お母様が孤独だったなら、その分まで、私があなたを一生独りになんてさせないって言ってるでしょう!」


「セレス、様……。……俺は、俺は、呪われた血で……」


「呪いなんて、私が全部洗い流してあげるわよ! 見てなさい、レオ! あなたのお母様が命を懸けて繋いだのは、こんな暗い地下のゴミ(魔導核)じゃない! 今、私の腕の中でこんなに熱くて、たくましく生きている、あなたという光なのよ!」


 セレスティーナの体から、怒りと慈愛が入り混じった、かつてないほど純粋な白銀の光が放たれた。

 それは孤独死の恐怖を知り、レオへの溺愛を自覚した彼女にしか放てない、真の浄化。


「不衛生な過去も、不健康な呪いも、全部まとめて除菌してやるわーーー!!!」


 セレスの浄化の光が、レオニードの漆黒の魔力と混ざり合い、巨大な螺旋となって「神の心臓」へと叩きつけられた。

 ドォォォォォォォォンッ!!!という凄まじい衝撃波と共に、数世紀にわたって教会の権威を支えてきた不浄な魔導核が、粉々に砕け散った。


 血管のような回路は焼き切れ、地下を満たしていた悪臭は、爽やかな新緑の香りに塗り替えられていく。


「わしの……わしの神が……教会の栄光がぁぁぁぁ!」


 枢機卿は発狂し、崩れ落ちる瓦礫の中に消えていった。

 崩落を始める地下施設。レオニードは正気を取り戻すと、セレスティーナをその逞しい腕でひょいと担ぎ上げた。


「……セレス様。……貴女が、俺の闇を拭ってくれた。……もう、俺は迷わない。……貴女が、俺のすべてだ」


「レオぉぉぉ! 感動してる暇はないわよ! 埃が凄いわ、喘息になる! 早く、早く清潔な地上へ脱出するのよ!」


 レオニードはセレスを抱えたまま、崩れる天井を魔剣で一閃し、光が差し込む地上へと一気に跳躍した。


 地上では、朝日が昇り始めていた。

 崩壊した大聖堂の跡地に降り立った二人を、解放された兵士たちが歓呼の念で見守る。

 だが、安堵したセレスの耳に、レオニードの低い、独占欲に満ちた囁きが届いた。


「……セレス様。……これで邪魔者はいなくなりました。……今日からは、貴女を『王妃』としてではなく、俺の『妻』として、一生この腕の中に監禁……いえ、保護させていただきます」


「……え、レオ? なんか今、不穏な単語が聞こえた気がするんだけど……。それより、まずはニンニク鍋よ! これだけの激務、栄養を摂らなきゃ孤独死しちゃうわよ!」


 二人の異常な溺愛は、国家の危機を乗り越えた後も、さらに加速しながら続いていくのだった。


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